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025 両親の内緒話とお絵描き

前回のあらすじ

 Q ダマスカスのナイフを手に入れたぞ!

 A えかったえかった

「なんかね、あの子この2日間部屋に篭りっぱなしなのよ」

「反抗期か?」


 エイルの初めてのお使いは、タマネギ1個という蛇足を付け加えて無事終了した。その結果は、レイラにとってまずまずのものだったと言えるだろう。

 あれから日は経ち、今日はエイル・ラインの6歳の誕生日であった。

 テッドはエイルに鉱物の図鑑を、レイラはエイルが買ってきたナイフを誕生日プレゼントとし、その日を祝った。我が子の笑顔という物は、両親である二人にとって、なによりのお返しと呼べるものだっただろう。

 しかし肝心の主役はと言うと、一通りのお祝いが済んだ後、少し早めに自室へと戻っていった。

 それが今日だけならば、レイラも要らぬ気を揉まなかったかもしれない。だがそれは、初めてのお使いが終わった直後から続いているのだ。


「お前、エイルの後をつけてたんだろ? それがバレてたんじゃないのか? だから俺が止めておけって……」

「大丈夫よ、上手くやってたんだから。エイルは私が居たことなんて、多分爪の先も知らないでしょうね」


 自信満々なレイラだが、テッドはそれを半信半疑といった表情で受け流す。

 レイラはあまり気にしていないようだが、テッドはエイルをその歳相応には見ていない。少なくとも、年齢の5割り増し程度には見ている。

 だが、レイラの顔がその時を思い浮かべているであろう表情をしていたので、テッドは水を差すのも無粋かと思い直し、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「テッドにも見せてあげたかったわよ、ギルドでの堂々とした態度とか、このナイフを選ぶ審美眼の鋭さとか……」


 レイラがテッドに見せたのは、エイルがあの日に買ってきた無骨なナイフ。

 少し見せてほしいと息子にお伺いを立てたところ、家に居る時は好きにしてよいとの返事が返ってきたのだ。

 そんな理由で、現在あの時のナイフはレイラの手の中にある。

 それは、使えば使う程に手に馴染む代物であった。


「それってそんなに良いナイフなのか? 言っちゃ悪いが、随分と薄汚れている様に見えるんだが……頑丈そうではあるけど」


 テッドのそんな一言に、レイラも頷く。

 確かに、一目見た程度ではそんな悪印象を持ってしまうのも当然だろう。だが、それはあくまで表面的な印象だけを汲み取れば、だ。


「ええ、確かに見た目はかなり悪いわね。でも、切れ味はテッドが使っているカミソリより良いかもしれないわ。それに、投擲の事まで考えて作られてる。ヒルトもしっかりしているし、これなら指も怪我しないでしょう」


 レイラはエイルより遅くこそあったものの、それでも他が反対する程の年齢で冒険者になったという過去を持っている。そこから4つ星の冒険者となった彼女には、武器に対する一家言があるのだ。

 そして、それ故にエイルが買ってきたナイフが確かな業物だと、手にしてすぐに分かった。


「そんなの買ってやって大丈夫なのか? 絶対に高かっただろ、それ。あいつはまだ6歳なんだから、あんまり高い物を買い与えると碌な大人にならないぞ」


 テッドの尤もな言い分はしかし、レイラの一言によって一蹴される。


「350ブール」

「は?」

「だから、350ブールなのよコレ。捨て値もいいところだわ。大方表面処理を失敗したとかそんな理由なんでしょうけど、それでも安すぎるくらいよ」


 レイラの見立てでは、少々の粗はあるものの、最低でも3000ブールは取られるだろう一品に見えた。それがたったの350ブールとは、捨て値という表現でも足りないほどになるだろう。


「それを、たまたま買ったってのか?」

「いいえ、あの子は色々な店を回ってたから、そうじゃないと思う。多分、ちゃんと分かってから買ったのよ。私も知らない店だったから、多分私とテッドが結婚してからできた店なんでしょうけど……とんだ掘り出し物だわ、私が欲しいくらい」

「あいつ、どんな方向に進んでるんだよ……」


 テッドが呆れるのも無理はない。外見だけを見れば、他に幾らでも見栄えのする武器は沢山あるのだから。

 だが、見た目だけという武器が多いのも事実だ。それ等に惑わされず、業物を見抜いた息子を量りかねるのは、当然と言える。

 元より、異常な早さで魔法を使って見せただけでも驚きなのだ。そして、スキルの精度と効果の高さもある。エイルに冒険者としての才能があるだろうことは、テッド自身も認めるところ。ならば、レイラが冒険者としての血が騒ぐとたまに零しているのもまた、無理からぬことなのだろう。


「武器を選ぶ目をもっているのは、それだけで貴重な資質よ。それに、恵まれたスキルの才能まである。魔力量はちょっと少ないけど……使える魔法はかなり多いし、私みたいに騎士団からお声が掛かるのも時間の問題ね」


 それでも、上機嫌なレイラに比べ、テッドの顔はあまり浮かばれない物だった。

 それには理由がある。


「いや、貴族の子が多い騎士団だと、肩身が狭くなるかもしれないだろ。エイルの魔力量は326だ、貴族の連中は最低でも1000以上あるんだからな。それに、伸びもあまり良くない……」


 テッドが心配しているのは、自分の息子が冒険者から騎士になろうと考えた場合のことだ。

 彼の手元には、冒険者ギルドから送られてきたエイルのギルドカードと登録用紙の控えがあった。

 そこには、確かに魔力量326と書かれている。

 エイルが赤子の頃に測った魔力量は、150程度だった。子供の頃が一番伸び易い魔力量だけに、今を逃すと成長はあまり期待できない。それが精々倍になった程度だったのだから、テッドが気落ちしているのも無理はないだろう。個人差にもよるが、本来3倍程度まで成長するのが一般的なのだ。

 エイルが冒険者としてやっていくならばよい。だが、もし騎士を夢見たならば、それはエイルにとって暗い現実を見ることになるのではないか。テッドは、それを考えている。

 だがそれを聞いてもなお、レイラの表情は明るかった。


「工夫をするのが人間の常でしょう? 現に、エイルはどうやってるか分からないけれど、『火球』を中級さえ超える威力で使ったってあるじゃない。直径1ハルの『火球』なんて、私が現役の頃でも見たことないもの」


 レイラが指し示すのは、登録の控えに添えられた手紙だ。今日がエイルの誕生日ということで、小粋に押し花が貼り付けられている。

 その手紙には、祝いの言葉と共に実技試験の詳細が書かれていた。


「都合のいいところだけ抜き出せばそうなるな。だが、注意しろって書いてあるだろ。この魔力量だと、すぐに魔力枯渇で昏倒する羽目になるって。試験が無事終了したのだって、奇跡みたいなもんだ」

「そうかしら? 試験が終わったあとのあの子、ケロッとした顔してたわよ。私からもあまり派手に魔法を使わないように言っておくけど、スキルといい、魔法といい、あの子には魔力に関する固有スキルでもあるのんじゃないかと思えてくるのよね」

「スキルが魔力を必要とするものなんだ、その逆があって堪るか。まあ、レイラが言ってくれるなら助かるよ。俺が言うと、効果が薄そうだし……。それより、あいつは部屋に引き篭もって何をやってるんだ?」


 相変わらず深夜に叫び声を上げる癖がある我が子なので、テッドもなんだかんだで心配しているらしい。

 しかし、レイラの答えは予想の斜め上を行くものだった。


「それがね、紙と鉛筆を持ってウンウン唸ってるのよ。ふぉるむが~とか、べありんぐが~とか、とらすが~とか言って。あれって魔方陣なのかしら? 三角とか丸が描かれていて、そこに数字が並んでいたわ」

「魔方陣!? 紙ってどれ位の大きさなんだ?」

「え? これくらい……」


 テッドの顔が驚愕に染められる。

 そんな夫に若干気圧されつつも、レイラが指差したのは先程の手紙だった。

 それを見たテッドは、大きく息を吐く。エイルの描くものがあまり大きくないことを知り、安堵したのだ。


「なんだ……びっくりした。人が複数人乗れない大きさの魔方陣なんてのは無いんだよ。魔方陣というのは、複数の人間の魔力で魔法を発動させる為にあるんだから」

「へえ、そうなんだ? なら、一体何を描いてたんでしょうね?」

「ちょっとこれに描いてみてくれるか? 覚えている限りでいいから」


 そう言って、テッドは机の引き出しから一枚の白紙を取り出す。

 レイラはそれを受け取ると、かなりの勢いでエイルが描いていた絵を再現し始めた。


「お前、相変わらず絵心無いな」

「……うるさいわね」


 完成した絵は、勢いをそのまま絵にしたような、前衛的なものだ。

 しかしながら、テッドはそれが何かをすぐに言い当てることができたのは、長年の夫婦生活の賜物なのかもしれない。


「これ、図面じゃないのか?」

「……図面って、あの図面?」

「ああ、描き方が滅茶苦茶だけどな。子供ってのは独創的なんだな……おっ!?レイラの絵だと分かり辛いけど、これは他の角度から見た絵なのか。凄いな、描き方は滅茶苦茶なのに分かり易い」

「一言余計なんですけど……」


 実のところ、エイルが描いていたのは三面図だった。一つの紙に描かれていた為、アマツチの常識に染まっているレイラには分かり辛かったのだろう。

 そうして得られた回答だったのだが、二人は揃って首を傾げる。


「これは何なんだ? 大きさとかどうなってんだ? レイラ、数値とかどうなってた?」

「私に聞かれても困るわよ……数字も覚えてません。あの子の字は独創的だから」

「素直に下手って教えてやれよ……あいつの為にもなるんだぞ」

「字が下手なのはテッドの遺伝でしょうが。私の字は綺麗よ!」

「ああ、字だけはな」


 そうやって、二人の会話は横道へと逸れていく。

 何時しか置き去りとなったエイルの図面の話なのだが、それをエイル本人は知る由もない。話題の彼はというと、その時にはとっくに夢の中だ。

 二人の意味もなさなくなった会話と共に、夜は更けていく。

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