054 貴い犠牲なプリケツとナイスな荷車
前回のあらすじ
Q オッチャンがローラーベアリングの試作品を作ってくれました。オッチャンが輝きすぎて胃が気持ち悪いです
A 胃潰瘍に気を付けましょう
痛い。
白桃のようだったプリケツが、完熟トマトへと進化している。
「なんだか歩き方がぎこちないけど、大丈夫?」
「昼までには回復すると思うから……。いざとなれば回復魔法かけるから……」
クロスライム討伐依頼二日目。
一日目は母上様のお仕置きによって幕を閉じた。俺のプリケツという貴い犠牲があったからこそ、今日という日があるのだ。
ビリビリに破れた服と土埃を撒き散らす俺を見た母上様は、それはもう心配してくれた。だが、それでおおよその予想がついてしまったらしい。こってりと絞られた俺は、それはもうイエスマンも裸足で逃げ出すレベルで、白日のバッタ事件をゲロした。
その結果が恐怖の尻叩き。あまりの痛さに『ガード』を使ったのだが、母上様はそれに気付くと、容赦なく『チャージ』をぶちかましてきた。尻叩きとは思えぬ轟音が我が家に響き渡り、俺はこの歳になって初めての涙を流したのである。
帰宅した親父はドン引きでその光景を目の当たりにしており、親父の静止がなければ、俺の尻はもっと腫れ上がっていたことだろう。
俺は誓った。
ニジイロバッタは、もっと経験を積むまで絶対に相手にしないと。
そうしなければ、俺はまたあの地獄を味わう羽目になる。何度もあれを喰らっていたら、俺のプリケツは壊死するだろう。それはとっても恐ろしいなって思います。
セシルを連れた状態で挑んだこと、そして盾を持っていなかったのも炸裂音と共に注意された。
まあ、そんな悲しみがあったからこそ、万が一を考えての盾購入が決定した訳で……。出資先は、俺の尻を破壊した母上様。二度と味わいたくない拷問だったが、一応の収穫もあったと考えてよいのだろう。むしろ、そう考えなければやっていけない。
買った盾は2つ。俺だけに買い与えるのもどうかという話なので、セシルにも母上様から資金援助があった。セシルは俺の尻に平伏して感謝すべきだと思います。
しかし、俺達のような子供の体格に合う盾は少なかった。そこで、小さな円形の盾……俗にいうラウンドシールドに落ち着いたのである。
仕方ない、という気持ち半分で買った木製の盾だったのだが、その小ささと相俟ってかなり軽い。なんでも、以前冒険者ギルドで行った『チャージ』試験用の木材と同じ物で出来ているのだそうだ。ベルトで前腕に固定して使うタイプなので、盾を装備した状態で剣を両手持ちするのを想定して作られているのだろう。
この盾、実はオッチャンの店で買ったのではない。というより、ファンデル金物店は盾も守備範囲外だったりする。
ギルド周辺の武器店は最初のお使いで下見が終わっていたので、一番質のマシだった店で買うことになった。
それでも幸いなことに、刃物ではないからなのか、盾に関しては不満の出てこない。実用性の高い盾というのが分からない俺だからなのかもしれないが、もうあの店は盾ばっかり作ってればいいと思う。
「刃物もちゃんと作って下さいよ……」
「盾とナイフが持てるなんて……昨日も今日も最高の日だ! エイルのおかげで騎士に近付いている気がする!」
いまいちしっくりこない俺に対し、セシルは上機嫌だ。それは盾を手に入れたからという事情だけではなく、俺がセシルに戦い方を教えるのが許されたからというのもある。
だが、それは言葉通りの意味ではない。母上様が言ったのは、「共に戦い方を学んでいきなさい」だった。教える立場である人間も、教えることで学ぶ部分が出てくるのだそうだ。ちょっと熱く語られたので、もしかしなくても母上様の実経験からくる言葉だったのだろう。
セシルの動きから参考になる部分を見つけたら、それを上手く取り入れろとも言っていた。言われてから気付いたのだが、確かにそういった部分も出てくるのだろう。
俺よりセシルの方が上背もあり、肉体的な面では秀でている。現状ではスキル込みだと話にならないだろうが、体格で差がついている相手に対する戦い方を学ぶのには、セシルは打ってつけと思っていい。
そんな訳で、俺も少し気が逸っている。
今日は黒粘土の運搬だけなので、それが終われば早速特訓といきたいところだ。
カンカンと鉄を打つ音が外にまで響いてくる。ファンデル金物店の暖簾に腕を通すと、軽やかな鈴の音がそれに混じった。
「お、いらっしゃい。ん? ……ああ、君がエイル君か! 親父、エイル君が来たよ!」
「こ、こんにちは」
「だ、誰ですか……?」
出迎えてくれたのは、猫耳が可愛らしくて少し彫りの深い……フツメンだった。残念ながら、男である。俺が猫耳を付けた美少女と出会うのはいつになるのだろうか。
柔和な笑みを浮かべるその青年は、どうやら俺を知っているらしい。
「親父がいつも世話になってる……と思うんだけど、それで合ってるかな? 俺はライデル。ファンデルの息子だよ」
「ああ、それで俺のことを知ってたんですか」
「そうそう。親父がたまに話してくれるんだよ。面白い子供がいるって」
「面白い……」
変な誤解をされてなければよいのだが……。例えば、エイルは超絶イケメンとか。やだ、事実じゃないですか。
しかしそんな妄想は、ライデルさんの快活な声で否定された。もうちょっと夢を見させてくれてもいいんじゃよ。
「ああ、ごめん。面白いってのは悪い意味じゃなくて……考え方についてって言えばいいのかな? なんでも、面白い物を親父に作らせてるんだって?」
「あ、自転車のことですか? あれは冒険者活動に役に立つかなと思って、それで作ってもらうことになったんですよ」
「そういえば、1つ星の冒険者だって親父も言ってたな……移動とかに使うつもり?」
「それと簡単な荷運びが目的ってところですね」
「へえ、まだ小さいのに色々と考えるもんだなぁ……」
そこからセシルの自己紹介なんかも始まったところで、ようやくオッチャンが顔を出した。
顔に煤が付いているので、鍛冶仕事の途中だったのだろう。どうやらタイミングが悪かったようだ。
俺とセシル、そしてライデルさんをグルリと見回し、ポリポリと頭を掻いている。立ち話をしていただけなのだが、オッチャンにはその状況が掴めなかったらしい。
「なに話してたんだ? まあいい、待たせちまって悪かったな。ちょうどナイフを作ってるとこだったんだ。……おいライデル! なんでまだアレを渡してねえんだ? こいつ等が来たら渡せって言っただろうが!」
そして、いきなりライデルさんを怒鳴りつけている。その結構な声量に、俺とセシルはピンと背筋を伸ばされた。
だが当のライデルさんはというと、日常茶飯事とばかりに片手をヒラヒラと振りながら、のん気に返答なんぞをしている。
「ただの世間話をしていただけだから、今から渡すって。あのタライでしょ? 裏に置いてあるから、すぐに持ってくる」
「おう、分かりゃあいいんだよ。お前も師匠のところに弟子入りしている身なんだからよ、気の利かせ方も覚えとけ。ボロクソに怒られるぞ」
「それ、弟子入り前に教えてほしかったかなぁ……」
そう言って、ライデルさんは工房の方へと引っ込んでいった。
どうやらライデルさん、オッチャンの師匠の元で修行しているらしい。となると、彼も鍛冶職人になるつもりなのだろう。
オッチャンは口喧しく言ってはいたが、ライデルさんの背中を見つめる目には、少し嬉しそうな色が浮かんでいる。もしかすると、久しぶりの帰省だったのかもしれない。
「オッチャン、ありがとう。忙しい中で無理させちゃったかな?」
「いや、これも仕事の内だから気にすんな。それで肝心の荷車なんだがよ、かなり頑丈に作っといてやったから、かなり長く使えるはずだ」
「おお、それは……」
俺としては数日持てばよい程度の物で満足だったのだが、そこはオッチャンのプライドが許さなかったのだろう。なんだか申し訳ない気分ではあるものの、素直に嬉しい話だ。
オッチャンの背後にまたもや怖気を誘う煌きを感じるものの、感謝の形として深々と頭を下げる。
セシルがそれに続いたところで、ライデルさんが荷車を手で引きながら戻ってきた。オッチャン入魂の荷車が満を持しての登場である。
それは俺が思っていた以上に堅牢な造りをした荷車だった。敢えて詳細を述べるなら、厚みのある金属板を組み合わせて作られたタライに、2つの小さな車輪と手で引くパーツやらが付いた……物凄くダサいリアカーですね。
「……わーお、これは頑丈そうでナイスな見た目をしてますなぁ……」
「親父、やっぱりこれはちょっと……」
「荷運びに見た目なんか必要ねえんだよ。一番大事なのは機能性だ! おいエイル、やっぱお前が考えたローラーベアリングは凄えよ。車軸にコロを組み合わせるとか、簡単に浮かんでくる発想じゃねえからな」
「ありがと。でも、俺が考えた訳じゃないから……」
「そうなのか? まあ、それはそれで勉強熱心ってことなんだろ、謙遜すんな。何処の国の知識かは知らねえが、流石はあのテッド・ラインの息子ってことだな」
ガハハと笑いながら、オッチャンは俺の肩をバシバシと叩いてくる。
正直、物凄く痛い。オッチャンの腕は一般人よりもかなり太いので、その重量感はかなりのものだ。昨日負った名誉の負傷にも響き、俺は涙目になっていた。
「はぁあ!? エイル君って、あのテッド・ラインの息子なの!? そりゃこんなのも考え付くはずだわ……」
まさに親父様々である。俺が多少子供らしくない行動をしようと、周囲は親父の息子というだけで勝手に解釈をしてくれるらしい。親の七光りと思われているのかもしれないが、そこはそれだ。俺が地球という世界の記憶を持っていることへの隠れ蓑になってくれるのなら、美味しい勘違いとして放置すべきだろう。
ライデルさんは親父の名前に驚きつつも、車輪付きタライを前後に動かしながら具合を確かめているようだった。一切の異音が聞こえないので、やはりこのアマツチ製ローラーベアリングはそれなりの精度を持っているのだろう。あとは実際に使用してみて不具合が出るかどうかが問題として残っているだけなので、今日の黒粘土運搬でおおよその評価を下せるはずだ。
「確かに、これ本当に良いよ。荷車としての見た目は駄目だけど、引くのが凄く楽だから。ああでも、あんまり速く動かさないようにね。結構重いから、君達じゃ止めるのに苦労すると思うし」
「了解です。帰りはこれに残りの黒粘土を全部積んでみようと思ってますし、のんびり引くつもりです」
「おう、頑張ってくれるのは嬉しいんだが、あんまり無茶すんなよ。昨日の分で結構持つんだ、急ぐ必要はねえ」
「ローラーベアリングの耐久性も確かめたいからね。ちょっとの無茶はしないと」
その他諸々の取り扱い説明やらをされつつ、ライデルさんからタライ仕様の荷車を受け取った。
今日は黒粘土の納品とローラーベアリングの性能チェック、そして冒険者ギルドでの依頼完了手続きが待っている。セシルとの特訓はその後だ。
そのセシル君はというと、やはりと言えばよいのか、ナイフ売り場の前でウットリとした表情を浮かべていた。蚊帳の外へと追いやってしまった俺も悪いのだろうが、彼は将来、武器コレクターになるのではなかろうか。
「セシル、そろそろ出発しようか。ナイフは騎士になってから買いに来ればいいだろ?」
「うっ……わかったよ。そうだ、騎士になれば買えるんだ……この綺麗なナイフ……」
セシルが目を付けていたのは、なんとダマスカスのナイフだった。どうやら通常の商品としても取り扱いを始めたらしい。
だが、そのお値段は7000ブールである。とてもではないが、今のセシルでは手が届かない。
しかし、これに目を付けるとは驚きだ。どうやらこのバッタのアーサー王、武器を見極める目も持っているらしい。
セシルはまだ後ろ髪を引かれているようだったが、俺はその手を強引に引きつつ、空いた方の手でタライを引きつつ、再び暖簾を潜る。
これからの俺は、一人の冒険者だ。黒粘土の運搬が終わるまで、同行者であるセシルの安全にも気を配らなければならない。先日と同じ轍を踏む訳にはいかないのだ。
そんな気合を入れなおす時だからこそ、パンツがプリケツにリトルタッチしないように庇っている自分が少し悲しかったりする。




