勇司とラディアス
「君達は誰に攻撃しているのか、分かっているのか?!」
少々焦りながら、そう問いかける勇司。
「えぇ、勿論です! リュートが剣を向けるのは魔物です。なので、あなたは魔物が王様に変身した偽者なのです!」
「えぇ、なにその論法は。セリナちゃん任せた!」
「はいっ」
勇者様ご一行には何を言っても無駄だと悟った勇司は、セリナ達に任せる事にした。そして勇者リュート本人は、ミミが一人で対処している。いや、他の誰も手が出せずにいた。状況を打破するには、ラディアスを拘束してしまう事なのだが勇司はそこへ踏み込めずにいた。
「なんだかんだで、勇者ってのは伊達じゃないってか」
ミミと戦っているリュートだが、勇司がラディアスを確保するために動こうとすると、しっかり牽制してくるのである。当のラディアスはと言うとまったく焦った様子も無く椅子に座ってこちらを見渡している。その姿はラディアスが王様と言われてもまったく違和感のない様子であった。
現在、連れてきた兵士達がぞくぞくと執務室へと到着しているが、この部屋の中には入られずにいる。この部屋にラディアスがいる限り、数で押す事ができない。リュート達を一刻も早く排除したいが、このままだと体勢を整えた駐留軍がなだれ込んできてしまう。すでに、王宮に侵入してから10分近く時間が経っている。援護しようにもできず、目の前に獲物がいるのに手が出せない状況に勇司は苛立ちを感じていた。
業を煮やした勇司が、勇者に攻撃をしかけようとしたその時、爆音が響いた。
「な、なんだ?!」
断続的に爆発音が響き渡り、しばらく続いたかと思うとぴたりと静かになった。広範囲に攻撃ができる光司が何かしたのだな、とあたりを付ける勇司。さすがにこの爆発音は気になるのか、その場にいる全員の動きが一瞬止まる。
ガキッ!
「おっと、油断も隙も無いね。駄目だよここは通さない。大人しくみんな僕に斬られてくれないと」
「・・・」
すばやく立ち直ったリュートとミミ。ミミは隙をついてリュートに攻撃をしかけたつもりであったが、即座に受け止められてしまう。リュートの武器「ギル」とミミの武器「月詠」はいわば兄弟である。モードを次々と変化させて攻撃をするのだが、両者とも中々決定打を放てずにいた。だがミミは、さらにモードを変化させリュートもそれに応じるようにモードを変化させていく。そうミミの狙いは、リュートの武器「ギル」の魔力切れ。コージから奪った「ギル」がカートリッジ方式だと知らないであろうリュートは、魔力が切れて使えなくなる事を知らないはずなのである。
「ころころ変えても無駄だよ。この武器は死ぬほど使い倒しているからね」
「そんなの関係ない」
リュートとミミが対峙している隙に勇司はラディアスの説得にかかる。
「ラディアス! おまえも貴族でありながらその在りように疑問を持っていただろ?
なんで急にこんな事をしはじめた!」
「ユージン陛下。あなたには分かりませんよ、貴族の血の呪縛がどう人を狂わせるのか。想像できますか? 正気を保ったまま狂気に侵される気分は? 狂気に侵されてなお正気の部分を認識させられる辛さを」
ラディアスは何も映さない目を勇司にむけた。
「今まで、だましだまし血を飼いならしてきたのですが、もう無理です。私の正気は狂気。その狂気がささやくんですよ、貴族のみがこの国の王になれる、と。だが、あなたは貴族ではない。即位の時は「王の印」があるということで、自分を騙してきました。その後は、私の娘か他の貴族の娘を嫁がせればあなたは貴族になると」
「・・・おまえ・・・」
「だが、あなたは家族を呼び寄せてしまった! しかも子供までいるそうでは無いですか。その子供に王位を継がせる、それでは駄目なのですよ。あなたも次の王も貴族で無くなってしまう」
「だが、おまえは貴族を排除しようとした時、賛同してくれたじゃないか! この国を良くしようって約束したのは本気だった筈だ!」
ラディアスを信じていたのであろう。勇司はラディアスの貴族至上主義とも言えるその言葉を信じられなかった。
「その時はあれですね。無能な貴族のみ排除しようと考えていましたからね。なにも間違ってはいないでしょう?」
「なんつーか、詐欺師がいいそうな事を、のうのうと言いやがって・・・」
ラディアスの言葉を信じるなら、今までの自分の人を見る目は穴だらけだった事になる。
「もう良いでしょう。所詮、貴族と平民は相容れない存在なのですよ。もう諦めなさい」
「やかましい! そんな諦めのいい人間じゃねぇんだ、俺は!」
「わかりました、リュート引きなさい」
ラディアスのその言葉に、黙って従うリュート。
「あなた方に見せましょう。古い貴族の血を。連綿と続くこの家の呪縛を!」
「ヒッ!」
ラディアスのその言葉に小さな悲鳴を上げるミミ。ラディアスは、そんなミミに向かって右手を突き出す。その動作を訝しがる暇も与えられず、見えない力で吹き飛ぶミミ。
「・・・あぅぅ・・・」
ラディアスの攻撃を受け、ぐったりとしてしまうミミ。そして、セリナもラディアスが正面に立った途端に、がたがたと震えだし棒立ちの状態になった。
「まだ挨拶がわりなのですが、どうなんですかねこれは。私の狂気はまだ暴れたり無いようですよ、ユージン」
「“絶刃裂波”」
その言葉に攻撃でもって応戦する勇司。だが、その攻撃はかるく流されてしまう。
「おっと、ファウンデルス卿。こっちに飛ばさないでくださいよ。怖いじゃないですか」
「それぐらいどうとでもするだろ、おまえなら」
「ま、そうですけどね。あはは」
勇司の渾身の攻撃は二人にとって、そよ風程度にしか感じられないようだった。貴族の力は今まで見てきた勇司であったが、ここまでラディアスに力があるとは思わなかった。このままでは、この作戦は失敗する。勇司はすでに逃走を考え始めていた。
「逃がしませんよ、ユージン。あなただけ消してしまえば後はどうとでもなりますし。迂闊なんですよ、あなたは」
「くっ・・・」
ここ数年付き合ってきた仲だけあって、ラディアスは勇司の思考を読む。心の中をずばり言い当てられた勇司は、それでも逃げる事を諦めていなかった。
「“絶刃裂波”」
悪寒を感じた勇司は、ラディアスに向かって衝撃波を飛ばす。気がつけばラディアスはこちらへ手を向けており、先程ミミを倒したであろう攻撃をしてきていた。それを切欠にして勇司の部下たちも、ラディアス達に魔法などで応戦する。
だが、その悉くがラディアスには届かない。
逆にラディアスが手を大きく横に振るっただけで、勇司たちが吹き飛ぶ。技もなにも無く純粋にそういった力なのだろう。ラディアスが動くこと自体が攻撃と化していた。
小さく呻く勇司たちを見たラディアスは止めを刺そうと一歩踏み出した。
だが、その時執務室の扉が大きく放たれた!
「外の方は片付けてきたよ! ・・・あ、なんでリュートが居るの?!」
光司が一人の少女を連れ、執務室へと入って来たのであった。
反転弾でフレームを無力化した僕は、即座に王宮に向かった。父ちゃん達が突入してからそろそろ十分が経過するからだ。エディさんは、反転弾連射の爆音で目を覚ましてくれたので南門の警戒をお願いしてきた。まぁ、眼を覚ましたエディさんが、すぐに僕に攻撃をしかけてきたのは内緒だ。
飛ぶように走るホワイトファングは、ものの十秒も経たぬ内に王宮に辿りつき壁を一気に駆け上がっていった。
「アラン隊長、聞こえますか?」
「その声はコージだな。白い機体はお前が乗ってるのか?」
そう、隊長に呼びかけた僕の声を聞いた周辺を警戒していたフレームも、警戒を解いてくれた。みんなに聞こえるように言わないと間違って攻撃されちゃうもんね。
「はい、訳あって乗り換えました。このまま執務室へ突入します」
「おい、さすがにフレームで執務室までは行けないぞ?」
「え? ぶっこわして入ったら駄目なんですか?」
正直、なんでそうしないか不思議に思っていた。作戦は降りて行くってのが前提だったからとりあえずそう作戦を立てはしたんだけどもね。
「阿呆! そんな事をしたらどこに飛ばされるかわからんぞ? 話を聞いてなかったな!」
「じゃあ、どうやって入るんですか?!」
「普通に降りて行くしかないんだよ」
「むむ、時間がかかりそうだけど仕方ないか・・・じゃあ一人で行ってきます!」
「あらかた無力化したはずだが、気をつけろよ。俺達はもう少しここで警戒している」
「了解です、アラン隊長」
僕の実力は「777」を捕獲した事で、隊長に認められたのだろう。一人で行くといってもすんなり認められた。
「じゃあ、ホワイトファング。ちょっと行って来るよ」
そう言って執務室に近いバルコニーに取り付いた僕は、ホワイトファングから降りる。
「待たれよ主。我がなにゆえに主と離れておったと思うのじゃ?」
ホワイトファングから降りてすぐにそう声を掛けられた。なにゆえとか言われても。
「いや、よくわかんない。魔力を回復するとか言ってたけど、ハーベイさんから話聞いてたらなんか辻褄合わないし。結局なんでなの?」
「ふふふ。とくと見よ! これが我の100%の力じゃ!!!」
「うっ」
なんかホワイトファングがまぶしく光ったかと思うと、すぐに明るくなくなった。あれ? ホワイトファングはどこ行った?!
「ほれ、どこを見ておる主。我はここじゃ」
「え?」
そこには、黒い髪を長く伸ばした和風な女の子が居た。これは噂の擬人化か!いや、完全に人型になってるからなんていうんだっけ?
「うむ、察しは悪くないようじゃな。この姿を取るために少し魔力を補充する必要があったわけなのじゃ。フレームの姿のままじゃとわしの可愛さは声だけじゃろ? それでは良くて5%ぐらいしか可愛さが伝わらんじゃろ?」
なんか自分で可愛いとか言ってるけど、反論はできない。確かに可愛いからだ。だけど、なんか納得できないんだけどな・・・
「なにをそんなに不細工な顔をしておる。行くぞ、時間がないのであろ?」
「う、うん。わかったよホワイトファング・・・って呼んで良いよね?」
「当たり前、と言いたいところじゃがせっかくじゃし、この姿の名前をおくれ?」
名前はやっぱり欲しいみたいで、上目遣いでお願いされる。
「うーん・・・なにがいいかなぁ。白夜とかはどう?」
「あいわかった。白夜じゃな。では、よろしく頼む主」
「分かった、急ごう!」
「うむ」
どうやら白夜は気に入ってくれたようだ。よし、急いで父ちゃんを追わなきゃ!
デニーさん達の脇を抜け、執務室へ向けて走る僕たち。色々と仕掛けがあったけど、ホワイト・・・白夜が、その度に警告をしてくれたので事なきを得た。そして、最短コースで執務室のドアへと辿り着く。特に話し声とか聞こえないけど、終わったのかな?
「外の方は片付けてきたよ! ・・・あ、なんでリュートが居るの?!」
執務室へ飛び込んだ僕の目に映ったのは、大ピンチの皆と勇者リュート一行と知らないおじさんだった。