049 クロスライムとユートピア
前回のあらすじ
Q クロスライムは湧水を見つければ出会えると思います。でも、バッタさんに嫌な予感がするんです……
A とりあえずクロスライムを見つけましょう
獣道は途中で何度も分岐点を挟んでいたのだが、セシルは迷いなく突き進んだ。
曰く、水の匂いがする。最初はなんのこっちゃと思っていたのだが、暫らく歩みを続けていると、本当にそんな匂いがしてきた。
そうして身体の小ささを活かして倒木や岩の間をを縫うように進んでいると、本当に湧水が見つかった。
そして、お目当てのクロスライムも……すぐに見つかったのだが……。
「ちょっと気持ち悪いね……」
「うっわ~……密入国する船の中ですかね、此処。もっとパーソナルスペース取るのをお勧めしますよ。その方が絶対過ごしやすいと思いますし……」
まほろ場のように広がる空間には、その中央に底まで見通せる透き通った泉が。中央で砂が勢いよく舞っているので、湧き出す水の量はかなりのものである。
そして、その周辺にはクロスライムクロスライムクロスライム……幾らなんでも、これはやり過ぎだと思います。
赤ちゃんクロスライムからお爺ちゃんお婆ちゃんクロスライムまで揃い踏み。確かに、以前ミシェルさんはこう言っていた。放置しているとすぐ増える、と。
だが……。
「増えすぎなんだよ! 沼の周り全部がお前等で埋め尽くされてるとか、夢に見そうで今日寝るのが怖くなるわ! 某街の悪夢も真っ青だよ!」
「あ、エイル見て見て。クロスライムどかしたら、下から溶けかけた虫とサワガニが出てきた。サワガニ持って帰ったら母さん喜ぶかな……」
「そのうえ不精か! 動かなくても勝手にご飯が近付いてくるので……とかですか!? 俺を弟子にして下さいよ!」
此処はまさにクロスライムの楽園。動かなくても餌の方から暗がりを求めてやってくる。
人の為の道から結構離れた場所にある為か、ここらのクロスライムは随分とよい暮らしをしているようだ。なんの遠慮もなくベタベタと触っているセシルになど構う素振りさえ見せず、クロスライム達は平和を満喫している。
水の大陸から来た外来種らしい彼等だが、その落ち着きっぷりは凄まじいものを感じさせた。
「あ、コイツが一番大きいよ。ちょっと巻尺貸してくれる?」
「いいけど……お前、よく触れるな。俺もそいつが単体だったらどうってことないんだろうけど、この満員電車状態にはちょっと引くわ……」
なぜだろう、望んでいた光景だったはずだったのに……。
ちょっと及び腰になりつつ、セシルに巻尺を手渡す。
「凄い、コイツ直径1ハルもあるよ! 60ロルなんか余裕だ!」
「デカイよ! 図鑑だと大きくて80ロルって書いてあったじゃないですか! 頑張って成長しすぎだから!」
まさかのメートル超えに、ツッコミが追いつかない。此処のクロスライム、相当に栄養状態が良いと見た。
セシルはそれなりの大きさのクロスライムを次々と身体測定していき、ちょっと上機嫌になっている。『ステップ』を使ってピョンピョンと岩とクロスライムを飛び越え、ついでにサワガニも探しているらしい。子供がはしゃぐ姿というのは、なんとも微笑ましいものだ。
しかし、俺にはそれが危なっかしくも見えた。水を差すようで気が引けるのだが、ちゃんと言っておかねばならないだろう。
「セシル、あんまり遠くに行くかないでくれ。この森には危ない動物や魔物が居ないらしいけど、この辺りは岩が多い。転んだら怪我するから」
「えー……大丈夫だよ。僕、これでも足腰には自信があるから」
「自信があろうと、駄目なものは駄目。なにより、俺が心配になるんだよ。サワガニもクロスライムも逃げないから、ちょっと飯にしよう」
「うーん……分かった。エイルがそう言うなら、そうするよ」
聞き分けのよい子で助かる。セシルは少し残念そうな顔をしながらも、俺の言うことを素直に聞いてくれた。
少し親というか歳の離れた弟を持つ兄というか、そんな人間の気持ちが分かったような気がする。
前世の俺は一人っ子だった。その上、従兄弟達は俺と同年代ばかりという環境。なので、こんな小さい子供の面倒を見たことはなかった。
今更になって気付くことがある。小さな子供を見ていると、酷く不安になるのだ。
怪我をしないだろうか。
目を離した隙に迷子にならないだろうか。
危ない事をしていないだろうか。
そんな『もしも』ばかりを考えてしまい、自分の側から離れられるのが怖くなる。
きっと母上様や親父やリーデさんも、俺と同じ気持ちを抱えているのだと思う。ここが地球ならば、山に子供達だけで入るなど許されなかったはずだ。
俺達だけで山に立ち入るのを許されたのは、俺への信頼があったからこそなのではなかろうか。
「サワガニは黒粘土集めてから探すの手伝ってやるから……」
「うん、分かった」
スキルと魔法。そして一つ星冒険者という肩書き。それが今頃になって、少し重たく感じられた。
今回、セシルの働きはかなり大きいと思う。依頼料の半分以上を彼にあげても良いとさえ思えるほどだ。
しかし、やはりセシルはまだまだ幼い。使える自衛手段は『ステップ』のみで、危険から身を守る際の選択肢は『逃げる』のみ。おそらく、此処に居るクロスライムを倒すことにさえ困難するだろう。
だから、俺がしっかりとセシルを見ていなければならないのだ。
怪我をしないように。
迷子にならないように。
危険に近付かないように。
それこそが、一般人を依頼に同行させた冒険者の義務なのだろう。とにかく、俺はセシルを守らねばならない。
「はい、エイルの分のオニギリ。あ、昨日のお菓子美味しかったよ! 母さんも喜んでた!」
「お、ありがと。そうかそうか、そりゃよかった」
本当に弟が出来た気分になってきた。肉体年齢でいえば俺の方が年下になるのだが、それでもそう感じてしまう。
モグモグと二人してオニギリを頬張り、王都で買ったベーコンをつまむ。
「此処、結構良い場所かもしれないな。クロスライムを見なければ、だけど」
セシルがくれたオニギリは、雑穀米の物だった。家でもオニギリは作られるのだが、セシルの家のオニギリは米の割合が少ない。
だが、絶妙な塩加減とアクセントの利いた歯触りが心地良く、リーデさんの料理の腕前を窺い知った。貧乏料理だろうと、美味しい物は美味しいのである。
そしてまた、湧水が素晴らしいの一言だ。その透明度の高さは伊達ではないらしく、なぜクロスライムがこの場所に集まっているのかが分かった気がする。コクリと飲めば、より一層にオニギリの味を引き立ててくれた。
「水も綺麗で空気も美味しいからね。ほら、地面に鹿の足跡がある。動物達もこの場所が好きなんだよ」
「う~む……なんか平和すぎて、俺も此処に永住したくなってきた」
「いや、流石にそれは……」
「冗談だよ。さて……と、食い終わったことですし、さっさと目的を果たしますか。セシル、俺が黒粘土集めてる間に俺の水筒にも水汲んでおいてくれるかな?」
質素ではあったが、妙に満足感のある食事だった。
尻に付いた泥と砂を軽く払いつつ、俺はクロスライムの群れへと進む。
「了解。あ、その間サワガニ獲っててもいいよね?」
「そんなにサワガニが食いたいか……。分かった、俺の近くで獲ってるならいいよ」
「やった!」
俺も大概甘い人間なのかもしれない。
まあ、セシルが目の届く範囲に居れば問題はないはずだ。そう思いながら、クロスライムに向かい合う。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
彼等も生き物な訳で、依頼の為とはいえ罪悪感が芽生えてくる。念仏がこの世界で意味があるかは知らないが、とにかく神妙な心構えで取り組もう。
俺が念仏を唱えているクロスライムは、プルンプルンと風に揺れて誇らしげだ。まさかこれから自分が狩られるとは、予想だにしていないだろう。
クロスライムの額が何処にあるのかは分からないので、適当に頭頂部付近に指を当てる。そして、それを地面までゆっくりと這わせていった。
「汝が大地に還ることを……」
親父が教えてくれた、別離の儀式。相手がどんな魔物であろうと、これをするのは絶対の決まりなのだそうだ。
意を決し、親指と人差し指の間に初級雷魔法『小雷』を展開する。
「ごめんな……」
これは、命を奪うこと。だからこそ、そんな謝罪が漏れ出てしまう。
だがそれでも、これは仕事なのだ。
指の間でパチパチと音を立て続けている『小雷』を狙いのクロスライムへと近づける。
そして、指先が触れた。
「うぅ…………あれ?」
気のせいだろうか。クロスライムは僅かにプルンプルンしただけで、全くダメージを負っていない気がするのだが……。
ミシェルさんの言葉通りなら、これでクロスライムは一撃のはず。なのだが、目の前のクロスライムはプリンプリンしながら俺から逃走を図ろうとしている。
そして気付いた。このクロスライム、地面の中に体を半分以上も埋めていやがったのだ。
「お前が此処のボスかよ! デカすぎるだろ! そらこんな小さい雷魔法じゃ効かんわ!」
その大きさ、なんと1.5メートル。通常のクロスライムの倍以上にもなるサイズである。
奴が埋まっていた穴には大量のサワガニの爪が散らばっており、その大食漢っぷりが窺える。餌と十分な潤いを得る為、体の下半分を埋めていたのだろう。在来種を暴食し、人をおちょくるとは……とんでもない奴だ。
「おぉぉおおおお! 雷よ走れぇぇええええ! 『雷華』!」
いいだろう、更に威力のある下級雷魔法で仕留めてやろうではないか。
実は昨晩、こんなこともあろうかと勉強していたのだ。なので、覚えたばかりの魔法だったりする。
怒りの詠唱が終わると、俺の掌全体に紫電が走り始めた。
属性容量が気になったりもしたが、そこはそれ。所詮は下級魔法でしかないので、食われる属性容量は軽微。魔王の石ドーピングで属性容量も増えているはずなので、俺ならば問題ないだろう。
湧水の方から、「これで12匹目だ!」という声が聞こえてきた。あちらはあちらで必死なので、俺がなにをしているかなど見ていない。ちょっと悲しくなってきた。
標的のボスクロスライムは、のそのそプルプルと俺から距離を離そうとしている。だが無意味だ。
「これがぁぁあああっ! サワガニの呪いだぁぁあああああ!」
怒りのお触りが炸裂する。
まさに渾身の一撃。『ガード』も使えないクロスライムでは、これを防ぐ手立てなど皆無である。
紫電が奴の全身へと這い回っていく。バチバチと派手な音を響かせ、相手の命を刈り取る為に。
それは、一瞬の出来事だ。瞬きする間もない本当の一瞬を経て、勝負は決着する。
ボスクロスライムは僅かに身悶えして
「ちょえぇえ!?」
破裂した。
ベチョベチョ。
下半身がクロスライムの体液で汚れている。なんだかもの凄く嫌な気分だ。
「エイル……クロスライムの体液は肌に悪いらしいから、湧水で洗ってきなよ」
「かたじけない……」
クロスライムが破裂するとは、誰が予想できただろう。おかげでおっかなびっくりといった体で他のクロスライムも倒さなければならない羽目になった。
それで分かったのだが、どうやら60ロル程度のクロスライムなら『小雷』で十分に倒せるらしい。しかも、破裂しないという素敵仕様でだ。
これが大体80ロルを超える個体になると、『小雷』では倒しきれなくなってくる。なので『雷華』を使わなくてはいけなくなるのだが……そうなると破裂してしまう。
どちらにしても黒粘土は得られるのだが、やはり俺としては大きさを重視したかった。
そんなこんなで時間を取られてしまったクロスライム討伐だったが、結果は上々だ。既に30匹を狩り終えており、黒粘土の規定数は満たしている。なかなか上手くいったのではなかろうか。
俺は一仕事終えた汗を流すのも兼ねて、湧水に下半身を浸す。
「いいですな~、玉もよく冷えますぞ」
水はかなり冷たかったが、それでも気持ちよく感じられた。やはり仕事の後の一風呂は最高といえる。
「でもさエイル、これどうやって運ぶの?」
上機嫌な俺に対し、セシルは不安げだ。まあ、それも仕方のないことだとは思う。
セシルの視線の先には、30個の黒粘土。クロスライムが破裂した後に残った物達なのだが、そのほとんどが大粒だ。
一つ300ノードは下らないだろう。1ノードが10グラム前後なので、大体3キロ以上となっている。そして、それが30個。大きい物も含まれているので、100キロ以上はあることになる。
セシルはそれを自分が全部運ばなければならないかもしれないという不安を抱いているのだろう。
「一人頭で大体2000ノードずつ運ぼう。一人当たり6個か7個が目安かな。残りは雨風に晒されない場所に隠しておいて、また明日にでも取りに来ればいい」
「2000ノード……わかった、頑張るよ」
子供が20キロの荷物を持って山道を歩くのは厳しいかもしれないが、実はあまり心配していない。俺達には『ステップ』があるからだ。
しかも、俺は『ガード』も使える。『ガード』を展開しつつリュックサックを背負えば、3000ノードあろうと持ち運べるだろう。
「そういえば、そっちの獲物はどうだった? こっちが手間取ってたせいで手伝えなかったけど」
「サワガニ? ああ、手伝ってもらうほどじゃないから、べつにいいよ。大体30匹くらいかな……あんまり獲りすぎるのもいけないと思ったから、あとは適当に遊んでた」
「それくらいなら問題ない……のかな? ともかく、乱獲はやっちゃいけません。特にこんな小場所だとすぐに居なくなるから、30でも多いかもしれない」
「かなぁ……? じゃあ、半分にするよ」
「それがええそれがええ、自然は大切にしましょう」
このサワガニは在来種だと思われるので、居なくなってしまえば生態系が狂ってしまう。そういう意味でも、この黒い軍団は罪深い。
そんなクロスライムなのだが、自らの意思で水の大陸から風の大陸へお引越しした訳ではなく……結局のところ、人間に振り回された結果が今の彼らなのだ。
しかし、同情する部分はあるものの、これはお仕事。だから、電撃お触りをする。俺は黒粘土を集めなければならないのだ。
クロスライムの数も減ったことで、湧水の周りはちょっとスッキリした感じになっている。
俺が倒したのは最初のボススライムを除き、最大サイズより少し小さめの奴等だ。なので、まだ大きい奴は結構残っている。
そこには、また増えたら黒粘土を集めやすくなるという打算もあった。
実際にクロスライム討伐をやってみて思ったのだが、この依頼は狩場を見つけてしまえばかなり美味しい。この場所に居るクロスライムは異常なのかもしれないが、彼等は集団で生活する習性を大なり小なり持っているらしいからだ。
森の中で見つけたクロスライムにしても、小型ながら4~5匹で寄り集まっていた。おそらく、外的から身を守る為なのだろう。イワシやアジが大型魚から身を守る時と同じように、仲間を盾にするのだ。
「クロスライム食べるのって、イヌトカゲの他になにか書いてあったよな?」
「ギンイノシシだね。でも、他の動物も結構食べてるらしいよ。胃薬になるんだって」
「ふ~ん、人間には効かないのかねぇ」
「さあ……?」
セシルは先程の言葉通り、大きめの竹筒からサワガニを再放流している。
再びの自由を手に入れたサワガニ達は、思い思いに岩の隙間へと戻っていく。中にはクロスライムの元へと向かうサワガニまで居て……再びセシルに捕まえられ、泉の中央付近へと放り投げられていた。
「オーケー、あとは黒粘土を鞄に詰めて帰るだけだな」
そうして、俺とセシルは黒粘土を鞄に詰め始めた。
実際に詰めていて思ったのだが、どうやら一つ3キロと計算したのは間違いだったらしい。
一番小さいので3キロといったところだろう。一番大きい物になると、5キロ以上はありそうだ。せっかくなので大きめの奴を、と思って狩っていたのだが、それは失敗だったのかもしれない。
しかも、もう30匹狩り終わってしまっている。無意味に命を奪ったことになるので、これを放置して別のクロスライムを倒すことはできない。
「やっちゃったかもしんない……」
帰り道のことを考えると、なんとも憂鬱な気分になってくる。森の外までなら『ステップ』のおかげでそんなに苦労はしないだろうが、その先が問題だ。
俺自身も辛いことになるだろうし、なによりセシルへの負担もある。1回の運搬で運ぶのを40キロまでとしても、最低でも3日は掛かってしまう。
一刻も早い自転車の完成が望まれるところではあるのだが、それは無理だ。一から作ってもらっているだけではなく、今鞄に詰めている黒粘土が必要になってくるのだから。
明日はなんらかの運搬手段を考えておいた方が良いだろう。たかが20キロとはいえ、やはり子供の体では負担が大きい。
「セシル、6,7個って言ったけど、5個ずつにしよう。これ思ったより重いみたいだから」
「そ、そうだね。さっき7個詰めてみたけど、滅茶苦茶重たかった……」
セシルもセシルで、大きいのばかりを選んで詰めている。あれは絶対20キロでは済んでいないはずだ。張り切ってくれているのは頼もしいが、べつに本日中で大粒を全て運ぶ必要はない。
そんなこんなで、各々の荷造りが終わった。
若干、セシルの方が俺より軽いようにしている。今回の俺はクロスライムを狩っただけで、それも泉を見つけてくれたセシルのおかげだ。功労者には、それなりの礼をもって接しておきたい。
「よし、こんなもんだろ。帰るとしますか」
「うわっ! これ気を抜くと後ろにこけそうになる……。エイルも気を付けて」
セシルの気遣いに頷いて返し、足を踏み出す。此処までの道のりはそれなりに険しくあったものの、それはなだらかな上り坂でもあったからだ。それが帰りは下り坂になる訳で、森を抜けるまでは問題も少ないだろう。
枝葉を払う為の枯れ枝を1つ手にし、俺達はクロスライムのまほろ場を後にした。




