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深呼吸は平和の証  作者: Siebzehn17
機甲都市ロバス
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ミミの事 その1


 ミミは、奴隷として売られるという最悪の状況からこっち、運が良くなっていると思うの。普通は奴隷になると凄く大変な目にあったり、惨めな事になる方が多いと思っていたのだけれど、屋敷で暮らしていた時のほうが、よっぽどひどかった・・・


ミミは、代々高名な騎士を輩出するテスタロッサ家に生まれた。ただ、ミミは妾の娘というだけあって誰からも期待されず興味を持たれることも無かった。ただ、そこにいる娘というだけで誰からも無関心だった。だけど、テスタロッサ家の嫡男の目に止まったあの日から地獄が始まった。


嫡男という事で、屋敷の誰も彼に逆らうことはできず、屋敷の中で彼は絶対君主だった。その中でミミは、汚らしい妾の娘というレッテルを貼られ、屋敷中の人間から蔑まされる事になった。屋敷の人間に見つかれば、打たれる、物を投げられる、腐った食べ物を無理やり食べさせられる、汚い言葉をかけられる。そういった物からはじまり、番犬をけしかけられたり、池に突き落とされたりと、だんだんと命の危険を感じるようなものに変わっていった。


そして、決定的に敵対される原因となった事があったの。


年頃になり剣を習い始めた嫡男は、素振りなどはすぐに飽きてしまい、生き物に向かって剣を振り下ろす事ばかり楽しげにやっていた。だけど、小さな生き物から始まった虐殺はだんだんエスカレート。やっぱり人を斬らないと一人前じゃないと言い出し、一番最初に斬られる人間としてミミが選ばれちゃった。


イママデニンゲンアツカイナドシナカッタクセニ・・・


にやにやとした顔で剣を構える嫡男を見た時、あぁ、ここで死んじゃうんだなぁと思ったの。だけど、剣を振りかぶったその時、ミミには見えたの。


強い輝きを放つ赤い光が。


今までに見た事のない禍々しい光にびっくりして、思わず避けたの。


そして、それが始まり。


嫡男が剣を振り上げる度に、現れる赤い光。それは、まさしく彼が揮う剣の軌道だったの。赤い光を避けたつもりが、嫡男の剣を避けている。彼が何度もミミに向かって剣を振るけど、どこに剣が来るか分かるから当たる筈が無い。そして、息を切らせ、苛立たしげに剣を床に投げつけて彼の剣の修行は終わった。


そして、その日の出来事がお舘様の耳に入る事になった。


それからは、縛られて殴る蹴るの暴行を受けるのは日常茶飯事。縛られる前は目隠しされて攻撃されたのだけど目隠しされても赤い光は見えるので、全部避けたら次からは縛られるようになったの。でも、何度もそうやって暴行を受けていると、どうやれば痛くないようにできるかが分かるようになって、だんだんと殴るほうが疲れきってしまうという事になっていった。殴られた所は痛かったけれど、その時はそれが当たり前なんだと思ってた。


どれだけ痛めつけても、一向に応えないミミを見て誰かが魔女だと言った。本当に魔女だったら飛んで逃げていけるのになぁとぼんやり考えてたけど、気付けば魔力検査をさせられていて、どうやらミミには魔術師の素質がわずかだけどあるという事が分かった。


騎士の家に初めて生まれた魔術師の才のある子供。


普通であれば喜ばしいその出来事も、ミミの場合は苛めの為の格好の的が増えただけだった。魔法を習ってもいないから、魔法なんて使える訳がないのに、魔法を使えと囃し立てる。魔法が使えないと分かると、出来損ないと言い、妾の子だから出来損ないなんだと謂れの無い事を言われた。そんな事を毎日言われると、魔法の才能がある事が悔しくなった。


悔しさも悲しさも次第に感じなくなってきた頃、何故か綺麗に身支度をされ食事を与えられるようになった。食事に毒でも入っているのかな、と疑ったりしたけどそんな様子も無い。そして何故か笑顔の練習をさせられた。今まで、笑った事なんか無いから非常につらい練習だった。何も楽しくないのに笑顔。毎日毎日笑顔の練習。


いっそ殺してくれたらいいのに。


もう何がなんだか分からなくなったある日。ミミは売られた。

その日からミミは奴隷になった。





奴隷になったその日。既に売られる先は決まっていたらしく、馬車に押し込まれて手錠を掛けられた。そんな事をしなくても逃げたりしないのに。でも、先に馬車に乗っていた女の子達は、手錠をもの悲しげに見つめ、ひょっとしたら外れないかとしきりに動かしたりしていた。


ミミを見ても、何もしてこない人を久しぶりに見た・・・


屋敷では誰も彼もミミの顔を見れば、悪態をつく、殴る、突き飛ばす、寒空に放り出す。そういった悪意ある事をされずに済んだ試しが無かった。


「ミミをいじめないの・・・?」


思わず確認してしまった。そんな事をすれば殴られるかもしれないのに・・・


「ミミちゃんって言うの? こんなに可愛いから攫われちゃったのね・・・ あたしはエレン。テト村のエレンって言うの。こんな所で言うのも変だけど宜しくね」


帰ってきたのは笑顔だった・・・


「えっと、わたしはミシェル・・・です・・・ ここ、どこですか・・・?」


泣きそうな顔だった・・・


「ミミは、ミミだよ・・・ えっと・・・えっと・・・」


悪意を向けてこない人に何を言えば良いか分からない。黙っていて良いのかも分からない。だけど、こんなに嬉しい事は今までに無い。ミミに話しかけてくれるんだ。ミミを笑ったりしないんだ。ミミと一緒に居てくれるんだ!


「ミミちゃん、大丈夫? 怖かったのね、よしよし」

「大丈夫だよ、ミミちゃん・・・」


気がつけば、頬が濡れていた。なんだろう? 視界がくにゃりと歪み、液体が流れ出し暖かい物が頬を伝う。二人ともミミに悪いことは何もしない。むしろ暖かい気持ちにさせてくれる。世界にはこんな人達がまだ居てくれたんだ。


「ありがとう・・・」


自然と紡がれる言葉。そう、ありがたいってこういう事なんだ。そうだ、こんな事もあったんだ。今まで、ありがとうと言う事も言われる事も無かった。


「どういたしまして! こんなに幼いのにひどいよね、怖いよね」

「・・・」


二人とも、ミミを落ち着かせようと傍に来て手を握ってくれたり抱きついてきたりしてくれる。


そんな事をされていると自然とまぶたが落ち、いつの間にか安心して眠ってしまった。




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