はばたく悪意
「久しぶりに生身になれたけど、生身っていうのは悪くない、悪くないね」
容姿は特に良いものではないが、悪いというわけではない。なので自分好みに変えておくとしよう。もとより重要なのはこの能力だ。オーブに入っていたこの能力は素晴らしい。これだけの力があれば印に力を求めようとはしないのもうなづける。
まだ、少し身体が馴染んでいない気もするが、先程はこいつの母親もうまく騙せおおせたし、多少の違和感も時間が経てば払拭されるはずだ。
「アーン。やっぱり出てきてたんだね。一体どうやって…?」
「あぁヒロコだね。どうだい? 君の好みだろこの姿」
背後から掛けられた声に悠然と振り返る。オーブに入っていた詳細な情報のおかげで生身の身体を得る事ができた。そのおかげでヒロコへの干渉はできなくなったが、そもそも身体を得て自由に自分の力を揮えるならヒロコに干渉するまでもない。
「生憎、ボクのマスターはそんな格好悪くない。それにボクが出てるのに君が出てくるのはルール違反だ」
「裏は常に裏であって、交代しなければずっと裏のまま。僕が表に出れたのは最初の頃だけで、あとは君が出てたんだからちょっとぐらい大目に見てくれて良いじゃないか」
そういってにやりとヒロコへ笑いかける。肉体を得てこそ感じられるこの五感は本当に素晴らしいね。本当に、本当にずるいよなヒロコは。
「そもそもこんな世界になったのは君のせいだ。ボクが必死に伝えているのに、君にはなんで伝わらないんだ!」
「あー…さっぱり理解できないね。善意? 喜び? 愛情? そんなものはただの自己満足にすぎないじゃないか。妬みや悪意の方がよっぽど人の本当の姿を現してるよ」
ヒロコは表で僕は裏。ヒロコは光で、僕は闇。常に暗い部分は僕の担当だ。世界に暗い部分が多ければ多いほど、僕は表に出てこれず深く閉じ込められたままだ。だけど、それもようやく解き放たれた。これもそれもあの親子のおかげだ。
「それを知っていてどうして、善良たらんと頑張る人間の凄さが分からないの? ボクはずっと君に訴えてきたはずなのに」
「どれもこれも言い訳にしか見えなかったよ。それに闇の僕がそんなの理解できる訳ないじゃないか?」
「君が闇?! それは違う、違うよ! ボクたちは二つで一つだ! 光も闇も半分ずつある!」
「あぁもう五月蝿いねぇ。そんなのはどうでも良いよ。今、僕が望むのは世界の混乱だ」
「一体、何を…」
人の悪意はずっと、ずっと見て感じてきた。誰であれ自分の欲望に忠実な部分を持っている。聖女とあがめられようが、英雄と称えられようが、町で商売をしていようが、盗賊をしていようが、誰もが善意のかたまりというわけではない。心の中に黒く澱んだものを必ず感じられる。
だから、僕が心のおもむくままに解き放てるような世界にしてあげよう。
誰もが好き勝手に生き、望むように殺せる世界。抑え込んでいる気持ちを素直に出して自由に生きていけるそんな世界。僕には良く分かる。抑え込まれる気持ちというものが。ずっとヒロコの奥底に抑え込まれ自由に動けず、ろくに干渉もできない辛さが。僕は今解き放たれた。だから、この喜びを世界にも分け与えて上げようじゃないか。
「アーン、そこまで思い詰めていたなんて…」
「いやいやヒロコ。今僕はとても晴れ晴れとした気分だ。こうして力も得た事だしね!」
そういって証拠を親切に見せて上げると、ヒロコは驚きのあまり固まっていた。
「なんで君が、それを持ってるの!? まさか、光司を殺したの!」
「まっさかぁ…そんな事をすれば、次の人間に飛んでいくだけじゃないか。僕はその光司くんのおかげで力を得る事ができたんだ」
でも、僕に付いてるならこの中には一体何が詰まってるんだろうね? そこんところは不思議だけど、力が使える事は間違いないし今から中身を詰めれば良いから問題は、無い!
「さぁ、ヒロコ。そろそろ君も休もうじゃないか。少なくとも僕が休んでた倍の時間はゆっくりしてて良いからさ」
「アーン…」
僕とヒロコは同格だ。二つで一つの存在だけど、今僕には力がある。問題なく取り込めるだろうね。迂闊に近寄ってきたヒロコが悪いんだよ? さぁ交代しようか。
大きく腕を振りかぶり、虚空へパンチを繰り出すデカイ奴。そして、簡単に破壊されていく魔法障壁。あの腕は攻撃にも防御にも役に立つ代物のようだ。そして、機体各部に配置されているインテーク。あれが魔力を吸い込む装置で、少々の魔法やマジックアローはあれに吸い込まれて無効化されてしまう。
僕もライドランサーで何度も突撃を試みるけど、ロケット指でその度に迎撃されてしまう。魔道フレーム隊はデカイ奴の足元を崩して落としたり、岩石を飛ばしたりしたんだけどあまり効果は無かった。逆に足元を崩したせいで、近接攻撃をしかける親衛隊が動きにくくなってしまった。
「くそぉ…どうしたらあれを崩せる? 近接攻撃が一番か?」
「間合いに入るのに手こずるじゃろうが、それが一番じゃろうな」
直線的な動きはかなりのものがあるライドランサーだけど、やっぱりいくら速くても直線的な動きは対処されやすいって事か。僕はライドランサーから飛び降りて、今一度デカイ奴に取り付く為に接近を試みた。
慎重に、相手を良くみて少しずつ近づく。ロケット指が飛んできても、パンチがきても蹴りが来ても慌てず、攻撃せず近づく事だけを考える。狙うのは各部のインテーク。遠距離からの魔法やマジックアローで攻撃できるようになるだけで、大分攻略しやすくなるはずだ。
パギィイィイン!
インテークを狙いエナジーフィストで殴りかかるも、拳は直前で阻まれる。常時展開型の障壁を張っているようだ。だけど、それが分かればエナジーフィストの出力を上げればぬけるはずだ!
時折、デカイ奴の装甲が僕を弾こうとせりあがって来るが、一度エディさんが食らっているので既に用心しているから食らわない。集中、集中! 出力を上げたエナジーフィストはやすやすと障壁を突き抜けインテークをひん曲げる事ができた。
「よし、行ける! 次っ!」
「次は腹が近いぞ!」
ようし、じゃあ次は腹のインテークを狙うか。と思った瞬間、デカイ奴の体当たりで吹き飛ばされてしまった。くっそぉ、でかいだけあってぶつかってくるだけで結構痛い。接近してると回避が難しいしね。
僕の機体は飛行ユニットじゃないので、空でもかなり自由に動けるからこんな風に接近できるんだけど、他の機体ではかなり難しい。四足のエディさんの機体が易々と取り付いた方がおかしいぐらいだ。あと、簡単に接近できるとすれば…
「「777」だ! 「777」のおでましだ!」
「やっと王子が来てくれたか!」
そう、父ちゃんの駆るルーツ「777」 足場を作って自由に自在に空を駆け抜けるフレーム。しかも近接攻撃が得意となれば、こいつを沈めるのに十分な力を持っているはずだ。軽々と空を駆けてくる「777」は、ゆっくりとデカイ奴に近づいたかと思うと一気に間合いを詰めて、デカイ奴を蹴り飛ばした。
デカイ奴が一歩踏み込もうとした瞬間をうまく狙ったのだろう。ものの見事に胸部に蹴りを食らったデカイ奴はぐらりとよろけている。そして、よろけた隙を見逃さず頭部をすかさず蹴り下ろす。
ズズウゥウゥウゥゥン…
「777」の攻撃によって、初めて地面に倒れるデカイ奴。被害を考えなければホワイトファングでもあのデカイ奴を叩きのめせた筈なので、ちょっと悔しい。だけど、これでデカイ奴の攻略する目処がついたのも確かであった。
僕がほっとしたのも束の間。エディさんが僕のそばにやって来て、強引に地面へと着陸させられてしまう。なんだか乱暴だなぁ。でも、「777」が来てくれたお陰でグレイトエースのフレーム部隊は見る間に勢いを取り戻して、デカイ奴を抑え込んでいるので僕としてはのんびりしてても良さそうである。
起き上がろうとするデカイ奴を覆うように魔法障壁を張り、簡単に起き上がれないようにしているようだ。デカイ奴は腕を振り回して障壁を破ろうとしているようだけど、「777」がうまく攻撃して思い通りに動く事ができないでいる。そうこうしている内に、右腕にワイヤーが掛けられ十機の親衛隊が必死に抑え込んでいる。反対の左腕は「777」が、持ち上げる隙もなく攻撃していて、既にぼろぼろになっていた。時折、思い出したかのようにデカイ奴は咆哮を上げるも、しだいに抵抗も弱々しいものへと変わっていく。
そして、抵抗が落ち着いてきたデカイ奴へ止めとばかりに「777」は勢い良く突撃をして胸部を貫いた。その一撃はデカイ奴の動きを全て止めた。
なんというか父ちゃんが操ると「777」も、どえらく強いんだなぁ。普段はおちゃらけた感じの父ちゃんだけど、ちょーっと見直した。デカイ奴を倒した父ちゃんは、すぐにこちらへと向かってきた。僕を拘束している兵隊さん達に、大丈夫って言ってくれるんだろう。正直、助かる。なんでこうなったか分からないけど、なんて説明すれば良いか分からなかったんだよね。エディさんも僕を知らない振りをしてるしね。
そして、ホワイトファングの正面に静かに降り立つ「777」 コックピットハッチがゆっくりと開き、パイロットがその姿を現す。
「え? どういう事…?」
「分身か?」
「777」から出てきたパイロット。それは僕の姿をしていた。