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043 セシル家と怪我の治療

前回のあらすじ

 Q シロヨモギ採集依頼も完了したので、セシルのお母さんを治療しに行きたいと思います

 A お母さんは大切にしましょう

 貧乏とは、財産や収入が少なく、そのせいで慎ましい生活を余儀なくされていることを指す。というのが、俺の中にあった貧乏の意味であった。

 だが、それはあくまで日本人としての感覚であり、その具体的なイメージは曖昧だ。どこからが貧乏でどこからが普通なのか、その線引きが曖昧だったのだろう。


「お、お構いなく……」

「それは駄目です。せっかくセシルが始めての友達を連れてきたんですから、これくらいはさせて下さい」


 セシルに連れられて訪れた彼の自宅。

 外見だけは他の下級区の家屋同様、質素ながらも特に気になる点はなかった。逆にそのシンプルさが好印象だったほどだ。

 しかし、内部に足を踏み入れてから、その評価はガラリと変わった。むき出しの木の柱と梁、低い天井。屋内なのに微妙に空気が流れており、それが隙間風の仕業だと分かる。床はなんの表面処理もされていない木の板を敷き詰めたと言う表現がしっくりとくる物で、所々に酷い雨漏りの痕跡が見られた。

 家具の類は殆ど無く、あるのは現在俺が座っている椅子と、先程出されたコップが置かれている机のセットが3つ。その椅子も寿命が近いらしく、姿勢を変える度に軋む音を立てている。

 机は食卓として置く類の机ではなく、随分と小さい。椅子と机が質素過ぎるからだとは思うのだが、はるか昔となった学生時代を思い出すのも気のせいではないのだろう。そう、これは間違いなく教育機関で使われていたであろう机と椅子であり、つまりは中古の品だ。

 その机の上には、ほのかに爽やかな香りのする飲み物が。普通に売っているお茶ではなく、手作りのバーブティーらしい。結構美味しいのだが、俺のコップだけが来客用であり、二人のコップは竹という……。


「本当にお構いなく……。あ、これつまらない物ですが、御家族で召し上がって下さい」


 あまりの極貧っぷりに俺が行商人から手渡されていたお菓子を差し出したのも、無理からぬことだと思う。

 セシルの母親。リーデさんというらしいのだが、彼女は俺から蔓編みの籠を受け取ると、堂に入った優雅なお辞儀を返してきた。


「ありがとうございます。ですが、よかったのでしょうか? こんな立派な物を……」

「いえ、それは頂き物なんですよ。依頼の最中、行商人から頂きまして」

「そうでしたか。では、ご好意に甘えさせて頂きます。セシル、貴方からもお礼を」

「エイル、ありがとう!」


 母子揃って礼儀正しい。

 リーデさんは、一言で言うと上品な美人さんだ。少しこけた頬と痛んだ髪のせいで気付きにくいのだが、ちゃんと手入れをすれば結構な美人になるだろう。

 そして、立ち居振る舞いが洗練されている気がする。誰かから教わったのだろうその一つ一つの動作は、リーデさんが元々はそれなりの教育を受けていたことの証明なのでは、と考えられた。なんとなくだが、給仕の仕事でもしていたのではなかろうか。セシルも真面目な性格なのも、リーデさんの教育によるものだろう。

 昔行ったメイド喫茶のメイドさんより洗練されている気がする。……いや、あちらは緩い雰囲気を楽しむ場所なので、リーデさんと比べるのも違うのかもしれないが。

 とにかく、家人とその住居とのギャップが凄まじい。

 リーデさんは受け取った籠を壁際の机に置くと、優しげな笑顔で俺とセシルを見ている。

 だが、俺とセシルは遊ぶ為に此処へ来たのではないのだ。セシルが俺にチラチラと視線を送っているのも、べつに俺のイケメンっぷりに見蕩れている訳ではない。早く診てやってくれ、という意味なのだろう。

 この家に来る道すがら、セシルには俺が回復魔法が使えることを伝えてある。

 セシルは随分と驚き、本当なのかと何度も念をおしてきた。やはり、俺の年齢で回復魔法を使えるというのは珍しいことなのだろう。

 セシルは道中神妙な顔をしていて、それは今でも変わっていない。

 そして、そんな彼が心配している母親は、右手に布を巻いている。籠を持つ時もそれを庇うようにしていたので、かなり痛いのだろう。

 俺はセシルに頷いて見せると、小さく息を吐き、言葉を口にした。


「リーデさん、あのですね……今日は遊びにきたんじゃないんです。俺が此処に居るのは、リーデさんの怪我を診る為なんですよ」


 そう言って、一枚の鋼製のプレート……ギルドカードを机の上に置く。

 それを見たリーデさんは、一瞬戸惑うような表情をしていた。驚かれるのも無理はない。俺もセシルも子供なので、ごっこ遊びか何かだと思われて当然だからだ。

 しかし、俺が出したカードが本物だと分かった途端、彼女はセシルを厳しい目で睨み付けた。


「……セシル、これはどういうことなのですか?」

「母さんの手を診てもらう為なんだ。エイルは回復魔法が使えるらしいし、多分大丈夫だと思う……」

「大丈夫かどうかではなくてですね……。どうしてこんなことをしたのか、です」


 睨まれたセシルは尻すぼみな声を出している。

 美人が睨むのは怖いとは聞くが、それは俺も母上様で体験済みだ。自分が悪くなかろうと、なぜか悪いことをしたような気分になってしまう。

 冒険者ギルドの後、セシルには俺がイリスさんから聞いた事情とこれからのことを説明をしておいた。

 治療師に診てもらった場合、掛かる費用は最低で2000ブール前後となっている。では回復魔法を使える冒険者に診てもらうのはどうかというと、こちらは少し安くなるのだそうだ。

 だが、冒険者による無償の治療行為には暗黙の了解があるらしい。自分の怪我を自分の回復魔法で治す場合、パーティーメンバーの怪我を治す場合、緊急を要する事柄に対して……といった具合で、それ以外の場合では対価を求める。つまり、無関係の人間に回復魔法を使うならば、依頼という形にしなければならないのだ。

 考えてみれば、そんなことになっているのも当然だ。そうしなければ、治療師という職業を志す者がいなくなってしまうのだから。

 治療師とは、回復魔法以外にも病気や怪我を癒す方法に精通している人達のことを指す。彼等に治療を頼めば、ある程度の病や怪我ならば必ず治してくれるらしい。

 それに対し、冒険者の腕前はまちまちとなっている。それなりの結果を求めるならば、回復魔法を扱える3つ星以上の冒険者に頼むのが普通なのだそうだ。

 ではポーションはどうかというと、こちらは300ブール前後の価格になっている。これなら頑張ればどうにかなると思われるが、それはあくまで一般家庭の子供だったらの話だ。貧乏という言葉通り、彼の家を見れば、300ブールとて惜しいのかもしれない。

 セシルは冒険者ではなく、まだ8歳の子供だ。故に、まともな方法では金銭を用意できず、本来ならどの方法も無理だった。

 だからこそリーデさんは怒っているのだろう。相手は一つ星の冒険者とはいえ、依頼という形にしてしまったのだから。

 とはいえ、今の俺はどう転んでも一つ星の冒険者だ。3つ星でもないし、年齢だって低い。

 そんな事情を加味させてくれないかとイリスさんに相談したところ、ちょっとした抜け道を教えてもらえた。


「実はですね、俺はもう少し回復魔法が上手くなりたくて……。それで、リーデさんの怪我で練習させてほしいんです。一応は治療行為になっちゃいますから、対価を頂くことは変わらないんですけど……そこはセシルが依頼の手伝いをしてくれるらしいので」


 回復魔法の練習。まだ無名の1つ星冒険者にすぎない俺ならば、そんな建前が通用するのだそうだ。

 あくまで練習なので、結果は求められない。それ故、治療行為だろうと格安で提供できる。今の年齢だからこそ許される方法でもあった。


「そうだったのですか……。それはそうと、セシル! 冒険者になるなとあれほど!」


 ところがどっこい、リーデさんの逆鱗に触れたのは別の部分だったらしい。


「違う違う! 僕はエイルの依頼について行くだけで、冒険者になる訳じゃないんだ! 危なくもないから怒らないで!」


 慌てたセシルは、俺に助け舟を求めている。

 既に半泣き状態なので、リーデさんも怒ると怖いらしい。母上様同様、尻叩きでもするのだろうか。


「ええと、本当に危なくはないと思います。狙いはクロスライムになりますし、そのクロスライムが住んでいる南の森は魔物も少ないらしいですし……駄目ですか?」

「南の森ですか。それならセシルでも足手まといにはならないとは思いますけど……。でも、南の森は朝夕になるとバッタが帰ってきます。その時間には行かないと約束して頂かない限りは……」

「エイルは強いんだ! だからバッタくらいならきっと」

「セシルはちょっと黙ってて下さい」


 有無を言わさぬ言葉に気圧され、セシルが押し黙る。

 イリスさんにも教えてもらっていたのだが、南の森はバッタ達の住処なのだそうだ。昼の間は他の場所で食事でもしていると考えるべきか。

 実際、今日は南の森でバッタに遭遇していない。たまたま時間がよかっただけなのだろうが、これは心に留めておかねばならだいだろう。


「はい、約束します。元々、俺もバッタと遭遇したら逃げるつもりだったので。昼というと、正午くらいからだと思うんですが……何時頃に引き上げたらよいのですか?」

「そうですね……午前10時から午後5時頃までなら確実なはずです。私がバッタに遭遇したのも夕方近くになってからですから、その時間ならバッタも居ないでしょう」

「了解です。って訳だ、セシル。明日は11時に冒険者ギルドに集合、その後南の森まで行ってから黒粘土を集める」

「わかった。詳くはエイルに任せるよ」


 明日の予定が決まり、一安心する。

 さて、次はリーデさんの治療だ。俺の回復魔法でどうにかなるレベルならよいのだが、それは実際にやってみないことには分からない。最悪、エリクシアを使うという手もあるにはあるのだが、それは避けた方がよいだろう。もしリーデさんがエリクシアを知っていた場合、事態がややこしい方向に進む。

 それになにより、ルリーさんからの言葉が未だに忘れられない。エリクシアは病める人々にとっての希望なのだ。それを易々と他者に分け与えているようでは、なにもかもが狂ってしまう。

 なので、今回は『風治』のみで治療できるかが一つの分岐点だ。俺の『風治』で問題がないなら安く済み、無理なら高くつく。


「とりあえず傷口を見せて頂けますか?」

「は、はぁ……」


 少し呆けたようにして、リーデさんは頷く。一応は言う通りにしてくれているが、半信半疑といったところなのだろう。

 それでもゆっくりと手に巻かれた布を解き、その下に隠されていた傷口を見せてれた。


「…………」


 露わになったその傷は、素人目にも良くない状態なのが分かった。

 親指の根元付近から7、8センチ程度に伸びる裂傷なのだが、傷口周辺の肉が腫れてしまっている。地球なら間違いなく縫合するほどの傷であるのに、テープのような物で無理矢理引っ付けて開かないようにしているだけだ。

 一応は清潔にしているらしいのだが、それでも新たに染み出してきた体液が(にかわ)のようにこびり付いている。


「この傷口を開かないようにしているヤツを取ってもらっていいですか?」

「はい……」


 テープが取り払われ、傷の詳細が分かった。予想以上に深く、筋肉まで達してしまっている。

 セシルが心配するのも無理はない。シロヨモギを違法に採取しようとしていたのも、あまり責められないほどの深さだ。俺が地球でこんな傷を負ったら、速攻で病院に駆け込む自信がある。


(これはどうなんだろう……いけるような、いけないような……)


 僅かな逡巡が頭をよぎるが、頭を振って打ち消す。傷口を見て怖気が走りそうになるのも、必死になって堪えた。

 そうしなければならなかったのは、リーデさんとセシルが不安そうにしているからだ。これから治療すると言っている人間が不安を露わにしているようでは、それを助長してしまう。


「傷口を一度綺麗にしましょうか。消毒液みたいな物とかあります?」

「消毒液……毒消しのことですか? すみません、切らしてしまっていて……」

「ああいえ、毒消しではなくて、傷口を綺麗にする為の物です。一応は殺菌をしておかないと、すぐに傷を塞ぐのはよくない思いまして。……ばい菌って分かります? 目に見えない、病気とかの悪さをするヤツなんですけど……」


 細胞の件があったので、恐る恐るといった体で聞いてみる。

 リーデさんは少し考え込むようにしていたが、やがて口を開いた。


「もしかして、『悪い精霊』のことを言っているのですか? 病気を運ぶのは悪い精霊です。その……バイキンともいうのかは知りませんでしたが、悪い精霊を祓うのは聖水ですね。まだ使いかけの物が寝室にありますから……セシル、取ってきてもらえますか」

「うん。引き出しの中だよね、取ってくる」

「悪い精霊……か」


 また出てきた精霊の仕業。

 思えば、地球でも遥か昔はそういった考え方をしていたらしいので、このアマツチでも同じことが起こっているのかもしれない。魔力や魔法といった不可思議なものが存在しているので、その考えが長く尾を引き摺っていると考えられる。

 リーデさんの言葉通りなら、聖水は病気を治す薬らしいので、殺菌作用もあるのだろう。これが免疫力を上げる効果であったとしても、ある程度は問題もないはずだ。ようは化膿しなければよいのだから。

 聖水はエリクシアの材料程度でしか覚えていなかったのだが、もう少し詳しく知っておくべきだろう。


「その、回復魔法が使えるので薬についてよく知らないんですけど……聖水ってどんな効果があるんですか?」

「聖水は傷口を清めるだけではなくて、本当にゆっくりなんですけど、傷が治るのを早めてくれるんですよ。ですから、本当は聖水だけで治すつもりだったんです」

「なるほど……それでも、この傷にはちょっと無謀かもしれません。専門家ではないのでなんとも言えないのですが、あまり良くない状態に見えます。セシルの判断もあながち間違ってはいなかったのでしょうね。もしこのまま放っておいたとしたら、もっと治療費が掛かっていたかもしれません」

「そうですか……。あの、治療費のことなのですが、どれくらい掛かるのでしょうか? できれば、あの子の為にお金を貯めておきたいんです。エイル君が冒険者だというのは分かりますし、こんなことを言うのは間違っているのも承知しているのですが……」


 縋るような視線を向けられ、少々返答に困った。

 本当のことを言えば、俺は今回のことでお金を取りたくはなかったのだ。だが、それは様々な事情で無理だと分かった。

 結果として、当初の予定通りセシルが手伝いをするのを条件に、俺が練習目的の治療を行っている。なので、それ以上を求めるつもりは毛頭なかった。


「さっきも言いましたけど、これは練習なんですよ。上手くいくとは思いますけど、上手くいかない可能性もあります。セシルが次の依頼の手伝いをしてくれますから、本当にそれで十分なんです」


 実のところ、大分にサービスはしている。回復魔法にそれなりの自信があるというだけではなく、俺は3つ星と同等の力量を持っているとお墨付きを貰っているからだ。

 リーデさんは俺の自信をなんとなく理解しているらしく、それで高めの料金を心配していたのだろう。


「それでも……いえ、本当にありがとうございます」


 深く突っ込むのは野暮だと思ったのか、リーデさんは一応納得してくれた。俺もセシルもお子様なので、善意という盾がある以上、リーデさんもその辺を掘り下げるのは難しく思っているだろう。依頼という側面を除けば、これは子供の戯れと思われて当然なのだから。

 これで上手くいかなかったらリーデさんとしては溜まったものではないだろうが、そこは飲み込んでもらうしかない。その時は専門家を雇う羽目になるのだが……そこはまだ伏せておくとしよう。


「持ってきた! エイル、これで母さんを治せる?」

「よっしゃ、俺の回復魔法を見せてやる。俺が男だという力強さをな!」

「あ、やっぱり男の子だったんですね。この歳で女の子を連れてきたのかと、この子の将来が不安になっていたんですよ」


 なんともなやりとりをしつつ、セシルから渡された聖水でリーデさんの傷口を消毒する。

 その際、リーデさんは眉根を寄せていた。軽く触れる程度でも痛いのだから、これで仕事をするのはかなり辛いだろう。

 こんな所業をしでかしたニジイロバッタさんに恐怖心が芽生えてくる。

 図鑑で見た限りは普通のバッタだったのだが、大きさが70ロル(70cm)にもなると書かれていた。できれば一生お目に掛からないのを願うばかりだ。


「これで大丈夫だと思います。……それじゃ、始めますね。すぐ終わると思うんですけど、痛かったら言って下さい。いつでも中断できますから」

「わ、わかりました」

「大丈夫だよ、母さん。絶対に上手くいくから!」


 可愛い太鼓判も貰えたので、頑張らない訳にはいかないだろう。

 少し神妙な顔をするリーデさんに笑いかけ、大きく気合の息を吐く。


「風の加護よ、彼の者に癒しを与え給え」


 詠唱はあくまでもイメージの補助。肝心なのはどこまで詳細に思い描けるかで、俺の頭の中はそれ一色になる。

 神経を繋ぎ、毛細血管さえも元に戻り、断たれた筋繊維は一切の不具合もなく結び付く。脂肪も皮膚も、リーデさんの無事な方の手と同じように、全ては癒されていくイメージ。

 それを乗せる魔力は、色付く一歩手前まで練られている。圧縮ではなく凍結。より密度を増した魔力は、必ず彼女の手を元の形へと戻す。

 それは絶対で、揺るぎなき結果となる。


「『風治』」


 その魔法の名を口にした瞬間、風が癒しの力を携えた魔力を傷口へと運ぶ。

 絶対に上手くいく。そこに疑念があるようでは、魔法は不完全な形になってしまうだろう。


「……これは……」


 しかして、傷口は再生を始めた。

 まるで逆再生の映像でも見ているかのように、その奥底から繋がっていく。筋肉から脂肪へ、脂肪から皮膚へと、次々に繋がる。

 その光景に少し呆れてしまったものの、程無くしてリーデさんの傷口は完全に塞がった。


「よかった、上手くいったみたいですね」

「凄い……エイル、やっぱり君は凄いよ!」


 自分でも驚くほどの効果だったと思う。リーデさんの手は僅かな腫れを残しているものの、もう傷があったとは思えないほどに回復している。

 やはり、回復魔法も魔力密度を上げれば上げるほどに効果を増すということだ。流石に色付くまで密度を上げるのはどうかと思ってのことだったのだが、それでも十分だったらしい。これならば、更に酷い怪我でも大丈夫なのではないだろうか。


「こんなに綺麗に……引っ掛かる感じも……しませんね。こんな魔法……」

「えっと、どうでしょう? なにか違和感とかないですか? 今回みたいな深い傷を癒したことはなかったので……」

「い、いえ! これほどまでの『風治』は見たことがなかったものですから……。あの、失礼ですが、エイル君は本当に一つ星なのですか? セシルより年下だと思っていたのですが、もしかすると小人族の血を引いているとか……」

「先日6歳になりました。嫁に好評な丸ホッペも完備していますからね」


 ちょっとしたギャグのつもりで頬っぺたを膨らませてみたのだが、どうやらリーデさんには伝わらなかったらしい。

 彼女は俺が気分を害したとでも思ったのか、焦ったようにして言葉を重ねる。


「驚いてしまってすみません。そうですか……6歳でこれほどの魔法を使えるんですね。素晴らしいことだと思います」

「ほら! エイルは凄いんだ!」

「あ、あの……ツッコミが不在なんですが、それは……」


 どうしようもない空気が漂う中、俺は小さく嘆息をした。別に褒めてほしくてやったことではなく、実際は練習という部分も本当にあったからだ。

 なんにせよ、これで小さな依頼主からのお願いは完了となった。あくまで回復魔法の練習なので本当の依頼扱いにはならないものの、そこそこの充実感がある。

 セシルには対価としてこの後も色々と付き合ってもらうことになるのだが、それはまた明日の話だ。

 不思議そうに自分の手を見つめるリーデさんと、彼女の怪我が治った事を喜ぶセシル。

 そんな二人を眺めながら、俺は小さく微笑む。

 魔法とは、本当に便利な力だ。そんな今更なことを考えながら、窓の外へと視線を外し……本当に今更になって、空が赤くなり始めているのに気付いた。


「あかん……」


 暖かなセシル家とは違い、俺には尻叩きが待っているのだろう。俺は柔らかな薄い笑いを浮かべ、絶望を胸に抱いていた。

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