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003 頑張る獣と産まれる獣

前回のあらすじ

 Q 地獄に落ちたんじゃなくて転生したみたいです。ついでに不思議な力も手に入れちゃいました

 A 奇妙な再スタートですね

 自身の立ち回りを再確認した数日後、俺はいつも通りにMPの実験を続けていた。


「むうぅ、ギャぶぅ……」


 獣語(俺式赤ちゃん語)を駆使し、よりMPの濃度を上げていく。ちなみにMP圧縮に獣語は必要ない。本当にすみません。

 赤子の体だからだろう、この作業にも慣れたものだ。覚えが早いとでも言えば良いだろうか。最初こそ曖昧な感覚でしかなかった物が、今では明確に感じ取りながら操作できる。

 日に日に上達が見込めるというのは、どうしてこうもやる気を出させてくれるのだろうか。

 前世での研究もこうであったら良かったのに、と思ってしまう。

 いや、そんな事を考えるのはいけない。あれは自分が撒いた種であって、その当然の結果として成り立ったものだ。他の研究生が夜遅くまで残っていたのは、彼等が手ごたえを感じていたからのかもしれない。俺も今のように手ごたえを感じていられたなら、あんな結果にはならなかったはずだ。そこまで辿り着けなかったのは、反省すべき点だと認めるべきなのだろう。

 なので、俺はMPの研究から手を抜かない。

 これが最終的にどういう形に収まろうとも、努力する練習としては最適だからだ。

 ただ、慣れてきた弊害だろうか、この作業は比較的短時間で終わってしまう。

 なので、圧縮したMPの使い道として、翻訳に当てたいところだ。

 空調管理については先程やってしまっているので、手持ち無沙汰になってしまった。

 早く母上様か親父がこの部屋に来てくれないだろうか。


(でも親父は夜にしか帰ってこないし、母上様はちょっと前に幸せ感触を残していったばかりだしな……どうしたもんか)


 視界もまだ像を結ばず、本当に何もする事ができない。

 考えあぐねていると、カタリと小さな音が鳴った。同時に、誰かが部屋の中へ入ってきた気配がする。


「*******~、エイル**~」

(お、丁度良いタイミングだ。翻訳翻訳、っと)


 誰の声なのだろうか。獣語を駆使する赤さんの俺が言うべきではないのかもしれないが、舌足らずで幼い印象を受ける。初めて聞いた声のような気がしないでもないので、もしかすると新しい人物の登場なのかもしれない。


「ほらエイル~、アリアおばちゃんとミリシアちゃんよ~。始めましては~?」


 母上様の声が聞こえてきた。

 MP翻訳をしていると、脳裏に意味が流れていく。これと聞こえてくる言葉を刷り合わせ、現在俺は勉強中なのだ。

 気配と言葉から察するに、この部屋に3人の人物が居るらしい。まだ獣さん(俺)は瞳孔の調整が上手くないらしいので、目を開けずに反応する。


「おぅ~、ギャー!」


 ……一応返事をしたつもりだったが、これは無かったか。獣語、通称俺式赤さん語で「始めまして」と言ったつもりだったのだが。どうしてこうも雄叫びになってしまうのだろう。


「お返事してくれた! 偉いね~!」


 しかし相手は大目に見てくれたらしく、嬉しそうな声を上げている。

 舌足らずで、少し耳に響く幼声。この声の持ち主がミリシアちゃんなのだろう。


「あら、元気そうな赤ちゃんじゃない。お産の時は大変だったって聞いてたけど、これなら大丈夫そうね」

「ええ、私もやっと安心してきた所なのよ。あの時は本当に大変だったんだから……急にグッタリして声も上げなくなっちゃうし、かと思えば急に泣き出すし……」

「あはは、変わった子だねぇ」

「笑い事じゃなかったんだって! 姉さんの話とは全然違ったんだから!」


 どうやらアリアという人物は俺の伯母に当たるらしい。

 では、ミリシアという先ほどからベッドを揺らしている悪戯っ子は従姉ということか。ちょっと止めて下さい、MP翻訳の集中が途切れてしまいます。


「それにしても、この部屋涼しいわね。外はもう蒸し暑くって堪んないってのに」

「一応、冷砂を漆喰に含ませてるからね。でも、こんなに効果があるなんて知らなかったわ。他の部屋もやってもらえば良かったかも」

「へぇ~、ウチのと違うヤツなのかしら? 何処の左官職人なの?」

「さあ……そういうのはテッドに任せちゃってたから。今度聞いておく」

(……ちゃうねん、それ俺がやってんねん)


 人力MPクーラーが作動しているので、この部屋の住み心地は素晴らしいの一言だ。欠点は俺が物凄く疲れるといったところなのだが、それを含めてもこの快適具合はかなりの物だろう。

 もしMPで食べ物まで生成できたとしたら、俺は最上級ニートになれる気がする。……いや、なってはいけないのですが。


(冷砂……? 聞いた事のない材料だな。この国で産出される建材なのか? いや、一般的な建材で、この国独特の呼び名なのかもしれない)

「エイルち*ん、ミリシアだ*~!」


 考えを遮るようにして、また可愛らしい声が聞こえる。

 子供特有のキンキンとした声が鼓膜を過剰に揺らし、翻訳が少々雑になっているようだ。こちらはまだ言葉もよく分からない産まれたての赤さんなのだから、少々手加減をして頂きたい。

 ……いや、ここは子供だからと大目に見るべきなのだろうか。何せ俺の方が年上である。精神年齢だけなのだが、とにかく年上なのだ。

 その貫禄を見せ付けてやろう。


「うおぅ、うぅう、ギャー! ウギャー!」

(苦しゅうない、近こう寄れ。俺はロリコンじゃないが、子供には優しいのだ)


 悲しいかな、それは雄叫びにしかならない。

 獣……そう、俺は獣語を駆使する赤ん坊だったのだ。それを忘れていた。


「返事しようとしてるのかしら……?」


 アリア伯母さんの声が聞こえ、顔を覗かれる気配を感じる。

 その通りである。苦しゅうないのでどっか行って下さいお願いします。ちょっと恥ずかしいので。

 理系のイメージに違わず、生前の俺はシャイボーイだった。いくら身内だろうと、見知らぬ女性に顔を覗きこまれるのは精神を削られる。


「そうみたいよ? この子、話しかけると返事するの」

「あら! 偉いでちゅね~エイル君~」


 ひらひらと眼前で手を振られている気配を感じ、それが怖気を誘う。なるほど、これが新手の赤ちゃんプレイとうやつか。恥ずかしくてやってられない。

 声の感じから察するに、アリア伯母さんはそう年を取っている感じでもなさそうだ。せいぜい20代中盤といった所だろう。なので、前世での俺とそう年が離れていないということでもある。

 いくら俺が紳士の道を究めようとしていたとしても、流石にプロではない。この新手の赤ちゃんプレイに対応できるだけの技量は持ち合わせていないのだ。


「あ……あらら? 眉間に皺寄せちゃって、ごめんね。泣かないで?」


 困惑はお互い様なのだろう。普通の赤子とは違う反応を見せた事で、アリア伯母さんも不安げな声を上げている。


「おうおう~、あぶ、ギャース!」

(いえ、俺にそういった趣味は無いので……)


 一応、獣語で弁明を試みた。俺は優しい紳士なので、女性に不快な思いをさせたくはない。


「ふふふ、元気ね~」


 どう伝わったのかは知らないが、アリア伯母さんは安心したようだ。

 だが、こうやって構われ続けるのは少々居心地が悪く、何より間が持たない。

 MP翻訳への集中だけでも体力を奪われるというのに、赤ちゃんプレイで更なる精神的疲労を溜め込んでいては、言語習得どころではなくなってしまう。

 なので、少し疲れた様子を見せておこう。

 全身から力を抜き、脱力の構えを取る。

 そう、赤ん坊のみに許された、伝家の宝刀。おねむである。その真髄は無我にあり、煩悩や自我という物を全て忘却の彼方へと押しやるのだ。

 だがしかし、獣の我が身では僅かばかりの弊害があった。何故、失念していたのだろうか……。


「お母さん、なんか臭いよ~?」

「え……? あら大変!」

「エイル! 粗相したら泣きなさいって言ってるでしょ!」


 そう、不要な物を全て洗い流す事。つまりは不浄から身を清める事に通ずる。

 その時、一匹の獣は小さな産声を上げる新たな獣を生み出した。

 それは臭い立つ瘴気を纏い、俺の下半身を侵食していく。

 もう言葉は何も要らないだろう。俺の涙と共に忘れ去って欲しい。

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