第三節『衝撃』 Abschnitt Ⅲ: “Shock”
第參節『衝撃』
Der dritte Abschnitt : “Shock”
「テルマよ久しいのぅ。」
「お久しゅうございます、侯爵夫人。」
馬車から舷梯で降りる貴婦人を出迎えながら、テルマは言葉を繋ぐ。
「風の便りに色々とお忙しいとお伺いしておりましたが、このような処までお足をお運びになるとは……。」
「何を言う……妾とそちの仲ではないか。」
「勿体無いお言葉にございます。」テルマは微笑んで軽く頭を垂れる。
来客はエールベルト侯爵夫人、またの名をブリュンヒルト……そう、あの皇女様である。彼女の生まれ変わった日から後、二人の関係は大幅に改善したが、今度は宮廷内部のあれやこれやでお互いに連絡が取りづらい日が続いていた。でも……かつての鯔姬も、見目麗しくなってからは本当にモテモテ……風の便りではトントン拍子にイケメンの青年貴族と結ばれ、昨年の末には無事輿入れを済ませたとか……。つまり新婚ほやほやということである。あの大手術の後、ブリュンヒルトは病気の療養で痩せたと発表され、見違えるように痩せて美しくなって、おまけに性格も良くなった皇女に求婚者が殺到したとか。その中から最も美形の男を選んで捕まえたと、もっぱらの評判。
テルマの管理のために後宮関係者が多量にが出張ってきたために、現在ではテルマとブリュンヒルトは疎遠になってしまったが、別に彼女に任じられた美容顧問を解任されたわけではないので、皇室から出た彼女と面談することも明確には禁止されていない。
若さもあり、絶世の美貌も手に入れたブリュンヒルトが、新婚ほやほやの忙しい中、どうしてこんな所に来たのか?少し疑問も湧くところ。
「そうですか、ツェツィーリエもお嫁に行ったのですね。」
「ああ、相手は実直そうな青年だった。確か……フルスベルト男爵とか、言っていたな。」香茶を口に含みながら応えるブリュンヒルトの表情は穏やかで幸せそうである。毒気の抜けたブリュンヒルトに今更ながらに驚きを感じるテルマ。
「それはそうと、テルマにはいい相手は居ないのか?」
「い、いい相手ぇ⁇・⁇⁈⁈‼⁉⁉⁇」
唐突な問いかけにてるまは動揺を露わにした。
「そうじゃ、妾も二十歳を越える前に何とか結婚できた。テルマももう十八だろう、行き遅れと言われる前に早く身を固めたほうが良かろう。」
「そ・そ・そ・そ・そ・そ・そ・それはたしかにそうですが……。ま・ま・ま・ま・ま・ま・ま・まだこ・心の準備というものが……。」
完全に虚を突かれててるまは動転した。裏返った声でしどろもどろの応対である。正直、人格が輝真とテルマで分裂してしまいそうになった。精神・人格の七割を占める輝真は、女の子が好き肉欲は否定しないしかし、恋愛は面倒くさい……という考え方の自己中心的なオタクのおっさんである、しかし、三割を占めるテルマは夢見る乙女にして可憐なる少女である。しかも、若い少女の肉体は100%つまり十割テルマである。確かに輝真として、またテルマとして、いろいろ感じるものはある……すっかり考えこんでしまった。
色々面倒くさい。
だが、看過できぬ問題だ。
「何だか……おヌシにしては、随分と動揺しておるのぅ?ははは、『麗しき鐵の咒術姬』にも弱点はあったか。これは愉快、愉快。」
「は、はぁ……申し訳ありません……。」いつの間にか、テルマには徒名がついていたようである。
「此度は……おヌシに縁談を持ってきのだが……迷惑だったかな⁈」
「……えーっ・えーっ・えーっ・え・縁談…………。」
全く内部精神世界の整合性を欠いているテルマは締りがない……。
「実は、エールベルト侯爵の親戚で、うちの旦那様にはちと劣るが、それでも、すこぶるつきの美男子が居ってのぅ。テルマにどうかと思って。」
「す、すみません、姬様……わ、わ、わたくしは……す、少し考えさせてください。」
皇女に失礼とは知りつつ、てるまは狼狽の様子も隠さず退出し、あたふたと書斎に逃げ込んだ。
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てるまは緊急招集した『てるま~ず』の脳内会議で自問自答とも言える議題提起する。
『自分は男が好きなのか……それとも女が好きなのか……?』議長を務めるてるまの問い掛けに対して輝真₁が答える。
『そりゃ、女だよ……それも、美少女。10代半ばから、20歳ぐらいまでの、清楚で可憐で、細身でスタイルのいい……スレンダー美人だな。大きくなくてもいい、美乳派だ。』
『異義あり、僕も女の子派だが、年上派だ。それに、胸は大きめの方が……。それとお姉さまの色気は必須だ。』輝真₂が答える。
『いやいや、まだ蕾のような幼さが残るのが……』輝真₃が割り込んでくるが、
『お前は変態紳士か‼』輝真₄のツッコミ。
『わ、わたしは……美少年が……渋目の少し影のあるスマートな……』テルマ₁が話に参戦する。
『あら、オジサンの筋肉も悪く無いわよ。』と、テルマ₂。
『いや……』『でも……』『だが……』
暫くの間、議論は紛糾したが……やがて、一同疲れ果てて……決議を取る運びになる。結論が出たというより、疲労困憊とにかく早く終わりにしようという感じ……。
『結論‼……基本的に美しい女性であれば誰でもOK、でもたまには美形の男性もいいかも……そんなところですかな?』てるまも疲れた口調で結ぶ……やはり、テルマ達も奮戦したが、数の上で圧倒的に勝る輝真達の意見が優先された感じである。
『でも、そうなると……ブリュンヒルト姬の持ってきた縁談に、素直に応じる訳には行かないよね。かといって……立場上断わるのも難しそうだけど……どうするかな?』
ゲッソリとした表情で応接室に戻ると、ブリュンヒルトがニヤニヤとした表情、明らかにテルマの様子を面白がっている表情で待っていた。
「テルマよ、唐突な話で悪かったな、だがこの話、決しておヌシにも悪い話ではないと思うぞ。……おお、もう、こんな時間か、これでも妾は忙しい身でな……もう帰らねばならん。国許では愛しの背の君が待っておる。本当はゆっくりしたかったが、許せ。」
てるまの中で紛糾した脳内会議の様子を知ることの出来ないブリュンヒルトは、お見合い用の肖像画と、プロフィールを残して慌ただしく帰って行った。
肖像画の人物はエトガル・ギュンター・フォン・ヴァイゲル、帝國財務大臣であるヴァイゲル宮中伯の次男、エールベルト侯爵の従兄弟、帝國騎士団の若き有望株。そして咒術師としても弱冠二十二歳にしてアカデミアより咒術博士の称号を与えられた秀才である。絵に描かれた顔は決してブ男ではない。まずは端正和顔の美青年と言っていい。地位などから考えて、ブリュンヒルト姬の意向だけではなく、皇帝陛下の意向も入っている可能性が高い。もしかすればエールベルト侯爵側の非皇帝家勢力の思惑かもしれない……つまり受けるにしても断るにしても多分にリスクが伴うという意味でもある。
「でも……先ずは……会ってみるか……。」
今回のブリュンヒルト姬の訪問の影には、如何なる者達の如何なる思惑が渦巻いているのやら……。
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てるまの行動原理は、『嫋やかに且つ健かに、柔軟に且つ強剛に、……密やかに且つ強引に我を通す。でも事態が露見してしまったら大袈裟にド派手に実行する。』……である。皇帝家を始めとする各勢力の基本的思惑は、テルマの取り込み……もしくは抹殺。抹殺は文字通り抹殺、テルマの能力からして追放は却って危険と判断されるだろうから、文字通りの抹殺、殺害……が、手段として採られると思われる。
現狀、皇帝家……特に後宮の主流派の女性達に圧倒的な利益を齎しているから。皇帝家関係者の主流に排除される可能性は、非常に低い、だが、非主流派や、何らかの貴族達からすれば、テルマを取り込んで自分たちのために働かせようとするのは有るかもしれないし、もし、騙されて彼等のために働いてしまったら……今度は現在懇意にしている主流派から刺客が送られる恐れもある。……剣呑なことである。
『兵力が要るな……。』てるまの結論である。
私兵を集めるのは愚策……。人員募集からして困難だし、今はテルマに友好的な衛士達も、流石にそれは見逃さないであろう。また、内部にスパイを抱え込む危険も爆発的に大きくなるし、兵力の維持費もバカにならない。
『ならば、兵隊を作ればいい……。』てるまの発想である。
人間とは異なる、人間よりも優れた兵士たち……機械やら、合成生物やら
お見合いの話が舞い込んできたその日、何故か出た結論は、㋐新たなる軍事力の開発が必要、㋑やっぱり男より女がいい……になった。
何でかな?
※ 登場人物
❶ エールベルト侯爵夫人・ブリュンヒルト・ウーテ・クセニア・フォン・エールベルト/Fürstin Brünhild Ute Xenia von Ehlbert
エールベルト侯爵と結婚したブリュンヒルト姫。旦那様とラブラブですっかり棘が取れている。
❷ エトガル・ギュンター・フォン・ヴァイゲル/Edgar Günter von Waigel
帝國財務大臣であるヴァイゲル宮中伯の次男、エールベルト侯爵の従兄弟、帝國騎士団の若き有望株。そして咒術師としても弱冠二十二歳にしてアカデミアより咒術博士の称号を与えられた秀才である。
❸ ホーエンテムペル城伯/Burggraf von Hohentempel
てるまの手にした新たなる地位。テルマの新しい称号。
※ 用語解説
❶ 麗しき鐵の咒術姬/Die schöne Zauberkünstlerin von Eisen
てるまにいつの間にか就いた二つ名。