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033 反抗期の疑いと一途な想い

前回のあらすじ

 Q ペロ……これはルリーさんと親父と誰かがお話している味。きっと俺のイケメンっぷりを噂しているんでしょう

 A 違います。大人達の苦労話です

「ダイコンは……ダイコンは悪くないから!」

「誰もダイコンを責めたりなんかしていません。空が赤くなるまで帰ってこなかったエイルが怒られているんです!」


 一本のダイコンをかき抱く俺と、仁王立ちの母上様。

 現在、俺は正座をさせられている。怒られる度に正座をさせられるので、この世界にも正座があるのだなと感心してもいるのだが、問題なのは今の状況だ。

 ルリーさんの店にオッチャンの店、その上冒険者ギルドへ2度も足を運び、ダイコンを買ってきたのである。ルリーさんとの別れが名残惜しかったというのもあるが、帰る時間が大幅にずれ込んだのは当然の結果だった。

 しかし、母上様がそれを知っているはずもなく……当然の如く御乱心で、帰ってきてすぐは心配されたものの、今の今まで正座をさせられているのである。


「エイル、絶対に慢心しちゃ駄目よ。いくら1つ星冒険者でも、貴方はまだ子供なの。だから、ママと約束した時間までに帰ってこないと駄目でしょ!」

「せやかて工藤、予定外の事件があったんや……」

「それならもっと早い時間から行動しなさい! それになんでダイコンを抱き締めてるの!? 夕飯に使うから早く渡しなさい!」


 無理矢理にダイコンを取り上げようとする母上様。

 しかし、これにはルリーさんとのデートの思い出が詰まっているのだ。そう思えば、愛しく思えてくるのも不思議ではないだろう。

 穢れを知らぬ白い肌、新鮮さを表す青々とした葉っぱ。完璧なダイコンと言える。ちなみに、これを選んでくれたのはルリーさんだ。この子が一番良い子らしい。


「うぐぐ……なんで『ガード』使ってるの! 放しなさい!」

「ダイコンは! ダイコンは悪くないから! 良い子だから、カツラ剥きにしないで!」

「千切りよ! 今日はダイコンサラダなんだから、千切りなの! 放しなさい~~~~!」

「断る! 俺は今日、この子と一緒にお風呂に入って、一緒に寝る!」

「気色の悪いこと言わないで! それに夕飯にお野菜が足りなくなるでしょうが! パパの顔色が更に悪くなっちゃうでしょ、ワガママ言うんじゃありません~~~~!」


 必死に俺とダイコンを分離させようとしている母上様だが、それは無茶だ。『ガード』に関しては、俺にも一家言があるのだ。それになにより、母上様はダイコンを慮っていらっしゃる。俺もダイコンを潰さないように手加減はしているが、今にも折れそうなダイコンを前に、母上様は責めあぐねているのだ。


「この勝負……もろたで工藤!」

「モロタデクドウって何なのよ! もしかして反抗期なの!? そんなにダイコンが好きなら、今度買ってきてあげるから……早く放しなさい~~~!」

「反抗期ちゃう! 真実の愛に目覚めたんや!」

「ダイコンに!? ダメよ! このダイコンは夕飯になるんだから、代わりの相手を見つけなさい!」

「俺のダイコンはコイツだけで十分なんだ! 他のダイコンなんて代わりにならない!」

「ダイコンは便通に良いのよ、このダイコンだけなんて絶対に駄目! ああもう、パパ帰ってきちゃうじゃないの……エイル、怒られても知らないわよ!?」


 果たして、それは母上様の予言だったのだろうか。俺達二人がダイコンを取り合っていると、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 思わず、小さく舌打ちしてしまう。これで状況は悪くなった。2対1になってしまえば、ダイコンを守りきれる自信がない。


「……ただいま。レイラ、ちょっとエイルを呼んで……何やってるんだ? お前達……」


 しかし、問題の親父は呆然としている。それに心なしか、いつも以上にお疲れのご様子だ。病人より尚悪い顔色がそれを引き立たせており、思わず心配してしまう。


「おかえり。 いつもより疲れてるみたいだけど、大丈夫? ああそれと、親父もお母さんに言い聞かせてやってよ。このダイコンは俺の物だって」

「パパを仲間に引き入れようとするんじゃありません! ダイコンはママが夕飯に使うんです! テッド、貴方からも言い聞かせてやってよ……この子、ダイコンを放さないの」

「ああええと……頭が痛い……エイル、色々と聞きたいことがあるんだが……先ずはそのダイコンについてにしようか。どうして手放さないんだ?」


 流石は親父殿である。顔色が悪かろうと、いつも以上にお疲れであろうと、しっかりと理由を聞いて下さった。


「これはルリーさんが……俺の将来のお嫁さんが選んでくれたダイコンなんだ! 例えお母さんだろうと、この子を千切りになんてさせない!」

「お嫁さん!? え? えっと、それがダイコンを放さない理由なの? もしかして、エイルも好きな人でも出来たの? そういうお年頃?」

「本当だったのか……勘弁してくれよ。レイラ、とりあえずダイコンを取り戻せばいいんだな?」

「え……うん。これがあれば、夕飯が完成するから……」


 母上様が若干置き去りにされている感が否めないが、どうやら親父は何か知っているらしい。ツカツカとこちらに歩み寄ると、ペタリとダイコンに触れる。


「触っちゃイヤぁああ!」

「エイル、このダイコンはお前にとって……ルーレルさんなのか?」

「…………ハッ!!!」


 親父の真理を突いた言葉に、俺は一瞬にして正気に戻された。なにを勘違いしていたのか、自分が恥ずかしい。俺の愛はルリーさんへのものであって、ダイコンへのものではないのだ。

 そう、思い出と言っても、所詮はダイコンである。日持ちしないだろうし、庭に植えても虫に食われるのが関の山だろう。

 嗚呼、俺は……。


「ごめん、親父、お母さん。俺が間違ってたよ……ダイコンはルリーさんじゃない。思い出なら、新しく作ればいいんだ」


 足に力が入り、知らず立ち上がる。

 ゴトリ、とダイコンが床に転がった。


「食べ物を粗末にするんじゃありません!」

「……そうだな、粗末にしちゃいけない……そうじゃない、今はそうじゃない。エイルお前、今日はアセリア薬剤店に行ったんだろう? それで、ルーレルさんに色々と世話になったそうじゃないか。その時のことを聞かせてくれるか?」


 目線を同じにしてくれた親父は、既に聞く体勢に入っている。

 まさかいきなり馴れ初めを聞かれるとは思わなかったが、聞かれたのならば答えるしかないだろう。

 何より、いずれは家族となる相手である。ちゃんと親父に伝えておかねばならない。

 そそくさとダイコンを回収して台所へと引っ込んだ母上様には、後で聞かせればよいだろうか。


「構わないけど……親父はあらかじめ知ってたみたいな感じがする。ルリーさんとは知り合いなの?」

「知り合いというか、あの店には子供の頃から世話になってるんだよ。ママだってそうだ。今日はたまたまあそこに寄る機会があって、それで色々と聞いてきた。お前がエリクシアと賢者の石を買い取ってもらったっていうのは本当なのか?」


 いきなりの突っ込んだ質問に、俺は暫し熟考する。

 確かに、ルリーさんにはエリクシアと賢者の石の事について釘を刺していない。子供が持つべき金額を超えた大金の事もあり、いずれは両親にもバレるだろうと考えたからだ。

 だが、こうも早くに知られるとは思っていなかった。少々残念ではあるが、あのお金は無い物として切り替えた方がよさそうだ。


「うん。買い取り額は85万ブール。でも、行商人の調査依頼で30万ブール、ファンデル金物店で冒険者の装備を整えるのに5万ブール使ったから、残りは50万ブールになる」


 依頼のことはルリーさんとの秘密にしておきたかったのだが、使用用途不明では親父も納得しないだろう。なので、一切の嘘を含まずにゲロする。


「うわぁ……お前、とんでもなく金遣いが荒いんだな。まあ、一応は納得できる使い道なのが救いか。行商人の調査依頼って言うのは、賢者の石を買った相手についてか?」

「うん。ルリーさんが調べようとしていたから、俺が自分名義で依頼した。ルリーさんに払わせる訳にはいかないから」

「ふむふむ、お前偉いな……確かに、お前が調べる方が筋かもしれない。受付の人は驚いただろうけどな……」


 いや、ミシェルさんはどちらかというと応援してくれていた。驚いていたのは事実だと思うが、それは金額に対しての方が大きかったと思う。


「装備っていうのは? この前、ママから良いナイフを買ってもらっただろ?」

「あー、それは……ちょっと待ってて」


 説明するとしたら、図があった方がやりやすい。

 俺は自室まで行き、ラフスケッチを数枚手に取るって戻ると、親父にそれを手渡す。


「これを作ってもらおうとしてるんだよ」

「これは……エイル、ママに似なくて良かったな。これは乗り物なのか? いやしかし、上手いな……一体いつ練習したんだ?」

「練習は授ぎょ……頑張ってお絵描きしてました。それは自転車っていうやつ。この部分に荷物を載せて、この部分に人が乗って……そのクランクの部分を足で蹴るんだ。そうすると、人間が走るより早く移動できる……かもしれないっていう物」

「へえ、それは便利そうな……でも、本当に作れるのかコレ? 5万ブール掛かったのも納得はできるんだが、部品が多すぎるような気がするぞ」


 実のところ、親父の意見は尤もだったりする。部品点数が多いので、5万ブールでも足りない可能性があるのだ。オッチャンが算出した物は概算でしかない為、実際に形にするには足りない可能性の方が高い。プロトタイプとは、無駄に金の掛かる物なのだから。


「だから、明日から冒険者としても動き出そうかなって。あのお金にはあまり手を付けたくないんだ。勿論、ちゃんと安全な依頼にしようって決めてる。明日引き受けようとしている依頼も、シロヨモギの採集だからね」

「へえ、それならママも許してくれるだろうな。ああでも、この部分とかどうするんだ? 材料は鉄なんだろ? 擦れて動かし辛いんじゃないのか?」

「そこはローラーベアリングを噛まそうと思ってる。普通の座金でなんとかなればいいけど、そうはならないだろうし。樹脂材料の座金を組み合わせれば摩擦は問題ないかもしれないけど、耐久性がね……」

「ろーらーべありんぐ? じゅしざいりょう……? 何やら難しい言葉を知ってるみたいだな。パパは知らないんだが、教えてくれないか?」


 いかん、ついつい熱が入っていた。ベアリングも樹脂材料も、このアマツチにあるのか疑わしい代物だ。あったとしても、別の名前で呼ばれているだろう。


「……完成してからのお楽しみってことでお願いします」

「ははっ、確かにその通りだな。発想ってのは、価値のあるものだからな。うーん……しかしお前、本当に面白い物を考えたな。普通、移動するならイヌトカゲか馬か牛、近距離なら『ステップ』で考えるんだが……」


 親父が唸るのも無理はないのかもしれない。

 この世界において、移動はイヌトカゲか馬か牛が主流となっている。それは窓から眺めていたから分かっているし、納得もしていた。大量の荷があるならばイヌトカゲか牛に車を牽かせ、遠くに早く行きたいならば馬を駆る。ならば近距離はというと、『ステップ』があるのだ。

 結果として、移動手段が発展していない。そもそも、『ステップ』やイヌトカゲが便利過ぎるのもあるのだろう。

 だが、それはあくまで大人やお金持ちの話だ。今は俺も懐が温かいが、それでも継続してイヌトカゲや馬を駆ることができるとは思えない。なにより、体格がネックになってしまっている。


「子供でも使える移動手段って考えると、ね。無理してでも作っておいた方が、後々便利そうだって思ったから。需要があるなら、量産も考えてみたいかな。明日、オッチャンともその辺を煮詰めないと……」

「仕事する人みたいなこと言わないでくれよ……もう少し子供のままでいてくれ。いきなり大人になられると、俺としては寂しいんだから……」


 俺の最終経歴は死亡による強制大学中退であり、就職経験は無い。なので、親父の指摘は間違いだ。……中身の年齢を除いて、ではあるが。

 それはともかくとして、親父にも色々と思うところはあるらしい。

 確かに、今回は色々と急ぎすぎた。親だからこそ、そんな息子を不安に思うのは当然なのだろう。俺としても、親父と母上様に負担を掛けたくはない。オッチャンに自転車を作ってもらうのは取り消せないが、今後はもう少し身の振り方を考えるべきだ。


「……ごめんなさい」

「本当にお前って奴は……まあ、見ていて飽きないのはあるんだけどな。だけど、貯金のことはママにも言うんだぞ。お前が大人になった時の為にちゃんと取っておくんだ。今からそんな沢山のお金を好きなように使っていたら、碌な大人にならないからな」

「わかった」


 やはり、あの口座は凍結となった。俺が親父や母上様の立場だったとしても、そうしただろう。


「偉いな、物分りがよくて助かる。……それと、俺にしてみればこっちの方が本命なんだが……お前、ルーレルさんに求婚したって本当なのか? いや、さっきの口ぶりだとそうなんだろうが……」

「おぉう! 聞いて下さいますか親父殿!」


 俺としても、こちらが本題である。なにせ、俺の将来のお嫁さんなのだ。

 ルリーさんはシャイなので、即日両親に御挨拶とまではいかなかった。

 まあ、それも考えてみれば当然のことだ。こういった大事なことは根回しが必要な訳で、先ずは俺が親父と母上様に了承を得ていなければならなかったのだから。

 前世でその無計画っぷりに後悔した俺だ、同じ轍を踏む訳にはいかない。


「今日、アセリア薬剤店に行ったんだ。そうしたら、正に俺の理想像と呼べる女性が居て……もう、ビビッと来たね。それがルリーさんなんだけど、もうね、とにかく可愛い。それでいて美人。更に器量良し。おまけにスタイル抜群と来てる。一目惚れとか通り越して訳が分からなかったんだけど、その後でルリーさんがなんていったと思う? 『そうだね、結婚しても良いかもしれないね』って! もうね、天にも昇る気持ちだった。でも俺はお子様だから、10年後にもう一度告白することになったんだけど……まあ、それは些末事なんだ。10年後となると今はピチピチのルリーさんも少し老けてるかもしれないけど、そんなのは俺にとってどうでもいいんだし、当人同士の気持ちでどうとでもなるから。なんせ彼女は本当に器量良し、俺の意思を尊重してくれて、その上お子様の俺のことを心配して送ってくれて……あと、あのダイコン! あれもルリーさんが選んでくれたんだ! 親父も思っただろ? 素晴らしいダイコンだって! それだけじゃない、ルリーさんは……」

「おい、おいおいおい! 止まれ止まれ! なんてツッコミどころ満載な話をしてるんだ……。お前、俺の書斎で本読みまくってただろうが。何でそんな風に……いや待て、お前はルーレルさんが何歳に見える?」

「20台前半」


 即答する。

 あんな別嬪さんの年齢を見間違えるほど、俺も耄碌していないはずだ。

 しかし何故だろうか、親父の顔は引き攣っていた。


「……エイル、お前は物知りなんだろ? 絶滅寸前のコンゴウガメについて言ってみろ」

「なんでコンゴウガメ? ……確か、甲長70ロルから100ロルにまで成長する光沢のある乳白色の亀だったよね? 冒険者達に絶滅寸前まで乱獲されていて、その原因になったのが甲羅だったと……。うん、熱による歪みや体積変化がないって一文が印象的だったから、覚えてる。攻撃されると甲羅に引っ込むの習性があるとかで、簡単に捕まえられるのも絶滅寸前になった理由ってされてた。甲羅を作る際に魔力を使うから魔物認定されてる亀でしょ?」


 なぜ親父がコンゴウガメについて聞いてきたのかは分からないが、コイツについてはかなり詳細に覚えている。いつか出会えればと思っている素材の1つだ。これで硬度や靭性に富んでいたとしたら、完璧に思える。


「よくもまあ、そんなスラスラと……なら、獣族のことを言ってみろ」

「ケモナー垂涎の種族」


 こちらも即答だ。あんな分かり易い種族のことを聞かれても困る。猫やら犬やら牛やらと人間を足して割ったような種族なのだから、当然だろう。


「……夜族は? 俺がそうだし、お前にも半分血が流れてるんだ。流石にこれは……」

「体温が低くて顔色の悪い種族。あぁああ!? 俺の顔色が悪いのも親父のせいやないか!」


 愕然とした。

 お子様体型、親父譲りの青白い肌、赤黒い髪……幸いにして顔は瞳の色と同様に母上様の遺伝が強かったらしく悪くはないのだが、それでも貧弱に見える要素が揃っている。少し悲しくなってきた。


「馬っ鹿野郎! 夜族は色白なほどに美男美女って言われてるんだぞ! お前、俺にちょっとは感謝しろ!」

「色白にも限度があるわ! ……いやいや待てよ……もしかして俺、結構なイケメンだったりするんでしょうか?」


 先程の悲しみから一転、今度は希望が湧いてくる。既にルリーさんという将来の伴侶が居る上、これにイケメン要素まで加わったらどうなるのか。……間違いない、最強と呼べるだろう。


「池綿って何だ? 服の材料か何かなのか?」

「美男子かってことです、はい」

「…………可愛いとは思うぞ、うん。美男子かどうかは置いとこう、とりあえず」

「ちょっ!?」


 なんとも微妙な返答である。俺は男子と呼べる顔ではないということなのか、はたまたイケメンとはほど遠いのか。


「まあいい、よく分かった。お前、頭でっかちな癖して人間のことを知らないんだな?」

「いやいやいや、親父殿。人間といえば母上様ですよ。ああいうのが人族……で間違ってます?」

「……ああ、教えなかった俺もレイラも悪かったんだろうな。ごめんな、エイル。ママはお前が言う通り人族なんだが……人の間に在る者を指すから、『人間』。獣族も、夜族も、森族も、人族も。全部をひっくるめて人間っていうんだ」


 それから、親父は俺に人間について事細かに教えてくれた。

 人族は最も古いタイプの人間で、各種族の元になったと言われている存在。

 獣族は過酷な環境に適応した人族で、動物の要素を取り込んでいる存在。

 夜族は気温の低い闇の大陸や氷の大陸に適応した種族で、低燃費系でビュンビュン系……等々。

 今更ながら、俺は気付いてしまった。魔法やこの世界の材料について関心を持ちすぎていたせいで、人間について全く知識を付けようとしていなかったのだ。


「それで森族についてなんだが……森族の特徴は長く尖った木の葉の形をした耳と、吊りあがった目、森で生きていく事に適応した細身。それとなにより大事なのが、長い寿命だ」

「ほうほう」

「森の中では血の遠い相手との出会いが少ないからそうなったと言われているが、俺はその辺に詳しくないからな……まあ、森族はそういうものだって覚えておけばいい」

「アイアイサー」

「なら、もう一回聞くぞ? ルーレルさんは何歳に見える?」

「20台前半」


 即答である。

 あの雰囲気は10台では出せないだろうし、30台と呼ぶにはまだまだピチピチだ。


「よし、お前が俺の話を理解していなかったのが分かった。だから教えてやる、ルリーさんは315……あれ、316だったか? とにかく、それくらいのお婆ちゃんなんだよ!」

「またまた、御冗談を」


 なにを言っているのか、我が家の親父殿は。正にこやつめ、である。俺の嫁がこんなに300歳越えなわけがない。


「お肌だってピチピチでしたですし」

「森族ならそうだろ。もう少し歳を取ったらそうじゃないが」

「垂れた耳が可愛いですしおすし」

「お婆ちゃんだからな、垂れもする」

「優しそうな眉と目が素敵ですし御寿司」

「森族の目は吊り目だって言っただろ? ルーレルさんは元からだって言ってるが、絶対に年齢的な物で人族みたいな目になってるんだ」

「おっぱいも得盛りで、安産型のお尻をお持ちなので、親父殿にも元気な孫を見せてあげられるかと存じます」

「ああいうのは森族だと太ってるっていうんだ。通りを歩いてる他の森族を見てみろ、皆もっとスリムだから。あと、そういう気遣いは無用だから。……意味分かってて言ってるのか?」

「いやでも、あのおっぱいは……それに器量良しなのも」

「おっぱいに拘るな……獣族ならもっと大きい人もいるから、そっちにしろ。器量良しってのも、年の功だ。お前が将来立派になったら、そういう女性も見つかるだろ?」

「あんな可愛くて綺麗な人、他にいないと思う」

「可愛くて綺麗!? お前、特殊な趣味してるな。将来が本気で心配になってくる。……でもな、相手は316歳で間違いなかったはずだ。316歳だぞ? お前と310も歳が離れてるんだ」


 いけない、親父は年齢差を一番気にしているようだ。

 だが、ちょっと待って欲しい。

 このアマツチでは、3日働いて1日休むという制度を採用している。

 果たして、休日まで労働の事を覚えていたいと思うだろうか。答えは、否である。休日くらい、仕事の事は忘れてよいのだ。労働による疲れは、休日によって洗い清められる存在であるのだから。

 なので、その3日は記憶から消去される存在。つまりは、『3』という数字自体を無視してよいことになる。『316』という数字から『3』を除外したとしよう。残るのは何か……そう、『16』という数字のみだ。

 つまり、ルリーさんの年齢は16歳な訳で、16歳のルリーさんを想えば……答えなど、自ずと出てくる。


「『最高』ですね、わかります。なに一つ問題が見当たらない」

「問題大有りだろ! お前、自分がなに言ってるのか分かってるのか? 今まで出会ったこともない、素晴らし過ぎる価値観を持った人間だよ、お前は!」

「わかってくれますか、親父殿……個々の価値観とは、尊いものなのです」

「そりゃ尊いだろうよ! 俺はお前ほど尊い価値観は要らないんだよ! 普通でいたいんだよ、俺は!」


 キャンキャンと親父が五月蠅い。

 まあ、それはどうでもいいことだ。この歳で結婚を考えている俺も俺なのだから、親父の事をあまり責められない。

 だが、釘を刺すべきところは刺しておこうと決めた。


「女性に年寄り年寄りと言うのは、失礼だと思います」

「うぐぉお!? ここに来て正論を振りかざすのか……」

「それに身体的特徴を悪し様に言うのも、よくないと思います!」

「ぐ、ぐぐぐ……その通りだ、確かにパパが悪かった……」


 親父は両手を床に突き、大きく項垂れている。

 散々なまでにルリーさんのことを否定されたが、その光景のおかげで溜飲が下がった。

 だから、もう許してやるべきなのだろう。この問題は、俺とルリーさんの10年後まで先送りが決定している。今は話題に出せたのを喜ぶべきだ。

 そう思えば、俺の表情も柔らかな物へと変わっていく。


「ごめん、親父。少し言いすぎたみたいだ」


 膝をつき、項垂れた親父と目線を合わせる。

 価値観の違いというものは、例え親子だろうとあるのだと思う。だが、俺と親父ならば乗り越えられるはずだ。

 その小さく震える肩が弱々しい物に見え、だから俺は、優しく手を添えた。


「エイル……」


 ゆっくりと、親父が顔を上げる。その顔は、俺の表情を窺っているようだった。きっと、親父も言い過ぎたと思っているのだろう。

 そんな親父の瞳に反射している俺の表情はというと、自分でも驚くほどに柔和なものになっていた。


「親父……いや、おとうさん」

「お、おぉおおお! とうとう俺をお父さんと!?」

「勿論だよ、いつか……きっと10年後、ルリーさんに『お義父さん』って呼ばせてみせるから」

「その一途さ、俺は今にも泣き出しそうだよ……」


 親父の声は、きっと感極まって漏れ出たものだったのだろう。

 そうに違いない、そうでなければ困る。

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