リュートの過去 その1
俺の家はほんとうに普通の家だった。父親も母親も、とくに何かに秀でているというわけではなく、至って普通だった。俺に「勇者の印」が出るまでは。
「そうか、リュートに印が出たのか。よかったな」
何も知らない俺は、父親に「勇者の印」が出てきた事を無邪気に告げた。その時の父親のなんともいえない微妙な表情はいまだに忘れられない。
俺の家はどうも勇者の家系らしく、今までも何人か勇者がでてきたそうだ。だけど、魔王が魔物を操って人間を襲う、という話は昔の話。魔族は最近ではたまに見かける程度の物だし、そもそも魔王が居ない。それよりも魔石獣のほうがよっぽど人間を襲うぐらいだ。基本的に生身で戦おうとする魔族。その身体能力は確かに遙かに人間を凌駕しており、自信を持つのも分かるが、人間にはガイアフレームがある。人間がガイアフレームに乗って戦えば相手がたとえ魔族といえど、そう簡単に負けるものではなかった。
だけど、生身で魔族に勝てる人間が勇者である。
特に魔力が身体を駆け巡っているという訳ではないのに、山をなぐれば山を割り、海を泳いで大陸へ渡り、地を走れば一日で千里を駆ける。その力は人を助ける為にしか勇者は使わない。勇者にまつわる話は大方、そんな感じの昔話ばかりだ。
そんな昔話を小さい頃から聞いていた俺は、勇者になれて本当に嬉しかった。
村の中で困っている人が居れば、勇者の力ですぐに助けられる。力持ちになったので重い荷物を運んであげたり、疲れ知らずなおかげで畑を一日で耕してしまったり、身軽でどんな所でも軽々と上れる俺は皆の家の屋根の修理をしてみたり、誰かが隣の町や遠くに行くときは俺が行った方が早いので、そういったお使いは全部俺が行ってすぐに帰ってきたり、病気の人がいれば病気に効く薬草を勇者の知識で探して採ってきて薬を作って貰ったり。あの頃は人の役に立てる事が本当に楽しかった。村の皆は本当に優しかった。勇者の力に目覚めたとはいえ、俺もまだ12歳だったので無理するなと良く怒られたものだ。あの時は、うるさいなとしか思っていなかったけど、あの人達が本当に俺を心配してくれていたのだな、と今になれば分かる。
だけど、どこで嗅ぎ付けたのか俺が勇者だと言う事が隣町の人間にも伝わっていた。
比較的、人の往来が激しい隣町で噂になるとあっという間に領主にまで話が伝わり、俺は領主のすむ町まで連れて行かれる事となった。両親は村に残ると言う事で不安だったけど勇者は旅立つものだと思ってもいたので、すこし寂しかったけど村を出て行った。
「体に気をつけてな」
「無茶しちゃ駄目よリュート」
「大丈夫だって! 行ってきます!」
それが両親との別れの言葉だった。
領主の町に着いてからは勇者と言う事で、忙しい日々が続いた。村でしていたような手伝いもあったけど、魔物を倒したり悪い人間をやっつけたりという仕事が増えた。村に居たときも狩りをしていたので、そういった事もできるんだけど、やっぱり心のどこかで嫌だなと思っていた。そうやって、日々を暮らしていると領主とも話をする機会も増える。その時に領主がぽろりと、村の人間が勇者が居ると伝えに来てくれて本当に良かったと漏らした。
その時に渦巻いた感情は、なんとも表現しがたい物だった。視界が真っ暗になりぐらりと地面が揺れ、意識が遠のきそうになった。だけど、心配そうな表情の領主をみて笑顔でなんでもありません、と応えた。
その頃から少しずつ俺の心に人を疑うと言う心が芽生えてきた。
この町では勇者というだけで、見返りを求めずに働く事を強制される。村に居た時はよかった。村の人間で知らない人など居ないので、困ったときは助け合いというのが暗黙の了解だった。だけど、大きな町になると知らない人のほうが多い。にもかかわらず、俺が勇者だと言うのは誰もが知っているので、なにかあればすぐに頼まれる。なにをしていようともだ。他の人の頼みを聞いている最中に、次の頼みをされるというのはしょっちゅうで、毎日朝から晩まで駆けずり回って、泥のように眠る。それでも、俺を労わる人など誰も居ない。それどころか、遅かったとか、それだけ? とか不満を漏らす人達しか居ない。その頃は俺の力不足のせいで申し訳ない気持ちになっていたので、笑顔ですいませんと言うしかなかった。悔しくて仏頂面でいると、それでも勇者か! と怒鳴られたからだ。
昔話に出てくる勇者は本当にすごい。なんでもできるし、誰でも助けていた。さらには魔王を倒すという事もしてのけるし、大勢の人を助けてきた昔の勇者ってどれだけ凄かったんだろうと、ため息がでるばかりだ。俺なんか魔王を倒さなくて良いのに、人助けもロクにできない勇者だっていうのにね。
そうして領主の町へ来て三年が過ぎた。
その頃には、俺も要領よく仕事をこなすようになっていた。勿論、悪い方にだ。町の有力者の手間のかかる仕事をわざと請けて、外で暇つぶしをしてから町へ帰り、周りの人間に聞こえるように笑顔で依頼完了の報告をする。そして、たまに普通に町の人の依頼を受けて、最後に“あの人達には内緒ですからね”と一言付け加える。それだけで、町の人間は勝手に噂をしだす。勇者も所詮金で動くのか、と。実際は金を貰った事など一度もない。本当にこの町の人間は、自分勝手だ。自分たちは無料で俺を働かせて儲けたりするくせに、俺が少しでも儲けてると感じると非難しはじめる。この頃には俺は無駄に顔が良いみたいだと気付いていたので、笑顔で居れば乗り切れると分かっていた。不思議な物で毎日笑顔でいると他の人には凄い善人に見えるようだ。
そんなある日。幼馴染のヨルカがティナと名乗って俺を探してやってきた。
「あなたの両親は殺されたわ。領主に」
さすがにその言葉は受け入れられなかった。毎日、領主の為、町の為に働きづくしの俺の両親を何故殺す必要がある? 訳が分からない。
「こんなに役に立つ勇者を領主に隠して匿っていた罪は重いと言ってたわ。最初は村を焼き討ちにすると言ってたけど、リュートのご両親が・・・」
“匿っていたのは私たちです、村は関係ありません!”
そういって、俺の両親は罪を一身に受け処刑されたそうだ。
訳が分からない。何故そんな事をする必要がある? 最近でこそ要領よくやっているけど今までずっと一生懸命働いてきたじゃないか!
「落ち着いてリュート。もう半年も前の話なの。なんとかこの話を早く届けようと思って村を出てきたのだけど、道が分からなくてこんなに遅くなったの、ごめんなさい」
「なんでそんなに時間が・・・」
「村の人達のお金を集めたのだけど、どうしても馬車に乗れないから徒歩でここまで来たの。さすがに隣町までは馬車で行けたのだけど、そこから先がね・・・」
ごめんなさいと深々と謝るヨルカ。
そうやって謝るヨルカに俺はどうする事もできなかった。
悪い点など指摘して頂ければ助かります。
毎日のユニーク数が凄くてびびってます。少しでも楽しんで頂けてるなら幸いです。
毎日更新できるように頑張りたいと思います。