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004 知らない世界と困惑する獣

前回のあらすじ

 Q 親戚が家に来たんですけど、どうすればダンマリを決め込めますか?

 A 腸の中身を出してみましょう。きっと帰ってくれます

 産まれてから3ヶ月程度経った頃だろうか。

 とうとうこの瞬間、俺の目は見えるようになった。

 だが、まだ薄ぼんやりとした幕がかかっているようで、ハッキリとは見る事ができない。それでも、大きな進歩と呼べるだろう。

 それと平行して、MP操作についても順調だ。ごくごく僅かずつではあるものの、最大値も増えている事がわかる。その事によって、空調管理を長時間使用できるようになったのは嬉しい変化と言えるだろう。

 尤も、翻訳による言語習得も同時進行で行っている為、まだまだMPの量には不満を覚えているのだが。

 MPの使用練習は、今まで通りの空調管理と翻訳、後は小規模の暴風を作り出す段階まで進んでいる。

 空調管理とは違い、こちらはそれなりの熟練度が必要なようだ。

 現段階で、MPは体外に放出した時点で何らかの形に素早く変換するといった方向性を与えなければ、すぐに霧散してしまうのが分かっている。

 だが、もしMPのみの固定が可能となった場合、何らかの役に立つかもしれない。それを練習している理由は、MPの譲渡が可能になれば良いな、という希望的観測からくる。

 自分だけにこういった力がある場合、その存在を他者に証明するのは難しいのではないかと考え、ならばその手段を身に付けられたら良いな、と考えた訳である。

 と言っても、翻訳と空調管理、その他諸々を差っ引いた程度のMPでは大した研究ができず、やはり容量の不足を感じる。

 なので、現在は翻訳を必要としないレベルでの言語習得を目指すべきなのだろう。それによって浮いたMPを、他へと回せるようになれば良いからだ。

 主観でしかないが、今の俺は一般会話レベルを6~7割理解できる様になった、と言ったところだと思う。

 まさに赤ちゃんボディ様々である。いや、スパー獣さんボディと言いかえるべきか。知識や技術をスポンジの様に習得できる辺り、やはり子供の体というのはポテンシャルが高いのだろう。


「ギゅ……」

(むぅ……)


 恐る恐るといった仕草で、薄っすらとした視界の中に窓を映す。

 まだ少し瞳孔の調節には難があるのか、目蓋を完全に開けると、過剰な光で目が痛い。

 だが、初めて見た窓の外には、俺の知らないこの国の文化や町並みが映っているのだろう。それはやはり楽しみで、ずっと心待ちにしていた。

 そうして視界に移った景色。

 窓の外の光景に、俺は苦笑いを零す。


(ははは……あれって……)


 窓の大きさは縦60センチ、横1メートルといった具合だ。透明度はあまり高くないようで、磨りガラスよりは若干外が見えるといった程度。

 問題は、その外にある。

 ゴトゴトと重い音を立て、馬車が通り過ぎて行く。

 そう、馬車なんて通っているのだ。

 いや、馬車だけならそこまで違和感を感じず、ここまで困らなかっただろう。ヨーロッパ辺りや中東では、風情やら伝統やらで馬車が走っていても不思議ではない印象があるのだから。


(青いなぁ……青い……)


 窓の外では、大きな生物が馬車を牽いている。

 体長は馬よりかなり長く、背丈が馬より数段低い。しかし、体積で考えれば馬より大きいのではなかろうか。

 大きな手足をこれでもかと石畳に密着させ、ザリッという小気味良い音と共に体を前へ前へと押し出している。体表は強い日差しを淡く反射しており、何処か青い瑪瑙の様な印象を与えた。

 何より美しいのは、その瞳だろう。大人の拳程度の大きさもあるその瞳は、一点の曇りもないエメラルドのようだ。

 その横顔は、前世でとても幼かった頃の思い出を呼び起こしてくれる。

 あの頃、祖父の家の裏で捕まえようとして、尻尾を切ってまで逃走を図ったアイツ。

 ぼんやりとしか見えないが、窓の外に居る動物は間違い無くトカゲである。

 青いトカゲ。

 馬より大きいトカゲ……それが馬車を牽いている。


(どこの未開の地だよ!!! ここ地球かよ!? コモドオオトカゲとかあれに比べたら雑魚も良い所だろ!)

「オンギャー! オンギャー! ギャース!」


 猛る獣は、今日も元気な雄叫びを上げた。




「はいはい、泣かないの泣かないの。……あれ? また泣いてない……声だけってどういう事なのかしら? オムツは……うん、大丈夫みたいね」


 獣の鳴声を聞きつけた母上様は困惑している。

 それも当たり前だ。さっきの鳴声は、激しいツッコミだったのだから。


「エイル~、どうしちゃったの~? さっきお乳はあげたばかりでしょ~?」


 母上様はゆっくりと、俺が翻訳しなくても良い程度の速度で話しかけてくれる。

 それに必死で答えようと、あらん限りの力で窓を指差した。


「おう!? おうぅう! ギャース!」

(何なのあれ!? トカゲにしてはデカ過ぎるよ! 此処は知られざる秘境か何かですか!?)


 母上様は俺の意図する所が分かったようで、窓から馬車の後姿を確認したてくれた。


「ああ、イヌトカゲを見てビックリしちゃったのね。大丈夫よ、とっても大人しい魔物だから。それにもし襲い掛かってきても、パパやママがこてんぱんにしてあげるから」


 そう言って、母上様は柔和な笑みを浮かべる。


「ウギャ!? ギャギャオー!?」

(犬!? せめて牛とか像でしょ!?)


 ツッコミが追いつきそうにない。

 そして、またも奇妙な物を俺の目は捉えていた。

 褐色の肌に薄い水色を湛えた銀髪。虹彩は燃え上がるようなルビー。目鼻立ちは日本人よりハッキリとはしており、かといってくどい程ではない。

 二次元美少女の様な西洋風の顔とでも言えば良いのだろうか。ええ、もの凄い美人で御座います。俺の母上様は、この上ない美人で御座います。

 しかしながら、それでも俺のツッコミは止まる所を知らない。


「ギャース!? ホンギャー!? ウギャース!」

(あんた何人だよ! 俺の母上様なの!? マジで未開の地じゃないですか!)


 本日二度目になる、全力の獣の叫び。

 それをモロに叩きつけられた母上様は、一瞬小さく体を跳ね上げた。


「ちょっと、本当にどうしちゃったのエイル? ……? ……っ!? もしかして、はっきり目が見えるようになったの!?」


 いやいや今更でしょうよ、と更なるツッコミを入れたい。窓の外の光景に驚いてたって分かった時点で気付いて下さいよ、と。

 どうやら俺の二代目母上様は、なかなかに抜けた人物であるらしい。


「おぅう~」

(せやな)


 ぎこちないブイサインではあるものの、一応反応しておく。……3本指になっているのは、この際無視しよう。


「偉いわエイル! テッド! こっちに来て! ほらエイルが……ん? 何それ……ああ、鉤爪ね! ガオー! エイルはおりこうさんね~」


 所詮は獣である我が身、ブイサインではなく鉤爪と判断されたらしい。

 そんな阿呆な事を考えていて気付いた。この国でブイサインは通じるのだろうか、と。

 そんな疑問を抱いていた俺の元に、ドタドタとした足音が近づいてきた。

 足音の主。その正体は、簡単に推測できる。バタンと盛大な音を立てて部屋に飛び込んできた彼こそ、俺の二代目親父であるテッドなのだろう。


「どうしたレイラ!?」


 父親とは、威厳のある風格をしている……俺は、ずっとそうあるべきだと考えてきた。

 なので、決してあんな病的にまで青白い肌をしているはずがない。

 まして、髪の色がパステルグリーンとかありえない。

 体格自体は日本人男性の平均とは変わらないものの、その他の特徴とのギャップがぎこちなさを演出している。この場に駆けつけるより、ベッドで寝ていなくて良いのかと心配になってしまう。

 顔はまあ……中の上といったところか。母上様の方の遺伝が強いのを願いたい。


「テッド、エイルの目が見えるようになったの! ほら、エイルに手を振ってみて!」

「あ、ああ。分かった分かった」


 親父は母上様の勢いに若干気圧されている様子であったが、その表情を変えると、少しぎこちない仕草ながらも俺に向き直った。


「エ、エイル? お父さんだぞ~」

「おぅ~」

(病院行けよ)


 死人のような肌の色を見ていると、本当に大丈夫なのかと不安になってしまう。

 しかし、これが父親となると、本当にここは何処なのだろうか。

 母上様にしてもそうだが、俺が知っている人種とは明らかに異なる特徴を持っている。

 その上、通りを闊歩していた特大トカゲだ。

 混乱する頭を無理矢理静めつつ、部屋の内装にも目を配っていく。


(……室内にしてもそうだ。日本の古いアパートみたいだから、それなりの文明は持っているはず)


 未開の地と呼ぶには、技術的に進みすぎている。

 いつだったか母上様が漆喰がどうとか言っていた壁には、シンプルな壁紙が貼ってあった。

 ガラス窓があるというのも、この国がそれなりの文明を有していると判断できる材料になっている。


(父親は病的に青白い肌、雑草色の髪、母親は薄い褐色の肌に銀色の髪……そして未開の地とは呼べない文明レベル。何より、発見されたら大騒ぎされるであろうあの巨大トカゲ……)

「あうあうう……うぅぅ……あう……ギャ、ギャース……」


 とりあえず、あまり反応してやれなかった親父にもブイサインを送っておく。


「ん? おお、どうしたエイル。お前、たまに考え事してるような仕草するよな。俺に似たのか? でも、その手は何なんだ?」

「あれは鉤爪よ!」

「はぁ? 鉤爪って何だ?」

「イヌトカゲの鉤爪よ!」

「イヌトカゲって……これがか?」


 親父殿は指を3本立て、それをワキワキと動かしながら首を傾げている。

 だが、俺にはそれに反応できるだけの余裕は無い。


(どう考えても常識的な国じゃないだろここ……常識的に考えて……)

「おうおうう……ギャー……」

「おお、やっぱりコイツ考え事してるんじゃないのか? 見ろよレイラ、将来は魔物博士にでもなるんじゃないか?」

「何言ってるの。まだ赤ん坊なんだから考え事なんてするはずないでしょ」

(常識的じゃない……非常識が常識……)

「おうぅぅ……ギャス……」


 閃いた気がした。

 なので、それを実行してみる。


「お、どうし……へ?」


 俺に手を伸ばされた親父が、素っ頓狂な声を上げた。

 それも無理からぬことだ。差し伸べられた俺の掌に、突然巻き起こった風によって一条の傷が走ったのだから。


「エ、エイル!!??」


 親父は相当混乱しているらしく、俺を抱え上げようとしている。

 俺もここまで深い傷を付ける気はなかったのだが、手加減を失敗したらしい。血が掌から手首へと流れ落ちる感触と同時に、凄まじい痛みが走っている。

 だが、分かった事があるのだ。


「風の加護よ、彼の者に癒しを与えたまえ 『風治』!!!」


 親父が俺の手を包み、使った力。傷口を瞬時に塞ぎ、痛みさえも一瞬で引かせる魔法の様な物。

 それは、まごう事無きMPだったのだ。

 そして、俺は完全に理解した。この国ではMPが引き起こす不可思議は常識であり、つまる所それは……


「ホンギャー! ギャー!」

(外国どころか地球でもないやないか! 意味わかんない、お家帰して!)


 獣さん(俺)は泣き叫ぶ。

 転生した場所は、俺の常識が通じない場所だったのである。

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