038 シロヨモギとアレロパシー
前回のあらすじ
Q 悪い子に絡まれたので退治しました。冒険者ギルドにも報告済みです
A 誰かさんの犠牲があったからこそですね
「そんなこんなで、とりあえずそれが今日の分になります。あと、キャベツの味がお肉になる薬とかありますか?」
「ありがとう、エイル。依頼を引き受けてくれたのがエイルだと知って驚いていたのだけれど、随分と頑張ってくれたんだね。……それと、そんなアブナイ薬はウチで扱っていないからね?」
俺から36本のシロヨモギを受け取ったルリーさんは、見蕩れるような笑顔をくれた。
今日の彼女は長い髪を一つに結わえ、前に流している。緩いポニーテールとでも言えばよいだろうか、見ていてちょっと涼しげだ。
最初はどうなる事かと心配していた初依頼だったが、彼女の笑顔一つでその甲斐があったのだと実感できる。これがルリーさんではなかったとしても、俺は同様に嬉しくなっていただろう。
「たった一日でこれだけ、それも外壁周辺で集めてくるとはね。流石は一つ星冒険者だよ」
今はニコニコとしているルリーさんだが、店に来た時は少し元気がなさそうに見えた。だが、今は柔らかな表情だ。先程までの苦労話を面白おかしく話したのが功を奏したのだろう、何処か憂鬱に見えたその表情は、すっかりと影を潜めている。
「ルリーさんの為に頑張りましたから! せやから、ちょっとくらいは役得があっても……」
無意識に出た言葉と手は、敢え無くルリーさんに捕まえられた。俺の手はガッシリ固定されており、丁度ルリーさんと握手をする形になっている。
「どうしてアタシの胸に拘るのか……エイル、アンタは本当に物好きな子供だね」
「物好きとは失礼な、俺は正常の一言ですよ。あ、ですから力を込めないで……痛い! 握力凄いですね、素敵です。素敵だけど痛い!」
「さっきエイルが話してくれた悪ガキもそうだけれど、悪い子には罰が下るんだよ。この悪戯な手にも、ね」
「悪戯じゃないんです。好きな人に触りたいと思うのは、全男子の諸君の夢なんですよ? なのでそろそろ手を離して……いやぁぁあ! お手々潰れちゃう!」
「はあ……まったく、テッド坊はどういう教育をしてるんだか。ほら、抱っこしてあげるからこっちに来なさい。アンタはアタシの方を向いていると、ろくな事をしないみたいだからね」
ルリーさんはそのまま俺の手を引くと、両脇に手を差し入れてきた。そしてそのまま、ほとんど屈みもぜず簡単に俺を持ち上げる。握力もそうだが、ルリーさんは相当な力持ちらしい。
昨夜、親父はルリーさんが元筆頭宮廷魔道師だと教えてくれた。それがどういった立場なのかは知る由もないが、とにかく凄いらしい。確かに、お顔は文句の付け所がない上、おっぱいも特盛りである。これを凄いと言わずして何と言うのか。
魔道師という単語を聞けば、俺同様にゲームや漫画の影響から肉体的にひ弱な印象を受けるだろう。だが、この世界の魔道師はそんな先入観を嘲笑うようにパワフルだというのが証明された。ルリーさんの体格は胸こそ規格外なものの、他のパーツは標準的な女性の物と相違ない。身長も160センチに届かないほどだ。
ならば、何故簡単に6歳とはいえ人一人を簡単に持ち上げられるのか。それはルリーさん自身が力持ちというだけでなく、スキルも使っているからなのだろう。
「よっと」
「おほっ!?」
器用に俺を空中でクルリと方向転換させると、ルリーさんは元居た椅子の方へと歩いていく。そして椅子に腰掛けると、自らの膝の上に俺を座らせた。先日、冒険者ギルドでやられたのと同じ格好だ。
どうやら彼女、子供を膝の上に乗せるのが好きらしい。彼女は満足、俺も大満足な訳で、正に非の打ち所がないフォーメーションが完成した。難点を言えば、この姿勢だと俺もルリーさん同様に店の扉の方向を向くので、俺が店員に見えるところくらいだろうか。
「あの……結構汗掻いちゃったんで、ベタベタしてると思うんですけど……」
一応、自分の状態だけは教えておく。折を見て自分の周囲だけは魔力で温度を下げていたものの、やはり初夏の日差しはきつかった。他の冒険者達に比べればマシだとは思うのだが、結構な汗を掻いたと思う。
なので申し訳ないという意味で口に出した言葉だったのだが、しかし彼女は小さく笑ってそれに答えてくれた。
「子供が元気なのは何よりだよ。私は気にしないけれど、エイルが嫌だって言うなら止めようか? でも、そうなるとお客さん用の椅子を使っちゃうことになるから、誰か来た時に困るだろうし」
「いやいやいや、俺は嫌だとか微塵も思ってないですから! むしろこのお膝の上に永住したいくらいですよ!」
「それはちょっと反応に困るね……」
ルリーさんは小さく笑っているらしく、その吐息が俺の髪を揺らしている。
なんというか、とてものどかな感じだ。相変わらず後頭部に幸せな膨らみの感触がして、とても幸せな気分になってくる。今の俺ならば、大抵のことを笑顔で許せるだろう。正に菩薩の如き優しい心である。
それもこれも、ルリーさんの幸せ椅子のおかげだ。自然と鼻の下が伸びていくのも仕方がないと言えるだろう。
「それにしても、36本ね……。集めた場所が場所だから回復魔法を使ったんだろうけれど、エイルは回復魔法も使えるんだね。魔力切れで疲れていないのかい? もしフラフラしそうだったら言うんだよ?」
「いえ、特に体調に変わりもないですし、大丈夫ですよ。回復魔法にもそこそこ自信がありますし、多分魔力の使い方が上手くいったんだと思います」
「へぇ……それは凄いことだね。エイルくらいの歳の子で回復魔法を使えるというだけでも驚きなのに、それに自信を持っているとまで言うんだから。それに、回復魔法は使えないっていう人間も多いんだよ。上手く傷が治っていく想像がしにくいみたいでね」
「そうなんですか」
ルリーさんは少し驚いたような口ぶりながら、そんな説明をしてくれた。俺は前の世界から知識を引っ張ってきていたが、この世界だと『傷が治る』という詳細なイメージを掴むのは難しいのだろう。
親父も回復魔法を使えるので、俺も同様に使えることにあまり疑問は抱いていなかった。もしかすると、俺の回復魔法への適性は親父からの遺伝なのかもしれない。そうだったとしたら、親父に感謝しておかなければならないだろう。親父の髪は風の緑一色なので、相当な才能を持っているはずだ。
そういえば、俺も魔力を使う方法として、風を動かすことから手を付け始めたのではなかったか。……よかった、親父みたいな目に悪い髪色にならなくて本当によかった。
そんな将来有望な婚約者なのが嬉しいのだろう、ルリーさんは俺の頬っぺたに病み付きだ。いつの間にやら、その両手が俺の頬っぺたを揉みしだいている。
「まあでも、流石に骨が折れた感は否めないです。他の人達は俺以上に苦労してたみたいですし、いっそ栽培すればいいと思うんですよね……シロヨモギ」
愚痴に近い呟きではあったが、事実そう思う。薬草なので、単価としても高いはずなのだ。何処にでも生えている雑草と言ってもよい草ではあるものの、採集にあれだけ苦労するのであれば、やはり栽培すべきだと思える。雑草の中にあっても成長できるのだから、管理も相当に楽なのではなかろうか。
そう考えていたのだが、ルリーさんはそれをすぐに否定する。
「そう考えがちだけれどね、それは無理なんだよ。確かにシロヨモギの生命力は強いけれど、密生させると枯れてしまうからね。エイル、シロヨモギに回復魔法を掛けて成長を促した時、周りの草が少ししんなりとしていなかったかい?」
「あ……あ~、確かにそうなっていた気がします。周りの草から水分や栄養分を得ているのかな、とか思ってました」
ルリーさんの言う通り、シロヨモギの成長を魔法で促進させた際、周囲の雑草がしなびていた。
おそらく、周りの草から成長に必要な成分を奪っているのではないか、という考えは間違っていないだろう。だが、どうやら周囲の草が草臥れたのは、そればかりが原因ではなかったらしい。
「シロヨモギを密に植え続けた土地はね、何故かその内にシロヨモギさえ生えないほど、不毛な土地になってしまうんだよ」
「それは肥料不足だからとかではなく?」
「栽培を試みるなら、肥料は定期的に与える。だから、それはないね。枯れない程度に互いの距離を置いて、最初の2、3回の収穫ならいいんだよ。でも、それを5回、10回と繰り返すと、かなりの期間土地を休めなくてはならなくなる。そんな風なら、普通に野菜なり果物なりを育てた方が良いと思わないかい?」
「確かに……農家の方も生活掛かってますからね」
広大な土地を使っての栽培なら問題も少ないのかもしれないが、密に植えられないというのは大きなネックだ。長期間土地を休めることまで必要となってくれば、他の作物を育てた方が良いに決まっている。
それに、シロヨモギを大量に供給できる下地が完成してしまえば、シロヨモギの単価も下がってしまうだろう。総合的に考えて、シロヨモギの栽培には無理があるようだ。
「アレロパシーを持ってるんでしょうね、シロヨモギ」
「あれろぱしー?」
「アレロパシーっていうのは、植物が持っている機能というか、効果というか……とにかくそういうものです。周囲の植物の成長を阻害したりして、自分が成長しやすい環境を作り出す為にあるらしいんですよ。アレロケミカルだったかな、確かそんな物質を生成して、それを周辺に出しちゃうんです。多分、シロヨモギが生成するアレロケミカルは強烈なんでしょうね。密に植えると自分達まで枯れるほどなんですから、相当な物だと思いますよ」
薬学部の友人から教えてもらった記憶を穿り返しつつ、説明する。
アレロパシー、またの名を他感作用といっただろうか。森林浴なんかで有名なフィトンチッドも、この中に含まれるとか言っていたんだったか。
アレロパシーを起こすのが、アレロケミカル。ようは植物そのものが農薬みたいな物を作っているのだ。
シロヨモギはセイタカアワダチソウにも似ているので、おそらくこの推論は的を射ているのではなかろうか。セイタカアワダチソウはアロパシーを持っていることで有名で、そのアレロケミカルは自身にも作用してしまう。
シロヨモギ自身は成長以外に魔力を使っているように見えなかった。なので、シロヨモギが他の植物を弱らせた理由としては、アレロケミカルが関係していると考えるのが妥当だろう。
シロヨモギの成長が早いというのは、ギルドで貰った紙にも書いてあったことだ。シロヨモギは回復魔法を応用した成長、成長しやすい環境を作るアロパシー、2つの性質を併せ持っているのだろう。なるほど、回復薬に使えるほどの薬草となっている訳だ。
一人で納得していると、ルリーさんが無言になっているのに気付いた。気になってその顔を仰ぎ見ると、キョトンとした表情をしている。
「……そんな性質、知らなかった。確かにアンタが言ったようなことは、学者連中も言ってはいたんだけれど……それもあやふやで信憑性が低いとされていたんだよ。なるほど、魔法の類ではなかったんだね。そうか、そういう効能のある物質を生成して……エイル、そんな知識を何処で覚えてきたんだい? もし本で読んだのだとしたら、その本の名前を教えてほしい。私もこういう仕事をしているから、ちゃんとした知識を持っておきたいんだよ」
「うぐっ!?」
不味い。ついペラペラと話してしまったが、これは地球の知識だ。まだまだ不思議が残されているこの世界では、知られていなくて当然だったのかもしれない。おそらく、経験則でそういった知識を補っているのだろう。
目に見えない物質を放出しているのだから、それが魔法なのか物質なのか判断が付かなくともおかしくはない。地球には魔法なんて無いので、物質による作用だと決め打ちができるのだ。
とにかく、なんとかして誤魔化さなくてはならない。ただでさえ先程は女の子から白い目で見られたのだ、これ以上の白眼視は御免願う。
「えぇ~っとですね……すみません、本じゃなくて教えてもらったんです」
「誰に? テッド坊は魔法の専門家だから違うとして、エイルのお母さんは……ああ、じゃじゃトカゲか。なら、違うね」
またもや影でトカゲ扱いされる母上様。
不憫には思うのだが、今はそれどころではない。横道に逸れようとする頭を必死で引き戻し、そして俺の出した言い訳は……
「と、とある行商人から……」
「また!? また行商人!?」
自分でも、それはないわ……と思える代物であった。




