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044 母親達と我が子達

前回のあらすじ

 Q セシルのお母さんを治療しました。上手くいってよかったです

 A お尻が犠牲になるかもしれませんね

 レイラは玄関の扉がノックされた時、エイルにその場で尻叩きを喰らわせてやるつもりでいた。

 最近になって外出を許した我が子だったのだが、その素行はあまり褒められたものではない。その初日から続く遅い帰宅は、6歳児の行動としては問題があったからだ。

 特に初日は酷く、彼女の言い付け通りダイコンを買ってきたまではよかったものの、それを頑として譲ろうとしなかった。

 一体何処でどう教育を間違ったのか、レイラにとってエイルの素行は頭の痛くなる問題となっている。

 これがある程度の年齢ならば許せるのだが、エイルはまだ6歳児だ。冒険者ギルドからのお墨付きを貰っているとはいえ、まだまだ親としては心配になってしまう年頃といえる。

 なにより、この世界は危険がそこかしこに潜んでいるのだ。先日も、エイルは自分で解決できたとは言っていたが、粗暴な冒険者から絡まれていた。

 エイルのスキルが同じ年齢の子供達よりも抜きん出ているのは、レイラ自身もよく分かっている。だが、それでもエイルに経験が少ないことには変わりない。

 もしなにか手に余る事態が起こってからでは遅く、それをエイルはまだ理解していないのではないか。そう思い、それをエイルに分からせるつもりだったのだ。

 だが、レイラが扉を開いた先には、少しバツの悪そうにしている我が子の他に、二人の人間が居た。


「すみませんでした……エイル君に治療してもらっただけではなく、夕飯まで御馳走になってしまいまして」

「いえ、息子が御迷惑をお掛けしたと思いますので、これくらいはさせて下さい。主人が同僚と飲みに行くことになったので、どうせ余ってしまうところでしたし」


 現在、レイラは食卓を訪問者の一人であるリーデ・ライトと囲んでいる。

 聞けば、彼女の怪我をエイルが治療したというではないか。飄々としてどんな行動をしていたのかをはぐらかす悪癖があるエイルなのだが、その一端を掴んだことで、レイラは安心していた。

 危ない事をしていなければそれでよい、そう考えてしまうのは彼女が母親だからだろう。

 帰宅時間が遅いのはやはり問題でもあるのだが、それが誰かの為に奮闘しての時間なのだとしたら、それはそれで責めるの間違っている気がした。

 しかし、ならば何故危険の多い冒険者になることを我が子に勧めたのか。それは、レイラの経験からくるものに起因する。

 彼女は昔、迷子になった時に冒険者から助けられていた。

 冒険者とは、『探す』ということに長けた人間だ。そして彼等の所属する冒険者ギルドは、彼等を保護する役割も担っている。

 もしエイルがなにか問題に巻き込まれたとしても、冒険者とギルドは必ずエイルを救おうとするだろう。

 また、冒険者は危険と隣り合わせの職業でもあるのだが、それ故に経験を積むには打ってつけなのだ。今のエイルの年齢では危ない事をさせられないが、いつかまともな依頼を引き受ける段になったとしても、依頼内容を吟味すれば命の危険をほぼゼロに減らせる。

 なに一つ問題のない環境で自衛の為に腕を磨くというのも一つの手ではあったのだが、それでは限界が見えてくる。

 実際、レイラが魔物と渡り合うようになってから得た物は大きい。

 本当の危険に対する行動、魔物を倒すための手段。魔法とスキルの本格的な使用方法。そして、敵わぬ相手を知ること。

 それらは等しく、実際の行動しなくては得られない経験だ。

 まだ一つ星のエイルが受注できる範囲には、危険な依頼が少ない。精々がニジイロバッタ討伐程度だろう。

 今日送られてきた指名依頼を告げる手紙。そこにあったクロスライム討伐ならば、エイルの実力から考えて問題もないといえる。

 少しずつ階級を上げていけばよい。レイラはそう考えている。

 ゆっくりと実力を伸ばしていけば、自身の命を守りつつ成長できるはずだと。賢い我が子ならば、無闇に危険へと首を突っ込まないだろうという考えもある。

 そして、その期待は思わぬ形で芽を出したらしい。


「あの……これ、本当に怪我をしていたんですか?」

「はい。治してもらってなんなのですが、本当にビックリしました。以前、他の治療師に怪我を治してもらった事もあるのですが、ここまで綺麗に治してもらえたという記憶がないのですよ……。失礼ですが、本当にエイル君は6歳なのですか? 一つ星というだけでも驚いきましたけど、実際に魔法を使って見せてもらうと、それ以上の腕前を持っているように思えるのですが……」


 リーデはエイルからギルドカードを見せてもらった時、我が目を疑っていた。6歳で一つ星となると、それはもう最初から才能に恵まれていたとしか考えられないからだ。

 リーデはエイルを高貴な出自の人物だと勘違いしてしまっていた。

 そしてその勘違いから、リーデはセシルの初めての友人に気が気ではなかった。

 その場でエイルに出自云々を聞くこともできたのだが、リーデはそうしなかった。そうしなければならなかったのは、不敬にあたるからだ。

 リーデは昔、とある貴族の元で侍女として働いていた経験がある。

 それ故、エイルの回復魔法を目の当たりにしたことで、その考えはより強固なものへと変わってしまっていた。

 なにより、エイルの言葉遣いはしっかりとしている。6歳という年齢では考えられないほど達者で、何度か大人を相手にしているのではないかと錯覚してしまったほどだ。

 だが、蓋を開けてみるとどうだろう。

 そんな人物の帰りを送らない訳にはいかないだろうと考え、そうしたまではよかった。だが、彼が案内した自宅は上級区にあったのだ。自分達より裕福な環境ではあるものの、エイルは貴族でも王族でもなく、ただの平民だった。

 彼の家は、庭を含めると2軒ほどの敷地を持っている。上級区でも少し裕福な立場の両親を持っているのは確かであろうが、それでも平民という枠を超えるほどではない。

 だが、だからこそ疑問に思う部分が出てきていた。

 エイルが使った回復魔法は、彼女が知る中でも指折りの素晴らしい魔法だったのだから。

 それは、優れた師から教えを乞うたとしても難しいようにさえ思えた。それこそ、王族並の教育環境と魔力量に恵まれていなければならないでは、と考えてしまうほどだ。


「ええと……間違いなく6歳です。昔から変わっている子だったんですけど……。そうですか、そんな回復魔法を……」


 そんなことをリーデが考えているのなど露知らず、レイラは内心で小躍りしたくなるほどに舞い上がっている。

 エイルは赤子の頃から回復魔法を使っていた。そして、それが確たる才能として芽を出してくれたのだ。母親ならば、これを喜ばずにいられようか。

 赤子が回復魔法を使うという前代未聞の事をやってのけた我が子は、どうやらその後も切磋琢磨していたらしい。

 もしリーデの言った程度の大きさの怪我であったなら、それを治す程度なら別段驚くほどのものではない。だが、ここまで綺麗に治せる回復魔法というのは、レイラ自身もお目に掛かったことがなかった。それは即ち、エイルの回復魔法はとてつもない精度を誇っていると考えてよいことになる。

 本来、回復魔法とは一時しのぎ程度のものだ。激しく動けば傷が開く上、痛みも若干残ってしまう。

 だが、エイルの回復魔法はそんなマイナス面さえほとんど見受けられない。


(やっぱりテッドより才能あるんじゃないかしら……?)


 魔力量だけで考えれば、エイルに勝ち目はないだろう。しかし、その効果で比べれば勝っているのではないかとさえ思える。

 リーデを見る限り、彼女が怪我人であったのが不思議なくらいだ。そこまでの回復魔法となると、風魔法の専門家であるテッドでも難しいのではなかろうか。

 もちろん、偶然という可能性も否定はできない。しかし、そうではないと思い込みたいのは、レイラがエイルの母親だからだろう。


「夫はテッド・ラインという名前なんです。最近になってから有名になったんですけど、聞き覚えとかありませんか?」

「テッド・ライン様……はい、聞いたことがあります。なるほど、そうだったのですね……それなら、あの回復魔法も納得がいきます。言葉遣いに関しても、きっとご両親の教育の賜物なのでしょうね。私も頑張らなくては……」


 リーデにしてみれば、テッド・ラインの名前が出たことで様々な疑問が氷解していく心地だった。

 しかし、対するレイラは首を振る。彼女が記憶している限り、夫が息子に火と闇以外の魔法を教えている素振りはなかった。テッドは息子の才能が闇と火の属性にあると思い込んでおり、それ以外を教えるのに難色を示しているのもある。


「それがそうじゃないんですよ。子は勝手に育つとはいいますけど、あの子はそれの斜め上を行っているといいますか……回復魔法も赤ちゃんの頃から使えていましたし、『風刃』も……おかげで魔力暴走なんじゃないかと肝を冷やした時もあったんですけどね。言葉遣いも本で知ったらしくて、気付けば勝手に使うようになっていました」


 苦笑混じりのレイラの言葉だったが、聞かされたリーデは度肝を抜かされた。

 赤子の頃から『風刃』と『風治』を扱えるとなると、それはもう異常といってよい。少なくとも、彼女の知る限りでは聞いたこともない話である。

 その上、本から勝手に学ぶ程の知能があったとレイラは言う。それはもう、天才と呼んで差支えがないように思われた。


「なんといいますか、凄いの一言ですね。でしたら、魔力量も相当あるのでしょうね……」


 自分の低い魔力量を思い出し、リーデは溜め息にも似た息を吐く。

 才能溢れるエイルに対し、自分の息子にはそれがあるのかは分からない。自身の低い魔力量が遺伝していなければよいのだが、とリーデは思わずにいられなかった。できることならば、亡き夫の血を色濃く継いでいるのを願うばかりである。


「それがですね、326らしいんですよ。私も不思議なんですけど、平民としては高い程度なんですよね……。スキルの方はかなりの才能を持っていますし、魔力の操作が飛び切り上手いとかなんじゃないかと思うんですけど……」

「326……? そんな、レイラさんは見ていなかったので無理はないと思うのですが、あの『風治』は326程度の魔力量で使えるようなものではありませんよ。私は少なくとも、3000程度は持っているものと……」

「ええ、私も先程の話からおかしいと思っているんですけど……。あの子、フラフラとかしてませんでしたよね?」

「はい、足取りはしっかりとしているように見えました」

「う~ん……」


 実は冒険者ギルドにてエイルの魔力量が326より多い可能性が示唆されているのだが、レイラはそれを知らなかった。

 謎だらけの我が子に、レイラの渋面は濃くなっていく。魔力量だけではなく、本当に闇と火の才能だけなのだろうか、とも思わずにいられない。

 確かに、エイルの髪の色は黒と赤を混ぜたような色をしている。だが、闇の色は本来紫だ。エイルの髪の色は、他の色を塗りつぶすほどに濃くなった赤とも考えられないだろうか。

 火魔法は、その発動に風魔法を必要とする。空気中の精霊に呼びかけ、火魔法を発動できる下地を作ってもらわねばならないからだ。それは冒険者にとって常識であり、一般人でさえ知っていることでもある。なので、エイルが風魔法を使えることになんの不思議はない。

 だが、それはあくまで火魔法のついでとして考えた場合だ。リーデが言う通りの『風治』ともなれば、才能が無ければ発動できないのではなかろうか。

 もし自分に才能のない属性の魔法を発動しようとすると、魔力は異常なほどに消費されてしまう。それこそ、326という魔力量では絶対に無理といってよい。

 リーデもエイルには闇と火の適性があると思っているらしく、だからこそ首を捻っている。先程の3000という数字も、風魔法への適性を持っているのを前提として出したのだろう。

 そこまで考え、レイラは廊下へと視線を向けた。


「エイル~、フラフラとかしてない~?」

「漢やから! 僕ちゃん男の子やから、しっかりしてるで! まだまだ眠くもないで!」


 話題のエイルはというと、セシルと子供部屋で魔物図鑑を読んでいるらしい。

 子供同士が仲良くしているのはよいだが、少しは空気を読んでほしいと思うのレイラである。相変わらずの聞き慣れない方言のような喋り方が返ってきたので、思わず脱力してしまう。

 そんなやり取りを聞いて、リーデは表情が緩むのを我慢できなかった。くすり、と小さな笑い声まで漏れ出ている。


「やっぱり、エイル君も自分の家では子供なのですね」

「子供も子供、やんちゃ坊主ですよ。主人の書斎には勝手に潜り込む、帰ってくるのは遅い、口を開けば想い人の話ばかり……。知ってますか? あの子、アセリア薬剤店のルーレルさんに片想いしてるんですよ。もう、どうしていいやら……」


 いきなり話が飛躍したので、リーデは少し面食らってしまった。いきなり6歳児の恋愛事情が出てくるとは、誰が予想できようか。

 だが、それは彼女の少し懐かしい記憶を呼び起こしてくれた。侍女として働いていた頃、確か自分は同僚とこんな風に話していたのではなかったか、と。

 レイラとリーデは歳が近く、お互い一人息子を抱えた身だった。子供に振り回されているという、なんともな共通点があったりもする。

 彼女の現在の仕事は近隣の村へと赴き、野菜の収穫を手伝うことだ。そういった環境では、同年代の女性と接する時間も少ない。

 だからなのだろう、気付けばレイラの愚痴に相槌を打ちつつ、自分の事も話し始めていた。


「それはまた、随分と難儀な恋をしていますね……。家の子はそういった事にまだ目覚めていないみたいなのですが、いつも騎士になる騎士になると言って聞かないんですよ。あまりにしつこいもので、その為の学費を捻出しないといけなくなりまして……おかげで家計は火の車になってます。本当は騎士になるのも反対なんですけどね……根負けしました」

「あ~……ウチの子は魔法が知りたいって、主人を困らせてましたよ。今日の話を聞くまではスキルの方が才能もあるだろうと私も考えていたりして、主人もその辺を言ってくれたみたいなんですけど……あの子、頑固でして」

「エイル君には魔法の才能もあると思いますし、すぐに中級までなら扱えるようになるのではないですか?」

「もう中級は使えるみたいなんですけどね……。それで増長してるのか、もう勝手ばかりして。セシル君みたいに真面目ならいいんですけど、すぐ訳の分からないことを言い出して、人を煙に巻くんですよ」

「それだけ頭が良いということなんでしょう。セシルもエイル君みたいに頭が回るなら無茶なことをしないんでしょうけれど……今日、勝手に南の森まで行ったみたいでして」

「あらら、それは心配になりますね……」


 お互いに意識していないのだろうが、井戸端会議のようなものが始まっている。

 レイラはエイルとテッドの愚痴を言ったり、そう思えば長所を褒めたりしながら。リーデはセシルの優しい性格を認めつつ、それでも無鉄砲なところをぶつくさ呟いている。

 そうして、話はお互いの旦那との馴れ初めの話にまで発展していった。子供達は子供達で盛り上がっているらしく、イヌトカゲがどうたらという声が聞こえてきている。

 なので誰も気付かないし、気付けない。


「おい……夕飯無駄にして飲み会に行ったのは悪かったと思うけど、居留守決め込むのはないんじゃないか?」


 玄関の扉を叩く音は、誰の耳にも届いていなかった。

 鍵の掛けられた扉の前で、テッドは酒臭い溜め息を吐く。

 その日、テッドは一時間以上も外で扉を叩き続けていた。彼がその後で書斎に引き篭もったのも、無理からぬことだったのだろう。

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