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エピソード2 匂い

Episode2

登場人物

加地 伊織:主人公

難波 優美:一夜を共に過ごした

源 香澄: ベタベタしてくる

館野 涼子:かけられた

室戸 達也:黒いワゴンの運転手

小林慎一郎:飄々とした男


7月の太陽は朝5時だと言うのに既に高く、カーテンの隙間から差し込んだ光が 仄かに少女の寝顔を浮かび上がらせていた。 艶やかなウェーブと透き通る様に白い肌、長い睫、欠陥一つ無い、まるで造り物の様に美しい少女だった。


伊織:「黙ってりゃ可愛いんだけどな。」


ほんの数時間前まで、コロウのアジトでリンチされていた事が現実とは思えない。 穏やかな朝である。 


優美の部屋は不思議と匂いがしなかった。 好奇心を抑えきれずに眠っている優美の匂いを嗅いでみたのだが、やはりこの娘にも殆ど動物的な匂いがしない。 実はレプリカントなのではないかと疑ってしまう程である。


優美:「何?」


気がつくと、少女がキツイ目で睨みつけていた。


優美:「私が寝ている間に…変な事しなかったでしょうね?」

伊織:「してないよ。…大体、心配なら俺を部屋に連れ込まなきゃいいのに。」


ちょっと、匂いを嗅いだだけだ…。


少女の頬が赤くなっていた。

しかしこれは優美についているビジョンと呼ばれる実体を持たない生物?の作用であって、実際に優美が伊織の事を好きという訳ではないらしい。 それでも…何だかまんざらでもない気分である。


優美:「だって貴方…あのまま博士のところに居たら確実に童貞失ってたわよ。 だから助けてあげたんじゃないの! …それとも、もしかしてその方が良かったのかしら?」


目から上だけを布団から出して、威嚇するような眼差しでこっちを見ている。


外界から隔離されて育ったと言う事だけど、それにしても知り合ったばかりの男を自分が眠る部屋に引き入れると言うのは一体どういう神経なのだろう? そもそも優美にとって男とはどういうモノなのだろうか? そう言えば、優美には常に室戸とか言う男が傍に付き添っていたが、二人は特別な関係なのだろうか? 何故だか急に気になって仕方がなくなった。 


伊織:「あのさ、一つ聞いていい?」

優美:「何よ?」

伊織:「あの、室戸って人とはどういう関係なの?」


一気に優美の顔が不機嫌になる。


優美:「貴方って本当につまらない事しか質問しないのね。」

優美:「室戸は、「さりな」が雇った「さりな」の娘を護る為の護衛よ、…私が裏切って逃げ出さない様にする為の。」

伊織:「ふーん。」


何で、そんな事を聞いたのか、自分でも不思議だった。



ヨーグルトにオレンジジュース、それにバナナがトレイに載せて運ばれてきた。 とても人類滅亡を画策する悪の組織のアジトとは思えない、健康的な朝食メニューだ


香澄:「これは涼子ちゃんの分よ。 …伊織には後でお姉さんが食べさせてあげるから心配しないでね。」


伊織:いや、心配してない。


香澄:「それでちょっと、伊織にお願いがあるんだけど…良いかな?」


伊織:何故だかいつの間にか呼び捨てだし。


香澄:「私達の事は出来るだけ涼子ちゃんには知られないようにした方が良いと思うのよね。 それで悪いんだけど、これ、伊織が涼子ちゃんに食べさせてあげてくれないかな?」

香澄:「あと、…手錠で縛られてるからって、エッチな事しちゃ…駄目だぞ。」


そう言ってトレイを手渡すと、香澄は伊織の顔を引き寄せておでこにキスをした。 自然と…襟元から深いところに視線が釘付けになる。 バラの香りが脳髄をくすぐっていた。 この女性には、何だか別の理由で抗えないのだった。



その少女は1人ベッドの上に横たわり、震えていた。 律儀にも目隠しは外される事無く少女の顔の半分を覆い隠したままだった。 それでも頬がプールに漬かり過ぎた子供のように蒼白になっていて、具合が悪い事は直ぐに見て取れた。


伊織:「大丈夫か?」


朝食のトレイを置いて駆け寄る。 おでこに手を当ててみるが熱は無さそうだ。 むしろかなり汗をかいたみたいで冷たくなっていた。


伊織:「どうする、…博士(香澄)を呼びに行くか?」


独り言でうろたえていると、涼子がいきなり腕を掴んできた。 意識はあるみたいだ。


伊織:「どこか…痛いのか?」


涼子は伊織の手を胸に抱え込むようにして全身を縮こまらせた。 かすかに口を開けて…何かを告げようとしているみたいだった。 


伊織:「何、…何か言いたいの?」


少女の顔に耳を近づける。 不意に、赤ん坊の様な、ベビーパウダーの様な匂いが鼻腔に飛び込んできた。 思わず抱きしめてやりたい、護ってあげたい。 …そんな本能をくすぐる匂い。


そしてそれは、蚊の鳴くような囁き声だった。


涼子:「おしっこ、」


少女の吐息が、耳にかかる。

ベッドのシーツから、生暖かい液体がポタポタと染み出して零れ落ちてくる。


それがすっかり自分のズボンを濡らしてしまうのを肌で感じながら、それでも少女がか弱く握り締める手を引き剥がす事が出来なかった。



合うサイズの服が無かったから、二人とも服が乾くまでの間、香澄の白衣を借りる事になった。

優美の服は小さすぎたし、香澄のは大きすぎた。 当然伊織に合うサイズの服など無い。


涼子は、ぶかぶかの白衣に袖を通した格好でヨーグルトを食べていた。 いまや目隠しは外されていたが、手錠はかけたままで、ぎこちない仕草でスプーンを口に運んでいる。


無表情で、一言もしゃべらない。 時々思い出したかのようにじっと伊織の事を観察してくる。 何を考えているのかは良く分からないが、少なくとも怖がっているとか、敵意を抱いているような感じはしなかった。



香澄:「さて、と、…伊織は人類滅亡を企む私たちと、暴力で無理矢理卵を孵化させようとしてる正義の味方、どっちの仲間になる?」


出発の準備が整った黒の外国製ワゴンの前で、突然香澄が尋ねてきた。


伊織:「正直、分からない。」

伊織:「人類滅亡は嫌だけど、博士も優美もそんなに悪い人には思えない。」


優美:「変態の仲間なんて、こっちから願い下げだわ…。」

香澄:「私は伊織のこと、好きよ。」


そう良いながら香澄が抱きしめてくる。 身長は香澄のほうが高いから、何だか子ども扱いされてるみたいで恥ずかしい。 チラッと優美の方を見ると、相変わらず不機嫌そうにこっちを睨みつけていた。


やっとこさ 香澄を引き剥がして優美の前に立つ。


伊織:「なあ、」

優美:「何よ。」


伊織:「…おれ達、友達にならないか?」


どうしてそんな事を言ってしまったのか、自分でも理解不能だった。 

もしかすると、美少女とこのまま分かれてしまうのが嫌だった…それだけの事かも知れない。


優美の顔は、息が出来なくなったみたいに膨れて、真っ赤になっていた。


優美:「み…、ミジンコのくせに! 生意気!」


ゴスロリ衣装を身に纏った少女は怒りの一瞥をくれると、そそくさとワゴンに乗り込んだ。



指定された会合現場は人里離れた採石場だった。 入口に数台のとても上品とはいえない高級車が数台。 その内の一台から小林が出てきた。 コロウのリーダー自らの御出座しである。 相変わらず、飄々とした態度だ。


小林:「会合場所はあちらの事務所です。 ここからは歩きでお願いします。」


室戸と優美に続いて車を降りる。 目隠しされた涼子を支えながら歩く。


伊織:「大丈夫、僕がついてるから。 …一緒に帰ろう。」


涼子の耳元で囁く。 涼子は黙ったまま素直に付き従った。 剥き出しの地面が歩くたび土煙を上げる。

通り過ぎようとしたその時、小林が声をかけてきた。


小林:「オット、室戸さんにはチョットここで付き合ってもらいましょうか。」


とても上品とはいえない数台の車から、日本刀を携えた とても上品とは言えない面々が、総勢6名現れた。


小林:「済みませんね、…こっちもビジネスなもんで、やられっぱなしって言う訳には行かないんですよ。」


めいめい既に鞘から刀を抜いて、切先を室戸めがけて構えている。


ようやく、長い夢から覚めて我に返り、息を吸って自分の置かれている立場を再認識する。

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