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テルマ・輝真・てるま  作者: コリドラスA
第一章  Kapitel Ⅰ
11/18

第十節『仕事』 Abschnitt Ⅹ: “Arbeits”

第拾節『仕事』

Der zehnte Abschnitt : “Arbeits”


 この世界の1年は365日、4年に一度の閏年には1年が366日になるのはユリウス暦やグレゴリオ暦と同じだ。12月と1月の間、冬至前後に2日、6月と7月の間、夏至前後に3日の『余月』が置かれ、閏年は冬の余月が3日になる。それ以外は1ヶ月30日、1年は12ヶ月……と、だいたい西暦と同じである。閏年の置かれ方が少しだけ違っており、基本的に4の倍数の年は閏年だが100で割り切れる年の場合は500の倍数であるときに限り閏年という、少し風変わりな暦:神聖曆が用いられている。ただ、この暦の閏年の取り方は輝真の居た世界の暦の修正法に近く……()()の年齢が……輝真の世界とテルマの世界では、ほぼ同じであるという推測の根拠になろう。ただ、この暦を創製したのは姚精族(エルフェン)だと言われており、その詳細な製作過程は人間族(メンシュ)にまでは伝わっていない。


 話は飛ぶが、……まだか、まだかの矢のような催促にテルマが重い腰を上げたのは、6月の末頃……夏至祭りの『夏の余月』も近い、雨の季節のまっただ中である。帝國の(とど)姬、イヤもとい、海象(せいうち)姬……あれ?違ったかな……まあいい……ブリュンヒルト皇女を館の実験室に迎え、テルマは美容整形の施術に取り掛かった。


「そのぅ……テルマよ。」

「何でしょうか?殿下。」

「やっぱり痛いのかな?」手術台の上、今更(いまさら)ながらに臆病風に吹かれたのか、皇女が心細そうに(つぶや)く。

「痛いですよ。滅茶苦茶(めちゃくちゃ)……止めます?(わたくし)は別にいいですよ。」()()()の返す言葉は身も蓋もない。

「い、いや、止めぬ……じゃが、……出来るだけ痛くないように頼む。」

「善処します。……でも、保証は致しかねます。……では、始めます。」……まだ、何かブツブツ言いたそうだったので。何も言わさないように間髪開けず、『麻酔』の咒術式を発動させてさっさと、皇女の意識を刈り取る。


 皇女の施術は、『脂肪吸引』が、その主な手技になる……。美男美女の両親のもとに生まれ、元々の素材が悪くないはずのブリュンヒルト……をして、見栄え悪くさせているのは、全身に(あふ)れる推定150㎏超の脂肪の蓄積である。皮下脂肪、内臓脂肪共に全身に充満し、既に10代にして動脈硬化を起こしかけているその全身管理の(まず)さには目眩(めま)いがする。自力で起き上がることが困難で、彼女は日常生活を送るために肉体強化の咒紋式を使っているほどである。それでも、肉体に相当無理をさせているために、ガタが来ているのが現狀。脊椎には変形と老化の兆候が現れ、両膝には慢性の炎症が起こっている。

 全身の脂肪……にターゲットを絞り、『透視』を行いながら、血管や神経を傷つけないように、脂肪片を『切断』して、体外に『転移』させることで除去する。皮下脂肪、内臓脂肪、フォアグラ狀態の肝臓、カチカチになった血管……『分裂』の術式で128人に増殖した()()()₁~()()()₁₂₈が、全身を分担して作業に当たる。それでも、失敗の許されない緻密な作業で、非常に手間のかかる作業である。全身の脂肪を丁寧に脂肪以外の組織から引き剥がし、除去してゆく……皮下脂肪はまだ簡単だ……腹部の腸間膜に付いた脂肪などは、麻酔狀態下でも蠕動(ゼンドウ)が止まらない上にその柔らかさが厄介で、却って作業しにくい。だが、そこを丁寧に丁寧に除去作業を続けてゆく。気道を圧迫している頚部の内臓脂肪も除去……これで今後は変な(いびき)を掻くことなく熟睡・安眠できるだろう……。


 身長162㎝、体重202㎏の巨体から150㎏の脂肪を除去……体重の実に¾が贅肉……実に不健康の極みである。除去作業が進むほどに、グングンと皇女は(しぼ)んで来て……驚くほど小柄に見えてくる。これだけの体積の『肉』を一挙に除去すれば、全身にも大きな負担がかかるが、出血量も最低限に抑え血管の修復処置も丁寧に行ってゆく……腕の見せどころである。


 必要な部分には脂肪を残しつつ、明らかに不健康な脂肪を除去してゆくが、……処置はこれでは終われない。肥満のために変形した骨格を『切断』して繋ぎ直し、調整を掛ける。炎症まで起こしている膝関節を操作してO脚を治し、重力で変形した脊椎を修復し、腹圧で形を変えた肋骨を在るべき姿にに作りなおす。


 ついでに、顔の造作も多少手を加える。軟骨を削って移植して……少し鼻を高くして……目元も少し大きくみせるようにする。


 さてと……脂肪除去については大旨(おおむね)作業は終わりに近づいているが、終わりではない……肉のはち切れんばかりだった巨体を包んでいた皮膚……は、(たる)んで余りまくり、肉割れによって(ひび)の入った表面はどう見ても、綺麗とは言えない狀態。そうした余った皮膚は肥満線条(肉割れ)ごと切除。皮膚表面に余分なテンションを掛けないように、深部を引っ掛けて縫い上げる『縫合』の咒紋式を作動させる。荒く縫合したのでは皮膚の傷痕は醜く残ってしまうが、皮膚と皮下組織に余分な圧力を掛けないように丁寧に縫い上げた手術跡は、非常に綺麗に治癒するのだ。


 施術は無事終了……経過時間18時間25分……。透視により殿下の生命に別狀がないことを確認……。


 『分裂』の咒紋式を解除して、()()()も一呼吸つく……。


 施術を終えて、手術台の上に横たわるブリュンヒルト皇女を、少しボーッと眺めながら……やり残したことはないかどうか、施術の首尾はどうだったか……と、少し思索を巡らせる。


「ああ、そうだ……一番大事なところが残っていたわ……。」()()()はソファーに深く腰を下ろしたまま、妖しく笑みを浮かべる。

「そうすると……『麻酔』を解除するのは……もう少し後のほうがいいわね。」


✳・……・✳・……・✳・……・✳・……・✳


 目を覚ますと……其処(そこ)は、殺風景な部屋の中だった。簡易なベッドが一つ置かれ、その上に寝かされていた。窓から差し込む(おぼろ)な光が、部屋を何となく照らしだしている。


何処(どこ)じゃ此処(ここ)は?」彼女は狀況がさっぱり(つか)めず、ボヤくように呟いた。

「テルマ!テルマァ‼一体どうなったのじゃ、(わらわ)はどうしてこんな所におる⁈」

 狀況が全く理解できない……。起き上がって周囲を見渡すが、ひどく粗末な造りの部屋の中であるということぐらいしか分からない。ただ、普段はひどく重たい自分の体が、軽々と動くことには気がついた。

「取り敢えず、テルマのヤツが何かやったことは間違いないな。確かに、体は軽くなったようじゃ。」

 まじまじと自分の体を観察する。と、はち切れんばかりであったその肢体は驚くほどコンパクトにホッソリとしている。肌のコンディションもすこぶる良い。そのことに満足気な笑みを浮かべると彼女はベッドから降りるが……床はゴツゴツとした粗削(あらけず)りの石の床……履物も用意されていない。改めて自分に着せられた服装を見ると、下級侍女の着るような、ゴワゴワとした肌触りの悪い木綿(もめん)の服……優美さの欠片もない。

「なんじゃ?妾にこのような下賤(ゲセン)の者の着るような服装など……テルマの奴め……。一体何のつもりじゃ‼」

 周囲をよく探すと、部屋の隅に穴の空いた布と木で出来た汚い(くつ)が見つかったのでそれを足に引っ掛けて部屋の外に出てみる。


 出てみると……意外や意外……そこは、知悉(チシツ)した場所……宮殿の裏だった。察するに……身分の低い下女たちの寝泊まりする汚らしい区画らしい。

「テルマめ‼妾をこのようなトコロに寝かせおって‼許せん‼即刻斬首刑(うちくび)にしてくれる‼」

 憤慨しながらズイズイと歩いてゆくと、前方から見知った顔……


「おお、フロレンツィア‼丁度良いトコロに()った。」

 皇女付きのメイド頭フロレンツィアの姿を見掛けて、いそいそと駆け寄ってゆく……が、『パシン‼』と、鋭い音が彼女の頬に響き、僅かに遅れて焼けつくような痛みが走る。

「な、何をするのじゃ……フロレンツィア……。」

 驚いて自分の頬に手を当てて戦慄(わなな)くと……冷たい視線が投げかけられる。

「オマエのような小娘に、呼び捨てされる(いわ)れは有りません。私を誰と心得ます?……私はブリュンヒルト皇女殿下直属の筆頭メイドですよ……。全く……おこがましい……。」冷徹な視線が投げかけられる。

「判らんのか?(わらわ)は、ブリュンヒルトじゃ……テルマめの施術でこのような姿になっておるが、ブリュンヒルトじゃ……オヌシの女主人(おんなあるじ)じゃ……。」少し気弱気な視線と自信のない語調で……。

 途端に数発……両頬を激痛が襲う……キレかけた視線のフロレンツィアが血走った眼で睨みつけてくる。

「何を世迷い言を……殿下は、ちゃんとお部屋に御座(おわ)します……先程、午後のお菓子を給仕致したところ……誰か……誰かこの気狂い女を外に連れ出しなさい‼」耐え難く苛立った口調で、連れていたメイド達に指示を出すメイド頭。

「そ、そんなぁ……」

「フロレンツィア樣……この者は、先日新しく入ったヴィルヘルミナです……少し夢見がちなところがありますが……決して悪い娘ではありません……私がちゃんと躾けますので、お怒りをお鎮め下さい……。」給仕係のレベッカが(かば)って入ってくる。

「おお、レベッカ……オヌシは判ってくれるか?」

()()()()()()()……ちゃんと、フロレンツィア樣に謝りなさい……巫山戯(ふざけ)すぎました……申し訳ありません……って。」

「え……⁇」

()()()()()()()()()。」レベッカが殺気の籠った怖い目で圧力を()けてくる。

「……ご……ご、ごめんなさい……巫山戯(ふざけ)すぎました……も、も、申し訳ありません……」

 気迫負けして引き攣りながら謝ると……途端にフロレンツィアは関心を失ったように踵を返す。

「では、レベッカ……そのバカな新人の教育は貴女に任せましたよ……早く、そのバカを目の前から消して頂戴。」

「ご厚情に感謝致します。」レベッカは深々と頭を下げる。

 ポカーンとして見ていると。レベッカに頭を掴んで、下げさせられる。

「ほら、貴女もメイド頭樣に、お礼を言いなさい‼」

「……あ、ありがとうございます。」


 こうして、皇女付きの新人メイド、()()()()()()()のメイド研修は始まった……。


※ 登場人物

❶ フロレンツィア/Florenzia

   皇女付きのメイド頭

❷ ヴィルヘルミナ/Wilhelmina

   ?????????……ブリュンヒルト付きの侍女。ロスカスタニエの騎士リッターの娘という設定らしい。


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