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002 獣と不思議な力

前回のあらすじ

 Q 死んじゃったんですけど、地獄に落たみたいです。現地の言葉が分からなくて困っています

 A 頑張って覚えましょう

 最悪の最期から最悪の目覚めを辿り、漸く俺は現在自分が置かれている状況を把握しつつある。

 あれからかなりの時間が経った。体感時間なのではっきりとは分からないのだが、二ヶ月位だろうか。

 俺は相変わらず何も出来なかった……という訳でもなく、断片的ながらも情報を集める事に成功していたのだ。

 分かった事は幾つかある。


 気付いた順に列挙すると、先ず一つ目は不思議な力についてだ。

 魂だけになったと思っていたこの体は、殆ど思い通りに動かす事が出来なかった。

 そして、その代わりとでも言うかの様に、精神体の様な物を動かす事が出来るらしい。

 これがまた面白く、例えるならば自分の血流を操作できる感覚だ。

 しかも、体外へと送り出して何らかの効果を得る事もできる。例えば、その力でそよ風を起こし、扇風機代わりにするという荒業も可能だ。少し高度になるが、周囲の気温を変える事が出来るのも確認している。

 おかげで現在は空調機要らずとなっているのがだ、これがまた最初は難しかった。

 この精神体のような物、使えば使う程に疲れてしまう。

 これを使い始めた最初の頃は、どの程度の量の力を使えば良いのかが分からず、出鱈目に操作していた。

 そんな無謀な行いが災いしたのは、精神体を空っぽになるまで使った時だった。気絶してしまったのだ。

 呆れた獣さんは無言になり、お迎えの方々は騒ぎ散らしていた。

 二度と空っぽにはすまい、と心に誓ったのである。

 また、なるべくそれはお迎えの方々が居ない時にするべきだとも感じた。

何故そう感じたかは後で確認するとしておいて、今はこの精神体についてだ。

 俺はこれを、仮称として『MP』という名前で呼んでいる。

 MPの使い道は多岐に渡り、その利用方法の一つが現状把握に大きく寄与してくれたのがまた、ありがたかった。


 二つ目に気付いた事。

 獣さんの正体である。

 一応の意思疎通ができ、信頼できる相手。日本語を全く理解できていないものの、何処か愛嬌のある鳴声をしていた存在の正体。

 ……俺だった。

 最初から何か引っ掛かる物を感じていたのだが、どうやら俺で間違いないらしい。

 つまり、畜生道である。地獄へ落とされた俺を待っていたのは、獣としての人生。正直、当初は本気で泣きそうになった。

 思えば、自分の体なのだから自分の思う通りに反応して当然だったのだ。周囲の言葉を理解できなかったのも無理は無い。俺は獣だったのだから。そしてこれまでの人生を鑑みても、俺には妥当な罰と言えるだろう。

 しかしながら、いくつか文句を言わせて頂きたい。獣にしたのならば、せめて動けるようにして欲しかった。

 これでは危険が迫った時、どうやっても対処ができないのではなかろうか。……いや、その為のMPなのだろうか。これで身を守れ、と。

 しかしながら、そんな暗澹とした考えは杞憂に終わった。いや、正確には少し違う。俺はその『事実』が認められなかっただけなのだ。


 三つ目に気付いた事。

 MPの使い方で、おそらく俺は現状で最高の使い方を知った。

 それは『翻訳』である。

 相手の言葉を知りたいと強く願い、その思いにMPを纏わせる感覚。最初は何の気無しに始めた事であったのだが、一言二言、本当に僅かずつではあるものの、翻訳され始めたのが切っ掛けだった。

 おかげで、今ではお迎えの方々の言っている言葉が分かる。

 いや、言葉というと語弊があるだろう。正確には、言葉の意味だ。

 獣さん以外の方々の言葉を追従する様に、後からその意味がぼんやりと頭の中を流れていくとでも表現をすれば良いだろうか。

 ちなみに、最初に翻訳された一言は『おっぱい』だった。




「ぶふぅ……」


 獣さん(俺)が溜め息を吐く。

 考えるだけでも体力を使う体はどうにかならないものか。

 だが、意固地だった俺でも流石に現在の状況を理解した。

 俺は、転生したのだろう。

 まだ目を開けても眩しいだけなので周囲の状況までは理解できないのだが、大人達の物と思われる言葉から推測できる。

 そもそも、『おっぱい』という単語が衝撃的だった。今までは本能の赴くままに口に含んでいたそれが、おっぱいだったと理解してしまったのだ。

 おっぱいを吸うという事、それは俺が紳士であるという側面を除いてみると、一つの答えを導き出した。

 赤子だからなのだ。

 つまり獣さんは赤子であり、獣さんと同一人物である俺も赤子。おそらく、あの幸せな感触を提供してくれる存在は母親なのだろう。ならば、たまに聞こえる低い声の人物が父親と思って間違い無いはずだ。

 母の名は『レイラ』、父の名は『テッド』と判明している。

 そして、俺の現在の名前は『エイル』。

 股座の感覚から察するに、今回も人間の男として生を受けたらしい。

 名前が明らかに日本の物とかけ離れているので、ここが外国だというのもわかった。

 正直、転生なんて信じていなかったのだが、自分に起こった事だということで認めざるを得ない。この思うように動かない体も、赤子だからという説明一つで納得できる。


(よし、もう一度考えよう)


 俺は異国の地にて、一人の人間であるエイルとして転生した。

 現時点では目が見えないので詳細は不明だが、この国の技術水準は低いと思って間違い無い。

 遠くから聞こえる喧騒から、この家は道路に面しているのがわかる。

 しかし、そこを通る物から、エンジンの音が聞こえないのだ。

 また、MPで周囲の気温を調整しなくては暑くて仕方が無い事からも、空調機等は無いと思って良いだろう。


(いや、そもそもMPってのが謎なんだよ)

「ギャう! ……」


 獣さん(俺)も同様に感じてくれているらしい。この勝手に反応する体はどうにかならないのか。

 幼い子供に不思議な力があったりするというのは、オカルト方面では割と有名な話ではある。

 しかし、それを鵜呑みにできる程、俺は中二病を患っていない。

 だが、現に使えているのはどういった説明が付くのだろうか。


(だから目立たないように使わないといけないんだけどさ……)


 この国でMPの存在がどう扱われているのか知らないが、オカルトちっくな物であるのは間違いが無いのだ。地球上何処を見ても、そんな代物を自在に扱える人種は居ないだろう。であるならば、これは隠さなくてはいけない物だと判断すべきだ。


(正直、ちょっと憧れていた様な力ではあるんだけどな。これはどうしようもないか)


 使いすぎれば気絶するのだし、極力小規模で目立たないように使おう。それも、誰も見ていない所で。

 それが、俺の考えたMPの使用条件だった。

 ともあれ、これ以上の情報は目の開かない現在では手に入りそうにない。

 なので俺が意識すべきはMP翻訳を通してしか知る事の出来ない両親の使う言語と、このMPについてのみで良いはずだ。

 言語については、少しずつではあるものの理解し始めている。周囲がその言語しか使わないのだから、当然と言えば当然だった。外国語を本当に学びたければ、その言語を使っている土地で勉強しろ、と言われている理由がわかった気がする。

 これについては少しずつでも良いので習得していけば良いだろう。

 そもそも、俺は産まれて間もない赤ん坊だ。半年程度を目処に、日常会話程度は習得しよう。……まあ、そんなに焦らなくて良いのかもしれないが。


(いやいや、そんな風に考えていたから前世では失敗したんだろうが。この国の文化やら常識やら、知る事はまだまだ沢山ある。駆け足で丁度良いはずだ)

「むぅう……」


 獣さん(俺)の同意をもって、言語に対する意識を確固たる物にする。

 続いて、MPについてだ。

 これは、正直どうしようか迷っている。

 これからも使っていきたいと思えるほどに便利な代物なのだが、年齢と同時に使えなくなってしまうのではないかと思っているからだ。

 前世では転生こそ信じていなかったものの、そういった分野も好きだった為、オカルトな話にはそこそこ知識を持っている。

 その一つに、年齢が上がっていくにつれて不思議な力が使えなくなった、という話があった。


(でもなぁ……必ずしもそうとは限らない訳だし、もし使い続けられたとしたら、MPの使い方について詳しくなっておいた方が良い気がする)


 こういった力が実在すると証明するのにも役立つのではないか。

 工学部出身としては扱いきれない程に非論理的な代物ではあるものの、やはり実在するとなっては話が違ってくる。

 こういった分野で論文を発表した場合、いったい幾らの儲けが出てくるのだろうか。……と、そんな不埒な事を考えてしまう俺は、小物なのかもしれない。


(とにかく、この力は要研究だな。どうせ赤ん坊なんだ、時間なんて腐るほど有り余ってる)


 そう結論付け、早速とばかりに体内でMPを圧縮していく。こうする事で、より効果の高いMPを作る事が出来るのだ。

 詳細な翻訳、思い通りの空調管理等々。

 本当に便利な力だと思う。


「ぎむぅぅう……」


 獣さん(俺)も全力で集中している。

 ちなみに、一日に使うMPの量は空っぽになる寸前までだ。特に空調管理は燃費が悪く、気を抜けば本当にガス欠になってしまう。


(MPの容量って成長するのかね……?)


 流石にそこまでは誰も知らないと考えるべきか。こんな意味不明な力、持っている方がおかしい位に感じる。

 だが、これは俺にとって特別な物になる気がしていた。

 前世のように怠惰に過ごさず、MPの研究も続けるべきなのだろう。

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