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019 悩める父と外出許可

前回のあらすじ

 Q スキルは一通り使えそうです

 A そんなことより、早くトイレに行きましょう

「おぉぉおおおおお!?!?」


 光石のランタンから放たれる暖かな光に包まれた部屋。

 そんな落ち着く空間の中で、俺の声が響く。

 ここは親父の書斎だ。毎度のことながら、俺はこの部屋で知識の蒐集に没頭している。

 今日も今日とて夕方まで剣術とスキルの訓練に励み、夜は勉強。よくもまあ飽きないものだと自分でも思うのだが、この世界は面白いことが多いので、苦痛にはなっていない。

 ゲームの下準備をしている感覚とでも言えば良いだろうか。賢者の石ドーピング然り、剣術やスキル然り、知識の蒐集然り、どれもこれも成長しているという実感を持てている。

 そして今、そんな俺が何故奇声を上げているかと言えば……。


「ん? 何か面白いことでも見つけたのか?」

「け、賢者の石のことが載ってる!」


 そう、今夜親父が見せてくれた本に、賢者の石について書いてあったのだ。

 以前読んだ鉱石関連の本にもその記載はあったのだが、そちらには『貴重な魔石である』と、紹介する必要さえ感じられない情報しか書かれていなかった。

 だが、今夜読んでいる本は全く違う。賢者の石がどういった物で、何に流用されるのかが書かれているのだ。


「そういえば、あの馬鹿でかい賢者の石を見つけてくれたのはエイルだったな。お前も賢者の石のことが知りたかったのか?」

「せやで!」


 何せ、あの賢者の石の製造元は俺なのだから。

 製造元なのにどういった物かは詳しく知らないとは、流石の親父も予想出来ないだろう。


「それ何処の地方の言葉なんだ……?」

「気にせんでええよ!」


 適当に親父の相手をしつつ、早速とばかりに読み耽っていく。


「………………ほむほむ」


 本に書かれている内容はこうだ。

 賢者の石。

 それは最上級の魔石のこと。桃色をした鉱石で、人肌程度の温もりを持っている。人知れぬ迷宮の奥地、忘れ去られた城跡、竜の腹の中……そういった所から見つかるらしい。


(珍しい物だろうって気は薄々してたけど……人間も作成可能とは載ってないのか)


 賢者の石を作る際に必要な知識は『冷却』であり、これは氷魔法の知識にも通じる。氷魔法が失伝されている以上、作る人間も既に失われているのだろう。

 賢者の石の正体について、この本には様々な考察が書かれている。

 竜の心臓、竜の眼球、他の魔石が偶発的に変異した物等々だ。


「う~ん……」

「渋い顔してるな。もしかして賢者の石を探してみたくなったのか?」

「いや、色々考える人がいるんだなって」


 俺がそんな感想を漏らすと、親父は少し苦笑いを浮かべた。


「そりゃ色々と考えるだろうさ。何たって、最上級の魔石だ。エリクシアの材料、最上級魔法さえ補助できる優秀な触媒、上等な聖剣や魔剣に必要不可欠。色々な使い道があって、そのどれもが魅力的だからな。お父さんは研究していないけど、知り合いに研究している人が居る」

「エリクシア? ……何か他にも色々と聞き捨てならないことを言われたような」


 瞠目する俺を見て、親父はしたり顔をする。

 どうやら、賢者の石の凄さに感心している様子と受け取ったらしい。


「エリクシアっていうのは、最高級の回復薬だ。使うと、無くなった腕や足でさえ生えてくるらしいぞ。いや、俺も高すぎて使ったことは無いんだが……」

「マ、マジで!?」

「その本にも書いてあるぞ。よ~く読んでみろ」


 親父に促され、すぐさま視線を本へと落とす。

 確かに、エリクシアの材料として書かれていた。それに付け加えるようにして、枯渇寸前の賢者の石をエリクシアにするのは愚行と書かれている。

 3級なんぞどうでも良い代物だと思っていたのだが、これは認識を改める必要があるかもしれない。


「……エリクシアって賢者の石以外に何か必要なの? あと、高い?」


 とりあえず、思ったことを口にしてみる。

 もし手軽に手に入る材料で作れるのだとしたら、是非とも作ってみたいと思ったからだ。


「エリクシアは『聖水』に賢者の石を溶かすだけだ。聖水は結構安かったと思うが……いや、エイルには高級品か」


 親父は俺を睥睨すると、ニヤリと笑う。完全に子ども扱いされているようだ。

 だが、大人からすれば安い物だと分かった。それだけ分かれば十分と言える。


「エリクシアはもっと高いぞ。お父さんでも、あんな高い回復薬は買う気が起きない。いいか、買う気が起きないんだ。買えない訳じゃない。そこのところは間違えるなよ?」

「あいあい」


 鬱陶しいことに、親父の見栄っ張りのせいで相場価格の予想が難しくなってしまった。買えないことはないと言うが、それは親父が金持ちだという理由からなのか、はたまた回復薬として高すぎるから買えないという事なのか。

 まあ、あまり金欲を全開にするのも良くはないだろう。

 なので、もう一つの気になっていた質問をぶつけてみる。


「魔法の触媒っていうのは?」

「ああ、それなら……」


 親父は椅子から立つと、部屋の奥からごそごそと何かを引っ張り出してきた。

 親父の手にある物、それは杖だ。ゲームや漫画で出てくるような姿をした杖で、如何にも魔法使いの装備品といった印象を受ける。

 少し違う点と言えば、木製ではなく金属製というところか。

 以前、従姉のミリシアが俺が抱く魔法使いのイメージを破壊してくれたのだが、やはり親父の杖も殴打を想定して作られているのだろう。見たところ、かなりの重量がありそうだ。


「これが魔法使いの使う杖なんだが……ちょっとここを見てくれるか?」

「あいよ……あ、これって魔晶石?」


 杖の中ほど、少し太くなった所に透明な石がはめ込まれている。以前読んだ本に書いてあった魔晶石にそっくりだった。

 魔晶石というのは、賢者の石と良く似た魔石だ。こちらは生成のプロセスが既知の物となっており、地中の魔力が結晶化した物と判明している。

 強力な魔物の体内でも作られるということなので、賢者の石の親戚と言ったところなのだろう。


「そう、魔晶石だ。魔晶石や賢者の石には魔法の効果を上げてくれる性質があるんだ。と言っても、何度か使っているとその性質も無くなっちゃうんだけどな」

「なんで剣じゃないの?」


 石にそういった性質があるなら、別に杖である必要はないはずだ。

 俺は当然だと思われる質問を口にした。


「不思議なことに、剣に付けると性能が十分に発揮されなくなるんだ。剣に付けると切れ味や突きの威力が上がったりするらしいんだが、多分そっちに力を使うようになっちゃうんだろうな」

「ほうほう」


 魔晶石あくまで補助ということなのだろう。

 取り付ける物の使い道に応え、そのサポートをしてくれるアイテムと考えるのが良さそうだ。


「話が逸れたけど、この魔晶石と同じ性質が賢者の石にもあるんだ。というより、賢者の石の方が効果も高い。またエイルが見つけてきたら、付け替えてみたいもんだ」

「……せ、せやな」


 バツが悪くなり、親父から視線を逸らす。

 親父の妄想について一考の余地があるかとは思ったが、やはりそれはやらない方が良いだろう。賢者の石が貴重な物であるのは間違いない訳で、そんな物をポンポン運んでくる子供など、気味が悪いにも程がある。

 親父に見つからないようにして賢者の石とすり替えるのも一興とは思うのだが、俺ではあの魔晶石を杖から取り外すのは難しそうだ。

 と言うより、魔晶石の方が欲しい。俺では魔晶石は作れないのだから。


「そ、そう言えば、俺って今度6歳になるんですよね~……」

「ん? ああ、そういえばそうだったな」

「その杖、プレゼントしてくれないかな~……チラッチラ」

「駄目だ」


 即答である。

 最近、なんとなくではあるのだが、親父は俺に魔法を学んで欲しくないと思っているのではないかと感じる時がある。火と闇魔法に関してはその限りではないのだが、とにかくこうなると親父は梃子でも動かない。

 なので、実は俺の魔法研究はあまり進んでいないのだ。まだ背が低いので、親父が本棚の最上段へと移動させた魔術書も読めないという……。

 俺が読む事を許されているのは、火と闇の魔術書のみだ。それも、既に記載されていた詠唱を全て暗記してしまっている。


「ぐぬぬ……」

「いいかエイル、お前にはスキルの才能があるんだ。もう少しスキルを頑張ってみて、そこから魔法の勉強をすればいい。杖は魔法で戦う者の証なんだ。杖が無くても魔法は使えるし、お前なら剣を使った方が強いんだぞ」


 最近の親父の口癖となっている『スキルを伸ばせ』。母上様に教えてもらったスキルは、俺に新たな可能性を示してくれた反面、こうして俺の知識欲の邪魔をする存在になってしまったのだ。

 尤も、親父の考えが間違っているとは思えない。もし魔法とスキルの才能に差があったとして、もし自分の息子が低い才能の方向へと進もうとしていたならば、親としては止めるべきだと思う。

 ただ、俺にはその差がはっきりと分からないのだ。俺の魔力量はドーピングによって以前とは比較するのも馬鹿らしくなるほどに膨大となっており、それを試してみたいという考えが、どうしても頭から離れない。

 なのに、俺が知っている詠唱は闇の中級と火の中級、風の中級までだ。氷は禁呪まで全て覚えたが、その全てが攻撃魔法だったので全く実践できていない。それが歯痒く、そしてもどかしかった。


「……魔法もどこまでいけるか試してみたい」


 悔しさとも言える感情を抱いていたからだろう。その時、そんな言葉が俺の意識の隙間を縫って流れ出ていた。

 親父は俺の言葉に瞠目し、小さな声で呟く。


「……そうか。ああ、俺もずっとお前と同じように考えてきたんだったか……。あの時の父さんが言った台詞を俺が口に出してるなんて、とんだ皮肉だな……。ああ、お前は俺の息子だ。嫌になるくらい似てるよ……。わかった。なら、もう何も言わない」


 その言葉は、やけに静かに聞こえた。

 親父は何処か悲しそうな声を吐いて、机へと戻る。

 そして、一枚の紙束を俺に見せてきた。


「本当はもっと……いや、もしかしたら見せたくなかったのかもしれないな。まあ、もういい。エイル、これがお前の本当に欲しがっていた物だろ?」


 ゆっくりと、親父から手渡された紙束。

 何の装丁もされていない、質素と呼ぶのもおこがましいそれに、俺は瞠目する。


「あ……ありがとう、親父!」


 軽く目を通したそこには、最上級を含む全ての風魔法の詠唱が書かれていた。他にも詳しい効果や発動方法、俺の知りたかった情報が全て明記されている。

 予想だにしていなかった出来事に、俺は顔が綻んでいくのを自覚してしまう。


「さっきは爺さんみたいなしかめっ面してたのに、今度は満面の笑みか。現金な奴だな」


 親父は笑顔とも渋面とも取れない難しい顔をし、言葉を続ける。


「他にも火の上級までが書いてある。いいか、これを読ませたんだから約束しろよ? お前が練習していく順番は火、闇、風にするんだ。これは絶対だ。お前ももう本で読んで知っているとは思うが、覚えられる魔法には限りがある。属性容量ってやつだ。それを無駄にしない為にも、絶対にさっき言った順番を守るんだ。いいな?」

「分かった、約束する。男に二言は無い!」


 自分でも現金だと思うのだが、ここまでしてくれた親父の好意を無碍になんてできるはずがない。

 俺は勢い良く立ち上がり、親父へと手を差し出す。


「ん? それは何なんだ?」

「指きりだよ。約束を絶対だって相手と誓うんだ。俺の故郷……いやいや、本で読んだんだ」

「故郷ってこの家だろ。まあ、面白いかもしれないな。小指を絡ませれば良いのか?」

「うん」


 そうして、親父と指切りを交わした。

 これで、俺の魔法を習得する順番が決まった訳だ。火、闇、風、氷の順に習得していくことにしよう。

 現状、闇と風は中級までなら扱えていると思うので、それまでの詠唱も含めて、最終的に最上級を覚えていきたい。

 親父の言っていた属性容量というのは知っているし、気にもしている。だが、それはあくまでドーピング前の状況だったら、だ。属性容量は魔力量に比例すると本にはあった。それならば、俺の属性容量は増えているかもしれない。まだ試せるのは先かもしれないが、可能性としては十分と言えるだろう。


「ああ、そうだったそうだった。レイラからそろそろ言われると思うんだが、お前に近々外出許可が下りるはずだ。スキルを思い通りに使えるまで頑張ったご褒美だな。お前なら危ない目に会っても逃げ切れるだろうし、俺も賛成しておいた」

「おお、本当ですか御父殿!?」

「こういう時だけ御父殿かよ……」


 親父は俺の最大級の愛情表現に渋い顔をしているが、そんなことはどうでもいい。

 この夜、俺は自分の世界が広がっていく気がして眠れなかった。

 まだ知らない事ばかりのこの世界、きっと外には刺激が沢山あるのだろう。

 親父とのやり取りを終えた俺は、布団の中で次の朝が来るのを逸る気持ちと共に待っていた。

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