051 道草とカリバーン
前回のあらすじ
Q ニジイロバッタを倒しました。巨大バッタ怖いです
A カマキリが人間大だと凄く強いらしいですよ
バッタの亡骸は本当なら埋めてやりたかったのだが、それはできなかった。というのも、埋めたら埋めたで、ギンイノシシという魔物が掘り返して食べてしまうからだ。
魔物図鑑によると、ギンイノシシは2つ星の魔物で、とにかく鼻が利くらしい。地面に埋まった物さえ見逃さないそうで、生粋の墓荒らしとのこと。そんな魔物があの森周辺に出没されるのも困るので、結局俺はバッタも持って帰ることに決めた。
そして、バッタを持ち帰ることになった理由はそれだけではなかったりする。どうやら、ニジイロバッタはそれなりの価格で買い取ってもらえるのだそうだ。
教えてくれたのは他ならぬセシルで、彼は俺が冒険者ギルドに来るまでの暇潰しとして、壁に貼られた魔物の買い取り価格を読んでいたらしい。このニジイロバッタ君、人間様からは本当に食料としても認識されているのだとか。
バッタの運搬まで加わったので、俺は前と後ろにリュックサックを装備していた。その重量、約40キロ。もはや亀のような格好の俺なのだが、バッタを背負うのだけはギブアップ。一応はチャレンジしてみたものの、お腹のプニプニが我がプリケツに触れた瞬間、甲高い悲鳴を辺りに轟かせてしまった。
悲しい話なのだが、俺のズボンには穴が開いてしまっている。服越しならまだ耐えられたかもしれないが、素肌が触れ合うのはNG。俺の素肌はルリーさん限定でお願いしたい。
そんな情けない俺に対し、セシルは快くその役目を引き受けてくれた。クロスライムの集団にも平気で触れていた辺り、彼には恐ろしいモノなどないのだろう。なにかの役に立つかと思って買っていたロープで背中にバッタを固定すると、普通に立ち上がったのだから。
そんな彼に感動した俺は、2つのリュックサックを快く装備することにしたのである。セシルがまたもやごねたものの、そこはバッタを背負うという大業に平伏しつつ感謝しつつゴリ押した。重い荷物を持つのと、バッタの感触をプリケツで味わいながら帰る……どちらか選べというのなら、俺は迷わず前者を選ぶ。
そうして帰る道すがら、なにを思ったのか、英雄セシルは恐ろしい提案をした。
「本当に食うの……?」
「え? エイルは食べたくないの?」
ちょっと前肢を食べてみよう、と。
確かに、ちょっと小腹は空いてきている。汲んでおいた湧水もまだまだ残っており、ここらで小腹を満たすのも良いかもしれない。
だが、それはあまりにも恐ろしい事に思えた。昆虫食がそれなりにポピュラーなのは知っているが、まさか自分にまでお鉢が回ってくるとは思わなかったのもある。
難色を示す俺に対し、セシルは瞳を輝かせていた。それはもう、子供特有の曇りなき輝きであった。
そんなこんなで、今に至る。
「よかった、手頃な笹もあったよ。これですぐにでもバッタの足を焼けるから」
「お前、本当にチャレンジャーだな……。あ、実は俺、火魔法が……」
「さっきみたいに大きな火は出さなくていいから、火を点けてくれるかな? 大丈夫。枯れ草と枯れ枝も準備万端だし、火は一瞬だけでいいはずだから」
火魔法が使えません作戦は最初から無理だったようだ。バッチリと『火玉』を見られていたらしいので、もう逃げ道なんぞは何処にもない。
薪を前にして眉を顰めている俺に対し、あろうことかセシルはバッタの前肢を2本切り取っている。俺はこんな暴挙をする為にセシルにナイフを買い与えたつもりはなかったのだが……。
ありがたいことに、片方は俺の分らしい。本当に……ありがとうございます。
ちなみに切り離されたニジイロバッタの前肢、結構な大きさを持っている。タラバガニの肢より太いだろう。改めて思うのだが、本当にデカイ。図鑑では70センチが最大だとされていたのだが、それ以上あるのではなかろうか。
またあのプニプニ感を味わいたくないので測定こそしないものの、最大サイズと思ってよいだろう。
「一瞬にして竈を作る辺り、セシル君は本当にサバイバル知識が豊富ですね……。 『小火』」
「サバイバル? よく分からないけど、こういう事なら任せてよ。色々と勉強してるんだ!」
粘土質の土を盛り上げ、空気の通りも考えた竈。その上には、そこそこの太さを持った生の笹が数本並んでいる。
もう火は点けてしまったので、後は焼くだけ。何を……と聞かれれば、バッタである。ニジイロバッタでございます。
セシルは物怖じせず、笹の上にバッタの足を2本並べる。……一気に2本とも焼いて下さるとは、その優しさに涙が出そうだ。
そうして待つこと数分、どこか懐かしい匂いが漂い始めた。
「なんかカニみたいなエビみたいな匂いが……コイツ、バッタだよな?」
「良い匂いだね。もうそろそろ焼き上がると思うよ」
そう、この匂いは甲殻類を焼いた時の匂いに近い。どういう訳か、食欲を誘う匂いなのだ。だが、その発生源がバッタという事実が恐ろしい。
自慢ではないが、俺は虫を食べた経験がない。そもそも、あのプニプニしたお腹とワシャワシャと動くおみ足が怖くて堪らないのだ。
季節外れの寒気に二の腕の辺りを摩っていると、セシルは火種に土をかけ始めた。どうやら、これで焼き上がりらしい。とうとう完成してしまったんですね……焼きバッタが。
「もう少ししたら触っても大丈夫な熱さになるはずだから、もう少し待ってて。僕も我慢する」
「ああ、俺なら永遠に我慢できるから大丈夫だよ」
ゴクリと喉を鳴らすセシルと、違う意味で生唾を飲み込む僕ちゃん。
聖戦の時は近い。あと数分で俺は未知なる世界へと飛び込まなければならないのだ。こんな現実になど遭遇したくなかった。
そうしてまた待つこと数分、アーサー王はとうとうカリバーンを手にした。そして何故かもう一本あるカリバーンを、俺に持つよう命じてくる。
「これ、エイルの分。こうやって下の方から笹で突っついたら身が出てくるから、こんな風に……美味しい! これ凄く美味しいよ!」
「お前こそ真の王様だよ……というか、本当に美味しいの? 嘘だろ?」
ムシャムシャと中身をほじくりながら、バッタを食べるセシル王。殻から出てくる身は薄く茶色がかった白。もしなにも言われなければ、カニの身だと思うだろう。だが、バッタだ。
カリバーン(食用)を前に、俺はまだ震える手を止められずにいた。どうして食べなければならないのか。それは、俺がバッタにトドメを刺したから。それがこんなにこんがり焼かれた以上、絶対に食べなくてはならない。
「うぐぐ……頂きます」
どうして食べるだけなのに、こんなに緊張しなくてはならないのか。全身が強張り、なかなか口が開いてくれない。
それでも、なんとかして笹でほじくり出した身を口に含む。俺は壁を乗り越えたのだ。
「…………コイツ、サラダに入ってやがった……」
新たな世界に身を投じた瞬間、漏れ出た言葉はそれだった。
そう、この味は食べたことがある。具体的には、母上様が作ったサラダの中に入っていた。なんということだろう、俺は知らない内に未知の領域へと踏み出していたのだ。母上様……。
俺はあの時、夏でもカニが食える世界なのだと感動していた。なにも知らず、能天気にそんな勘違いをしていたのである。
「……もぐもぐ」
もう、なにもかもがどうでもいい。そんなヤケクソになりつつ、ちゃんと味わってみる。
ニジイロバッタの味は、カニに近い。いや、エビにも近いと言える。甲殻類独特の甘みこそ若干薄いものの、それを補って余りあるほどに旨みが強い。もしかしなくとも、これは相当に美味しい部類に入るのではなかろうか。
「……悔しいけど美味い。というか、かなり美味しいんですね、バッタさんって」
「ほら、言ったとおりだった。僕もたまにしか食べられないけど、やっぱりバッタは美味しいよ。うん」
噛み締めれば噛み締めるほど、旨みを増すバッタの足。なんとも負けた気分になるが、これはもう事実として受け止めるしかない。バッタは美味しいんです。ちぃ覚えたくなかった……。
モムモムと二人してバッタを頬張りつつ、再び荷物を背負う。俺はリュック2つ、セシルは前肢の無くなったバッタ様だ。
漏れ出た体液で服が汚れるのではと忠告したのだが、セシルは別段気にする素振りを見せなかった。俯いていたので、俺はてっきりそれが嫌なのだと思ったのだが……。
セシルは立ち上がると同時に俯いた顔を上げると、なにかを決意した表情になっていた。
小さく息を吸い、目を見張る。そしてそのまま口を開くと、俺が予想だにしない言葉を放った。
「エイル……もし君が良ければ、僕に戦い方を教えてほしいんだ」
「……は?」
その申し出の意味を把握するのには、僅かな時間を要した。
どうして俺なのか。そう考え、そしてすぐに思いつく。セシルは、先ほどの一戦でなにかを感じたのだろう。
目の前で起こった戦いから受けた感銘なのか、自分の無力さへの悔しさなのか、それは分からない。だが、彼は俺に強さへの道を見出したのだろう。
「エイルが森の中へ逃げろって言ったの、後になって意味が分かったんだ。多分あの場所に僕が居たら、足手まといにしかならなかったと思う」
「いや、セシルが石を投げてくれたおかげで勝てたようなもんだから、あれは……」
「違う……僕はあの時、自分が本当に弱いヤツなんだって知ったんだ! 僕にはエイルが使った火の魔法も、雷の魔法も、闇の魔法も……スキルだって、君みたいに上手く使えない」
セシルが見ているのは、俺が前後に装備したタートルスタイルのリュックだ。確かに40キロ程度もある荷物を背負った状態で平然としている俺は、セシルにとって残酷な現実を突きつけるだけのものだったのだろう。
本音を言えば、俺も結構ヘトヘトになっているのだが……。そうでなければ、バッタを焼こうというセシルの提案などに乗ったりはしなかった。それでも、セシルがこの荷物を持ったとしたら、もっと早い段階で、もっと頻度を上げて休憩していただろう。
苦虫を噛み潰すように、セシルはその柳眉の間に深い皺を作り出す。下唇を噛み、けれどその目は、俺を見据えて放さない。
「僕があの場に居たら、間違いなく大怪我を負っていた。もしかしたら、死んでいたかもしれない。……僕は、守られただけだったんだ」
「そんなこと……」
ない、とは言い切れなかった。もしセシルがあのまま森の中で逃げ回っていてくれたら、俺は『氷矢』を連発して、さっさとバッタを仕留めていただろうから。
冷静になって考えてみれば、セシルに頼らずとも勝てる方法は幾らでも思い付く。例えば組み伏せた段階で『暗月』をもう一度放ち、その上で『暗月』ごと『火玉』で焼き払えばいい、といった具合だ。
『雷華』を纏った状態で急所に触れてもよかったし、氷魔法でバッタの周囲を冷やして活動を抑制するなんて荒業もあるだろう。
「エイルは優しいからそう言ってくれてるんだろうけど……でも、僕は守られる人間じゃ嫌なんだ。母さんを守れるように、母さんだけじゃなくて沢山の人を守れるような騎士になりたい。……エイルは、僕よりずっと強い。だから!」
セシルは息を吸い込むと、大きく頭を下げてきた。
「僕に、スキルと魔法を教えてほしい! お願いだ!」
年下に頭を下げるのは、この年齢の子供にはさぞ覚悟が必要だっただろう。
それでも、セシルは頭を下げてきた。その下がった頭には、揺るがぬ騎士への憧れが込められているような気がする。
惜しむらくは、そのせいでバッタさんがコンニチワしてきたことだろうか。
再び見詰め合う俺とニジイロバッタ。キラキラ輝く複眼は、まるで「いいからOKしちゃいなよ」と言っているかのようだ。前肢を食われたばかりだというのに、この貫禄は何処から来るのだろう。
バッタと見詰め合う趣味は持ち合わせていないので、顔を背けつつ考えてみる。
セシルは強くなりたい。ならば、俺と一緒に母上様から手ほどきを受けるのはどうだろうか。
そう考えてみるも、それではセシルが辛いだけかもしれない。母上様の稽古は、既に4大スキルが使えることを前提としたものになっている。もしセシルがこれに加われば、稽古のレベルを落とすなりしなければならない。それを真面目な彼が負い目に感じずにいられようか。
逆にレベルを落とさなかった場合、セシルは絶対についてこられないだろう。それではなんの意味もなくなってしまう。
俺に頭を下げるということは、他に教えを乞える人間が居ないということだ。
母上様は駄目。リーデさんは勿論駄目。残されたのは、俺だけ。
リーデさんはセシルを学校に通わせるつもりだと母上様から聞かされてはいるものの……果たして、この一度点いた火は大人しくしていられるだろうか。
自分に置き換えてみると、どうやら無理そうだ。赤ん坊時代にできない事が多すぎて悔しい思いをしてきたので、可能性を見つけたら掴んで放さないだろう。
だから結局のところ、俺は頷くしか他になかった。
「分かった。でも、母上様にお伺いを立ててからになると思う。正直、俺もまだまだ強いって言える立場じゃないと思うんだよ……。今回、ニジイロバッタで痛感させられたから」
セシルからは見えていないだろうが、足には蚯蚓腫れが沢山走っている。子供の柔肌なのだから、蚯蚓腫れ程度で済んだのは僥倖だったのだろう。
だが、そんな人間が人を教える立場だというのは無理があるのではないか。『ガード』の集中にしても、途中から乱れてしまっていた。結果、俺は空中へと蹴り上げられ、無様に地面へと叩きつけられたのだ。
俺には、圧倒的に経験が足りない。母上様から戦いのイロハを習っているのに、実戦ではそれがかなり吹き飛んでいた。もっと冷静で居られたら、苦戦もしなかったはずなのだ。
「お許しが出たらセシルに教えるよ。魔法とスキル」
「あ……ありがとうエイル!」
多分、セシルはもっと悔しいのだと思う。
さらに下げられた頭には、その思いに対する答えを見つけた希望があるのかもしれない。互いに焼きニジイロバッタの前肢を持っていなかったら、もっと青春チックなシーンとなっていただろう。
だから……。
「ぐふぅ!!!」
ずり落ちてきたニジイロバッタの頭突きは、ある意味読めていた。……読めていたはずなんです。




