本当の初陣
僕は良く分かっていなかった。
分かってるつもりだっただけで、結局何一つ分かっていなかった。いや、心のどこかでは気付いていたかもしれないけれど、僕の能力がそれにうまく蓋をしてしまった。だから余計に僕は、分からないままで過ごしてきたのだった・・・
命を奪うという行為の重さを。
遺跡一階部分。ここから、調査が始まる。遺跡に入る前にガイドクリスタルという物を持たされた。これは、遺跡で生徒達がどこに居るか分かるアイテムであり、生徒が危険な状態に陥った際に、講師に知らせる為のアイテムなのだ。
非常に歩き易い平坦な通路を奥へ奥へと突き進む。今回の目標は八階層。そこに徘徊しているオークを少しでも多く倒す事が目的だ。八階層より下に行ってしまうとスペルキャスターが敵に混じってくるので、普通の学園の生徒には荷が重いのだ。
「ねぇ、コージの武器ってどんな事ができるの? 剣が実体化するなんて初めて見るわ」
さっき皆が呆然としていたのは、僕が詠唱する事なく魔法剣を出し、あまつさえ一瞬で切り替えた事に驚いていたせいだった。しかもあれだけ見事に属性を示す魔法剣は滅多に無いそうだ。せいぜいが、刃先が少し熱で揺らいだりとか、斬った相手から炎が出たりとかするぐらいだそうだ。
「さっき見せた魔法剣だね。属性に合わせた魔法剣だけじゃなく補助魔法とかの属性も持たせる事ができるよ。あとはそのまま魔法を撃つぐらいだね」
「剣になってる時に魔法って撃てますの?」
「ううん、魔法を撃つ時には剣は消えるよ。というか剣にしている時に魔法を撃つと剣が魔法になって飛んで行くね」
「へぇ・・・便利なのですね」
セシリアは自分が魔法剣の使い手なので、僕の「ギル」に興味津々のようだ。その後も、魔法剣での戦い方などを話し合ったりしながら遺跡内部を下層へ向かっていった。
「・・・おかしい。いくらなんでも敵が出て来なさすぎや。もう六階層まで来てもうたで」
普段ならもう少し出てくるみたいなんだけど、まだ一回も敵と遭遇していない。今日は実習で生徒がたくさん遺跡に来てるから敵が居ないとかは無いのかな?
「いや、遺跡は広いんや。それに敵はいっつもわんさか出てくるしなぁ。そやないと実習とはいえ稼げへんしなぁ・・・」
そういえばそうか。実習で生徒を多数、遺跡に送り込んでも敵が居なくなるほど殲滅できるわけじゃないし、かといって遭遇しない訳でもない。程よく会敵するからこそ、儲けが出てくるわけだし。だとしたら、なんで居ないんだろうね。
「まぁ、たまにはそんな日もあるか・・・このまま下を目指すで」
「了解」
「ああ、分かった」
それぞれ返事をし、さらに下を目指す。また前みたいにキラーマシンが出てくるとかは無いよね? でも、あれは十五階層だったから、大丈夫かな。なんだかんだで、このトリックスターのメンバー全員は遺跡に潜った事がある。ラインハルトとランバルトは二人で良くこの辺りまで潜って、鍛えてたそうでいつもと違う遺跡の様子に、警戒心を強めていた。
「お」
先頭を歩いているラインハルトが小さく声をあげ、全員に止まれの合図を出す。手で右に曲がる通路の向こうに6匹いると伝えてくる。そして一度僕達に振り返り、準備は整ってるか確認する。そしてセシリアと頷きあい、すばやくラインハルトは通路の向こう側に移動する。
「“氷よ! 冷気をもって我が敵を留まらせよ! コールドロック”」
「よし、行くで!」
「グギャァツ!?」
「ガガッ!」
今度は足止めの魔法がうまくかかったようで、二匹のオークの足元が凍りで覆われている。他の四匹も不意打ちに驚き、戸惑っている。そこへラインハルトとセシリアが襲い掛かる。
ラインハルトが踏み込んで一閃。そしてその隙をカバーするかのように、セシリアもオークの左側からすばやく突きこむ。
「グギャァアアア!」
バシャァアアアアアッ
セシリアが突いた場所から勢い良く血が流れ出す。そして、間合いを詰めていた僕達のほうにまで、飛び散ってきた。
その光景を見た僕は止まった。そして吐いた。
「コージ!?」
僕の異変にすばやく気付いたランバルトが、敵から眼をそらさないように僕を介抱してくれる。
「おい、大丈夫かコージ。しっかりしろ!」
「う、うん」
その間も戦闘は止まらない。ラインハルトの斬撃がセシリアの刺突がレイモンドの風魔法がオークをバラバラにし、穴だらけにしていく。腕がもげ、足がもげ、身体は穴だらけにされながらもオークは向かってくる。中には逃げ出そうとするオークもいるが冷静に止めを刺す皆。
その光景を見てさらに吐いてしまう。
「・・・おまえ、ひょっとして実戦は初めてなのか?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけど・・・いや初めてか・・・」
僕が魔物を武器であれ魔法であれ、ある程度痛めつけると選択肢が出てくる。止めを刺さなくても、選択肢が出てきたんだ。
僕自身も剣で斬るというよりは殴る感じで戦っていたので、こんなに色々飛び散る戦いはした事が無かった。訓練でも血しぶきまでは再現していない。それに、魔物をアイテムに変えてしまうと痕も残らず、なにもかも綺麗になくなって、手元に残ったアイテム以外にその存在を証明するものは無い。よくよく考えるとこんな残酷な事はない。だって、遺体もなにも残らないんだから。僕の力は一体なんなんだ!? ・・・いや、力のせいにしちゃ駄目か。僕は喜んで今まで利用してきたんだから・・・
「これがみんなの戦場か・・・」
僕が吐いてる間に戦闘は終了し、皆がこちらに気付いたようで不思議そうな顔でこちらを見ている。
「コージ、どないした?」
ラインハルトが返り血を浴びたまま、こちらに駆け寄ってきた。
「うん、ごめん。こうやって戦闘するのって初めてだったから吐いちゃった」
「あ? そうやったんか。ほなしゃーない。慣れるまでちょっと休んどけ」
「うん、ありがとう」
「コージ、この薬を水で飲め。すこしは吐き気も収まる」
と、ランバルトに渡された薬を水で飲む。だけど、オークの血臭が漂ってきて吐き気が込みあがって来る。だけどぐっと堪えて、吐くのを我慢する。目と鼻から命を奪った証拠が流れ込んでくる。だけど、これを乗り越えない事にはいつまでも経ってもお荷物のままだ。
「まさか初陣とは思わんかったから、ほいほい来てしまって悪かったな。とりあえず、アイテムの回収と討伐証明部位を切り取って一旦もどるか」
ラインハルトのその言葉にうなづくメンバー。
「ほらっ、くよくよしないコージ。初戦はそんなものよ、落ち込まないの」
セシリアがそう言ってくれるけど、やっぱり自分の情けなさが辛い。ん・・・何か来た?
「ラインハルト!」
「おう、お客さんのおでましのようやな! でかぶつが来たみたいやで」
ドシドシと大きな音が響き、こちらに向かってやってきてるのが分かる。この階層でそんな大物が出るのだろうか。
「ここらあたりやと、ビッグパニモアあたりやな。突進には気をつけろ」
「分かった」
猪のでかい版という事か。それは確かにちょっと怖いな。ドシドシと通路の向こうから響いていた足音が近づいてきて、そいつは姿を現した。
「・・・おいおい・・・まじか・・・」
僕達の前に現れたのは巨大なオーガ。この階層で見かける筈の無い魔物だった。
選択肢が出てくる事でゲーム感覚でいた光司君。
この世界の住人達はモチロンそんな物は出てきませんし、魔物を倒すのに容赦しません。内臓でろりんや血がどばどばなんか、当たり前の世界です。炎系の魔法や氷系の魔法であればそういった物を見なくて済む事もありますが、基本的に死体は目を背けたくなる惨状です。
オーガはレッドベアと同じぐらいの強さです。
まともに戦える光司なら楽勝です。ラインハルト達には少々難しい獲物で無傷での勝利は無理です。