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040 イヌトカゲと嬉しくない再会

前回のあらすじ

 Q 僕ちゃんの自転車がママチャリ仕様に……。それと、次の依頼が『クロスライムの討伐』に決定しました

 A ママチャリは素晴らしい物です

 シロヨモギ採集依頼二日目。

 俺は朝10時から外壁沿いを散策していた。前回会った女の子冒険者はもっと早い時間からの方が良いと言っていたが、それは一般的な一つ星冒険者ならの話である。昨日よりも遅い時間から始めたのは、俺には回復魔法という秘策があるからだ。

 規定数である50本の内、36本は既に前日で採集してある。なので、今日集めなくてはならないのは14本。その程度ならば問題はないと判断しての開始時間だったのだが、正午を待たずして採集は終わっている。

 で、現在の俺は何をしているかと言うと、またもや絡まれていた。前回の馬鹿二人とは違い、相手がイヌトカゲであるという違いはあるのだが。


「結構人懐っこいんですね」

「君こそ、物怖じをしないんだな。大抵の子供はイヌトカゲを前にすると、早々に逃げていくんだけどね」


 正門から少し離れた所で、俺は行商人と商品を載せた車を引くイヌトカゲを見つけた。何の気なしに近付いたのだが、イヌトカゲが可愛らしい声で鳴いたのがいけなかったのだと思う。

 実のところ、俺は爬虫類が好きだ。前世での幼少期、コモドドラゴンになると言って親を困らせたことがあるほどだったりする。

 流石にイヌトカゲサイズになると怖いという印象が拭えなかったものの、その先入観は一瞬にして取り払われた。なんと、イヌトカゲが「ワン」と鳴いたのである。本当に犬そっくりな鳴声だった。現在も俺に鼻先を擦り付けているイヌトカゲなのだが、本当に犬そっくりな仕草をしてくる。鼻をならしつつ、可愛らしい声を出しているのだ。


「こんな所に居るってことは冒険者なんだろ? 君はこれから何処へ?」

「あ、はい。これから南の森の近くまで行こうかなって。クロスライムの討伐依頼を受けることになったので、その下見ですね」

「へぇ、そいつは大したもんだ。でも、あんまり遠くまでは行かないようにな。王都近辺なら危険な魔物も少ないけど、遠くまで行けば話は別だから。タカガシラなんかに遭遇したら、君くらいの大きさだと食べられちゃうぞ」

「き、気を付けます……」


 何とも不吉なことを言ってくれるものだ。星3つの魔物の名前を出されては、少し怖気づいてしまう。


「はは、まあ南の森なら心配しなくていい。あの辺はバッタとクロスライムばかりだから。バッタには近付かないようにして、クロスライムだけを倒していれば問題もないだろうさ」

「バッタって?」


 バッタには近付くなと言われても、ピンと来ない。俺が知っているバッタとは、大きくても精々10センチ程度だ。ショウリョウバッタのメスが日本最大だった気がする。

 だが、行商人はそんな俺の感覚を全否定してきた。


「この時期のバッタといったら『ニジイロバッタ』だよ、一つ星の。大きいと80ロル近くまで成長するから、体当たりされると痛いじゃ済まないんだ。後ろ足の棘に引っ掛かれると大変だしで、とにかく注意しておかないと」

「う、うわぁ……それ図鑑で見たことあります。この辺に居たんですね……近付かなければ襲ってこないんですか?」

「まあ、近付くというより手を出さなければ問題ない。でも、知らない内に近くに来ていたりするから、周囲はよく観察しておいた方がいいな。こっちが驚いて、あっちも驚かせてしまうとかもあるから。『ガード』が使えるなら話は別だが、とにかくアレの体当たりは洒落にならん」

「バッタ怖い……」


 恐怖心ばかりを植えつけてくる行商人に対し、彼のパートナーであるイヌトカゲは優しい。青ざめている俺が気になるのだろう、先程から鼻先を腹の辺りにこすり付けてきながら鼻を鳴らしている。

 流石はこの世界で馬と双璧を成す魔物だ。人類の友と呼ばせていただきたい。スベスベとした青い鱗の肌触りも良く、エメラルドに輝く大きな瞳がとってもチャーミングだ。


「可愛いなぁ……こんなに大きいのに、子犬みたいに人懐っこい」

「ワン、ワンワン!」

「犬ってマダライヌか? 君、マダライヌとイヌトカゲを一緒にするのはどうかと……」

「この子をマダライヌみたいな魔物と一緒にしないで!」


 マダライヌとは、ぶっちゃけ小さいハイエナである。全然人に懐かないらしく、図鑑で見たその姿はどう見ても凶暴そうだった。絶対に友達になれないだろう魔物である。


「ワン、ワンワンワン!」

「ほら、怒ってるじゃないですか」

「それは怒ってるんじゃなくて……あぁ!? そんなに近付いちゃ……」

「ワン! ワオーン!』

「ははは、止めろって。止め……止め…………止めて!!!」


 前言撤回。このイヌトカゲ、俺のシロヨモギを狙っていたのだ。

 俺の撫で撫で攻撃を掻い潜り、腰に結わえ付けてある竹筒に入ったシロヨモギを狙っていたのである。既に数本が食われており、白い葉が虚しくイヌトカゲの口からはみ出していた。


「あぁぁああああ!!! 可愛い振りしてとんでもない奴だよ、お前は! 人畜無害を装っておきながらなんてことを……このっ、ムッツリトカゲ!!!」

「クゥ~ン……」

「物欲しそうな鳴声してもダメ!!! ひ~、ふ~、み~……ご、5本も食ってやがる……」

「言わんこっちゃない……悪かったな、君。コイツはシロヨモギが好物なんだよ。5本も食べたのか……ちょっと待ってくれ」


 失意のに暮れる俺を気の毒に思ったのか、それともイヌトカゲに御馳走を運んでくれたお礼だったのか。どちらかは分からないが、行商人は蔓で編まれた籠を手渡してきた。


「えっと、これは?」

「さっき王都で買ったお菓子だよ。そのシロヨモギ、依頼の品だったんだろ? 悪いことしたみたいだから、そのお詫びだ。焼き菓子がいくつか入ってるから、後で食べるといい」

「おぉっ、ありがとうございます!」


 シロヨモギは何処にでも生えている草だ。決められた長さの物は少ないが、回復魔法を使える俺にとってマイナスにならない。5本食われたとしても、再び集めるのは容易だと言える。

 どうせ南の森までに良さそうなシロヨモギスポットを探そうと思っていたので、この物々交換は嬉しい誤算だ。またもサンドイッチを買ってきているとはいえ、そろそろお腹も空いてきている。それにおやつがプラスされるのは嬉しい限りだ。


「いや、気にしないでくれ。折角のシロヨモギを取ってしまったんだから、当然のことをしただけだ」

「飼いトカゲはともかくとして、飼い主として立派です。後で頂きますね、本当にありがとうございます」


 互いに頭を下げ、これを落とし所とする。

 俺個人としては、ちょっとしたわらしべ長者感覚だ。

 行商人はこちらに手を振ると、手綱をしならせて去っていく。それを見送りつつ、俺も目的地である南の森へと足を運ぶのだった。……と、それで終わりならよかったのだが、実は行商人と俺の目的地の方向は一緒だった訳で。

 別れを告げたはずなのに、実はそうならなかったという現実。微妙に気まずい空気を互いに醸し出しつつ、行商人が荷車に乗るかという提案を丁重にお断りしつつ、道端でシロヨモギを補充しつつ、俺達は南へと進んだ。




 南の森は道から少し外れた所にあった。

 母上様曰く、この辺は山菜や木の実を取りに来る一般人も居るらしく、危険な魔物もほとんど居ないのだそうだ。確かにそんな場所であれば、1つ星冒険者の狩場としてギルドが勧めるのも納得がいく。

 山から広がる森は、結構な広さを持っている。この中にクロスライムが生息しているらしい。

 目的地に着いたおかげで、行商人との気まずい空気から開放された俺だったのだが……。


「なんでお前が此処に居るんだよ……」

「あぁあ!? あの時のクソガキ!」


 昨日のスヴェンとかいうクソガキとエンカウントしてしまった。

 南の森にはクロスライムとバッタしか居ないのではなかったのか。いや、こいつ等がバッタなのかもしれない。確かに、あまりお近づきになりたいとは思えない存在だ。こいつ等もシロヨモギを探していたので、きっと草食なのだろう。


「ごめん、俺は虫笛持ってないんだ。森へお帰り……きっと、蟲達もお前等の帰りを待ってる。私達人間は腐海にマスク無しだと入れないから……」

「あぁあ゛!? なんで森の中に行かなきゃならねぇんだよ! 意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」

「はぁ……そんなに怒らなくてもいいじゃない。俺とお前の仲なんだからさ……ほら、ポジティブポジティブ!」

「ク、クソガキ……チッ、お前みたいなキチガイ、相手にしてられるか!」


 何故かキチガイ認定をされてしまった。俺がキチガイだと言うなら、コイツは一体何だというのか。

 クソガキAは捨て台詞を吐き捨てると、俺に背を向けて森の方へと去っていく。挑発とも取られる言動を吐いていたつもりだったのだが、奴は俺の『悶絶上段蹴り(ゴールデンボール・アタック)』を警戒したのだろう、その去っていく姿は内股になっていた。


「う~ん……」


 何やらきな臭い感じがする。ところで、『きな臭い』の『きな』って何のことなんでしょうね? むぅ~~っ!

 正解は『衣臭い』が訛ったというのが一説にあるそうです。私、気にならなくなりました!

 という訳で、クソガキAの後をつけることにした。


「ついてくんな!」

「私、気になります! クソガキさんが影で何を企んでいるのか!」


 クソガキAは臨戦態勢を取ろうとするが、それは俺が許さない。靴底で砂を踏みしめる音を響かせ、『悶絶上段蹴り(ゴールデンボール・アタック)』を匂わせているからだ。もし歯向かうようならば、今夜もおトイレで苦しませてやろう。

 そうして互いの一挙手一投足に警戒しながら進んでいると、どうやら現場に着いたらしい。クソガキが一人で居たのが気になっていたのだが、その場には3人の人影があった。

 一人は昨日も居たスネちゃまで、何やら喚いている。

 もう一人は両手をポケットに突っ込み、苛立たしげに地面を蹴っている長身の男。おそらく、コイツが3馬鹿トリオのリーダーなのだろう。ミシェルさんが言っていた、馬鹿二人のどちらかの兄だ。腹立たしいことに顔は整っており、何の意味があるのか分からない側頭部の刈り上げに走った3本線も様になっている。全て毟り取って丸坊主にしてやりたい。

 そして、問題なのが残りの一人だ。体格は俺より少し大きい程度で、まだまだ子供だと分かる。

 その背中を丸め、こちらに背を向けるようにして蹲っているその姿。つまりこれは、またもやカツアゲの現場らしい。虐められている少年は、どうやらシロヨモギを庇っているようだった。

 明らかに体格の違う子供を狙うとは、本当に腐っているとしか表現できない。前回は相手が俺だったから良かったものの、普段はこうなのだろう。

 そして、クソガキAの役目も分かった。クソガキAは、見張りだったのだ。小賢しくも他の冒険者に見つからないようにして事を運ぼうとしている辺りが、更にビキビキくる。


「……なんなん? またカツアゲ? お前等、本当にクソ野郎なんだな。もうさっさと腐れ谷に帰れよ。腐海だとちょっと生温かったわ」

「あ゛ぁ!? 海だの谷だの、勝手に言ってろや! 兄貴、コイツが昨日話したクソガキだ!」


 カツアゲの次はチクリである。自分がおトイレにて苦しむのが嫌だからと、他を頼ったのだ。とんでもないクソっぷりに、いっそ清々しさを感じてきた。


「……は? スヴェンお前、こんなガキに負けたのか? ハッ! ハハハ! 情っさけねぇな!」

「兄貴、違うんだって! あのガキ、『ステップ』と『ガード』使いやがるんだよ!」

「……ふぅん」


 俺がスキルを使えると聞いた途端、クソガキリーダーは顔色を変える。その目には、明らかに好戦的な色が浮かんでいた。こんな可愛い子供相手に何をその気になっているのか、本当に理解に苦しむ。

 とはいえ、体格差は明確だ。俺とクソガキリーダーがスキルや魔法無しでぶつかり合えば、間違いなく俺が負けるだろう。

 実際はそうならないのだが、問題はクソガキリーダーのスキル熟練度だ。俺のチャージは威力不足の可能性がある訳で……。

 もし戦闘になったら、と頭の中で考えていると、ドゴッという嫌な音が聞こえてきた。何事かと音の方へと目を向けると、虐められていた少年が脇腹を押さえている。


「ぐぅう……」

「さっさと寄越せって。ラッド君があのクソガキの相手しなきゃいけねぇんだからさぁ」


 スネちゃまが子供を蹴ったのだろう……それが分かった途端、俺は突進していた。


「こんのっ! アホンダラがぁあ!!!」


 全力の『ステップ』で地面を蹴り、そのまま全体重を乗せたドロップキックをお見舞いする。容赦もへったくれもない一撃は脇腹へと直撃し、スネちゃまが吹っ飛んでいく。

 期せずしてスネちゃまが少年を蹴ったのと同じ箇所に攻撃が当たったのだが、威力は歴然の違いを見せた。それでも、自業自得だとしか思えない。スネちゃまが蹴った少年は俺より年上だろうが、それでもまだまだ小さい。それを中学生程度の年齢はある人間が本気で蹴ったのだから、当然の報いだ。

 こんな状況でダンマリは絶対にできないし、やってはならないだろう。こんなのを見せられては、少年法とかクソ喰らえだ。

 スネちゃまは胃の中の物を撒き散らしつつ、呻き声を上げて悶絶している。まあ、あの程度で死にはしないだろう。

 一応の懸念を払拭し、間断なく周囲の状況へと目を走らせていく。

 スネちゃまに蹴られた少年は突然助けられたことにポカンとしているが、それでも脇腹から手を離していない。それだけ痛かったのだろう。

 スヴェンとかいったクソガキAは、俺の跳び蹴りに唖然としている。昨日繰り出した蹴りとは違った速さだったので、自分では敵わないと悟ったらしい。

 スネちゃまは絶賛嘔吐中である。おそらく、着地の衝撃で脳震盪も起こしているのだろう。なので、この二人は戦力外と判断してよさそうだ。


「チッ、本当に『ステップ』が使えるらしいな。面倒臭せぇガキだ」


 問題は、ラッドとか言うクソガキリーダーだけ。

 あまり驚いていない所を見ると、少なくとも『ステアー』は使えると考えるべきか。さっきの一撃を『ステアー』で見切られていたなら、この落ち着きっぷりにも納得がいく。


「っつ……君は……?」

「通りすがりのスパイダー……駄目だ、蜘とか嫌いなんだよ。……お前等、大概にしておいたらどうだ? ギルドから注意されていたはずだろ。次は無いってな」


 庇うようにして背後に隠した少年からの言葉を一旦置き、クソガキ達に警告する。ミシェルさんがちゃんと仕事をしているならば、注意されているはずだ。


「あ゛ーー、お前がチクったのか。尚更ボコボコにしなくちゃなんなくなったわ。それに、その後ろのガキは冒険者じゃねぇから、俺等は何も悪くねぇんだよ。お前にこれからするのも復讐だしな」

「終わってんな。お前、本当に終わってる。何が復讐だ、こういうのは因果応報って言うんだよ。どんな理由があろうと、こんな小さな子供相手に本気で蹴るとか、恥ずかしいにもほどがあるだろうが」

「知るかよ。違法なことをやらかしてる奴に注意するのも冒険者の務め、だ。馬鹿馬鹿しい真似しやがって、劇か何かに出てくる正義の味方気取りかよ?」

「世の中を舐めた馬鹿ガキに再教育してやろうっていう善人だよ、クソガキ」


 ラッドとかいうクソガキの動きから目を離さないようにして睨みあう。

 クソガキは、余裕綽々といった体だ。体格差は勿論のことだが、何か秘策があるのかもしれない。

 恐らくだが、俺の『ステップ』を使った攻撃は見切られる可能性が高いだろう。相手がまだ無防備で構えていることからも、『ステアー』に相当な自信を持っているのが窺える。

 こうなった以上、戦闘は避けられない。

 一応、こちらにも策はある。ただ、そのどれもが殺傷力が高すぎるのがネックだ。例えば、下級氷魔法『氷矢』。実体を伴っている分だけ、実体の無い同じ下級の『風刃』より殺傷力が高い。その反面、相手が『ガード』を使えなければ殺してしまう可能性が高くなる。

 しかも、俺は加減が苦手になってきているのだ。加減しようと思えば、それだけ集中しなければならない。そしてそれは、明らかな隙になるだろう。

 この歳で殺人は御免だ。だが、痛い目にはあってもらないといけないだろう。こういう輩は、体で覚えないと分からないのだから。


(とりあえず、最初は肉弾戦でやってみないと分からないな。相手も武器を抜く気配はなさそうだし)


 相手のスキル熟練度は未知数。こちらの『ガード』を貫通する攻撃力があるようならば、全力で避ける方向に決めた。


「シッ!」


 ウダウダ考えていても始まらない。相手もこちらの動きを警戒しているならば、ここは先手を譲ってもらう。

 『ステップ』を全開で使い、一気に肉薄する。


「チッ、見えてんだよ馬鹿が!」


 しかし、懐までは飛び込めたものの、突き出した拳は当たらなかった。

 クソガキも『ステップ』を使い、斜め後ろへと跳躍している。拳に伝わったのは、布の僅かな感触だけだ。


(やっぱり『ステップ』と『ステアー』は使えるみたいだな。でも、懐までは入り込めた)


 その先が続かなかったのは、間違いなくリーチの不足。

 こちらは相手より体格が劣っている以上、体当たりの如く肉薄しなければならない。つまり、見切りやすいのである。そして、馬鹿ガキはそれを許してはくれないらしい。

 あと少しのリーチがあれば、攻撃を当てるのは可能だろう。オッチャンのナイフを抜けば、距離を置かれる前に攻撃を届かせるのは可能な筈だ。

 しかし、これは殺し合いではない。武器は駄目、魔法は微妙、肉弾戦はリーチが壊滅的。つくづく、自分のお子様体型が嫌になってくる。


「おらぁ!」


 有効打を探そうとしていると、馬鹿ガキが前蹴りを繰り出していた。


(厄介だな……)


 鋭さに欠ける一撃だったので、『ガード』を施した腕で受け止め、その威力を推し量る。


(痛くはないけど……衝撃はちょっとあるな。こっちの体重が軽いのも原因なんだろう。モロに喰らうのは止めた方がいいのかな? 微妙な『ステップ』……)


 ただ、攻撃の種類が厄介だ。

 前蹴り、通称『ヤクザキック』である。足を前に突き出す、押し出しのような蹴り方なので、また距離を取られてしまった。


「こっち来い!」


 まだ肘に当たっている相手の踵を掴もうと、手を伸ばす。

 しかし、それを不味いと見たのか、馬鹿ガキは即座に足を引っ込めた。

 どうにも、自分より体格が劣っている相手に対して戦い慣れている気がする……本当に胸糞の悪くなる相手だ。


「硬いガキだな……本当に鬱陶しい」

「今度は『チャージ』でもしたらどうだ? ちょろちょろ攻撃して、お前は羽虫か何かかよ?」

「あ゛ぁ!?」


 馬鹿ガキは醜悪に表情を歪め、上半身を僅かに前へと傾けた。

 安い挑発に乗ってくれるとは、なんとも単純な気質で助かる。


「その歯、全部折ってやるよ!」


 突き出される拳。

 その軌道を『ステアー』で見切りつつ、向かう先から体を逃がす。


「ヴァカめ! 宣言通りに顔狙う奴があるか!」


 受けても大したダメージはなさそうな『チャージ』だったが、今度は受け止めない。

 足と手はリーチが違うのだ、この距離ならば俺の攻撃を当てることが可能だろう。

 空を切り、伸びきった相手の腕を掴んだ。そして、それを引き寄せると同時に体を捻る。


「お前も苦しめ! 『全力悶絶上段蹴り(トイレット・ヘル)』!!!」


 文法が来い。


「あ、兄貴不味い!」


 相手コーナーが警鐘を鳴らすが、既に遅い。盛大におトイレで苦しめてやる。

 全力の『ステップ』を込め、遠心力と共にお届けする『全力悶絶上段蹴り(トイレット・ヘル)』。イケメンは爆発するがいい……何が、とは言わないまでも。

 俺の足は一気に相手との空間は切り裂き、相手のとても大事な所へと迫る。

 だが、それが直撃した時、あの嫌な感触を伝えてくれなかった。……リーチ不足である。

 馬鹿ガキの身長は高く、既に成人男性と変わらない程度まであったのだ。俺の足は奴のとても大事な所にまで届かず、強かに太もも辺りを打ち据えるにとどまっていた。


「いつっ~~~~!!!」


 それでも、かなりのダメージを相手に与えることに成功したらしい。

 クソガキは無事な方の脚で地面を蹴ると、さっき以上の距離を取る。痛みが引くまでの時間稼ぎでもあるのだろう。

 しかし、こちらの状況もあまりよろしくない。やっと一撃入れられたとはいえ、あれで決めるつもりだったのだ。

 『全力悶絶上段蹴り(トイレット・ヘル)』が届かない以上、更なる近接戦を挑まなくてはいけない。だが、相手がそれを許してくれるだろうか。既に俺の攻撃力は体感しており、そのリーチも分かっているだろう。ならば、自分だけが攻撃を届かせる距離を保つのではないだろうか。

 なんにせよ、このままだと持久戦になる可能性も否めない。相手が切り札らしき物はまだ見ていないのも気になるところだ。

 こういった状況は、どう解釈すべきなのだろうか。


「お子様の蹴りで悶絶してるとか笑っちゃうんですけど……プヒヒ! さっさと切り札でも出せよ、温過ぎてメラ○ーマがメ○に感じるレベル」


 とりあえず、更に挑発してみる。どうせならば、相手の全力ごとへし折ってやりたい。

 それにこのままだと、無駄に時間を浪費するのは目に見えている。相手の全力を知れば、こちもそれ相応の対処がしやすくなるだろう。今までの攻撃は『ガード』を使えば問題ないと言えるので、俺は相手の切り札だけに注意していればよいのだから。


「あ゛ー、やっぱお前鬱陶しいわ。…………風の刃よ」


 馬鹿ガキは目を据わらせると、詠唱を始める。

 それに俺は、やはり、と思っていた。

 馬鹿ガキの髪の色は薄い緑だ。緑の髪ということは、風属性に適性を持っているのを意味する。

 詠唱は『風刃』。問題は何処を狙っているかだが、それは魔力の流れを見れば分かることだ。


「『風刃』!」


 魔法が発動する直前、魔力の流れを完全に見切った。

 なので、その部分を『ガード』込みの腕で防御する。

 引っ掻くような痛みが走ったものの、どうやら傷が出来るほどではないらしい。

 だが……。


(このガキ……普通、首なんか狙うか?)


 暫し、唖然とする。

 こんな小競り合い程度で命を奪おうとするとは、本当にどうしようもない。

 人体の急所である首を狙ったのだから、相手の狙いは首の頚動脈だったのだろう。『風刃』は『ガード』を施した腕に阻まれたものの、俺が『ガード』を使えなかったらと思うと、冷や汗が出てくる。

 あまりの展開に目を見開く俺に対し、しかし馬鹿ガキは俺以上に唖然としていた。

 何故、相手が唖然としているのか。俺はそれに違和感を覚えて……そして、一つの結論を導き出した。


「へぇ、それが切り札だったんだ?」


 確信する。こいつ等は本当に初心者狩りなのだ、と。

 急所を狙われたとはいえ、俺は無傷だ。なので、小手調べの可能性もあるのではないかと警戒していた。


「っつ!!! なんで俺の『風刃』が効かねぇ!?」

「知らんがな。俺の『ガード』とお前の『風刃』、どっちが悪かったのか良かったのか、考えてみればいいんでないかい?」


 正解は、両方。

 見え見えの魔力に、発動までの無駄なタイムラグ。警戒して強めの『ガード』をしていたのが馬鹿らしくなる威力。

 全てのネタが分かると、自然と笑いが込み上げてきた。この程度の攻撃が切り札なら、何も警戒する必要なんてなかったのだ。

 最低限、相手の攻撃を受け流せる程度の『ガード』と『ステアー』さえしていれば、勝手にジリ貧になるのだから。


「家に帰って母ちゃんに教えてもらえよ。そうそう、こっちも使ってよさそうな魔法を思いついたんだった。……揺らぎ喰らう闇よ」


 今更ながら、この魔法を忘れていることに気付いた。相手が魔法を使ったということで、こちらも魔法を使ってもよいだろう。

 勿論、氷魔法は使わない。あれを使ってしまうと、間違いなくこの馬鹿ガキは死ぬ。『氷矢』は覚え始めた時こそ1本だけの氷の矢だったが、今では無数の矢が同時に展開されてしまう。そんな魔法をあの『風刃』程度しか扱えない人間に放つのは、どう考えてもオーバーキルだ。

 なので、攻撃力のない闇魔法を使う。『風刃』を受けてから思い出したのだが、闇魔法ならば相手に肉体的な傷を負わせない。

 掌の上で膨れ上がっていく黒い球体を見て、馬鹿ガキの顔が青くなっていく。

 この掌で大きくしているのは威圧用の初級闇魔法『闇玉』で、実は『暗月』じゃなかったりするんですが……。まあ、その効果はなかなかだったらしい。

 その足が落ち着いていないのは、こんな子供相手に逃げるのは情けないという矜持からなのか、はたまた恐怖からか。腰に差した剣を抜こうとしている辺り、まだ諦めてはいないらしいが……まあ、それを知る必要はないだろう。

 俺はニコニコとした笑顔を張り付かせ、無慈悲に告げる。


「真っ暗闇の中でガキンチョらしく怯えてろ。お前が使った『風刃』をその一張羅に叩き込んでやるから、パンツ一丁で帰れよ。……彼の者を繋ぎとめよ 『暗月』!」


 詠唱が完了した瞬間、馬鹿ガキの体が闇に呑まれた。

 闇の中級魔法である『暗月』は、対象の視界と意識を奪う。つまり、対象がこれを防げなかった場合、外からやりたい放題になるのである。

 俺は今から始まるお仕置きタイムに、可愛らしい笑みを浮かべていた。

 全力悶絶上段蹴りはもっと痛々しい当て字をしていたのですが、私自身がキュっとなったので今の形に……。

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