039 現実的な形と二つ目の依頼
前回のあらすじ
Q シロヨモギ採集依頼はなんとかなりそうです。ルリーさんに50本中36本を前渡ししたのですが、ついでにシロヨモギの面白い話が聞けました
A シロヨモギのアレロパシー。周りの雑草は死ぬ
ルリーさんとの暖かフワフワ時間を終え、オッチャンの店へと足を運んだ。
相変わらず目立たない面構えの店。その入り口にある暖簾に腕を通すと、軽やかな鈴の音が響き渡る。
「おっちゃ~ん、居る~?」
「おう、待ってたぞ! 早速で悪いんだが、色々と問題も出てきたんだ。ちいと此処に座ってくれ」
即座に野太い声が返ってきた。
声の主であるおっちゃんは、腕組みをしながら店の奥で椅子に座っている。他の客の影が見当たらないことから、暇を持て余していたのだろう。
オッチャンが俺に座れと言ってきた椅子は、机を挟んだオッチャンの真向かいだ。中央の机には俺が渡した三面図の他に、数枚の紙が置かれている。
「あいあい、この前は駆け足だったからね。実際に作るとなると、問題が出てくるのは分かってた。どの辺が駄目だった?」
指定された椅子に腰掛けると、オッチャンは申し訳なさそうに頭を掻きはじめた。
「あー……その辺を説明する前に、先ずは見てほしい物があんだよ」
「ほいほい」
オッチャンは「ちょっと待っててくれるか」と一言告げて、店の奥にある工房へと引っ込んでいく。
そして、すぐに4つの部品を手に戻ってきた。
その手に持っている物に、俺は驚かされた。まさか、昨日今日で4つも部品を作ってくれているとは思わなったからだ。
「うわ、仕事が速いね」
「ん? ああ、この辺は図面にあった通りに作っただけだからな。まあ、試験用みたいなもんだ。どっちの材料がお前の理想に近いのか、実物に近い形で判断してもらわねえとと思ってな」
良心的な言葉と共に、オッチャンは4つの部品を見せてくれた。
その内2つはハンドル部分で、これは単純な鋼管だ。どうやら材料が違うらしく、片方は重く、片方は軽い。
残りの2つは、なんとフレームである。綺麗な三角形が組まれており、希望通りのトラスフレームになっている。俺の図面とは若干形が違っているので、オッチャンが手を加えてくれたのだろう。
『トラス』とは、棒を三角形に組み合わせた形のことだ。構造として強いだけではなく、ある程度の軽量化も望める上、見た目が素晴らしい。自転車やバイクのフレームとしてだけではなく、大型建築物にも使われる構造で、ドームの天井部分なんかでよく見かけたりする。
オッチャンが作ってくれたトラスフレームは、鋼管同士を溶接で繋ぎあわせて作られた物だ。
驚くべきは、その溶接箇所の美しさだろう。現在の地球でも、溶接部は波打っているものである。だが、オッチャンが作ったフレームにはそれが見られない。一体どうやって溶接しているのだろうか。
「嬉しそうな顔してくれてるのは気分良いんだけどよ、どっちがお前は良いと思う?」
「う~ん、軽さだけが違うって訳じゃないんでしょ? これ、どういう材料なの?」
物作りにおいて、材料の選定は重要だ。
例えば自転車のフレームを挙げると、段差によって衝撃が加わったり、砂利道で繰り返し小さな振動を受ける。オッチャンもその辺は考慮してくれているとは思うが、衝撃強度と疲労強度は必要なのだ。
「おう、こっちの軽い方が軽白鋼、そっちの重い方が難錆鋼だ。軽白鋼は軽いんだが、柔い。柔いから、あまり力の掛からない所に使うのが一般的だ。それと、全く錆びないのも特徴だな。で、難錆鋼は重いが硬い。お前が心配しているは疲労だろ? 難錆鋼はかなりの強さがあるから、まあ心配は要らんと思うぞ。なんせ、馬車の車軸に使われてたりするからな。それに、錆びに強い。……まあ、強いってだけで錆びる時は錆びるんだけどな」
「ふむふむ……」
どうやら、この2つの金属は俺が良く知る物と見てよいのだろう。
軽白鋼と呼ばれた方は、おそらくアルミ合金だ。柔らかいらしいが、流石に純アルミほどではないと予想される。
これがジュラルミンだったら採用するのも一考なのだが、自転車のフレームとしては寿命が気になるところだ。
アルミニウムは、鉄に比べて疲労に弱い。具体的に言うと、鉄はある程度の振動までなら金属疲労が起こらないのに対し、アルミニウムにはそれが望めないのだ。
折角作ってくれたオッチャンには悪いが、この世界のアルミ合金の質まで考えると、フレームの材料としては却下だろう。
だが、ハンドル部に採用する分には問題がないように思える。硬さとしても、派手にこけた時は衝撃吸収の役目を担ってくれそうだ。
錆びないというのもポイントが高い。まあ、アルミも見た目では分からないだけで、錆びてはいるのだが。錆びているのに分からないって素敵だと思います。
次に、難錆鋼と呼ばれた方。これはステンレスと考えてよいだろう。俗に言う『サス』であり、鉄にクロムやニッケルを添加して耐食性を高めた鋼のことだ。
地球でも様々な製品に使われている材料で、とにかく応用性が高い。磁性(磁石に引っ付くかどうか)の有り無しとかもあり、種類がやたらとあるのも特徴だったりする。
オッチャンが車軸にも使われると言っていたことから、400番台のマルテンサイト系辺りではないだろうか。
ステンレスはその硬さと耐食性の高さが売りだが、加工性に難があったりする。重いというマイナス面もあるので、使う箇所はある程度絞り、必要だと思われる場所にのみ使う方が良いだろう。
フレームに関しては強度が必要な為、こちらで決定としてよさそうだ。
「ハンドルは軽白鋼で決定、フレームは難錆鋼が無難っぽいね。ハンドルに関しては付け替え可能にしておこう。こけた時に曲がったりしても、修理が簡単になるだろうし」
「おうおう、分かってるじゃねぇか。俺もその組み合わせが良いと思ってたんだよ。まあ、そこで問題が発生しちまうんだけどな……なあ、絶対にこの形じゃないと駄目か?」
そう言って、図面を指し示すオッチャン。
どうやら、この3輪車スタイルに問題があるらしい。
「駄目って訳じゃないけど……あ~、やっぱり重量か。人力だから、軽い方が良いもんね。凄く軽くて鋼より強度がある材料なんて、いくらなんでも無いか」
「当たり前だろうが。まあ、重量に関しても勿論そうなんだが、特に問題なのは溶接箇所だな。お前が持ってきた図面の通りに作ったとしてよ、この箱と骨組みを繋ぐ部分で折れちまうんじゃないかと思ってな」
「むう……」
溶接部は熱が加わる為、金属組織が変化して材料が硬くなってしまう。それは即ち、脆性を持つことを意味する。よく金属製品の継ぎ目からポッキリ折れてしまうのは、これが原因の一つだったりするのだ。
実を言うと、俺も後部の2輪部分が問題になるのではないかと思っていた。普通の自転車に無理矢理くっ付けたような感じになっている為、どうしても違和感を与えてしまう。
だが、積載量は絶対に必要なのだ。もし後部積載量を確保しようとしたら、どうしてもあの形になってしまうだろう。そう、俺の折角のトラスフレーム3輪マウンテンバイクが、あの形に……。
「そこで俺からの提案なんだが、いっそ大胆に形を変えちまって、一つの後輪を簡略化してだな……籠を前と後ろに付けて……」
さも素晴らしい発想だとばかりに、オッチャンはそのイメージを紙の上で絵にしていく。
そして、それは見慣れた物になってしまった。
「やっぱりこうなるのね……」
俺が分かっていて除外した形……そう、ママチャリである。しかも、補助輪付きの。
積載量と重量の問題を解決し、尚且つ部品点数を減らす理想的なフォルム。徹底的に合理性を考え、機能のみを追求した自転車。分かってはいたのだ。ママチャリが最強である、と。
「おぉ! お前も考えてたのか。いや、俺もこれが一番良いと思うんだよ。これなら部品点数が一気に減るはずだしな! 5万ブールより安くできるぞ!」
「う、うぉぉうおう……あの形が無駄に格好良くて無駄に重いのは分かってたけど、マウンテンバイクの形に前後の籠……俺の理想が崩れていく……」
「確かに、お前が考えてきた形の方が格好は付くだろうな。だがよ、現実的な使用感なら、こっちが一番に違いねえ!」
力説するオッチャンに、俺はぐぅの音も出なくなっていた。反論できる材料が無いのだ。
これがバイクだったら、あの3輪スタイルでも問題なかったのだろう。速度が違う上、動力源が搭乗者自身によるものではないからだ。
だが、自転車にサイドカーもどきはやはりやりすぎだったらしい。俺だって分かっていた。分かってはいたのだ。
きっと、オッチャンはそんな俺の葛藤を知らない。この形が最強だと信じている。
現に、俺だって本当は理解しているのだ。積載量と部品点数の問題を解決する為、形振り構わずに考えたらこうなるだろう、と。誰だってそうする。俺だってそうする。
「ちなみにこの形にするとして、作成期間の短縮とかあるの? あと、さっき言ってた費用とか」
もう諦めムードが漂っているので、降参することにした。
俺はママチャリを駆る冒険者になるのだろう。もうこればかりは仕方がない。
「まあ、かなり短くはなるだろうな。費用も3万ブールくらいに納まるんじゃねえか? ……ただ、まだ問題があってな」
「ん? あ、もしかしてチェーンの部分? 俺も難しいかなとは思ってるんだけど、一応はやってみてもらえないかと……」
「ああ、そこも問題っちゃ問題なんだけどよ。それは俺も一応はやってみるつもりでいるし、代替案もあるから安心しとけ。で……だな、今の問題っていうのは、鋳型の方なんだ」
「あれ? そんな難しい形の部品は無かったと思うんだけど……なにが問題なの?」
「いやいや、形も問題ねえんだよ。鋳型の材料が問題になっちまったんだ。クロスライムって知ってるか? 鋳型を作るのに必要になる黒粘土を持っている魔物なんだがよ、それがもう残り少ねえんだ……冒険者ギルドにも相談してみたんだが、どうも歯切れが悪い。だから、完成まで時間が掛かりそうでよ。すまねえとは思うが、こればっかりはどうしようもねえ」
「なるほど、黒粘土不足……か。そんなに沢山の黒粘土が必要だったんだ?」
「いや、そうじゃねえ。これ、お前が持ってきた図面と違う形してんだろ? トラスフレームっていったか? 面白え形だと思ってよ。筋交いを組み合わせたみてえで、ついつい幾つか作っちまってな。その中で一番良かったのがこの形でよ」
「が、頑張り過ぎじゃないですかね……」
「強度も問題ねえはずだ。なんたって、俺がハンマーでぶっ叩いて一番歪まなかったのがその形だしな!」
図面と違う形になったのは、オッチャンの心意気からだったらしい。それで黒粘土の不足を招くとは、オッチャンの職人気質が嬉しいやら悲しいのやら……。
ともかく、材料不足とは頭の痛い問題である。
確か、ミシェルさんも黒粘土については困っているようなことを言っていた。クロスライム討伐は不人気で、受注する冒険者が少ないとかどうとか。
もしかすると、自転車作成を頼んだタイミングが悪かったのだろうか。
ギルドは黒粘土の注文を一括で請け負い、分配を行っている。オッチャンの店は弱小なので、分配される量も少ないのだろう。黒粘土が不足しているとなれば、その煽りをモロに喰らってしまうのが簡単に予想できる。
「あのさ、黒粘土は個人が取ってきて使っちゃってもいいの?」
「いや、この辺の職人は皆冒険者でもある。ギルドを通さずにそれをやっちまうと、流石に目を付けられるだろうな。依頼として自分の店用に別枠を作ってもらうのはアリだと思うがよ……」
「ふむふむ、依頼って特定の冒険者を名指しして出すことは?」
「指名依頼か? あるにはあるが、ウチじゃ資金的に……ん? おい、まさか!?」
そのまさかだ。俺がオッチャンから指名依頼をされれば、色々と都合が良くなる。
俺はお子様で、尚且つ黒粘土の用途は俺の自転車作りの為でもあるのだ。依頼料はオッチャンの言い値でよく、オッチャンの金銭的負担は軽くなる。こちらは自転車の納品が早くなるし、依頼をこなせるのでランク上げにもなる。正にWINWINの関係と言えるのではないだろうか。
「……いいのか? ただでさえ大金を払ってくれたっていうのによ」
「そこはお互い様だよ。俺は自転車が早く欲しいし、今まで無かった物を作ってもらってるんだから。依頼料は適当でいいよ。どうせ自転車作りに費やすんだから、タダでも構わない」
ニコニコ顔でそう言う俺に、オッチャンは苦笑いを零している。
「気前の良い奴だな、お前。しかし、依頼料がタダってのは駄目だ。そもそも、指名依頼ってのは数千ブールはするもんなんだよ。だから、ちゃんと金は払うから安心しとけ」
そこからは依頼の内容について煮詰めていった。
小額でいいと言う俺に、少し色を付けたいと言うオッチャン。交渉には本来と逆の意味で苦労したものの、なんとか依頼の形が出来上がった。
『 クロスライム討伐
成功報酬:500ブール
期限:無し 規定数:30
指名:エイル・ライン
王都近辺の森に生息するクロスライムを討伐し、黒粘土を30個手に入れてきてほしい。
黒粘土の受け取りと成功報酬の受け渡しは直接店舗にてお願いしたい。
この依頼はエイル・ライン殿を指名する。
依頼主:ファンデル金物店』
成功報酬はお子様価格ということで押し切ってやった。指名依頼としての一般的な金額は、まだお子様の俺にとって大きかったからだ。母上様から尻を叩かれると言ったら、オッチャンは爆笑しながら、けれど渋々と頷いてくれた。
それでも指名依頼ということで、オッチャン側の負担は約1000ブールになるらしい。
期限を無しとしているのは、俺の都合を考慮してくれた上でのことだ。
「明日はシロヨモギ採集があるから、明後日か明々後日にでも出してくれたら嬉しいかな」
「分かった。なんだか悪りいな……お前ばっかりに負担を掛けちまってる気がする」
「いやいや、実際に自転車作りが本格的に始まったら、オッチャンの方が苦労すると思うから。俺ができるのってこの程度だし、気にしなくてオッケー」
オッチャンは申し訳なさそうにしているが、実際は俺の言葉通りになるだろう。ローラーベアリングやチェーン、フリーホイールやら何やらと面倒な部品が山ほどあるのだ。
そういった部分も手伝いたいのだが、俺にはこの世界の金属加工技術がよく分かっていない。生兵法で手を出すくらいなら、自分ができる範囲に留めておくのが一番だろう。
そんなこんなで、俺の次の依頼は『クロスライム討伐』に決まった。
その後は、また自転車についてオッチャンと意見交換を続けた。
ローラーベアリングの効果や、チェーンの仕組み、フリーホイールの意味、ブレーキの形式等々。オッチャンは俺が説明しようと思っていた部分を先回りするようにして質問し、それに俺が答えていく。時間が経つのを忘れるほどに互いの意見をすり合わせ、オッチャンの奥さんから夕飯の声が上がるまでそれを続けた。
非常に有意義な時間だったと思う。
なので、母上様からの尻叩きという雷が落ちたのは、蛇足としておくべきなのだろう。ちょっとお尻が赤くなった程度では、俺は泣かないのである。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますm(_ _)m




