015 氷魔法をめぐる闇と土魔法
前回のあらすじ
Q 3歳の誕生日にプレゼントを沢山貰いました。水魔法も一応見せてもらいました
A そのプレゼントで色々勉強すると良いと思います
「簡単やないか!」
誕生日の翌日、子供部屋にて俺の叫びが響き渡る。
ミリシア母娘と親父は、朝食を食べた後にそれぞれ家を後にした。
母上様は、ちょっと買い物に行ってくると言って出て行った。
誰も居ないなら、魔法の練習がしやすくなる。俺は、ならば早速と氷魔法の研究に取り組み始めた。
するとどうだろう、ミリシアに難しいと言われていた事が嘘の様に、あっさり氷柱を作り出せるではないか。
現在、俺の掌の上で風魔法によって浮かんでいる氷柱。下級氷魔法の『氷矢』である。
確かに、風や闇といった俺が使った事のある属性よりは難易度は高いかもしれない。
まず空気中から水分をかき集め、それを冷却なければ氷柱は完成しなかった。氷柱を素手で持とうとして、掌の皮膚がベロンと剥がれるというトラブルもあったにはあった。
だが、それだけだ。素手で持つのが危険ならば、風魔法によって浮かせれば良いだけだったのだから。
肩透かしも良いところである。
賢者の石を作る工程に比べれば遥かに必要魔力は低く、氷柱が出来上がるまでの集中力も大したことはない。
大事な事なので2回言っておく。これで失伝魔法とは、肩透かしも良い所だ。いくら必要な属性が水、氷、風の3つとは言え、ふざけているにも程がある。
「魔術書自体もあまり参考にならなかったし……」
そう、魔術書で参考になったのは、詠唱と魔法の効果のみだったのだ。
冒頭は氷魔法の歴史と失伝までの経緯が書かれており、そこからは氷の精霊云々の連発。元々厚い本ではなかったとは言え、その部分を読み飛ばすと、全体に目を通すのに必要だった時間は1時間程度しか掛からなかった。
「ミリシアの言ってたことってどうなんだろう……」
曰く、精霊様に願いを叶えてもらうのだ、と。
空気中の水蒸気を水の精霊様とやらに例えると、確かに水魔法は簡単だろう。
その考えで行くと、水と風と土、光は簡単なのではなかろうか。
水は水蒸気や水そのもの、風は空気中の分子とその流れ、土はそのままの粒、光は量子……どれも精霊様と例えたところで、それ程齟齬がない気がする。
では、闇と火と雷はどうなのか。
闇は光の差し込まない空間が闇だと思えば良いのかもしれない。量子を除外するとまで考える必要は無いのではないか。火は酸素と可燃性ガスを空気中から集め、着火の為に何かしらの手段を用意できれば問題ないはずだ。準備段階は、風魔法について少しでも知識があれば可能と言える。
では、雷はどうだろう。
電気とは電荷の移動等だが……それをこの世界の人間が知っているとは思えない。
「いや、電子や陽子を雷の精霊と例えてしまっても良いかもしれない」
声に出してみて、納得できた気がする。
親父は以前、魔法には7属性あると言っていた。確かに7つの属性は精霊様云々といった曖昧な物だと思い込んでいても、使えそうな気がしてくる。
では、氷はどうか。
第一条件として、水、風、氷……俺としては『氷』と呼ばずに『熱』と言いたいのだが、とにかく3つの属性が必要だと分かった。発動させるだけなら水と氷だけで問題無いだろうが、実用性を考えるならこの3つだ。
この時点でわりと難易度が高い。
そして、水分子の振動を小さくして固体にするという手順。これは単に『冷たくなれ』ではイメージ不足になる。分子の振動を抑え、動きを止めるというイメージが絶対に必要になってくるのだから。
水魔法のように『集まって下さい』では無理なのだ。
他の属性が『集める』『動かす』というイメージなのに対して、氷は『集める』『停止させる』『動かす』と3つイメージが必要になる。
そう考えれば、失伝した理由もわからないでもないのだが……どうもそれだけとも思えない。
「何にせよ、これはちょっと酷い。なんで皆精霊様を『停止』させないんだ?」
そこでふと、引っ掛かるものを感じた。『停止』とは、精霊を弱らせる事と同義と言えるのではないだろうか、と。更に言えば、エネルギーが最低になる絶対零度においては、それは即ち『死』と呼べるのではないか。
「もしかして、宗教とかあるのかな……」
精霊様の存在をミリシア程度の年齢の子供が信じて疑わなかったことから察するに、この世界では精霊様という存在が確実視されていると見て間違い無さそうだ。
そして、それが宗教の教義のようにも感じられた。
大精霊の分霊である精霊の動きを止める。それはこの世界の人間にとってどう映るのだろう。そして、精霊というのは本当に居るのだろうかと思ってしまう俺はどう思われるのか。
いや、氷魔法自体を使う分には心配も要らないかもしれない。氷だけなら絶対零度である必要性はなく、まだ結構振動をしている訳で……ただ、分子、この世界における精霊様に、『弱ってくれ』と命令するのはどうなのか。
不遜だと思われないだろうか。
「う~ん……」
自分の知識不足がもどかしい。
この世界のことについて考えれば考えるほど、知らない部分が浮き彫りになってくる感覚だ。
「とにかく氷魔法については一旦凍結だな。氷だけに」
やだどうしよう、寒くなってきたわ。氷だけに。
とにかく、研究しようにも中級以降は範囲攻撃魔法と見て間違い無さそうなので、現時点で試せるのは下級の『氷矢』までだ。
使用する魔力に制限をかけて規模を小さくすれば室内でも可能かもしれないが、誰かに見つかる可能性は高い。『氷矢』でさえ、溶けるのに時間を要するのだから。
一人で外出を許される年齢になってから試すのが最善だろう。
「親父に色々聞いてみるか」
胸に蟠りを感じつつも、魔術書を閉じる。随分と早く終わってしまったものだ。
気を取り直し、今度は『魔物図鑑~冒険者のススメ~』を開く。
そして、すぐさま俺は本の虫と化していた。まさかのまさか、氷魔法よりもこちらの方が面白かったのである。
氷魔法の本は詠唱と効果しか覚えるべき部分が無かったのに対し、こちらは大変よろしい。何故なら、以前読んだ本よりも詳しい内容が書かれてあるからだ。
氷魔法の本は親父セレクションだと思われるので、感謝すべきは親父の同僚になるだろう。親父ぇ……。
夜、俺は親父に怒られた。まさかの正座までさせられて、である。
精霊様に「手を上げてジッとしてろ!動くな!」と命令したらどうなるか、と聞いてみたのだが、やはりいけなかったらしい。
親父は一瞬ギョッとした顔を見せ、二度とそんな言葉を口に出すなと釘を刺してきた。
やはり、精霊は信仰の対象だったのだ。少なくともこの国では、精霊と大精霊を信仰していると見て間違いない。
そして親父は、精霊を軽んじた氷魔法を扱う人々がアザーリオにてクーデターを起こし、皆殺しにされたという事実を付け加えた。
曰く、氷の魔術書にも書いてあっただろう、と。俺が読み飛ばした部分に書いてあったのだそうだ。
思った以上の血生臭い歴史を説教と共に語られ、俺はこの世界の闇を垣間見た気がした。
業の深いものだ、と思う。
再び開いた『失われた氷魔法の全て』には、親父が語った通りの内容が書かれてあった。
氷魔法の使い手は氷の大国にしか居なかったらしく、氷の大陸にはアザーリオしか国が無い。それ故、氷魔法は人の手から零れ落ちてしまったのだろう。
そしてこの本を出版したアザーリオという国は、自らが根絶やしにした氷魔法の復活を望んでいる。
氷魔法については、誰にも知られる訳にはいかなくなった。もし俺が氷魔法を復活させたと世間に知られれば、アザーリオという物騒な国は黙ってはいないだろう。なればこそ、そんな厄介事を好き好んで招き寄せるつもりはない。
俺以外の者にも使える様になってもらうという手も考えはしたが、もしその原理を説けば、俺は背信者の烙印を押される。
結果として、俺は氷魔法習得は『氷矢』以外の全てを見送る形で決定した。せっかく禁呪の詠唱まで載っているのだからと思っていたのだが、世の中そう上手くは行かないということなのだろう。
「ま、時間が解決してくれるから良いんですけどね……」
とりあえず、氷魔法の習得は本当に後回しだ。
だが、一度火が着いた魔法に対する知識欲は如何ともしがたい。
なので、その鬱憤を別の属性へと向けることにした。
そんな俺が今やっているのは、土魔法の練習になる。
「ディテールが甘い……」
俺は母上様から貰ったボールを抱え込むんで前のめりになりつつ、ミリシアから貰った黒粘土でイヌトカゲの模型を作っていた。
黒粘土には一切手を触れず、魔力のみで形を変えていく。
出来上がったイヌトカゲは、少々不恰好だった。
「鱗が微妙なような……いや、前足が長すぎるのか?」
なぜ土魔法なのかと言えば、親父から貰った『魔物図鑑~冒険者のススメ~』にあった一文が発端であったりする。
『クロスライムは泥を大量に含んだ体をしており、クロスライムが残す黒粘土は良質な泥の塊である。その利用方法は鋳型や土魔法の訓練用、子供の玩具にまで多岐に渡る』
このように、以前読んだ魔物図鑑よりも記載されている情報量が増えていたことによる恩恵だった。
ならば早速と、ここ数日はこればかりやっている。あくまでドーピングの片手間に、といった程度でしかないが。
「イメージが甘いんだろうな。最初よりはマシになってるけど、美術が2だった俺には難易度高めだ……」
水魔法や氷魔法の様に、単純な造形ではない事が理由だろう。
他にわかったことと言えば、黒粘土を対象とした土魔法は、魔力の供給を止めても形が変化しないということだ。泥は一旦形を変えてしまえばその形を維持しやすいので、こうしてイヌトカゲの形を保っているのだろう。
回復魔法についても同様と見るべきか。
魔法とはいえ、魔力の供給が終わった後は物理法則に従うと考えて良さそうだ。
「まあ、要練習っと」
気持ちを切り替え、再び黒粘土に魔力を送る。
前足を少し短く、鱗模様をもっとハッキリと分かるように。
……前足の分を首に持っていったせいで、首長竜の様になってしまった。鱗もハッキリとしすぎて、松ぼっくりを彷彿とさせる。先ほどよりも酷い。
「才能が無いのかもしれない……」
図鑑と見比べてみても、まるで違う姿になっている。
「三面図で描いてくれれば良いのに」
ブー垂れながら、黒いイヌトカゲを元の土塊に戻す。きっと、イヌトカゲは難しかったのだろう。
別の魔物にするべきかと思い、今度はマダライヌに挑戦する。
ちなみにマダライヌとは、ハイエナの様な外見をした魔物だ。ただ、子犬程度の大きさしかないらしい。
「……へぇ」
完成したのは、イヌというよりブタだった。マダライヌの隣に載っているクサレイノシシにそっくりだ。偶然とは思えないほどに似ている。
「自分のセンスに脱帽ですわ」
イヌを作ろうとしてブタになりました……これはちょっとどうかと思う。
いきなり生物に挑戦するのは敷居が高すぎたのだろうか。
「う~ん……」
ワガママボディで腕組みしながら、自分の芸術センスに疑問を投げ掛ける。まさか、ここまで酷いとは思わなかった。
実の所、かなり悔しくなってきている。
どうにかならないものだろうか……そう考えていると、スッと後ろから影が伸びてきた。
振り向けば、またもや母上様が背後に立っていらっしゃる。相変わらず俺の死角を突くのが上手い御方だ。
少しビックリしている俺を尻目に、母上様は鎮座しているマダライヌ(仮称)の模型を見ている。こんな出来損ないを見られるとは、どうやら今日の俺はツイていないらしい。
「わっ!? 凄いじゃないエイル! クサレイノシシそっくり!」
「えっ…………で、でしょ?」
「凄い……ちょっと尻尾が長いけど、他は本当にそっくりだわ。エイルは芸術の才能もあるかもしれないわね」
そう言って、母上様は俺の髪を撫でてくれた。
だが、正直言って全く嬉しくない。俺が作ろうとしていたのはマダライヌで、こんな不恰好なクサレイノシシではないのだ。尻尾にマダライヌとしての名残があるのがまた、哀愁を誘う。そして、そんな物で褒められている俺。軽い虚無感が去来してくる。
「あ、クサレイノシシにマダライヌの尻尾を付けてたのね? でも、こっちはもっと練習が必要かな。頑張りなさい、エイル」
「で……ですよね~」
俺はこの時、確かに悲しみを背負うことができたと思う。
そう、自分のプライドという物を対価にして。
石の上にも3年という言葉がある。また、継続は力なりという格言も忘れてはならない。人間、誰でも努力すればそれなりの結果を得られるのだ。
永きに渡る陶芸生活を乗り越え、俺は芸術センスを身に付けていた。
その間、大体一年ちょい。
「微妙に長いんだよ!!!」
目の前に鎮座する精巧なイヌトカゲフィギュアに対して、俺は吼えていた。




