表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テルマ・輝真・てるま  作者: コリドラスA
第二章  Kapitel Ⅱ
14/18

第一節『動力』 Abschnitt Ⅰ: “Macht”

第壹節『動力』

Der erste Abschnitt : “Macht”


 先々代の皇帝ニコラスⅣ世は風流で詩歌や絵画を愛し、樣々な別荘を各地に建てたことで知られる。


 帝都オストハウプトより数十㎞南、とある岬の先端に名も失われた古い廃寺院があった。それにニコラスⅣ世が、手を加えて別荘に改造したのがホーエンテムペル城。その別荘が孫のオットーⅡ世の御代、とある宮廷咒術師に居城としてあてがわれることとなった。

 新たに創設されテルマの賜った爵位、ホーエンテムペル城伯(ブルググラフ)の名はここに由来する。これにより、テルマの正式名称はテルマ・アンジェリーク・フォン・ホーエンテムペルとなった。それに伴い職務に対する俸給以外に、爵位から発生する爵禄も賜るようになり、形式的ながら、城館周辺の猫の額ほどの所領も領有することになった。


 ()()()はエルメンガルト、ユリアーネ、アンネゲルトの三人だけを引き連れ、オストハウプトの屋敷を引き払ってホーエンテムペル城に移り住むこととなった。他の使用人は皇帝家から(あて)がわれることとなった。長年暮らした帝都の屋敷、荷物は結構多かったが、それでも大型荷馬車五台で(おさ)まった。持って来ることの出来ない高価なものは売り払い、咒紋学的に悪用されて危険なモノは再生不能に破壊した結果である。


 古い石造寺院建築の名残と、新たに急遽(キュウキョ)増築された居住部分。よく見れば()()ぎだらけの(いびつ)な建築物だったが、外洋に通じる大海原に張り出した岬の頂…という絶景の中に建っている立地条件もあり、中々の風情である。ただ、水源は岬の敷地内には無く、少し離れたところにある湧水を組みに行くか、雨水を貯水槽に()めてちょびちょびと使うことになりそうだった。


「このままじゃ、ちょっと不便よね…この館も…だいぶん改造しないとね…。」改造すること前提の()()()の発言である。

 彼女の意識には余り遠慮という言葉はないようである。

「でも、お立場を考えると、監視の衛士達に見つかるとイロイロ、厄介なことになりかねません。」テルマの性分を知るエルメンガルドは、少し眉をひそめて発言する。

 皇帝陛下の命で『護衛』の為に付けられた二十人の衛士達は、同時にテルマが変なことをやらかさない為の『監視』が真の主任務であることは明らかである。そればかりか、(あて)がわれた使用人達も全員テルマに対する監視の任務を負っているのは明白。エルメンガルドは出世にともなって加わった二十四時間体制の監視の目に神経をピリピリさせていた。

「大丈夫、あまり目立たないように何とか上手くやるから。」…目立たなければいいそうである、それに…やっぱり全く自重する気はないようである。

「彼等には、水源の確保の為に井戸を掘ったりしてみるとでも言っておくわ。」

何卒(なにとぞ)、事を荒立てませんように…。」エルメンガルドが眉を(ひそ)めて心配そうに言うが、()()()曖昧(あいまい)な笑みを返しただけだった。


 水源のこともあるが、政治は二の次、研究第一の()()()的にはもっと差し迫った問題がある。

 咒力エネルギーである。


 エネルギー事情からすれば中世レベルのこの世界…幾らチートな咒紋術があるからといっても、咒紋回路へのエネルギー供給が術者由来の咒力……つまり人力……だけではできることはたかが知れている。

 …要するに、普通に咒紋使い(ツァウベラー)をやっていると、理論的にはご飯を食べて労働する以上の力は出ない…と、いうことだ。上位の咒紋使い(ツァウベラー)ならばある程度の咒力は溜めておいて爆発的に使用することもできるが、それでも、それは咒紋使い(ツァウベラー)にとって咒力を貯蓄するために平時の継続的咒力消費を代償ととすることを意味する。あるレベル以上の咒紋使い(ツァウベラー)は何某かの術の行使の為に咒力をある程度溜めているのが通例だから、咒紋使い(ツァウベラー)は概して大食漢である。しかも幾ら大食漢といっても食べる量には人間として限界がある。ついでに、食料供給も馬車による物流を主としている現狀、ホーエンテムペル城のような僻地ではままならない。以前帝都/オストハウプトの研究室では、木炭の酸化反応をエネルギー源にしていたが、ここでは、流通の問題であまり多量の木炭を入手するのは困難である。出来るだけ自給自足するに越したことはない。


 研究の為には自給による咒力エネルギーの安定供給が急務である。


 ここでも豊富に手に入るものといえば…日光と風…ぐらいか、物理的なエネルギーがあればそれを変換して咒力エネルギーとして蓄えることは理論的に不可能ではない…。


 太陽電池と風力発電を利用するか……。

 太陽電池は、そのあたりの岩を原材料にして咒紋術で適当に錬成するシリコン純結晶を加工して半導体基盤として利用すれば簡単だ。あとは、電位差エネルギーを咒力エネルギーに変換して蓄えるシステムを構築すれば……最初のうちは錬成に必要な咒力は赤字だろうけど、ある程度太陽電池が出来上がれば欲張らなければ黒字になるだろう……。太陽電池の設置は館の屋根瓦に偽装すればあまり目立たない……はず。

 風力発電の風車は……井戸の水()みのため……みたいな口実で数基作成して、敷地内に配置すればある程度の用を足してくれるだろう。発電機は磁石とコイルがあれば簡易なものを制作するのは容易だ……。


 このあたりの問題さえ解決できれば、窮屈な市街地に実験設備を造るより、敷地に余裕がある分自由度の高い研究生活をエンジョイできるはず。


 溜め込んだ咒力を消費して岩石と木炭からシリコン単結晶より一段階進んだ炭化ケイ素のウェハースを作成し、更に半導体加工してその表裏に微小電極を置いて…簡単な太陽電池が製造する。輝真の知っていた太陽電池などに比べれば、決してエネルギー変換効率は高いものではないが、咒紋術というチートテクノロジーを適切に使うことで、中世レベルの文明社会に暮らしながらもナノレベルの加工技術を使った精密高水準の太陽電池が自作できる……。驚くべきことである。テルマは自分の手でホーエンテムペル城の太陽電池屋根瓦を一枚づつ自作し、丁寧に交換していった。


 衛士達は暫くこの事にとりわけ注意を払っていなかった……正直、誰か、館の屋根に上って瓦を取り換えてるな……程度の認識であった。だが、館のメイド達の樣子や言葉遣いから、それが、自分達が『保護』と『監視』を行っている対象の重要人物……であることを理解して……驚愕した。

 彼等が知る、宮廷咒術師プファルツツァウバークンステリンやら女城伯(ブルググレフィン)やら貴婦人やら……という人達は、決して野良着で家の屋根によじ登って、タオルを首に掛け、炎天下に瓦を取り換えているような存在ではないからである。

 よく見れば市井の職人がやるような瓦の葺き替えをやっているのは一人の美少女。衛士達から見れば雲上人の貴族階級の貴婦人である、彼らはまず驚き、興味津々に観察していたが……悪い印象は受けなかったようである。……何時(いつ)の間にか衛士の誰かが手伝いを申し出た。その最初の誰かの気持ちは、一体なんでそんなことをやっているんだろうという好奇心的な興味が半分、貴人に肉体労働をさせるわけにいかないという職務上の責任感が半分だったようなのだが……それを見ていた他の衛士達も我も我もと手伝いを申し出ててくれたので、結果として十余人の衛士達に手伝われ、予定よりも大幅に早く太陽電池の設置は終わった。


 衛士達の認識では、テルマは日曜大工の好きな変わり者のお嬢さんとでも思われたのだろうか?

 以来、衛士達は気軽にテルマに話しかけてくるようになった。


 太陽電池⇨咒力変換システムが稼働し始めて若干エネルギー事情に余裕が出てきたので、今度は風力発電のシステム構築に取り掛かった。夜間や荒天でエネルギー生産量の低下する太陽電池の欠陥を補う補助エネルギーである。

 最初はオランダ風味の風車小屋……みたいな風景に馴染むデザインにしようかと思っていたが、風向が昼夜で変わり易い地形で風向に合わせてプロペラの向きを変更する風向制御の煩雑さと、メンテナンスの手間、設置面積と発電効率の効果率を考え、風車っぽくない垂直軸型ベルシオン……と、あちらで呼ばれていた少し特殊なウィングレット翼形態を採用することにした。縦長のジャングルジムをイメージさせる五m程度の高さの風車塔を、館から少し離れたところに三基置く、中には縦に三個並んだ、回転翼を縦に並べる。倒れないように強靱(キョウジン)な特殊ワイヤー(ナノカーボンチューブを束ねたもの)で、崖を形成する岩盤に打ち込んだ強靭な杭に固定。一年を通じて海や山からの風が強いここでは、強力な補助エネルギー源になることが期待される。


 衛士達は、次々とへんてこりんなことに手を付ける若い女性に興味津々、よく手伝ってくれる。重たい機材を持ってくれたり、高い所まで運んでくれたり、組み立てを介助してくれたり……やっぱり純粋な力仕事では彼らの協力は非常に助かる。


 テルマは肉体労働のお礼に食事や酒を振る舞い、衛士達も喜々としてテルマの仕事を手伝い…急速に彼らとは親密になった。


 食事やら何やら、衛士達に振る舞って概ねテルマは好意的に見られるようになっていたが、中でも特に彼らに喜ばれたのは、病気や怪我の治療であった。風邪や怪我、食あたりなどの相談を受けた()()()は、向こうの医学知識の導入と、治療的咒紋術の人体実験として、喜々として衛士噠の治療に当たったのだが、衛士達には高度な咒紋術で一般人を何の金銭的な見返りもなく無料(ただ)で治療してくれる美少女は、病気や怪我を払ってくれる神の御遣い……天使のように映ったらしい、期待以上に尊敬され崇拝され戸惑ったほどである。


 ま、お蔭で、彼らの監視は一層緩くなり、有名無実のヌケヌケになったのは言うまでもない。


※ 登場人物

❶ ニコラスⅣ世/Nikolaus Ⅳ

   先々代皇帝。ブリュンヒルト姫の曽祖父。オットーⅡの祖父。詩歌を愛する風流人であったと伝えられる。直轄領の各地に風光明媚な別荘を建設したことでも知られる。

❷ テルマ・アンジェリーク・フォン・ホーエンテムペル/Thelma Angélique von Hohentempel

   テルマの新しい名。


※ 用語解説

❶ ホーエンテムペル城/Das Schloss Hohentempel

   位置は帝都オストハウプトより数十㎞南とある岬の廃寺院にニコラスⅣ世が、手を加えて別荘に改造したリホーム住宅。風光明媚だが辺鄙(ヘンピ)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ