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エピソード10 蹂躙

Episode10

登場人物

加地 伊織:主人公

池内 瑠奈:欲求不満1

吾妻 碧:欲求不満2

山猫 :マシンボイスの人


瑠奈:「これは、確実に罠よ!」


治療の為に立ち寄った医務室で 瑠奈がいきなり叫んだ。


食堂での一件の後 塞ぎ込んだ様に一言も発しなかったのだが、ようやく最初の一言がそれだった。 あれからずっと考えあぐねていたのだろうか? てっきり、碧に「欲求不満」と言われた事を気にして落ち込んでいたのかと思っていた。


確かに広い高原だから、毒矢を備えたラジコンヘリなら上空から狙いたい放題だし、毒針を持ったヘビ型ロボットが草むらに潜んでいたとしたら、刺される前に見つけ出すのは容易ではないだろう。


瑠奈:「伊織君にそんな危険な事をさせる訳にはいかない。」

伊織:「僕だって行きたくないですよ。…でも、行かないと、涼子が…。」


碧:「涼子って誰よ? 何で伊織 ご指名な訳?」


碧が割って入る。 何か怒ってる?


伊織:「涼子は、もう一つ残っている幽霊動物の…持ち主候補みたいなモノ…かな。」

瑠奈:「多分、…連中は伊織君を、排除するつもりだわ。」


碧:「ちょっと、さっきから気になってたんだけど、貴方、刑事さんよね。 それがどうして伊織の事、「伊織君」なんて下の名前で呼ぶ訳? それに、大体どうしてあの時…神社に都合良く現れたの? もしかしてずっと覗いてたんじゃ無いでしょうね?」


伊織:やっぱり怒ってる? あの時って…あの時だよな。


瑠奈:「私は…、吾妻さんが狙われているから警護してたんです。 それに、イオ…、加持君の事は、ついつい弟みたいに思っちゃって…。」


伊織:弟キャラなんだ…俺


瑠奈:「済みませんでした。 確かに不適切でした。 以後、気をつけます。」



伊織:「ところで、排除するってどういう意味なんですか?」

瑠奈:「つまりそれは、…殺すって事。」


瑠奈の声がどんどん小さくなる。


碧:「はぁ? なんで伊織が殺されなきゃならない訳?」


伊織:いやぁ、判るよ、わかる。 俺だって殺されたくなんか無い。 …でも、どうして碧さんがそんなに怒っているのかな?



瑠奈:「それは…おそらく、加持君が彼らにとって、余計な登場人物だから、…邪魔だと考えている。」


碧:「意味判んないんですけど! どうして伊織が余計なんですか?!」


意外な事に、碧に責め?られている瑠奈は、それはそれで可愛かった。 …歳上だけど。



伊織:「でも、池内さんの朱雀がいれば、奴らの殺人ロボットだって怖くないですよね。」

伊織:「それに、肝心の卵は博士たちの所にある。 どっちにしても博士達の所に言って事情を説明しないと。 そしたら…彼女達なら、もしかして助けになってくれるかも知れない。」


何故だか瑠奈はうつむいたまま、それきり再び喋らなくなってしまった。



パトカーの護衛付きで優美のアジトへ向かう。 碧は、安全の為に鳥越の許に残る事になった。


伊織は瑠奈が運転する小型SUVの助手席に座る。 


碧曰く、そこが一番危ないと言う事だったが…


道中 瑠奈はずっと無言のままだった。 碧に酷い事を言われて落ち込んでいるのか、…それとも、もしかして自分が人を殺めてしまった事を悔やんでいるのだろうか。



都内某所、一台のパトカーと小型SUVが郊外の月極地下ガレージに滑り込んで行く。 ガレージの一番奥には黒の外国製高級ワゴンが…そのまま残されていた。


記憶を元に、地下通路の入り口にたどり着く。

驚いた事に、地下の通路の鍵は開いていた。いや正確には壊されていた。


施設内は、深夜3時過ぎと言う事も有ってか…もぬけの殻で静まりかえっている。 照明も点いていない。 次第に胸騒ぎが激しくなって来る。 …かすかに、ガスの匂い。


いきなり警官が立ち止まった。 見ると、廊下に白衣を着た男性が二人倒れている。 どうやら施設の所員らしい格好をしているが、意識が無い。 警官が無線で救援を要請する。


瑠奈と伊織の二人だけで先に進む。 何しろ一度しか来た事が無い上に無駄にだだっ広いから迷ってしまった。 30分かけてようやく地下巨大空洞へのハッチにたどり着く。



そこには、明らかに争った形跡が残されていた。 数台のクモ型ロボットの残骸が放置されている。 博士の使っていたスウエーデン製家具には幾つもの銃弾の痕が残っていた。 


そして、元々暗くて照明も十分ではない部屋だから、気づかなかったのも仕方が無いのだが…ぬるっと滑る床は一面血と何かで濡れていた。 


そこに転がっていた丸い物。 まさかと思い、念のためしゃがみ込んで懐中電灯で照らし、ちょっと確認した後…まぶたを押さえ息を止めたまま立ち上がる。 …人間の目玉…らしい。 よく見ると、砕け散ったフグの白子の様なモノが此処其処に落ちている。


まさか優美達や十字架ピアスがそうそう簡単に仕留められるとは思えない。 …とすると、これは襲ってきた方の連中が返り討ちに有ったものであろうか。



とうとう瑠奈は廊下の壁にもたれかかってへたり込んでいた。 何だか具合が悪そうだ。


伊織:「池内さん、大丈夫ですか?」


瑠奈の目は充血し涙目になっている、どうやら少し吐いたらしい。


瑠奈:「すこしだけ、…休ませて。」


伊織を見つめるその瞳からは、後から後から涙が溢れ出して来る。 

思わずこっちの胸も苦しくなるから、その華奢な肩にそっと手を触れる…。


瑠奈:「ぅああああああああああああああああああああああああああああ…」

瑠奈:「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…」


いきなり、瑠奈が叫び声をあげた。 腹の底から、全てを絞り出す様な…大きな声。 そして、驚く伊織に抱きつき、押し倒し、馬乗りになる。


瑠奈:「私だって! 好きでやってる訳じゃないのよ!」

瑠奈:「なのに!なんで!いつも私ばっかり、」

瑠奈:「…私だって…怖いの! …嫌なの!」

瑠奈:「皆、勝手な事ばっかり言ってさ! …私にももっと優しくしてよ!」


いったい何が起きている? 誰の事を言ってる? いつもはあんなにも穏やかで、優しそうで、ちょっと頼りなさそうな瑠奈が、なんでこんなに…激しい? 切れてる?


瑠奈:「どうせ私は欲求不満よ!」

瑠奈:「だって! 誰もかまってくれないから…!」


伊織のシャツのボタンを…引きちぎる!


瑠奈:「だから…抱いてよ! 触ってよ! …もっと私を見てよ!」

瑠奈:「伊織! 伊織! 伊織! どうして伊織って呼んじゃいけないのよ!」


なんか、色々ごっちゃになってる。 …主に碧に対して鬱憤?…

それから、いきなり…、首筋に噛み付いて来る!? …何故?! もしかして! この女性、吸血鬼?!!


伊織:もう、…駄目だ…、どうにでも…して。




ひとしきり野獣のような咆哮と抱擁が過ぎると、 瑠奈は憑き物が落ちたようにすっきりした表情に戻っていた。


瑠奈:「さてっと…。 行こうか。」


こっちは、揉みくちゃにされて呆然としていた。

シャツは半分脱げかけていたし。 髪の毛はぐちゃぐちゃ。 何だかあちこち噛み付かれたみたいでひりひりする。 口の中はゲロの味がするし。 高校生男子には刺激が強すぎる女の匂いが鼻の周りに少しこびりついている。 未だに心臓はドキドキしっぱなしである。


伊織:鼻血でそう…


瑠奈:「…えっとぉ、今の事は二人だけの秘密だぞ!」


伊織:いや、そんな可愛らしく言ったって…もう駄目です。 …このモヤモヤをなんとかしてください。




どうやら優美の部屋には争った形跡は無さそうだった。 あの日と同じ、朝日が差し込み始めている。 そこは相変わらず匂いのしない部屋だった。 ここに座って朝まで優美の寝顔を見ていた事が遠い昔の様に思える。 優美とは、もうずっと昔から友達だった…そんな錯覚にとらわれていた。


結局、聖獣の卵は見つからなかった。 地下室と優美の部屋にメモを残す。 戻ってきて見てくれれば良いのだが、…まあ、望みは薄そうだ。




足柄サービスエリアでうどんを食べた。 これが最後の食事になるとは…思いたくもないが、未だに勝ち目は見えてこない。 頼みの綱の瑠奈レンジャーはシートを倒して仮眠をとっていた。


寝顔も…可愛い。 見ているだけで胸がズキンと痛む。 軽く唇に触れても良いだろうか? 当然…あれだけの事をされたのだから、少し位仕返ししても罰はあたらない筈だ。 よな。


瑠奈:「駄目よ。加持君! 彼女に怒られちゃうぞ。」

伊織:「いや、どういう作戦で行くのかな? …とか思って。」


伊織:いつの間にか「加持君」に戻っている。 さっきのあれは一体何だったんだ?  大人の女は判らない…。


瑠奈:「まずは、とりあえずスーパーに行く。」


思わず聞き返す。


伊織:「何故にスーパー?」

瑠奈:「あれって、ウズラの卵に似てたのよね。 …間に合わせで買って行きましょう。」


何だか、そんな偽物で悪の組織を欺けるのだろうか…多少滅茶苦茶な気もするが、とりあえず元気な正義の味方の復活である。 


小型SUVは朝7時過ぎの東名高速をマニュアルモードで西へカットビ、やがて御殿場の市街地を抜けて山林に分け入る。 指定された場所は、実在しなさそうな会社の保養地の体を為していた。 細い山道を進み、やがてひらけた高原に出た。


有刺鉄線が敷かれていて、これ以上は車では進めないらしい。 6個パックのウズラの卵を一つポケットに仕込んで車を降りる。


瑠奈:「何が有っても私が護る。 絶対に傍から離れないで。」


大きく頷いてみせる。 …そう言えば、涼子もそうしていたっけ。


伊織:涼子もきっと俺を信じてくれている。 何としても助け出す。



高原のど真ん中に、1本の高い十字架が立てられていた。 高さ20mはあるだろうか、 そのてっぺんに、 涼子が架けられている。 …また目隠しをされていた。


ところで、車から1km以上は歩いただろうか? 結構遠い。 ようやく十字架の根元にたどり着いた。 慣れない不整地を歩くのは思いのほかに疲れる。 パンプスの瑠奈はもっと辛そうだった。



伊織:「涼子! 大丈夫か?」


叫んでみるが、元々無口な奴だから、こっちに気づいていても返事しないかもしれない。 何とか棒をよじ登れないか探ってみるが、 取っ掛かりになりそうな物は何も無い上に、表面がぬるぬるしてどうにも登れそうになかった。


そこで、例のマシンボイスが聞こえてきた。


ボイス:「ようこそ、加持伊織君。我らがコンペティション会場へ!」

ボイス:「始めに自己紹介しましょう。 僕の名前は秘密です。 二つ名で…山猫 とでも呼んで下さい。」


伊織:何なんだ、一体何が始まってる?


声は、どこか遠くの複数のスピーカーから聞こえてくる様だった。 こだまが幾重にも反響する。


ボイス:「まずは卵を持ってきたか、見せて下さい。」


瑠奈が、ポケットから卵を取り出す。 ウズラの卵だが…


ボイス:「良いでしょう、それでは、十字架の根元の穴に卵を入れて下さい。」


一体、どこから見ているんだ?


瑠奈:「断る! 舘野さんをこちらに渡すのが先だ!」


暫し沈黙。 …それより、こっちの声は聞こえているのか?


ボイス:「別に取ったりしませんよ。 これからやるゲームで、卵が割れない様にするだけです。」


伊織:「ゲームだって?」


ボイス:「そうです。 貴方の聖獣と僕のメカアニマル、どっちの方が優れているか 、勝負しましょう。」

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