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021 冒険者ギルドと登録

前回のあらすじ

 Q 外は予想以上に異世界してました。でも母上様が脳筋ストーカーに変身したんですが

 A 見なかったことにしてあげましょう

「これが冒険者ギルドかぁ」


 周囲は道が広く取られており、広場のようにも見える。

 その中心にデカデカとした看板が携えた、大きな3階建ての木造建築物。そこへと吸い込まれて行く人種は多種多様だが、多く共通している事がある。

 それは武装しているということだ。男も女も、腰には剣を差している。

 正に想像通り。いや、想像以上に胸躍らせる光景ではないだろうか。剣と魔法、そしてスキル。これだけ揃っている世界ならば、冒険が無いなんて嘘だ。

 俺だって一端の男。やはりそういった物に憧れたりはする。

 ちなみに、よくファンタジー物の漫画や小説では太ももやヘソの見える際どい鎧を着込んだ女性が出てくるのだが、それは儚くも幻想と消えた。思えば、そんな物で身を守れる筈も無く……何故か普段着同然の人も多く居るが、兜を脇に抱えている人も居るので、本当は完全防備で仕事をするのだろう。


「乗るしかない、このビッグウエーブに!」


 下心満載な理想はさておき、とにかく俺は今、とてもテンションが上がっている。例えそれが今日は登録だけであろうと、このロマンを追い求めている人達に混じることができるのだ。

 二人組みの冒険者が扉を開くのを見て、俺もその後ろへと続いた。二人は「え?何、この餓鬼んちょ……」みたいな顔をしていたが、知ったことではない。むしろ、余裕で笑顔で返せるレベル。俺は今から、冒険者になるのだから。


 夢にまで見た冒険者ギルド。しかし、内部は閑散としていた。


「あっれ……」


 間抜けにも漏れた俺の声は、存外に良く響いてしまう。それで職員や他の冒険者達の注目を集めてしまうのだから、内部の静けさが分かろうというものだ。

 違う。これはあまりにも俺の想像と違う。

 冒険者ギルドと言えば、もっと粗野な人達がたむろしているのではなかろうか。ガヤガヤと野太い声が響き渡り、そこらで小競り合いなんかが始まってもおかしくないはず。少なくとも、こんなに静かな空間であるのは予想外だ。

 もっと殺伐としていて然るべきだと思っていただけに、呆気に取られてしまう。

 もしかすると、時間帯を間違えたのかもしれない。


「あうあう……」

「どうしたんですか? もしかして迷子さんですか?」


 少し落ち込んでいる俺を見るに見かねたのか、職員さんらしき制服を着込んだ女性が声を掛けてきた。胸に掛けられた名札には、『ミシェル・ファゴット』と記されている。

 服装はそのままOLのようでもあるのだが、服のあちこちが何かの皮で補強されており、やはり地球の物とは趣が違う。

 栗色の髪に緑の目。容姿から彼女が人族であるのは間違い無いのだが、少々猫っぽい。もしかすると、獣族の血が少し入っているのかもしれない。多分ではあるが、好きな人は滅茶苦茶好きな顔だと思う。動物的な可愛さがあるとでも言えば良いだろうか。年齢はかなり若そうなので、おそらく新米職員といったところだろう。

 他の女性職員を見ても、一部を除いて美人揃いだ。

 その一部というのはそのまんま獣娘なのだが……俺には少し早かったらしい。


「あ、えっと……違います。冒険者として登録をしたいのですが」

「わあ、まだちっちゃいのに偉いんですね。お父さんかお母さんは一緒じゃないんですか?」


 子供にも分かり易い程度に敬語を崩してくる辺り、手馴れている印象を受ける。おそらく、親同伴で登録に来る子供も多いのだろう。


「いえ、一人です。勝手等が分からないので、色々と説明して頂けると助かります」

「そうですか、一人で……言葉遣いまでちゃんとしてて、偉いですね。わかりました、それではこちらへお進み下さい」


 ギルドの扉を少し開いて覗いている不審者については、言わないことにしておいた。そこは邪魔になるのではないかと思うのだが、どうか。

 あまり気にしていると負けた気分になってくるので、俺はミシェルさんに促されるまま、窓口の一つへと腰を下ろす。ミシェルさんもカウンターを回り、俺と対面するようにして座った。


「では、こちらの書類への記入をお願いします。枠が赤く塗られている部分は必須項目となっておりますので、そちらだけでも記入して頂く形となります」

「わかりました。えぇと……」


 胸ポケットから住民票を取り出す。朝出かける前に渡されていた物だ。

 鞄ではなく胸ポケットに入れていたのは、引っ手繰りに会った時へと対策だと今更になってから気付いた。どうやらあの脳筋母上様、色々と気を揉んでいてくれたらしい。


「もし分からない文字等ありましたら、お気軽にお尋ね下さい。また、代筆も行っておりますが……大丈夫みたいですね」


 ミシェルさんも俺の書く文字を目で追ってくれている。

 対する俺はというと、日本で書いてきた会員登録の書類やら何やらと大して変わらない内容だったので、結構拍子抜けしていた。やはり冒険者登録でもこんなものなのだろうか。

 なので、何となく世間話の感覚で書類の気になる点を聞いてみることにした。


「住所って宿屋でも良いんですね。やっぱり他の地方やら国やらからこちらで登録する冒険者も居るということですか?」

「そうですね。王都近郊で農耕を主としている村では、冒険者ギルド自体無いことが多いんです。そういった地方の方々、出稼ぎとしてこの王都の宿屋に下宿しつつ依頼を受けるという場合がありますので。他にも、エイル君の言う通りに他国からの冒険者も少数ですがいらっしゃいます。その場合は、別の書類にもご記入して頂く形になりますね」


 記入された俺の名前を読み、すぐにそれを出してきた辺り、ミシェルさんは受付嬢としてそこそこ教育されているらしい。


「犯罪暦とか、そういった類ですか?」

「もちろん、それもあります。ですが、このミッドラルのギルドとは別の冒険者ギルドへ登録していた場合、その時の階級、そして主だった達成依頼内容についての記入等ですね。そういった方々の場合、場合によっては元の階級を引き継ぐことも可能となっております」

「なるほど……この初心者講習希望か否かについてなんですけど、拒否してしまっても問題ないのですか?」

「そうですね、登録以前からそういった知識をお持ちの方も少なくないですし、私共としましては受講されることをお勧めしておりますが……何分別途料金が掛かってしまいますので、そちらは御了承頂いた上での記入をお願いします」

「登録して日を置いた上でも受ける事は可能ですか?」

「勿論、御希望されるのでしたら、いつでも受講可能です」

「でしたら、今は保留とさせて下さい。なにぶん、手持ちが心許ないので……」

「そ、そうですか」


 ミシェルさんがちょっと引き攣った笑いをしているので、気付いてしまった。先程から相手が丁寧な言葉を使っていてくれているので、すっかり自分の外見年齢を忘れていたのだ。手持ちが心許ないとか、子供なのだから当たり前だろうと。

 いや、今更気にしても手遅れとしか言い様がない。


「えっと……ここにお父さんとお母さんの名前を書けば良いんですよね?」

「そ、そうです」


 ……今の質問は不自然だったかもしれない。今更子供でも分かる内容を聞くのも、違和感がかなりある。

 少々の動揺を抱えつつも、手はスラスラと動いていく。

 そして、俺の指が親父の名前を書いた所で、ミシェルさんが呟く。


「テッド・ライン……」

「はい、親父の名前なんですけど……」


 何かおかしな点でもあったのだろうかと思ったが、すぐに思い立った。親父は有名人になっているのだ。彼女が驚くのも無理からぬことなのだろう。


「テッド・ラインって……もしかして、あのテッド・ライン様ですか? 闇と火の両立を成し遂げたという、魔法大学の?」

「え、ええと……すみません、あまり良く知らないんですよ。魔法大学の教授か何かしているのは知ってるので、多分その認識で間違いないと思うのですが」

「あ……すみません、ちょっと驚いたものでして。なるほど、それでちゃんとした敬語を……納得しました。さぞ良い教育をされているのでしょうね。とても素晴らしいことだと思います」


 いけない。

 ミシェルさんの中で、親父が神格化されている気がする。俺の敬語は元々持っていたものであって、それをこの世界の言葉に翻訳しているだけに過ぎない。なので、親父や母上様の教育は一切関係がないのだ。どちらかと言うと、親父も母上様も俺の好きなようにやらせてくれている。放任主義とはまた違うが、ある程度は俺の自由を許してくれているのだ。

 確かに良い両親なのだが、彼女の理想とはちょっと違うと思う。親父は家では書斎に引き篭もっていることが多いので、顔色も相俟って不健康で気弱な人間なのだ。


「……そういえば、その見事な髪の色、何て濃い紫? と赤なんでしょう。エイル君も闇と火を両立なさっているのですか?」

「え……ええ、一応……」

「やはりそうでしたか。自身の研究の成果を子供に分け与えるなんて……素敵ですね」


 彼女の中で勘違いが加速していく。

 俺の髪の色は魔力本来の色であり、火と闇は現在勉強中である。確かに親父から火と闇を覚えろと言われているが、彼女の理論の根底にあるのは俺の髪の色だ。本当は俺の髪の色から親父が火と闇だと当たりを付けているだけなので、前後が逆になってかなり微妙な話になっている。

 この方向に進み続けるのは不味いかもしれない。おそらく、彼女の為にも。なので、ここは軌道修正することにした。


「あ、あの……このスキルと魔法についての記入欄なんですけど、丸で囲めばいいんですか?」

「はい、丸で囲んで頂くだけで結構ですよ。ああ……さぞや素晴らしい方なのでしょうね……」


 既に手遅れだったらしい。

 もう何処かへ旅立とうとしている彼女は無視することにして、ポツポツとその部分を埋めていく。

 スキルについては、4大スキルとは別に『固有スキル』という欄があった。ここで漸く本当の意味で気になる部分が出てくるとは、何かの呪いなのではなかろうか。


「あの……お空を眺めているところ申し訳ないのですが、固有スキルというのは何なんですか?」

「す、すみません。固有スキルというのは、4大スキルとは別の希少なスキルです。そうですね……例えば、人間以外の生物と会話をするのが可能、といったスキル等になります」

「うわ、それ便利そうですね。……あれ? そういえば、俺も昔は確か……」


 赤ん坊だった頃、この世界の人間の言葉を翻訳できていたのではなかったか。ならば、俺も固有スキル持ちという事に……ならないんでしょうね。人間と会話出来るスキルなんて、今更何の意味があるのか分からない。普通に話せばオーケー。

 悲しくなってきたので、4大スキルだけを全て丸で囲む。

 その下には星印が5つ並んでいたが、そこはどうやら職員の記入欄らしい。差し詰め、スキルの熟練度といったところだろう。後で確認されると考えて間違いない。

 他、各属性の魔法についても埋めていく。

 現在、俺が扱える魔法は風の初級から中級、闇の初級から中級、火の初級まで。闇に関しては室内で使えるので、コツコツと練習していた。火は上級を使えたと思ったのだが、親父曰く、あれは失敗だったらしい。火の下級と中級も多分扱えそうなのだが、そこはまだ実践できていないので微妙なラインだ。

 あとは氷の下級も使えるのだが、やはり氷の記入欄は無かった。失伝したというのは本当のことらしい。

 そこまでやって、俺の記入しなければならない部分は全て埋まった形となった。


「あの、これで終わりだと思うんですが……目を通して頂けますか?」


 気付けばまたお空へと飛び立とうとしていたミシェルさんだったが、俺の声で現実に帰ってきたらしく、慌てて居住まいを正している。

 彼女は小さく咳払いをすると、最初に俺へと色々説明していた時の顔に戻った。


「はい、確認させて頂きますね」

「宜しくお願いします」


 先程とは打って変わり、仕事然とした表情は一安心といった所だった……のだが、黙々と書類のチェックをしていたミシェルさんの眉根が、とある部分で歪む。

 その部分とは、つい先程丸を付けた魔法とスキルの欄だ。


「……あの、失礼かと思いますが、こちらのご記入に間違いは御座いませんか?」

「あ、間違いがありましたか? どの部分でしょう?」

「いえ、間違いという訳ではないのですが……4大スキルとこの習得魔法数は……」

「あれっ!?」


 俺もミシェルさん同様目を通すと、要らぬ所にまで丸を付けてしまっているのに気付いた。


「すみません、火は初級までです。下級はまだ試してないので、できるかどうか分からないんです。……消して下さい」

「そ、それだけですか? 本当に? あの、風の中級もですよ? 回復魔法って難しいんですよ?」

「そういえば、そんなこと言われたような……」

「えっ?」


 ミシェルさんの顔が少し難しい物になってきた気がする。これはちょっと雲行きが怪しくなってきたのかもしれない。


「確かに御父様が偉大な方ですので、魔法に長けているのは想像できるのですが……。もし記入に偽りがあった場合、長期間の登録禁止といった処置が取られます。本当にお間違いはないですか?」

「う~ん、使えるものを使えないと記入するのも偽りと取るなら、その記入に偽りはないはずです。大丈夫だと思います」


 断言と言うには少し自信が足りない感もあったが、一応はそう言っておく。

 ふぅ、と一息吐くと、肩から力が抜けていくのが分かった。怪しまれている感は否めないが、これで登録用紙に関してはある程度終わったはずだ。

 しかし、やはり此処は冒険者ギルドな訳で、これで終わりといく筈もなく……。

 ミシェルさんは俺の返事を聞くと、少し力強く息を吸い


「わかりました。では、スキルと魔法の確認の為、実技試験の御案内をさせて頂きます」


 そんな、次の試練を告げてきた。

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