028 アセリア薬剤店とエリクシア買い取り
前回のあらすじ
Q 冒険者ギルドではエリクシアの買い取りはしていないみたいです。でも、初めて受ける依頼を決めることができました
A 買い取りは専門店にお願いしましょう
結構な時間を取られた冒険者ギルドであったが、有意義なところは有意義であったと思う。
エリクシアの買い取りは薬剤店でしかできないということで、現在俺はミシェルさんから教えてもらった『アセリア薬剤店』の前に居る。
場所はというと、オッチャンの店とごく近所だった。正確には、オッチャンの所より少し王都正門寄りになる。ギルドから徒歩5分、オッチャンの所から徒歩1分といったところだろうか。
ミシェルさん曰く、薬の質なら国一番の薬剤店らしい。
そう言われれば期待は膨らむもので、俺はマツ○トキヨシやス○薬局の様な大型店舗を予想していたのだが……どうやらそのイメージは行き過ぎだったようだ。
「それでも、大きくはない……よな?」
オッチャンのファンデル金物店より若干大きい程度だろう。勿論、工房込みでだ。
だが、それでも他の店舗に比べると小さい気がする。なんというか、可愛らしい外観をした2階建て木造住宅といった感じだ。
看板も木製で、『アセリア薬剤店』と流麗な文字で綴られている。
外観だけ見るに、1階が店舗兼工房で、2階が住居となっているらしい。
「大丈夫なのかね、本当に……」
ミシェルさんが俺作のエリクシアを見て困った顔をしていたので、ちょっと不安になっていたりする。
だが、あれは正しい反応だとも思う。怪しさ満点の代物だったのは間違いない訳で、普通は笑われるのがオチだったのではなかろうか。
このお店でも同じ反応をされるだろうか……不安材料を考えればキリがない。それをなるべく頭の中から排除しつつ、『アセリア薬剤店』の扉を開いた俺は……硬直していた。
「ああ、いらっしゃい……おや? 随分と可愛らしいお客さんだね。こんにちは、坊や。ようこそ、アセリア薬剤店へ」
鈴を転がしたようで、なのに落ち着いた声色。
その音色を奏でる唇はふっくらとしていて、綺麗な薄い桜色だ。
面長とも丸顔とも言えない絶妙な輪郭に縁取られた大きな瞳は、日の光を浴びて宝石の様な蒼色を湛えている。
その上には理性的な切れ長な眉。鼻はすらりと高く、肌は白雪の様に透き通っている。
長く大きい耳は森族独特の物だと分かるが、大きく垂れていた。だが、それも彼女の容姿ではマイナスにならない。むしろ、可愛らしさに一花添えていると言えるだろう。
髪の色は深く暗い紫で、むしろ黒に近い。その一部、顔に掛かる一房が暗い青に染まっている。また、一瞬見えた後ろ髪にも一房の暗い緑があった。緩くウエーブが掛かったその三色は背中の中ごろまで届いており、彼女の可愛いとも綺麗とも取れる顔に落ち着いた印象を与えていて、優しげだ。
肩幅は女性らしく狭く、半袖のセーターの上に白のストールを羽織っている。
そして、非常に女性的な……いや、正直に言おう。巨乳だ。デカイ、かなりデカイ。なのに肩幅が狭くて太っていないとか、反則もいいところだ。座っているせいで机に隠れていて見えないが、この分だと腰周りも絶妙なのだろう。
どストライク……どストライクである。正直、ここまで理想的な外見をした女性にはお目に掛かれたことがない。
それでいて立ち尽くしているお子様な俺に優しく微笑んでいてくれているとか、もうね……性格面でも満点をあげたいと思います。
「あうあう、これは聞いてない。こんな美人さんが出てくるとか聞いてない……」
緊張のあまり、訳の分からない第一声が出ていた。俺は此処に何をしにきたのだったか、それすらも頭から吹き飛んでしまいそうになる。
対する店員さんは、俺の言葉に一瞬キョトンとした顔をして、キョロキョロと周りを見始めた。
「え……美人さん?」
周りに誰も居ないことが分かったのだろう、店員さんはオロオロと震える指で自分を指差す。
「え……? アタシのこと?」
まるで先ほどの言葉の意味が分からないといった体で、狼狽している店員さん。
俺も出てしまった言葉を取り消すつもりはなかったので、コクコクと頷いておくことにする。
「なんて……」
すると、美人と言われた店員さんが立ち上がった。
それで全体像が分かったのだが、やはり素晴らしいプロポーションをお持ちのようだ。とんでもないことである。
店員さんはフラフラとこちらまで近付いてくると、あろうことか、いきなり抱きついてきた。
「なんて良い子なんだろう!!!」
「ふひっ!? なんちゅう特盛りや……なんちゅう……」
今この時、俺は世界一の幸せ者なのだと思う。
おっぱいとは、ここまで幸せを与える物だったのだ。これは凄まじいの一言、とんでもない感触である。
母上様は身内なので、お風呂でその宝物を拝見してもほっこりとしかしない。だが、これは明らかに別物だ。
多分、これが一目惚れというヤツなのだろう。嗚呼、そう考えて間違いない。おっぱいが告げる、俺の初恋である。
地球でもこれが恋かと思うことは、ままあった。だが、それは全てまやかしだったのだろう。前世でのことは、全てが気のせいだった。大学で可愛いなとか思ってた他学部の女子とか、本当に気のせいだったんです。だって彼氏居ると分かってショック受けてたら、その彼氏以外の別の男と仲良さそうに手を繋いで歩いていたんですもの。恐ろしいにもほどがある。
そう、全ては過去の過ち。今この時をもって、俺の想いは全て目の前の姫君に向けられる。それ以外は無しだ。
「け、結婚を前提に結婚して下さい……」
よし、緊張しすぎて何を言ったか分からない。多分、そろそろ放して下さいとか言ったはずだ。ああ、きっとそうに違いない。
「う……うわぁああ! 告白までしてくれるなんて! なんて……なんて良い子なんだろう!!! アタシにもとうとうモテ期が……そうか、今までがおかしかったんだね。そうかそうか……ふふふ、君の年齢は?」
「昨日、6歳になりました。名前はエイル・ラインと申します。おっぱい大きいですね、素敵です。触っても良いですか?」
やばい、もの凄く緊張する……変なことは言っていないとよいのだが。
前世を加えた人生の中でも、こんな気持ちになったのは初めてだ。いやはや、初恋ってのは突然来るものなのですね。2度目の人生において、初めて知りました。
「胸のことは嫌味じゃ……なさそうだね、その様子だと。だけど、触るのは駄目だよ。け……ふふふ、結婚するまで清い関係で居よう。エイル坊、君がもし10年後に同じ言葉を言ってくれるなら、結婚するのもいいかもしれないね。そうそう、私の名前はルリー・ルーレル。このアセリア薬剤店の店主だよ」
どうしたことだろう、何故かこの素敵な女性と結婚することになっている。これはとんでもない展開なのではなかろうか。もしかしなくても、俺はリア充の仲間入りを果たせたのだろうか。
「ルリーさん……素敵なお名前ですね。あ、坊は付けなくて結構ですよ。け、結婚するんですから、エイルと呼んで下さい。……え、結婚してくれるんですか!?」
突然の話だというのに、この迅速な対応。
これはどうやら間違いないと言えそうだ……運命の相手である。
「ああ、君がずっとそう言ってくれるならね。よく分からない流れだったけれど……ふふふっ、そういうのもいいかもしれないね。エイルが10年後もアタシを想っていてくれるなら、そうなるのもいいかもしれない」
「や、約束ですよ!?」
やった、やってやった。地球の父さん母さん、アマツチの親父と母上様……野口明ことエイル・ラインは結婚します。
10年……長くはあるが、10年間好きでいるだけでルリーさんと結婚できるのだ。10年後といえば、その時の俺は16歳。この国の成人年齢になる。
まさかこの俺が結婚できようとは、思いもしなかった。それも、こんなとびきりの美人と。
あまりの嬉しさに小躍りしそうな俺なのだが、ルリーさんはそんな光景を微笑ましいものを見る目で眺めながら、忘れかけていた本題を切り出してくれた。
「それでエイル、今日はどういった用事で来たんだい? なにも告白だけしにきたって訳じゃないんだろう? お母さんかお父さんに何か買ってくるように言われなかったかい?」
その言葉で、俺は漸く自分がしなければならないことを思い出した。
流石は俺の婚約者だ、しっかりと駄目な未来の夫を支えてくれている。会って早々に惚れ直すレベルだ。
「あ、そうですね……すっかり忘れてました。すみません、こちらでは回復薬の買い取りって行っていますか?」
「ん? 回復薬の買取か……ああ、やっているよ。でも、身分証明書……エイルが何処の誰で、どんな人なのかを書いてある物が必要になるのだけれど、持ってきているかい?」
「はい。ギルドカードでいいですよね?」
ギルドカードはそのまま身分証明書となるはずだ。
早速とばかりに、胸ポケットからギルドカードを取り出す。
「ギルドカード!?」
「あ、はい。いけませんでしたか? 母上様には、これが身分証明書としても使えると教えてもらったんですが……」
「い、いや、ギルドカードなら大丈夫だよ。そうか、今は6歳児でもギルドカードを持つ時代になったんだね……」
なにやら感慨深げなルリーさんは、俺のギルドカードを丁寧に受け取ってくれた。そして、それに書かれている事を別の用紙に写していく。
「6歳で1つ星……それにこの熟練度の4大スキルに中級魔法!? エイル・ライン……ライン、ライン……何処かで聞いたような気が……」
「あの、何処かおかしいところとかありましたか? 昨日家に送られてきたばかりなので、変なところがあったら教えて下さい。ギルドで直してきてもらいますから」
具体的には、エリクシアを信じてくれなかったミシェルさんに。
だが、よくよく考えてみれば、ミシェルさんがこのアセリア薬剤店を教えてくれたのだった。ならば、彼女は恋のキューピットと呼べるのかもしれない。……キューピットという単語が急に安っぽく思えてきたのだが。
「ああいや、君が思いの外、凄い子供だったのが……ね。大丈夫、ギルドカードにおかしなところはないよ。うん、これで買取ができるようになった。それで、何を買い取ってほしいんだい?」
必要なことを写し終わったのだろう、ルリーさんがギルドカードを返してくれる。それを胸ポケットに直しつつ、俺は鞄から例のガラス瓶を取り出した。
説明しても胡散臭い代物だとは重々承知しているので、黙ってそのままカウンターとなっている机の上に置く。
未来の妻とはいえ、どんな言葉が返ってくるかと思っていたのだが……その反応は予想以上のものだった。
「これは!? ……エイル、君はこれが何か分かっていて買い取ってほしいと言っているのかい!?」
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。美人さんということで、ルリーさんは勢い良く立ち上がる姿にさえ華がある。安産型のお尻をお持ちで大変よろしい。
それはともかくとして、流石は薬剤店の店主さんといったことなのだろう。この反応から察するに、ルリーさんはこれが何かを一瞬にして見抜いたようだ。
ならば、こちらもそれ相応の対応をするべきだろう。
「分かっています。エリクシア、最高位の回復薬で間違いないですよね? すみません、飽和しているせいで賢者の石が残っちゃってますけど、本物だと思いますので、買い取ってもらえると……」
「賢者の石のことまで……エイル、エリクシアの名前はまだいいとして、なんでこれが本物だと分かったんだい? 中にあるのが『賢者の石』だ、とも」
それは賢者の石を自分で作ったからです、とは言えない。いくら婚約者とはいえ、この反応で言えなくなった。
どうやらこれは、薬剤店を営む彼女にとっても異常な代物らしい。それに、『賢者の石』と強調していることからも、エリクシアより賢者の石の方が大事であるのが窺える。
なので、事前に用意していた言い訳を口に出すことにした。
「賢者の石がどんな物かも、エリクシアの材料だということも、親父の持っている本で知っていました」
「では、これは何処から持ってきたんだい? 家にあったのか、それとも何処かで手に入れたのか……」
「行商人から手に入れました。30ブールです」
嘘は言っていない。掛かった材料費もそれだけだ。
「……嘘じゃ、ないんだろうね。これで嘘だったら、エイルは本当に悪い子だよ。はあ、君は本当に、会って早々にして何度も驚かせてくれるね……とんだ掘り出し物だよ、これは。元の聖水自体は旧式の物だから、現在の聖水で作られた物よりも効果は落ちるだろうけれど、それでもエリクシアはエリクシアだ。回復薬の王様で間違いない。むしろ、まだ残っている賢者の石の方が問題だね。よもや、君みたいな子供がこんな大粒を持ち込むなんて夢にも思わなかった」
ルリーさんはそう言うと、頭を抱えるようにして椅子へと腰を下ろした。見事なプロポーションを拝めなくなって、少し残念である。
それはさておき、ルリーさんの言葉に幾つか引っ掛かる点があった。
「聖水が旧式、ですか?」
「ああ……ごめんね、ちょっと取り乱してしまったみたいだ。そうだね、聖水には古い物と新しい物がある。と言っても、新しい物はつい最近になってから出来たんだよ。詠唱の一部が変わってしまってね。だから、エイルが買ったこのエリクシアが旧式の聖水から出来ているのも、なんら不思議ではないんだよ。むしろ、現在あるエリクシアの殆どが旧式で作られた物なんだから」
なるほど、あの聖水が安かった理由はこれだ。旧式だった為に買い手がおらず、その上、出立が迫っているせいで値を下げなければならなくなったのだろう。俺にとっては僥倖だったが、行商人にとってはとんだ災難だった訳だ。
「これはちょっと濃すぎるかな……。エリクシアの効き目は絶大だから、ここまで濃いと逆に体に悪いんだよ。賢者の石も溶け切っていないし、本当にどうしてこんな物が……」
どうやら作成の段階から躓いていたらしい。
何とも悲しいことである。賢者の石を無駄に大きく造りすぎてしまったようだ。
「あの、その賢者の石って大粒なんですか? 直径2ロルくらいしかありませんけど」
「これでもそこそこの大粒だよ。普通は1ロルといった物ばかりだからね。……もしかして、もっと大きな賢者の石を見たことがあるのかい?」
見たことがあるもクソも、以前親父が魔法大学に持っていった賢者の石の方が数段デカイ。そして現在俺の服用している1級賢者の石は、それより更に大きくなっている。
3級でその大きさならクズ石程度かと思っていたのだが、どうやら認識を改める必要があるらしい。こんなに大事になるなら、密かに考えていた賢者の石長者作戦は永久凍結した方がよさそうだ。
「ああ、でもどうしようかな。子供に持たせるには大金になるし、本来なら家宝にでもすべき代物なんだけれど……本当に買い取ってしまってもいいのかい?」
「ええ、お願いします。持っていればいつかは役に立つのかもしれませんけれど、ちょっと要りようなので」
「う~ん……ああ、そうだ! 冒険者ギルドには貯金のサービスがあるから、今から手に入るお金は貯金しておくといい。将来の為にちゃんと取っておくんだよ」
「……わ、わかりました」
この後使う予定です、とは言わない方がよいかもしれない。
ルリーさんは一度店の奥へと引っ込むと、ジャラジャラと音のする皮袋を携えて戻ってきた。あの中に金貨が何枚か入っているのだろう。
「じゃあ、買い取らせてもらうね。それと、貴重な物を売ってくれてありがとう。買い取り価格なのだけれど、確認の為に机の上に並べようか」
「はい、お願いします」
そうして彼女が机の上に並べたのは、綺麗な金貨5枚と金縁の銀貨6枚だった。
確か金貨が5000ブールで、恐らく金縁という事から大銀貨の500ブール……合計すると、2万8千ブールだ。日本円にして、28万円。……回復薬に28万とか馬鹿げているにもほどがある。しかも、これは買い取り価格だ。実売価格ともなると、もう考えたくもない。
だが、ここはありがたく頂戴しておこう。これでも特注品を作るとなると、少し不安なくらいだ。
「ごめんね、貴金貨があまりなかったから、少し細かくなってしまったかもしれない」
「……は? 貴金貨?」
「そうだよ、だから大金貨が5枚もあるのだけれど……はっ!」
俺がよく分からない顔をしているのが分かったらしく、ルリーさんは慌てて説明を始める。
「エイル、この硬貨は何だと思っていたんだい?」
「えっと、金貨5枚に大銀貨6枚だと……なんですか、貴金貨って? これって2万8千ブールですよね?」
「エリクシアがそんなに安い訳ないから……。ああいや、子供にとってはそれでも大金も良い所か。これは大金貨、5万ブールだよ」
「5ま…………う、嘘ですよね?」
ルリーさんが指差しているのは、俺が金貨だと思っていた物だ。大きな硬貨だと思っていたが、これに5万ブールの価値があるとわかると、神々しく見えてくる。
「本当だよ。そしてこっちが貴金貨、10万ブールになる」
「…………why?」
「エイル、ちゃんと貯金するんだよ? 絶対に落としてはいけないよ。エリクシアが30万ブール、賢者の石が55万ブールだね。ごめんね、オークションに出したなら、もっと良い値が付くだろうに」
「85万ブール!? 買い取りが!?」
日本円にして、850万円なり。
ぶっ飛んでいる……とんだわらしべ長者だ。そして、そんな大金をすぐに用意できるこの店もぶっ飛んでいる。カタカタと指先が震えてしまうのは、もうどうしようもない。
「そう、買い取りでこれだけだよ。オークションに出せば、100万ブールくらいは値が付くだろうね。だから、ごめんね。ウチじゃこれが精一杯の買い取り価格になっちゃうんだよ」
「いやいやいやいや、それはないですそれは。たかが回復薬ですよ、回復薬。こんなちっぽけな物が30万ブール? 一体誰が買うっていうんですか……」
俺のそんな疑問も、どうやら間違っていたらしい。ルリーさんは小さく首を振ると、その考えを正してくれる。
「エイル、エリクシアは君が思っている以上の回復薬なんだよ。無くなった指も、腕さえも……死しか未来のない病でも、この薬は治せるかもしれないんだよ。勿論、たった一人の人間を癒すのに沢山必要になることだってある。それでも、この薬はそういった人達にとっての希望なんだよ。でも、圧倒的に数が少ない。もし見つかっても、王族や貴族が買い占めてしまう。平民には高すぎてなかなか手が出ないけれど、それでも苦労して手に入れようとしている者が沢山居るんだよ。だから、売ってくれてありがとうと言ったんだよ」
「うぐっ……」
そんな言葉を聞かされて、自分があまりにもちっぽけな人間になった気がしてきた。口から「その賢者の石は俺が作ったんです」と出てしまいそうになる。
だが、それでもやはり言えない。言ってしまえば、多分俺の日常は望まない形に歪んでしまうだろう。
「あの……」
あまりにも、俺は賢者の石について知らない。自分が作り出せる物のはずなのに、その実態を軽く捉えすぎていた。
そして、ルリーさんはそれを知っているかもしれない。もしかすると、賢者の石以上の魔石についても。
「これ、差し上げます。婚約指輪みたいな物なので、お金は要らないです。それで、これが何なのか教えて下さい」
そう言って、鞄から何かを取り出す振りをする。
あくまで振りだ。俺は鞄の中に突っ込んだ手の中で、1級の賢者の石を作り出す。
そしてそれを、ルリーさんの目の前に置いた。
「…………エイル、頼むから……頼むから、ちょっと落ち着かせてくれないかい? ええと……これもその行商人のところで?」
「ええと、はい……すみません」
「……いや、怒っている訳じゃないんだよ。心臓が止まるかと思った。その行商人、一体何者なんだろう……? エイル、後で一緒に冒険者ギルドに……ああいや、そうじゃないんだ。この石についてだったね」
謝ったのは、嘘を吐いたことについてだ。
嘘を嘘で固めるというのは、心苦しい。
だが、それでも俺は知らなければならないと思ったのだ。
そして、彼女はそれを知っているかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた俺だったのだが……
「この石はね、最初の人、最初の竜殺し……勇者と呼ばれた、最初の魔王の遺物なんだよ」
ルリーさんが放った言葉は、俺の予想を遥かに上回るものだった。




