賭け
「ここは・・・?」
気がつけば、わけの分からない空間に居た。夢の世界なんだろうか? ふわふわとしていて、暖かい気分になってくる。
でも、なんでこんな所に・・・確かさっきまで戦ってたはずなのに。記憶にないけど、死んじゃったのだろうか?
“勇者よ、分かりますか?”
ふと、そんな呼び声が聞こえてそちらを見やると、何か光り輝く物があった。勇者と言われてつい振り向いたけど、そんな資格ないよね。自嘲気味に笑うと、光っている物体は気に入らなかったのか、ゆらゆらと激しく揺らめいていた。
“あなたは大変でしたね。なまじ力があるだけに、なんでもできてしまって”
「そんな大変でも無かったよ。この力のおかげで生き残れたし、なんでもし放題だったし」
そう、いい事も悪い事もやりたい放題だったなぁ。その時の気分で色々してきたから、大変も何も無かったんだけどな。僕の力の使い方は、自分が如何に気持ちよくなれるかが基準だったから、気が向けば人を助けるし、そうじゃなかったら痛めつけていた。ばれないように処理もしたけどね。
“あなたの力はこの時代には不要なほど強い物です。本来なら魔王が出てくる筈だったのですが、何故か今回は出てこなかった”
「もう良いじゃないか。魔王は出てこなかったし、僕も倒されちゃったし。でもこれで勇者の血筋が途絶えてしまうのか。そこだけはちょっと申し訳なかったなぁ」
なんというか、この静かで穏やかな空間は死ぬ前に訪れるものなんだろうなとぼんやりと思う。でなければ、こんな馬鹿正直に自分の気持ちが出てくる訳が無い。ここでは見栄やしがらみ、遠慮などに一切影響されずに、言いたい事を素直に言える。
“いえ、あなたはまだ死んではいませんよ。王の印を持つ者に手伝って貰ってこうして話をさせて貰っているのです”
「王の印・・・? あぁコージの事か。彼、お人好しだもんね。ヨルカにいいようにあしらわれてたし、凄く人にこき使われそうな人だよね」
現に戦っていた僕の為に、なにかを手伝っているみたいだし。そういえばこの声の主は一体誰なんだ? 知っているような知らないような。不思議な感覚だ。
“あなたの記憶を見させて頂きました。そしてやっぱりあなたには、記憶を失って貰うのが一番良いと思いました”
「なにそれ、怖いなぁ。駄目だよそんな事しちゃ。記憶が無くなったら、僕がしてきた悪事を思い出せないじゃないか。そんな都合良く忘れていいもんじゃないでしょうに」
そう、僕のしてきた事は到底人に褒められる物ではない。脅迫や強盗、詐欺や殺人などは当然のようにしてきたし、していない事を探す方が数が少なくて良いだろう。それにそんな僕の悪事を黙って受け入れてくれたヨルカにも悪い。僕だけ忘れて彼女が覚えているなんて、そんな負担を掛ける事は嫌だ。だけど、そんな僕の内心は関係ないと言わんばかりに声の主は続ける。
“あなたには何も目的が無かった。村を救うという事も、家族を守るという事も、魔王を倒すという事も、あなたにはそれらは目的になり得なかった”
「確かに、村を救うにも村は安泰だったし、家族を守ろうにも、守れる力を持った頃には既に亡くなっていたし、魔王に関してはそもそも居なかったしね。僕には目的なんて無かったね。うん」
そういえば僕に目的なんて無かったね。言われるがまま、請われるがままに生きてきた。でも村に居た頃だけは、ぼんやりとこうやって皆を助けながら暮らしていければ良いとは思っていた。考えて見れば、村に居た頃とあんまり変わり無いんだね、僕って。
“ですが、今は違います。あなたは幼馴染を守る為に自分を犠牲にする事を厭いません”
「いや、それは買い被りすぎだと思うなぁ。だって、いつでもどこでも危険な場所でも悪事を働いている時もずっと一緒なんだよ? 普通、そういう事はさせないんじゃないかな?」
“では、そういう事にしておきましょう。とにかくわたしは、あなたがそんな風に自虐的になってしまって、せっかくの勇者の力が曇ってしまっているのが我慢できないのです”
「だから、記憶を消すって言うのかい? 馬鹿馬鹿しい。そんな事をしたって結局は同じ道を辿るに違いないよ。そんな無駄な事はやめようよ」
“では賭けをしましょう。あなたの幼馴染の記憶は残しておきます。あとは村に出た頃から今までの記憶を消します。その上で一年間生活をしてあなたが悪事に手を染めていればわたしの負け、勇者らしく生きていればわたしの勝ちというのはどうですか?”
「いや賭けをする意味がない。それに一年間で終わるという保障も無い。そんな分が悪すぎる賭けなんてしないよ」
“つれないですね。それでは、条件の追加としてあなたの勇者の力を抑え込むというのはどうです? その上で一年間過ごすというのは?”
勇者の力が無くなる? この化け物じみた力が? そんな事ができるのか?
「嘘をついてないだろうな?」
“えぇ、仮にも勇者の武器ですから、そういった事もできるのですよ。逆に強める事もできますけどね、ほらっ”
と、何かをしたようで僕の力が更に強くなっていくのが分かる。・・・そんな事ができるのか・・・
「分かった。その条件で賭けをしようじゃないか。だけど、判定する人間が居なけりゃ勝ったか負けたか分からないだろうに。それはどうするんだ?」
“一年後に思い出すようにしますよ、それは。その方が都合が良いでしょ?”
「またそんな保障もくそも無い事を平気で言うね、君は。・・・まぁ仕方ないか。力はあるようだから、そういった事もできるんだろ? 任せるよ」
でも、間違いなく悪事に手を染めてると思うけどね。
“では、一年後に会いましょう”
そう挨拶をしてきた勇者の武器の声を聞きながら、僕の意識は真っ白になっていった。
この話がないとおかしいので割り込んで入れます。
ごめんなさいっ