017 スキルとその正体
前回のあらすじ
Q 母上様から剣術教えられるようになりました。物騒な教えも頂戴しました。
A バーチャル世代ですね
「シッ!」
心臓へと伸びてくる切っ先を、体を捻ってかわす。
胸当てを付けているとはいえ、当たれば数秒は呼吸が出来なくなるだろう。あの先端は、それだけの威力を秘めている。
だが、まだまだ相手は本気ではない。あの時に見せられた突きは、こんなものではなかったからだ。
「やるわね!」
少し楽しそうな声が響く。
その声に応じて刃は風を薙ぎ、その標的を瞬時に俺の脇腹へと変えた。
だが、相手の体幹の動きからそれは読めている。何度も見て、最近までそれに打ち据えられてきたのだ。流石にそう何度も喰らってやる気はない。相手が攻撃へと完全に移行する前に判断しなくては、また無様に地を這うことになるのだ。
手元に木刀を引き寄せ、その背に掌を当てて固定し、鋭い斬撃から脇腹を庇う。
「っつ!」
突きからの急激な軌道変更を経た一撃。その振り幅は少なかったはずなのだが、それでも衝撃はかなりのものだった。
だが、これは同時に好機だ。
弾かれそうになる体を捻り、相手へと一気に距離を詰める。
俺に届かなかった木刀はまだ背後にあり、勢いを付けて踏み込んだ俺を追う事はできなだろう。
間合いの内側に入ってしまえば、相手としても体が小さい俺への対処が難しくなる。
「もらった!」
踏み込みの勢いをそのまま木刀に乗せ、相手の心臓へと伸ばす切っ先。
刹那の間を置かず、それは相手を打ち据える……寸前、脳天から顎へと衝撃が走る。
「すんっ!」
鼻水が出た。ヘルメットが無ければ即死だったかもしれない。
俺が持つ木刀の切っ先は、既に誰も居なくなった空間を指し示しているのみだ。
甘かった。どうして好機だと勘違いしたのか。……いや、つい先日までならこれは好機だったのだ。そう、先日までなら。
頭に振り下ろされた、もう一本の木刀さえ無ければ。
「酷い……どうして2本も持つんですか……」
「相手がどんな切り札を持っているか分からないのが実戦よ。もう少し観察してから踏み込みなさい」
母上様は俺を叩いた木刀で肩を叩きつつ、ニコニコと笑いながら諭してくる。
一応はそこそこ加減してもらっているので、実際はそれほど痛くない。
だが、大人気ないのでは、と思わずにいられようか。
何となく分かってきたことなのだが、この人は剣を持つと人が変わってしまう。具体的には、負けず嫌いになるのだ。
「冒険者っていうのは3~4本の剣を持ってるのが普通なんだから、こんなの普通よ。普通」
「じゃあ、もう一本木刀を買って下さい」
「贅沢言うんじゃありません!」
最近の地稽古において、最早定番となったやり取りだった。
原因は、俺が数日前に偶然にも母上様から一本取ったことにある。
その時の母上様は、激怒プンプン丸に変身しかけていた。これはいけないと思った俺は、偶然だったと本当の事を言って慰めはしたのだが……。当然母上様は納得せず、気が付けば深夜に木刀を振り回していたと、親父が翌朝になって教えてくれた。
プライドを傷付けてしまったのだろうかと心配していたのだが、母上様が怒っていた相手は自分自身だったらしい。
それが深夜の木刀を振り回しを引き起こし、その事によって昔の感覚を取り戻し、そして現在、この2刀流に返ってきたのである。
聞けば、魔物との戦いの中で剣が折れるのは当たり前の出来事らしく、予備の剣を用意するのは当然とのこと。
それ故の2刀流らしいのだが、それを我が子に対して振るうのは如何なものかと思う。
「いや~、エイルが強くなってくれてママ嬉しいわ~」
「ぐぬぬ……」
空々しい母上様はさて置き、俺も結構強っている。
予備動作から攻撃の種類もかなり分かってきた。前の世界で格闘ゲームに没頭していたのは無駄ではなかったと信じたい。
それに、一年間以上もこんな相手を前にして稽古していたのだ。これで強くなれなければ、割に合わない。
剣術の稽古は、最初こそ手取り足取りといった具合で厳しくもまったりとしていたのだが、それは嵐の前の静けさだとすぐに知らされた。練習の段階を終えた時点で即座に実戦稽古となったのだ。喰らえば悶絶、避ければ追撃で悶絶。最近まではこれの繰り返し。漸く反撃できるようになってくれば、2刀流の登場である。
鬼教官の指導は伊達ではない。手にマメができ、それが潰れてまたマメができる……そんな俺を見て、母上様は笑うのだ。良い手になってきたわね、と。それが性質の悪い事に本物の笑顔なのだから、もうどうしようもない。俺が前世で苦い経験をしていなければ、耐えられなかったのではないかとすら思える。
ともあれ、漸く母上様の本気を少しだけでも引きずり出せる段階までは漕ぎつけられたことは、素直に喜ばしい。
俺に成長の見込みが無ければ、こうして2刀流を拝むことすら叶わなかったのだろうから。
「そろそろ良いかしら……?」
「サー! イエッサー!」
俺が勢い良く返事をすると、母上様は一瞬キョトンとした顔をして笑い始めた。
「何それ……あはは、そうじゃないわよ。今日の地稽古はここまでだから。そろそろ次の段階に進もうかなって思っただけだから」
「次の段階ですか?」
何があると言うのだろう。
2刀流辺りが怪しいのだが、子供の腕力では厳しいのではないか。
「そろそろ『スキル』を教えようかと思ってね」
「おぉ!?」
やっとこの時が来た。
母上様が剣術稽古の最初で口にしていた単語。スキルという言葉を使ったのは本当に最初の日だけだったので、少々心配になっていたのだ。
1年間以上も待っていた甲斐があった。
「教えるのはもう少し先になると思ってたんだけど、エイルが頑張っていたので教えてあげます」
「イェア! 流石母上様で御座る!」
「ふざけない」
「……はい」
母上様は逸る俺に、腰に手を当ながら戒めてくる。
そして、俺の目の前に4本の指を立てた。
「これから教えるスキルは使い方を間違えると危ないんだから、ちゃんと聞きなさい。……教えるスキルは4つ。『4大スキル』と言われている物よ」
「4つ……」
少ないと言えば少ないが、あの地稽古の中で4つも使い分けられるのかは正直微妙なところだ。どれも難易度が低いと助かるのだが。
母上様は俺の視線が右手に集中しているのを確認すると、その指を1本畳む。
「一つ目は『チャージ』。これは攻撃で使うスキルよ。本来人間ではできない速さや威力の攻撃を繰り出す為の方法ね。べつに使えなくてもいいけど、使えると戦闘が楽になるわ」
「ほうほう……」
もしかすると、最初に母上様が見せてくれた突きは『チャージ』による攻撃だったのだろうか。それならば、是非とも覚えたい。
「二つ目は『ガード』。これは防御力を高めるスキル。上手い人になると、そこらの剣じゃ浅い傷しか付けられないほどになるわ。これは絶対に覚えてもらうから、心しておくように」
「はい」
生存率を上げる為のスキルといったところか。母上様が絶対に覚えさせると言うのも頷ける。
「三つ目は『ステップ』。これは脚力……え~と、跳躍力や走る速さを上げるスキルね。跳躍は体に負担が掛かるけど、回避には有効なスキルよ」
脚力が上がるなら、『チャージ』と併用すれば攻撃力の底上げに繋がるかもしれない。まだ体の小さい俺にとっては有効なスキルと言えるのではないだろうか。
ただ、体への負担が気になる。なので、『ガード』も併用すれば良いのかもしれない。
「最後、四つ目が『ステアー』。相手の動きが良く見えるようになったり、遠くの物が見えるようになったりするスキルね。これも覚えて貰うから」
「はい!」
元気良く返事をする。
『ステアー』は動体視力と視力その物を底上げするスキルと思って良さそうだ。
母上様の言葉通りなら、どれもこれも必要だと感じられた。
是非とも全てマスターしたい。
「じゃあ、まずはお手本を見せるから。ゆっくりやるから、どうやってスキルを使っているか予想してみて」
「了解です」
俺の言葉に頷き、母上様は腰から木刀を抜く。
そしてそれを、ゆっくりと正眼に構えた。いつも見せてくれる突きの構えだ。
だが、それだけではない。不思議と母上様という存在が大きく感じられる。ピリピリとした圧力も、いつもより数段鋭い。
その気配がゆっくりと木刀を支える腕まで移動して……
「フッ!」
木刀が消えた。
間違いない、あの時に見せてくれた突きだ。
あの時よりも少し遅いが、それは俺に見せる為に予備動作を丁寧にしたからだろう。
「これが『チャージ』。まあ、さっきも言ったけど『チャージ』は別に覚えなくていいわ。そもそも、攻撃が通じないなら逃げればいいんだから」
「なるほど……」
「次は『ガード』」
またもや母上様の気配が大きくなり、それが左腕へと集中する。
「エイル、ちょっと私の左手を木刀で叩いてみなさい」
「え!? あ、はい……」
恐る恐る木刀で母上様の左手を叩いてみると、まるでトラックのタイヤでも叩いたような感触が伝わってきた。
「凄い……」
「こんな感じよ。エイルならすぐに覚えられると思うけど……とりあえず次ね。『ステップ』」
母上様は軽い屈伸からジャンプへと移行する。それは、ほんの少し飛び跳ねる程度の動作にしか見えなかった。
だが、そんな軽い動作から3メートル程度も飛び上がっている。
そしてそのままドスンと着地し、母上様は自分のお腹に手を添えた。
「うぅ……久しぶりだから失敗した……。え、え~と、これが『ステップ』ね。欠点は……ウプゥ……失敗すると気持ち悪くなったりする事ことよ」
「な、なるほど」
「『ステアー』は見せようにも見せられないから、『ガード』ができるようになったら教えるわね。これがスキル。さっきの4つが4大スキルって呼ばれている重要な物よ。さて、ここで問題です。スキルを使うにはどうすれば良いでしょうか?」
「………………ふむふむ」
母上様が何を言っているのか、もう俺には届いていない。思考に没頭していたからだ。
一通り見せてもらい、俺は一つ確信していた。
そう、これは魔力の移動による運動補助だ。魔法の様に何かしらの形に変換、付与するのではなく、魔力そのものを使った肉体強化。
そうと分かれば、何のことはない。
(賢者の石作りがこんなところで役立つとはな)
魔力操作は俺の得意分野だ。賢者の石作りでは、魔力を体外へと大量に移動させなければならない。それが体内に限定されると言うのなら、さらに難易度は低くなる。
(いや……別に体外で動かしてもいいのか? 体外の方が、更に魔力密度を上げられるし……)
少し考えてみるも、最初ということで、いきなりそこまで行かなくても良いかもしれないと判断した。
とりあえずは実践あるのみと決め、体内で魔力の密度を上げていく。
密度は2倍から試してみるのがよいだろうか、母上様から感じられた魔力密度より少し下回る程度だ。
(おそらく『チャージ』は突きの瞬間に魔力を拳へと走らせれば出来る。パイルバンカー的な何かかな……)
密度を増した魔力に『腕を早く動かす』という意思を込める。
木刀を構え、切っ先を正面へ。
あとは魔力を移動させるだけだ。
「エイルは遠隔回復魔法が使えるから、すぐにスキルも使えるようになると思うわ。あ、これ大ヒントだか……」
腕を前に出す瞬間に魔力の移動のタイミングを噛み合わせ、実行する。
木刀を突き出す瞬間、今まで以上の空気抵抗を感じた。
腕は一瞬にしてその位置を変え、気付けば完全に伸びきっている。
少し遅れて上着が空気を孕み、俺はスパンと小気味の良い音を辺りに響き渡らせていた。




