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046 指名依頼と異界の魔物

前回のあらすじ

 Q ポーションの作り方とかをルリーさんから教えてもらいました

 A アレロ……アレロ?

 約束していた11時より早い到着ではあったものの、冒険者ギルドにはセシルの姿があった。

 俺より早く到着して待っているとは、同じお子様ボディでも大したものだ。10分前行動を心掛けている俺が負けるとは思っていなかった。

 セシルは壁際で他の冒険者達をチラチラと横目で見つつ、所在なげにしている。


「セシル」


 声を掛けると、セシルは少し安堵した表情を浮かべ、続けて笑顔でこちらに駆けてきた。


「エイル!」

「悪い、なんか遅れたっぽいな。その様子だと結構待っててくれたみたいだけど、何時ごろから来てたの?」

「10時から待ってたんだ。今日は頑張らないといけないから、色々と持ってきたよ」


 まさかの1時間前行動である。社会人でもあるまいし、ちょっと律儀すぎるのではなかろうか。

 ともあれ、セシルはやる気に満ち溢れているようだ。かなり大きなリュックサックを背負っており、稽古用と思われる木刀を握っている。


「1時間も前から待ってたとか、良い子すぎて俺の立つ瀬がないんですけど……。ところで、背中に背負っている物は分かるんだけどさ、その木刀はなんなの?」

「今日は魔物を倒すんだよね? なら、僕も手助けしようと思って」

「あ~……なるほど」

「オニギリもあるんだ。エイルの分もあるから、お昼になったら一緒に食べよう」

「あ、それはちょっと嬉しいかも」


 ちなみに、この国の主食は米だったりする。元日本人の俺にとって、かなりありがたかった。

 あまり贅沢を言うつもりはないが、毎日食べる物でもあるので、やはり主食は大切だと思う。これがオリーブオイルたっぷりのパスタとかだったら、俺は幼くして将来に不安を抱いていただろう。体型的な意味で。


「とりあえず受け付けに行こうか。支度金も少し必要だし」

「うん!」


 先導する俺に、セシルは緊張した面持ちでついて来た。

 殊勝な心構えで付き合ってくれるのは嬉しいのだが、やはり少し勇み足になっている気がする。魔物と戦うということで、男としての血が騒いでいるのだろう。

 だが、彼にその役目は与えられない。セシルの実力がどの程度かは分からないが、3馬鹿に好き勝手されていたという事実から、魔物と戦うのは俺の仕事だと考えなければならないからだ。

 その俺自身もどこまでやれるかさっぱり分からないのだから、本格的な魔物討伐ならば、まだまだ先の話になるだろう。

 しかし、今回の魔物討伐は難しくも危険でもない。対象はクロスライムだからだ。

 そう、あのゲームなんかで有名な雑魚モンスターなのである。図鑑に書いてあった内容が確かならば、その危険性はすさまじく低い。

 俺達はまだまだ子供なので、石橋は叩いて叩いて叩き割るくらいで丁度よいだろう。

 そういう意味でも、クロスライムさんは俺達に打ってつけの相手だといえる。ろくな攻撃手段を持っていないクロスライム先輩だからこそなのだ。

 一応はクロスライム様も魔物なので、『魔物討伐』扱いとはなっているものの、その実体は採集に近いらしい。昨日の夜、母上様がそう教えてくれた。

 そんな下調べのおかげから、俺は幾分リラックスできている。


「こんにちは、イリスさん」

「よくぞ来ました少年達。今日はエイル君宛てに指名依頼が来てるよ。1つ星で指名依頼とは、やるねぇ~」


 受付で俺達を見ていたイリスさんに声を掛けると、すぐさま依頼の話が始まった。

 内々でのやり取りがあったからこその指名依頼なのだが、どうやら1つ星では少ないようだ。


「ありがとうございます。ファンデル金物店からの依頼ですよね? クロスライム討伐の」

「そうそう。昨日クロスライム討伐を受けるとか話してたけど、この依頼だよね? 受ける?」

「受けます。クロスライムですから」


 そう、討伐対象がスライム御大だからこそ成り立つ。

 初心者ならば、最初はスライム退治。この世界でも相場が決まっているのだ。


「あはは、確かにクロスライムだもんね。指名依頼だから、頑張らないと駄目だよ?」


 イリスさんは手元の書類に必要事項を書き込むと、一枚の紙と赤い腕章と白い腕章を手渡してきた。

 腕章はシロヨモギの時に渡された物とは違い、ただ『依頼受注中』と書かれている。赤い方には星印が書かれているので、おそらくこれが俺の物なのだろう。

 紙の方はクロスライムについてで、直径60ロル以上のクロスライムしか依頼の条件を満たせないと書かれてあった。


「赤い腕章がエイル君のやつね。もう一つの白い方はセシル君の。依頼のお手伝いしてますよ~っていう意味の腕章だから」

「了解です」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


 セシルも自分の腕章を受け取り、気合を入れなおしている。

 ……心持ちイリスさんの口角が上がっているように見えるのは、気のせいだろうか。


「いやー、二人は本っ当に可愛いなぁ……。お姉さん、10年後が待ち遠しいくらいだよ」

「ほう、僕ちゃんの可愛らしさに気付いてくれましたか」

「うんうん。エイル君ならきっと、しっかり受け止められる人になれるから。あぁでも、エイル君が突撃する人でも……どうしよう、お姉さん困っちゃう!」

「硫化水素みないな臭気が漂ってきましたね……。ま~た尻が痒くなってきましたよ。プリケツちゃんを虐めないで下さい」


 ボリボリと尻を掻く俺の後ろで、またもやセシルが首を傾げている。

 彼も俺の尻を痒くした前科者なので、意味が分かるようになったら色々と反省していただきたい。思い出したくもない事件だ。


「それと、貯金から500ブール下ろさせてください。色々と準備しておきたいので」

「ミシェルが聞いたら泣きそうな言葉ね……6歳児が500ブールとか、世も末だわ。えっと、あんまりお金の入ってない方からだよね? 大切に使わないと駄目だよ?」

「そのお子様口座からお願いします。お昼ご飯とか大きめの鞄とか買わないといけないんですよ」

「それにしては多いような気がするけど……ほいほい、ちょっと待っててね」


 トコトコと奥へと引っ込むイリスさんを見送り、セシルに声を掛ける。

 500ブールも必要だと感じたのは、彼の持っている武器にあったからだ。


「セシル、この後で色々と必要な物を買わないといけないんだけど、その時に武器も買っていこう」

「え? エイルはなにも持ってきてなかったの?」

「違う違う、セシルの武器だよ。木刀だと心もとないから、オッチャンの……今日の依頼主の店でナイフでも調達しておこうかなって」

「え……でも、僕お金が……」

「それは俺が出すから。セシルは我が社の従業員な訳で、これは制服を買い与えるようなもんなんだよ。俺はブラック企業でもワンマンでもないつもりだから、その辺は安心してオッケー」

「え……え? ブラック? ワンマン? 言ってる意味が……」

「俺はセシルに手伝ってもらう立場だから、その準備くらいはしますよってこと。このお金は気にしなくていいから。滅茶苦茶高価な物でもないし」

「え、えっと……よく分からないけど、分かったよ。ありがとう、エイル」


 買うのは俺と同じでナイフになるだろう。

 騎士を目指したいというセシルには剣もよいかと思ったのだが、鍛造の剣は高すぎる。また、俺達の体格に合った剣を探したところで、成長するにつれて無駄になる可能性が高い。

 オッチャンの350ブール均一ナイフは他の店の物より質が確かだったので、それを買い与えるのが一番だろう。

 セシルはちゃんとした武器が手に入ると分かったからか、さっきから小さく拳を握ったり開いたりしていて落ち着かない。騎士になりたいというだけあって、本物の武器に憧れていたのだろう。


「おまたせー。本当にちゃんと使わないと駄目だよ?」


 そうこうしている間に、イリスさんが戻ってきた。

 その手から銀貨5枚が入った布袋を受け取り、頭を下げる。


「ありがとうございます。それじゃ、行ってきますね。何日か掛かると思いますけど、黒粘土が30個集まったらまた来ます」

「はい、頑張ってね。あ、その時はちゃんとセシル君も連れてこないと駄目だよ? なんたって、協力者なんだから」

「了解です」

「ちなみに、二人が揃ってると私も喜びます」

「……ひっ!」


 なぜ、俺達二人が揃うとイリスさんが喜ぶのか。飾り気のない笑顔でいる彼女に対し、妙なプレッシャーを感じてしまう。

 それは冒険者を案ずるギルド職員だからなのか、それともお子様二人を微笑ましい目で見る大人としてなのか。

 いや、そればかりではない気がする。考えすぎなのかもしれないが、イリスさんが重ねた業の深さが、俺の思考を深みへと誘う。

 セシルもただならぬ腐乱臭をを感じたらしく、笑顔こそ浮かべているものの、二の腕の辺りを摩っている。まだ8歳児であるセシル君、早くも作り笑顔を習得したらしい。

 俺はこの時、彼女こそが魔物なのでは、と思っていた。

 異界の魔物イリスの誕生である。

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