011 賢者の石と戸惑う人
前回のあらすじ
Q 固体魔力は賢者の石って名前らしいです。それが大惨事を引き起こしました
A ちゃんと管理しましょう
風の大陸。その東に位置する国『ミッドラル』。
この国は豊かな気候に恵まれ、農耕や狩猟が盛んだ。近くに広い草原を有し、農耕や放牧も行われている。農業を主とする点在する村々の中心には、ミッドラル王都が。
緑と水と風、人々は豊かな自然に感謝しつつ、慎ましやかな生活を送っている。
ミッドラル王都は、年輪のようにに人々の居住区を分けている。最外周が上級市民区、次に下級市民区、中級市民区と続き、中央の王城を囲む形で貴族区がある。
そして貴族区の一角にある、巨大な建造物。
それこそが、この国の英知と呼ばれる場所、ミッドラル魔法大学だ。貴族の子や特別な才能を有した国民が魔法を学び、飽くなき探究心の元で魔法の研究が行われている場所。
そんな魔法大学の一室で、男はうなり声を上げていた。
彼の名はアルト・バネット。この大学でも数少ない名誉教授の一人だ。
アルトは自身の豊かな顎髭を弄びながら、目の前の人物に声を掛ける。
「信じられん大きさだな。この国では最大と言っても良い」
「そうですね。私も未だに信じられませんよ」
少し疲れた声で答えるのは彼の元後輩であり、近年類を見ない発見をした事でアルトと同じ名誉教授となったテッドだ。
二人の視線の先には、分厚いクッションの上に鎮座している『賢者の石』がある。
「これが子供の遊び道具の中から見つかったってのか?」
「ええ、幸い出所である行商人がまだ町に滞在していたので話を聞いてきたのですが……平民から仕入れて手直しした物との事で」
「元の持ち主は中にこんな物が入っているとは知らなかったんだろうな」
「でしょうね。もしくは『賢者の石』自体を知らなかったのか」
「ふーむ……」
アルトはテッドの言葉を聴き、無理もないと思っていた。
『賢者の石』。
それは一流の冒険者でも知る者は多くなく、世間で売られている本にはその存在自体が記載されていないほどに珍しい代物だ。
魔剣や聖剣に必ず取り付けられている魔晶石より、上位の魔石である。
最上級の回復薬であるエリクシアの材料としても知られており、そのエリクシアは王族が目を輝かせるほどに希少な薬だ。
「この大きさ……一体幾らの値が付くかわからんな。下手をすれば、城さえ買えてしまいそうだ」
「でしょうね……。正直、私もこれをどう扱って良いのかさっぱり分からないんですよ。一応、大学に寄付しようとは思うんですが」
苦笑いを零しているテッドを見て、アルトは彼の欲の無さに目尻が下がった。
これだけの大きさをもってすれ、一体どれ程のエリクシアが作られるだろうか。そして、それを売ればどうなるか。魔石として武器に取り付けるには大きすぎるのが難点ではあるものの、それでも知る者からすれば喉から手が出る垂涎の品には違いがない。
それを寄付してしまうと目の前の人物は言っている。
昔から彼が金銭について貪欲ではなかったのは知っていたが、これ程までとは、とアルトは思わずには居られない。
だが、アルトは彼のそんな一面を好ましく思っていた。
「どう見ても最上級の賢者の石だ。寄付したとしても、それなりの物は懐に入れて貰えるだろうな。……俺ならエリクシアにして売っぱらうが」
「はあ……」
賢者の石は、発見されれば殆どがエリクシアにされる。それが知名度の低さに拍車を掛けているのだが、確かにアルトの言う通りにすれば魔石として売るよりも遥かに懐が潤うのだ。
「いざって時の為にエリクシアにしてしまうのは良い手だと思うんだがな。その方が喜ばれるだろうし、お前の子供は魔力暴走の疑いがあったんだろ?」
「ああ、その件はもう解決しているんですよ。それに折角希少な物が手に入ったんですから、エリクシアにするのは逆に勿体ない気がして」
「確かに……な」
欠損した部位でさえ再生させるエリクシアが大量にあるのなら、魔力暴走でどれだけ傷を負おうと治せるだろう。そう提案したのだが、テッドの問題は既に解決しているらしい。
「そういや、お前の息子が最初だったんだよな? 火と闇の両立」
「そうですね。あの子には驚かされるばかりで」
苦笑いを零すテッドはしかし、嬉しそうに笑っている。初めての我が子の起こす様々な出来事が嬉しくて仕方がないのだろう。
アルトは自分の時とそれを重ね合わせ、柔らかな笑みを浮かべた。
「お前にとっては幸運を運んでくる子供だったな」
「ええ、少々心臓に悪いですけどね」
二人して笑い、同時に紅茶の入ったカップを傾げる。
ほろ苦い味が喉を潤し、アルトは表情を引き締めた。
「まあ、お前の言う通り寄付するか、エリクシアにして売るかの2択だな。言っちゃ悪いが、手元に置いておくのは下策だ。賢者の石を知っている奴がこれの存在を嗅ぎ付けたら、力技でも手に入れようとするだろう」
「ええ、心得ています。アルトさんに相談して良かった。寄付する事にします。大学側も喜ぶでしょうし」
「ふむ、分かった。上には俺から連絡を入れておこう。お前が良いなら、預からせてくれるか?」
「はい、何から何までありがとうございます」
そう言って席を立とうとするテッドを、アルトは慌てて引き止める。
「ちょっと待て。こんな大発見をしてくれたお前の息子には、土産の一つでもやらんといかんだろう」
「そうですね。帰りに何か代わりの玩具でも買っていきます」
「いやいや、そうじゃないんだ。エリクシアについては俺も昔は研究していた。同程度の効果が得られる回復薬を作れるとまでは思わんが、コイツを研究すれば他の回復薬の品質を上げる程度はできるようになるかもしれん」
「ほう……それは」
「だからな、俺からも土産をやるよ」
少し待ってくれ、とアルトは告げると、部屋の一角を占める本棚へと向かう。
そして大量にある装丁の確かな本の中から一冊を手に取り、それをテッドに手渡した。
「……これは?」
「アザーリオで最近出版された魔術書だ。失われた氷魔法について書いてある」
「氷の大陸にあるあの国ですか?氷魔法についてって……」
「御丁寧な事に禁呪まで載ってるんだ。どうやらあの国は意地でも氷魔法を復活させたいらしい」
「それでこんな魔術書を?」
「一応、国内でしか取り扱ってないらしいんだがな。上級市民以上なら誰でも買えるらしいぞ」
「無茶苦茶してますね……。どうしてその魔術書がこんな所に?」
「アザーリオの魔法大学に懇意にしてる奴が居てな。3冊分けて貰えたんだ」
「なるほど」
「息子が文字を読めるようになった時にでも読ませてやれ。もしかしたら、また幸運が起こるかもしれん」
「ははは……」
乾いた笑いを零し、テッドはそういえば、と思い出す。アルトは、こういったジンクスが好きな男なのだ。
ならばここはありがたく頂戴しておこうと決め、頭を下げる。
それから二言三言交わし、テッドはその場を後にした。
残されたアルトは、テーブルの上に残されていった賢者の石に視線を送る。
「預かるとは言ったものの、持っているのさえ怖くなるな……」
さっさと大学の所有物としてしまおう。そう考えて、息を一つ吐く。
おそらく、この賢者の石はこの大学で最も希少な研究材料になるだろう。
荒々しく襟足を掻き、しかしアルトは自身のかつて諦めた『聖水』の研究に光明が差したのでは、と感じていた。




