034 良い人と初めての依頼
前回のあらすじ
Q 親父と親睦を深めました
A お父さんは泣いています
ルリーさんとの出会いの翌日。
俺と母上様は、早朝から冒険者ギルドに顔を出していた。
「……本当に50万ブールもある」
「はい。現在、エイル君の口座には50万ブールが預けられています。先日のご依頼で30万ブールをご使用されていますが、もし依頼失敗となった場合には一部返金という形を取らせていただくことになりますので、その場合は60万ブール程度とお考え下さい」
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえてくる。
母上様は半信半疑だったのか、現実を突きつけられた今になって、緊張で体を強張らせていた。
親父の稼ぎも大概だとは思うのだが、やはり子供の貯金額云々を抜きにしても、大金であるのは間違いない。これから一度にこれを動かすのだから、緊張の1つもするだろう。
今の俺と母上様が何をしているのかと言うと、この貯金の移し変えだ。どうやら母上様は母上様で俺の口座を作っていたらしく、そちらに移し変えるということになったのである。
この口座は母上様が作ったものなので、名義上は俺のものっているものの、そこから引き落としがされた場合、すぐに分かるのだという。逆に言うと、名義は俺のものなので、他の人は俺の同意がなければ引き落とせない。母上様や親父がこのお金に手を付けるとは思えないのだが、昨日はそういった部分も説明してもらえた。
「こちらをレイラ様がお作りになった、エイル君名義の口座に移動させて頂く形で宜しかったでしょうか?」
「ええ、お願いします」
「畏まりました。エイル君、残念だとは思いますけど、私もそうした方が良いと思います」
俺の反応を窺うミシェルさんは、少し曖昧な笑顔を浮かべている。なんとなくだが、その表情の奥に隠されている感情が読み取れる気がした。
それは、小さな安堵である。どうやら、彼女も子供が持つには大きすぎる金額だと思っていたらしい。それが親の管理するものとなるのは、彼女にとっても心配事の一つが減ることに通じるのだろう。
「かなりの大金ですからね……レイラ様が心配されるのは当然だと思います」
「そうなんですよ……。この子、本当に驚くことばかりするものですから……」
何故かお通夜ムードが漂う二人。
俺はお子様なので、大人の世界には入り込めない。はい、バツが悪すぎて口を挟めない状況で御座います。
そうこうしている間に手続きは進んでいき、口座の移し変え完了した。俺とルリーさん作った口座は預金ゼロとなり、代わりに母上様の目が光っている口座にお金が入ったのである。
その事実から、ミシェルさんと母上様は大きく溜め息を吐いた。心労ばかりをお掛けして申し訳ない思いだ。
「……かたじけのう御座る」
「随分と古臭い感謝のしかたですね……。いえ、これも仕事のうちですから」
「また変な言葉使って……こういう時は『ありがとうございました』でしょ? はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました。この御恩、努々(ゆめゆめ)忘れはしませぬ」
閑古鳥が鳴く俺とルリーさんの口座だが、これは俺の冒険者活動での稼ぎ専用にしたいと思う。ゼロから貯金する楽しみができたと思えば、何の不満も出てこない。
「これはこれは、ご丁寧にどうも……。そう言えば、私からもエイル君に謝っておかなければならないことがあったんですよ。……申し訳ありませんでした」
「え?」
そう言うと、ミシェルさんは頭を下げてきた。
俺は何か謝られることなどあったのだろうか、と頭の中で考えてみたものの、その答えは一向に出てこない。母上様も不思議がっており、奇妙な空気が場を支配している。
「あの、俺がミシェルさんに謝られるようなことってありましたか? 逆なら思い付くんですけど……」
「ちょっとエイル、それはどういうことなの? 怒るから、話してみなさい」
「昨日、私がエリクシアに間違った査定金額を提示したことについてです。あの、レイラ様……此処でエイル君を怒るのは……」
思わぬ失言と母上様の一言により、顔色を青くしていた俺だったのだが、此処が冒険者ギルドだったことに救われたようだ。
だが、その後については保障されていない。今日も正座が待っていなければ良いのだが……。
「そんなことですか? 俺は別に気にしてませんけど……」
「そういう訳にはいかないのですよ。私もギルド職員なのですから、間違いがあったら謝らないといけないのです。本当に申し訳ありませんでした」
何だかミシェルさんが可哀想に思えてきた。こんなお子様にまで頭を下げなければならないとは、社会人は本当に大変なようだ。
「……いつか御中元でも差し上げますね」
「何ですか、それ?」
「ああいえ、ミシェルさんも苦労してるんだな……って。俺は本当に気にしてないですし、そんなに謝られると逆に困っちゃいますよ。アセリア薬剤店も教えてもらったことですし、逆に感謝しているくらいです」
「そういってもらえると……」
「偉いわ、エイル。そうよ、そういう大きな心が大切なの。パパに似たのね……エイルは将来、きっと良い人になるわ」
良い人……それは、便利な言葉。
俺も昔、良い人と言われたことがある。お前は良い奴だから、きっと良い相手が見つかるよ、と。彼女持ちのイケメンから言われた過去を持っている。
まさか、この世界でも言われると思わなかった。暗澹たる気持ちが、俺の胸を埋め尽くしていく。
「あれ? どうして暗い顔をしているんですか? せっかくレイラ様が褒めて下さったのに……」
「ちゃうねん……俺は良い人止まりで終わりたくないねん……」
「この子の持病みたいなものなんですよ……たまにこうなっちゃうんです。多分、悪い夢でも見て、それを思い出しちゃうんでしょうね。記憶力の良い子ですから……。ごめんね、エイル。ほら、泣かない泣かない」
母上様の手が、優しく俺の頭を撫でてくれる。どうしよう、更に泣きたくなった。
それはともかくとして、長々と関係の無い話をしているこの状況は、正直に言って気が咎められる。と言うのも、現在の冒険者は満員御礼状態なのだ。鮨詰め状態一歩手前と言ったところだろうか。何にせよ、職員さんにとってはご苦労なことである。
窓口の数は結構あるとはいえ、その一つを無駄話で独占し続けるのは、気分的に良くない。母上様もそう思っていたのだろう、最後に俺の頭を一撫ですると、そそくさと立ち上がっている。
「それじゃ、ママは帰るからね。ちゃんと頑張りなさいよ? あと、お昼ご飯は外で食べるにせよ、家で食べるにせよ、ちゃんと食べること」
「わかってるって。他の人が見てるから恥ずかしいし、親父の見送りとかあるんだから早く帰ってよ……」
「ん~……心配だなぁ。まあ、あまり構いすぎるのも駄目かもね。分かったわ、エイルも気をつけてね」
「ヤヴォール! ヘア、ウンターオフィツィーア!(わかりました! 軍曹殿!)」
母上様は不思議そうな顔をして帰っていったが、そこは知らない。
俺は人生で言ってみたい言葉top15に入る言葉を言えたので、かなり満足である。どうしてドイツ語は何気無い単語でも格好良く聞こえてしまうのか、永遠の謎と言えるだろう。
一つ荒々しい鼻息を吐き、ミシェルさんの方へと向き直る。
今日は俺の初依頼受注だ。程よい緊張が身を包んでおり、やる気も漲っていた。
「今日の俺は頑張りますよ。どんな依頼でもドンと来いってヤツです!」
「物凄く頼もしい一言なんですけど、一つ星で受けられる依頼までですからね? えっと、『シロヨモギの採集』で宜しかったですか?」
「はい、それでお願いします。アセリア薬剤店から出されているヤツで」
「畏まりました。えっと、行商人の調査については後ほどで宜しかったですか?」
「あ、そっちもありましたね……そちらからにしましょうか? でも、自分でも厳しい内容だと思っていたので、正直まともな結果は得られないと思ってるんですよ」
「そうですね……では、ご報告させて頂きますね。……お恥ずかしい話ですが、やはり厳しそうです。他の行商人の証言ですと、確かに御報告された人物らしき人間は居たそうなのですが、時間が開いてしまっていましたので……今も専門の職員が足取りを追って近隣の村まで足を運んでいるのですが、おそらく良い報告は得られないでしょう。現在20名の職員が動いているのですが……どうなさいますか? あまりお勧めはできないのですが、人員を増やすことも可能です。しかし、その場合は追加費用も掛かってしまいますし、何よりそこまでしても結果が得られない可能性が高いので……」
「いえ、そうなるだろうとは予想していたので、増員は望みません。もうお金も無いですしね」
むしろ、あの行商人が見つかってしまう方が困る。彼には何一つ疑わしい点は無いのだから、見つかってしまえば、今度は俺が魔王の石の出所だと疑われることになりかねない。流石のルリーさんでも俺みたいな子供と魔王の石を結び付けるのは難しいとは思うものの、その可能性が上がるのは避けたいところだ。
しかし、まだ7時過ぎなのに窓口に座り、依頼の進捗状況まで耳に入れてきているとは、ミシェルさんは本当に有能なのだろう。追加人員については悪手だと教えてくれた点も、ポイントが高い。
「そうですか。では、現在の人員にて調査を続行する形にしておきますね。……本当に、そう言って頂けて助かりました。依頼の成功率もそうなのですが、今日も残業になりそうでしたので……」
「頑張って下さい。応援してますから、頑張って下さい!」
この込み具合が毎日なのだとすれば、ミシェルさんの忙しさが分かろうというものだ。流石に一人だけで事に当たってる筈はないが、最初に手続きを任されたのは彼女である。
もしかしなくとも、俺はミシェルさんに相当な苦労を掛けているのだろう。彼女には、是非とも頑張って頂きたい。
「エイル君は優しいですね……きっと、将来は良い人になると思います。このご依頼は冒険者ギルドへの直接依頼ですので、内容の変更も可能になっています。もし気が変わった時は申し付けて下されば対応させて頂きますから。ですが、それでも厳しい依頼であることは承知して頂けると……」
「良い人言わないで下さい。わかってますって。無理言ってるのはこっちの方ですし、一部返金があるというだけで十分です」
「そう言って頂けると助かります。当方も努力させて頂きますが、もし依頼失敗による返金があった場合、レイラ様がお作りになった口座への入金、という形で宜しいでしょうか?」
「それでお願いします。母上様がまた驚きそうですが……」
おそらく、それが一番良いはずだ。俺自身もヘタレ根性丸出しの人間なので、あの大量のあぶく銭は怖い。
「それでは、エイル君が受注する依頼についてご説明させて頂きますね。『シロヨモギの採集』でお間違えはありませんか?」
「ええ、間違いありません」
早速とばかりに、ミシェルさんは依頼書を取り出す。いつの間にやら俺の後ろの行列がヤバイことになっているので、彼女も焦っているのかもしれない。
「初の依頼受注ということですので、エイル君にご説明しなくてはならないこともあります。依頼には、ギルドが定期的に出しているものと、依頼主様が直接出す依頼とがあります」
「ふむふむ」
「以前お見せした『クロスライムの討伐』がギルドが出しているものになりますね。同じ素材を目的とした依頼が複数出された場合、ギルド側がそれを一纏めにて依頼を出し、冒険者の方々から提供して頂いた素材を分配するといった形を取っています。こうした依頼は依頼料の交渉が出来なくなっています」
「なるほど……とすると、確実性が高い依頼って事になるんですか? 依頼を達成さえすれば、確実に懐が潤うとか」
「その通りです。次に、依頼主様が直接出した依頼についてですね。こういった依頼の場合、冒険者の方と依頼主様が直接交渉をしても良い、となっています。今回エイル君が受注しようとしている依頼も、これにあたりますね」
「む、交渉込みの依頼だったんですか?」
「いえ、それはあくまで依頼書に明記された金額以上を求める場合ですから。多くの冒険者の方々は、額面通りの金額で満足されるようです。依頼料上乗せの可能性がある依頼だ、と覚えておけば良い程度ですね。また、素材等を求めるご依頼であるならば、依頼主様に直接それを手渡しする場合がほとんどですね。今回のご依頼にも……ほら、この部分に」
ミシェルさんが依頼書に指を走らせ、『手渡し』の部分を指し示してくる。
「確かに書いてありますね」
「このご依頼の場合ですと、『確かな品が欲しい』というのが理由になります。依頼に掛かった費用を負担してくれる依頼主様もいらっしゃいますね」
「ふむふむ……こういう依頼を出す人は、わりと良心的な人が多いんですか? 冒険者側の負担を考えてくれてるように聞こえるんですが」
ミシェルさんの話を鵜呑みにすれば、そう聞こえなくもない。
だが、ミシェルさんは少し難しい顔をしている。どうやら、そういう訳でもないらしい。
「確かに、そういった方が多いのは事実です。今回このご依頼をエイル君に勧めたのも、そういう理由がありますからね。ですが、残念ながら逆の依頼主様もいらっしゃいます。集めてきた素材にケチを付けて依頼料を少なくしようとしたり、何かしらの問題点を指摘したり……勿論、悪質な場合はギルド側からの介入がありますが、そういったこともあると頭に入れておいた方が良いでしょうね」
随分と嫌な依頼主も居るものである。
まあ、それは俺が冒険者の立場だから思うことなのかもしれない。依頼主にも事情はあるのだろうから、あまり深く考えない方が良いだろう。
「ふ~む……まあ、今回はルリーさんが依頼主な訳で、その辺は気にしないで良さそうですね」
「ええ、余程質の悪いシロヨモギを採ってこない限り、文句は言われないでしょう。それと、シロヨモギを採集する際はこちらの腕章を付けて行って下さい」
そう言って、ミシェルさんは1つの腕章とプリントを手渡してきた。
腕章には『シロヨモギ採集中』と書かれており、御丁寧に1つの星が描かれている。
「これは?」
「シロヨモギを無許可で採集するのは禁止されているんです。生命力の強い薬草なのですが、流石に根まで掘り起こされてしまうと再生もできませんからね。採集に関しても、『茎の長さ25ロル以上の物』という規則があります。まあ、葉が3枚残るようにちぎれば、べつにそれ以下の長さでも問題ないんですけどね」
「暗黙の了解ってやつですね……葉を3枚残すのは、再生を促す為ですか?」
「当たりです。細かいことはそちらの紙にも書かれてありますので、採集の際は目を通しておいて下さいね。……ふう、大体こんな感じです。何か質問はありますか?」
腕章を鞄にしまい、プリントに目を通していく。
シロヨモギ絵と細かい字が書が並ぶそれには、おおよそ必要な情報が書かれていた。
「50本集めた後は、直接ルリーさんの所へ持っていけば良いんですよね?」
「そうなりますね。その時、ルーレル様から依頼完了を証明する書類が渡されると思います。それを私か別の職員に渡せば依頼達成となります。……ああ、そうそう。採集には外壁の東の辺りがお勧めですよ。他は取り尽くされちゃってる可能性が高いですから」
「了解です。……うん、大丈夫だと思います。ありがとうございました」
お勧めの場所まで教えてもらえたので、素直に頭を下げる。
何と言うか、ミシェルさんは仕事熱心だ。たまに大丈夫かと思うような発言があるものの、仕事に関しては丁寧であろうとする心意気が伝わってくる。お子様の俺に対しても、かなりの時間を使って説明してくれたのだから。
「いえいえ。初めての依頼、頑張って下さいね。困った時には裏技を教えてあげます」
「……裏技って?」
「いきなりは教えられません。そういう決まりなんです」
物凄く気になる発言をされてしまった。そんなことを言われれば、是が非でも聞きたくなってしまう。
だが、ミシェルさんはそれ以上は何も言うつもりがないようだ。
「……ケチ」
「それ、友達にも言われます。何気に傷付くんで、言わないで下さい」
ミシェルさんは口を尖らせ、少し拗ねている。どうやら先ほどの一言は、彼女にとってタブーらしい。
……裏技とは何なのだろうか。いきなり教えるのが駄目ということは、何か問題点もある方法なのかもしれない。
「ミシェルさんのイケズ」
なんとなく腑に落ちないものを抱えながら、俺は冒険者ギルドを後にした。




