016 剣術稽古と心構え
前回のあらすじ
Q 氷魔法の血生臭い歴史を知りました。あと、土魔法の才能はあまり無さそうです
A 土魔法だけじゃなかったり……
4歳になって半年程過ぎた頃だっただろうか、俺は母上様に庭へと呼び出された。
以前アリア伯母さんから貰った木刀を持ってくるように言われたので、それをベルトに刺している。
この時点で、何を言われるのか大方の予想がついてしまった。
「エイル、貴方には今日から剣術を教えます」
やはり、と内心でごちる。
なんとなくではあったのだが、母上様は俺に運動をさせようとしていた気がするからだ。3歳の誕生日に貰ったボールも、それが目的だったのだと思う。いずれ剣術を教える為の下準備だったという訳だ。
「剣術?」
「そう、剣術。エイルは魔法の方が好きかもしれないけど、自分の身を守るには魔法だけだと駄目なの。剣術と『スキル』、これは絶対に覚えておきなさい」
「『スキル』……それって何なの?」
「まあ、それは順を追って説明するから。とりあえず、ちょっと見てなさい」
そう言って問答を断つと、母上様は腰に下げた木刀に手をかける。
それは直剣に似た形をしており、鍔まで付いた代物だ。一般的なRPGで見かけるロングソードをそのまま木刀にしたような印象だと言えば良いだろうか。
その柄に両手を沿え、正眼に構える。
「この構えが私の両手持ちの基本なんだけど……エイルは自分で色々と試してから決めなさいね。……始めるわよ」
その言葉が皮切りとなって、母上様が纏う気配が変化した。
いつもの柔らかな雰囲気はかき消え、ピリピリとした緊張感が場を支配する。平和な日本で暮らしてきた俺でさえ分かる程の変化に、思わず息を呑んだ。
切っ先は微動だにせず、ただ気配だけが研ぎ澄まされていく。あたかも、目の前に敵が居るとでもいうかのように。
「今、私の前に魔物が居ると思いなさい。これ位の殺気を出さないと、魔物はすぐに襲ってくるから」
やはり母上様は目の前に幻の敵を思い描いていたらしい。
そこでふと、母上様から発せられていた突き刺さる程の気配が掻き消えた。
「これは、人間に対してもそうなの」
「人間に対してもですか?」
気配は穏やかになっているが、目は真剣そのものだ。有無を言わさぬその眼光に、思わず敬語になってしまう。
「そう。エイル、何で私が貴方を一人で外出させないかわかる? もう十分走れるようになってるし、貴方は頭も良い。でも、なんで外で遊ばせてくれないのか」
「……そうですね……外は危険だから、ですか?」
俺の答えに、母上様は頷く。
「そうよ、危険なの。ここは上級市民区で、隣は下級市民区。外壁があるから魔物は滅多に入ってこないけど、そうなると今度は人間が怖いの」
「誘拐とかですか?」
「ええ、人攫いね。安全だと思われている町の中だからこそ、そういった輩が居るのよ。通りを見てみなさい」
言われるがままに通りへと視線を移す。
通りを歩く人々には、母上様が言う程の緊張感を感じる要素は無い。だが、違和感を感じずには居られなかった。
「どう、貴方と同じ様な子供は居るかしら? ほとんど居ないでしょ。居たとしても、絶対に大人が側に居る」
そうなのだ。母上様の言葉通り、子供が全くと言って良いほどに居ない。居たとしても、親と思しき人物が手を繋いでいたり、自宅の目の前で遊んでいるだけだ。
一応、一人で居る子供も居ないことはないのだが、、そういった子供は明らかに薄汚い服を着ている。身分が極端に低いのか、それとも敢えてそう思わせる格好をしているのか。
「人攫いは、盗賊の一番の収入源なの。だから、それを知っている大人は絶対に子供から目を離さない。ここは『風の大陸』だから治安も良いけど、それでも毎年沢山の子供が居なくなってるから」
……それは治安が良いと言えるのだろうか。いや、深く考えるのはよそう。日本の治安が異常に良かっただけと考えるべきだ。
そもそも、海外へと目を向ければ元の世界でも治安の悪い国は沢山あった。俺はそれを対岸の火事としてしか見ていなかったが、現地の人達にとってはそうであるはずもない。
母上様は、俺に釘を刺したいのだ。
「それにね、パパが有名人になっちゃったから……。エイルがパパの子供だと悪い人に知られたら、良い事にはならないと思うし……」
親父ぇ……。俺の親父は一体何者だと言うのか。
「暗い通りには絶対に近付いちゃ駄目。怪しい人にもよ。もしそういう自分を攫おうとする人間に出会ったら、これから教える『スキル』を使って全力で逃げるか…………勝てそうなら殺しなさい」
「殺すんですか!?」
まさか、と思ってしまう。
殺生とは一番縁遠いと思っていた人物にそんな事を言われて、俺は目を見開いた。
だが、母上様はさも当然とばかりに頷く。
「ええ。相手は貴方の命が目的なのよ。攫った子供の親に金銭を要求するか、奴隷として売られるか……どちらにしても、無事では済まないから。これは魔物にしても同じ。勝てないなら逃げて、勝てるなら戦うの」
「……はい」
認識を改めよう。
俺が今まで安寧としていられたのは、単に両親のおかげだったのだ。この世界はきっと、俺が思っている以上に甘くない。
「あんまり脅すようなことは言いたくないんだけど、これは絶対に覚えておきなさい。相手が自分の命を狙ってきたら、『殺す』か『逃げる』か、すぐに判断すること」
母上様は重要な部分だけ口調を強くする。
それは単に『身を守れ』などと曖昧な表現ではなく具体的で、いずれ俺にもそういう場面が訪れる事を暗に示していた。
「分かりました」
先ほどの言葉を胸に刻み、強く頷く。
これから教えてもらう剣術とスキルという物も、その時に対する用意なのだ。備えあれば憂い無し。備えは幾らあっても困るものではない。
「よし、それじゃあ剣術を始めるわよ。エイルも剣を持ちなさい」
「はい」
俺の木刀は、母上様の木刀を短くした形だ。アリア伯母さんは、この時の為にこれをプレゼントしてくれたのだろう。
木刀は、その見た目である堅牢な造り以上の重さを持っている。相当な強度を有する木材なのだろう、簡単には折れそうにない。
「まず手本を見せるわ。同じように構えて」
母上様に倣い、木刀を正眼に構える。
自分でも神経が研ぎ澄まされていくのが分かった。これはきっと、母上様の前口上のおかげだろう。何も考えずに始めていたのなら、こうはならなかったはずだ。
母上様は横目で俺の様子を確認すると、小さく体を引く。
「フッ!」
鋭く吐かれた呼吸と共に、その手にあった木刀がかき消えた。
いや、信じられない速度で空を突いたのだ。
一挙手一投足を見逃さないと構えていたはずだったのだが、俺には始動を僅かに確認できただけ。木刀程度の突きで空気を裂く音が鳴るなど、誰が想像できただろう。
「相手を殺すなら、基本は突き。斬撃は急所だけを狙いなさい。首や腹。手足を切りつけたところで、興奮している相手は無事な方の手足で反撃してくる時もあるわ」
「……わ、わかりました!」
先ほどの言葉と一切矛盾しない一閃と説明だった。
相手を打ち負かすのではなく、確実に命を奪う為の剣術。母上様が俺に教えようとしていたのは、そんな苛烈とさえ思えるほどの代物だった。
「レイラは元冒険者だからなぁ」
そう言って、親父は苦笑している。
初めての剣術稽古は、文字通り手取り足取り行われた。
俺が木刀を振って見せ、それに母上様が駄目だしする……それが親父の帰宅まで続けられたのだ。初めてということもあって、俺は結構疲れている。
だが、それでも勉強から手を抜く訳にはいかないだろうと思い、現在も親父の部屋で本を読んでるのだ。
手元には風の魔術書があり、それを読みながら昼間の様子を親父に教えたところで、そんな言葉が返ってきた。
「冒険者って、具体的にはどういうことするの?」
「うーん、具体的と言われると難しいな。強いて言うなら『何でも屋』かな。魔物の討伐、護衛、雑用、迷宮の探索……とかが有名所か」
「迷宮?」
「ああ。元々は坑道だったり城跡だったりと色々なんだが、放置された事で魔物の棲家になるんだよ。ダイオウミミズ辺りが勝手に横穴とか掘りだしたりするから、蟻の巣みたいになっていくんだ」
「へえ……やっぱりお宝とかあったりするの?」
「何だ? もしかして行ってみたいとか思ってるのか?」
親父は俺の反応を窺っているが、俺自身は目的でも出来ない限り行くつもりは無い。単純な興味と言って良いだろう。俺が知るゲームと現実の違いをすり合わせたいというだけだ。
「城跡ならあるかもしれないが、ほとんど取り尽くされてるだろうな。あるとすれば……力尽きた冒険者の装備とか、魔石とかじゃないか? いや、俺もそんなに行ったことが無いから何とも言えないんだが」
「へえ……」
魔石……魔力を秘めた石だったか。確か、地中の魔力が長い年月をかけて鉱石に滲みこんだ物だったと記憶している。
その中でも魔力その物が結晶化した物が魔晶石と呼ばれ、魔石の中でも上質とされていたはずだ。
そういう意味では、賢者の石もこれに含まれるだろう。
魔晶石は強力な魔物の体内でも生成されるらしいので、もしかしたら迷宮で見つかる魔晶石は魔物の亡骸から生じる物が殆どなのかもしれない。
「冒険者だと、やっぱり危険も多いの?」
「そうだな。レイラの話だと、盗賊に付け狙われたり、迷宮で強力な魔物に出会ったり、護衛で苦労したり……色々あったらしいぞ」
「く、苦労してるんだね……」
あの穏やかな母上様の知られざる一面を垣間見た気がした。
そんな経験をしていれば、今日の剣術稽古の様子も納得がいく。
「まあ、最後のは俺のせいなんだけどな。俺が迷宮の奥を見たいと言って、そこでクロゴズと出会っちゃってな。もう俺のレイラもボロボロになりながら戦って……言わせんなよ恥ずかしい」
照れから襟足を掻く親父親父を見ていると、何故だか胃の辺りがムカムカしてきた。なんなのだろうか、この敗北感は。
しかし、確かクロゴズは星4つの魔物だったはずだ。
護衛という事で親父と母上様以外にも人間が居たとは推測できるが、それでも2人がこうして生きている事実からも、相当強いということがわかる。
そんな両親を持つことができて、俺はラッキーだったと言えるのだろう。
「まあ、そんなだからレイラの……ママの剣の腕は確かだ。考え方が過激かもしれないが、ママなりにお前のことを想ってそう教えているんだから、ちゃんと頑張れよ」
「分かった」
母上様の殺すか逃げる思考に、親父としても異論は無いらしい。
しかし、凄まじい価値観だ。現代日本とは比べるべくもない。親父なら少し位はマイルドな意見を出すだろうと考えていた俺が間抜けに思えてきた。
「……ところでエイル、それは風魔法の魔術書だぞ? お前にはこっちの火の魔術書だろ」
そう言って、親父は俺の頭の上に1冊の魔術書を置いてくる。頭に魔術書を置けば物覚えが良くなるという言い伝えでもあるのだろうか。
「そっちはまた今度でいいよ。風魔法の方が回復とか便利だし、そっちを先に覚えたい」
「うーん……」
ちゃんとした理由を説明したつもりだったのだが、親父は何故か難色を示している。
何か問題でもあると言いたげだ。
「いや、やっぱり火から覚えなさい。お前は風魔法で遠隔回復まで出来るんだ、そっちは焦る必要はない」
「……分かった」
どんな理由があるのかは分からないが、とにかく親父は問答を許さない雰囲気を纏っている。
ただ、その顔が少し悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
俺は親父から素直に火の魔術書を受け取ると、早速その中身を開く。
「詠唱と効果を覚えるだけでいいぞ。ここでは絶対に使っちゃいけない魔法ばかりだからな」
「了解……中級以上は載ってないの?」
「載ってる訳ないだろ。あの氷の魔術書がおかしいだけで、普通はそうなんだよ」
「え~……」
上級までなら可能かもしれないので、その辺が知りたかったのだが。
不満気な声を上げていると、親父はまたもや襟足を掻き始めた。
「まあ、知りたいなら教えてやる。とは言っても、俺は火魔法の専門家じゃないんだ。大学に火魔法が得意な同僚が居るから、色々と聞いてきてやるさ」
「流石! 親父、愛してる」
「エイル……そういう言葉は軽々しく女に言うなよ?」
苦笑いを零す親父に対し、俺は小さな手で拍手を送る。
子供相手に何を言っているのだと思わないでもないが、親父は満更でもなさそうだ。
「……早めに知っておくのも大切、か……」
拍手の音に埋もれたせいか、俺には親父が呟いた言葉は届かなかった。
この日から、俺は徐々に力を付けていく。
朝から夕方までは剣術の稽古、夜は魔法の勉強とイメージトレーニングといった具合だ。
ただ知識だけを吸い込んでいくだけでは、余程の身分でもない限り、この世界で生きていくのは難しいだろう。
そしてこの時の経験を与えてくれた両親に、俺は後々何度も感謝する事になるのだ。
漸くインドアの話に終わりが見えてきました。




