052 ミシェルとお中元
前回のあらすじ
Q バッタって美味しいんですね……。それと、セシルが弟子入り志願してきたんですけど、どうなんでしょう?
A 他に教えてくれる人も居なさそうなので、教えてあげるのもよいと思います
あと僅かで日が茜色に染まる頃、俺達は冒険者ギルドへと向かう途中で思い掛けない人物に出会っていた。
「おやおや? エイル君と……ああ、君がセシル君ですね。始めまして、ミシェル・ファゴットです。冒険者ギルドで職員をさせてもらっています。お二人は依頼の帰りですか?」
「こんにち……こんばんはと微妙なラインですけど、とにかくこんにちは、ミシェルさん。はい、クロスライム討伐依頼の帰りです」
「こ、こんちには……ええと、セシル・ライトです。始めまして」
そこまでなら、極々普通の挨拶と言えるものだったのだろう。
だが、ニジイロバッタさんは黙っていない。セシルが丁寧にお辞儀したことにより、バッタさんは再び礼儀正しくお辞儀をかましてくれた。
「うわわ! ニ、ニジイロバッタ!?」
突然現れたニジイロバッタのご尊顔。ミシェルさんは当然の如く驚き、後退っている。
正門を通る時も、門兵さんから驚かれていた俺達だった。道行く人達の二度見も、もう何度目か数えるのも馬鹿らしくなっている。
だがやはり、バッタ様の迫力は異常だ。更に子供が背負っているので、その大きさが強調されているのだろう。
「エイル君……なんでセシル君がニジイロバッタを背負っているのか、聞いていいですか?」
「うぅ? ……えっと……」
心なしかミシェルさんの表情が硬い。
この顔は、考えるまでもなく怒っている顔だ。普段の笑顔とは違い、眉根を寄せ、口を尖らせている。
「バッタが急に来たので……」
「つまりこのバッタは、エイル君が戦った結果ということですか?」
「そ、その通りでございます」
コツン、と頭に何かが落ちてきた。目の前には、拳を握ったミシェルさんが立っている。
その姿を見て、俺はミシェルさんからゲンコツを貰ったのを理解した。意外な人物から怒られたのが何気にショックだ。
本当に軽い一撃だったのだが、それは加減してのものだったのだろう。だが、彼女は本気で怒っているようだった。
「どうして逃げなかったんですか? ニジイロバッタは、一つ星でも上位の魔物です。此処にバッタが居るってことは、エイル君の実力ならそれほど問題なく勝てるんでしょう。でも、全く褒められた行為ではないです。服だってボロボロじゃないですか……。てっきりすっ転んだものだと思ってましたけど、それってバッタと戦ったからですよね? やむを得ない理由で戦ったのかもしれませんけど、そんな状態になるの自体がおかしいんです。ニジイロバッタは手出ししない限り、大人しい魔物なんですから」
「ごめんなさい……」
何気なく放り投げた枝が当たったのが原因だったのだが、それは俺の不注意だったとしか言い様がない。ニジイロバッタではなく人が居たかもしれなかった訳で、本当に言い訳の一つも出てこなかった。
「エイルは僕を守ってくれようとしてニジイロバッタと戦ったんです!」
「……それなら戦う理由にはなりますけど……。でも、バッタが怒る理由にはなっていません」
「投げた木が当たっちゃいました。……ごめんなさい」
またもや控え目のゲンコツが落ちてくる。碌な経験も持たないお子様2人がバッタと戦うという事態を、ギルド職員であるミシェルさんが咎めない訳にはいかないのだろう。
いっそ思い切り殴ってもらった方が精神的に楽かもしれない。俺達を思っての言葉とゲンコツ加減だけに、モロに心へと響いてしまう。
「故意にしろ偶然にしろ、不注意が過ぎます。それに、やっぱり危ない事には変わりないんですよ。エイル君はちゃんとした装備……盾も持っていない状態で戦ったんです。ニジイロバッタの突進を止めるには、盾が一番有効なんですよ。なにも知らずに魔物に挑むなんて、ただの無謀になっちゃうんですから」
「申し訳ないです……」
確かに、盾があったら楽に対処ができただろう。あの厄介な突進も、それ一つで往なすことが可能になるはずだ。
他にも反省すべき点は多い。
今回は相手がニジイロバッタだったからどうにかなったものの、これがもっと上位の魔物だったら本当に危なかった。あの森は谷を超えない限りは安全だが、他の場所だったらそうもいかないだろう。
魔物も戦いとなれば命が掛かってくるのだから、俺達が子供だろうと全力を出して襲ってくる。今回無事だったのは本当にたまたまだった。
俺が十分な装備もなしで勝てたのは、相手が一つ星の魔物だったから。自信のあった魔法も上手く使いこなせず、結局は肉弾戦を挑む結果になってしまった。
事前に下調べしなかったのも駄目だったと思う。図鑑で勉強したからと、俺もセシルもバッタについては詳しく調べていなかった。
ギルドで貰った紙には、小さくではあったが、バッタのことも書かれていた。そこを読み飛ばしてミッドラルタチトカゲの部分ばかりを読んでいたという……ゲームの攻略本で強いモンスターの説明ばかりを読もうとする癖が出たのだろう。まさにお子様らしい愚行である。
ギルドが依頼の際にくれる紙には、『事前に知識を持って事に当たって下さい』という意味があったのだと、今更になって強く理解した。
考えれば考えるほど、俺に足りない部分が見えてくる。戦いへの覚悟も、心構えも、経験も全く足りていない。
ミシェルさんが怒るのも無理からぬことだ。2度目の依頼でニジイロバッタに挑むなど、俺達の年齢でなくとも十分おかしい。
彼女は俺の本当の魔力量や氷魔法のことを知らないが、なんだかんだで本質的な部分を見てくれている。だからこそ、本気で怒ってくれているのだ。
経験も知識も持たずに戦うのは、勇気ではなく蛮勇である。今回は本来なら回避できた戦いだっただけに、尚更そんな考えが頭をよぎった。
そも、『☆』となっている依頼は安全なものばかりだ。ミシェルさんだけではなく、ギルド全体の方針というのが分かる。それを自らぶち壊しているようでは……あたしって、ほんとバカ。
「まあでも……二人が無事でなによりです。エイル君、ニジイロバッタは単独だと2つ星の冒険者から挑める魔物なんですからね?」
「単独? それってどういう……」
「ああえっと、『☆☆-』の依頼にはバッタ討伐のお手伝いがあるんですよ。でも、あくまでお手伝いですから。エイル君は『☆』の依頼もまだ2回目ですし、もっと色々勉強するまでは絶対に戦わないで下さい。例え自信があったとしても、大怪我を負ったら元も子もなくなっちゃうんですから」
「了解です。肝に銘じておきます」
なんにしても、今回のニジイロバッタさんは一足飛びが過ぎたと知るべきだ。依頼のランクが上がれば危険が付き物になると分かったので、ゆっくりと取り組んで行くのが正解なのだろう。
頷く俺に対し、ミシェルさんはようやくその表情緩めてくれる。そして、普段通りの口調で話しかけてきた。
「正直に言いますと、やっぱり倒せるんだなぁーって感じなんですけどね。ズボンとか酷いことになってますけど、怪我はしてないみたいですし」
「怪我は全くしてないんですけど、お尻丸見えになっちゃいました……」
蚯蚓腫れもあれからすぐに引き、今ではすっかり元通りだ。回復魔法を使うまでもなかったので、お子様ボディの回復力に驚くばかり。
クルリとその場で回転し、ミシェルさんにズボンの被害箇所を見せてみる。夕刻の風が優しくプリケツを撫でた。
その悲惨っぷりがツボに入ったのか、ミシェルさんは大笑いすると、ペチペチと触り始める。
「あはははは! これは……あははは! いやー、エイル君は柔肌ですね。すっごいスベスベですよ」
「やめて! 触らないで!」
プライベートな時間だからだろうか、ミシェルさんがこんなに笑っているところを初めて見た。それは17歳という年齢相応の振る舞いで、どこか可愛らしく見える。
そこでふと、彼女に借りがあったのを思い出した。
何度も壊してしまった魔力量測定器、焦がしてしまった天井、そして依頼の斡旋。これからもお世話になるのは間違いなさそうなので、ここらでお礼をするのも悪くないかもしれない。
「セシル、ちょっと悪いんだけど……」
「ん? バッタ下ろすの? いいけど、どうして?」
「お中元的なやつ」
「おちゅうげん? なんなんですか、それ?」
セシルとミシェルさんが不思議そうにしていることから、この世界にはお中元という文化が存在しないのだろう。
ドサリと地面に下ろされたバッタに、俺は三度刃を入れる。切り取るのは、中肢と後肢を一本ずつ。
「それにしても見事なニジイロバッタですね……前肢が無いみたいですけど、これはエイル君が? よくここまで綺麗に切れたものですね……」
「いえ、途中で食べてみたんですよ。それで結構美味しかったので、ミシェルさんにも日頃のお礼としてお裾分けしようかな……っと!」
セシルみたいに綺麗に切り取れなかったが、なんとか二本の肢を切り離すのに成功した。
死して尚手強いバッタだったが、お中元としてはどうなのだろう。だがそんな疑問も、ミシェルさんの表情で払拭された。
「わわ、いいんですか? 私、バッタ好きですから断りませんよ? それも後肢まで貰えるなんて、嬉しいです!」
ミシェルさんはとても嬉しそうにしている。どうやら彼女、肉食系女子ならぬ昆虫食系女子だったらしい。これが日本の女性だったら、ドン引きされるのがオチだっただろう。
ともかく、喜んでくれるならなによりだ。仰々しく頭を下げながら差し出されるバッタの肢に対し、ミシェルさんは頭を下げている。
「日頃からお世話になっています。これからも宜しくお願いします」
「こ……これはこれは、ご丁寧に……ありがとうございます。久しぶりに野菜以外の物を食べられるので、とても嬉しいです。こちらこそ、宜しくお願いします」
なんとも涙ぐましい話だ。久しぶりの動物性タンパク質らしいので、今日の彼女には是非ともバッタ料理を堪能してもらいたい。
しかし、バッタの肢はかなり長かったりする訳で、かなりの手荷物になるだろうことが予想された。
見れば、ミシェルさんはその手に大きな袋を持っている。このままでは、彼女もまた通行人から二度見される人になってしまうだろう。
「あの、今渡すべきじゃなかったですかね?」
「ああいえ、この荷物のことですよね? これ、古着なんですよ。今から買い取ってもらいに行くところでしたし、バッタの肢は鞄が空になったら入れられますから。……この古着をお返しにしてもよく……はないですよね?」
「全然、全く要りませんね。俺をどんな方向に導きたいんですか……」
今日のミシェルさんはお休みということで、女の子女の子した格好をしている。
冒険者ギルドのカッチリとした制服とは違い、結構可愛らしい姿と言えるだろう。甚平のような上着なのだが、どことなく可愛らしい印象を与えるのは、色合いやら刺繍のせいかもしれない。
下はフレアスカートのような物を召しており、それが不思議と甚平に似合っている。
だが、それを貰ったところでどうしろというのか。ルリーさんの物なら喜んで頷いていたかもしれないが、俺に女装の趣味なんぞはない。
なにより、サイズが合わないだろう。母上様へのお土産という線も考えたが、お胸のサイズが足りない。
俺の千里眼によると、ミシェルさんのお胸はBである。母上様はEという素晴らしい御山をお持ちなので、戦闘力が全く違う。ちなみにルリーさんはG……いや、Hという領域に踏み込んでいるかもしれない。アマツチにカップという概念が存在していないのが悔やまれる。俺が提唱者になるべきなのだろうか。
「なにやら失礼な目をされている気がするのですが……。エイル君、なんで私の胸を睨んで難しい顔をしているか、聞いてもいいですか?」
「全ては遠き理想郷。されど、だからこそ貴いのです。ミシェルさんは悪くはないと思います。広く探れば、需要は絶対にあるはずですから。これからの伸び代という線も考えられるので」
「どうやら、君は私の敵らしいですね……。ふっ、私のは色も形も良いのですよ。私のおっぱいは綺麗なんです!」
言葉の選択を間違えてしまったかもしれない。俺は、おっぱいというリリンの生み出した文化の極みを愛している。だが残念ながら、現在その愛はルリーさんへと向けられているのだ。
ミシェルさんも自信をお持ちのようなので、きっと素晴らしいユートピアなのだろう。ちょっと胸を押し出して努力している姿に、不覚にも感動すら覚える。
「…………」
小さくても文化の極みの価値は揺るがない。破壊力はちゃんとある。
その証拠として、俺の後ろでは顔を真っ赤にしたセシルが俯いていた。




