世界の風
グレイトエースは商人の国の首都という事で、商売っ気たっぷりな所があるかと思ったんですけど、意外と整然とした町並みで中々に攻め落とすのに苦労しそうな感じが見受けられました。そんな訳でじっくりと堪能して色々調べないといけないと思ったのですが。
昨日の今日でまたまた移動しないと行けない可哀想な私。
なんてね。行く先がロバス! しかも飛行フレームを開発した人の傍に行けるって事だからむしろ幸せっ! 通り過ぎておいてまた戻るのも、こういう事なら大歓迎! 本当は強引に王様にお願いしたんですけどね。私のために色々と準備して下さってたようで申し訳ないとは思うんだけども、やっぱりこの胸の衝動は抑え切れないものです。
「ロダン! 全速前進ですっ! 少しぐらい家が壊れても問題ありません!」
「姫様。他の方もいらっしゃるのですから、少々抑えてください」
あぁ、そうでしたわね。流石に王様もただロバスに行かせるのは忍びないと思って下さったようで、侍従を数名と護衛として飛行フレームが三機も警戒してくれていますの。間近で見上げるとやっぱり心躍ります。何故あの形と炎で飛ぶのかさっぱり分かりませんけど。
「むしろ、私が飛行フレームを操縦すれば早いんじゃないかしら?」
「姫様、抑えて抑えて!」
少々興奮気味の私をロダンが必死になだめてきます。うん、無理ですわ。さぁ、ハーレムを作ってらっしゃる王子様、覚悟なさい。私が行くからには第一夫人は誰にも譲りませんし、他に妾も要りませんから、清い生活に戻して差し上げます。そして、二人で色々なフレームを作って大陸に名を馳せましょう!
「ねぇ、操縦するのが駄目なら乗せていって貰いましょう!」
「いい加減落ち着いてください姫様」
あら、ロダンを怒らせてしまったようです。目が笑ってません。操縦するのが駄目なら飛行フレームに家を抱えてもらって移動するのは駄目でしょうか。だって、ここからまた二週間ほどかけてロバスに行くのは、時間が掛かり過ぎだと思います。また機を見て提案する事にしましょう。ふふふ、待ってなさい飛行フレーム!
「慌しい姫さんだったなぁ。ハイローディスの人間にしては、珍しく裏表のない人間だし」
「あまりの裏表のなさに返ってとまどいましたけどね。フレームが目当てですと正直に言われた時は、一瞬意味が分かりませんでしたからね」
グレイトエース来た時よりも早いスピードで遠ざかるハイローディスの姫を乗せた家を見送りつつ勇司と側近の者は愚痴をこぼす。
「飛行フレームに興味があるのは分かるがこうも露骨に見えるのはどうも、落ち着かないね。裏で一体何をしているのやら…」
隣国がハイローディスしかないバルトスとは違い、ハイローディスはバルトスは勿論、エルディバ、ドーノス、クラエトライなどの列強と国境が接している。そのような大国に囲まれながらも、一歩も退くことなく均衡を保っている。国の大半が山岳地方である為、大軍を擁する事ができないとはいえ、軍事行動がまるで無かった訳ではない。そして、そのことごとくを退けてきたハイローディスの手腕は褒めるべきであろう。
「それにあの姫様に付いていた執事に見覚えありませんか?」
「つらは見覚えは無いが、あの動きは見た覚えがあるな。鉄壁とか言われてる奴じゃなかったか?」
「その通りです、ちゃんと覚えてくれてるようで嬉しいです。王はいつも宴の席では食べてばかりですからね」
側近の言葉にうっと、喉を詰まらせる勇司。思い当たる節がありすぎるようだ。
「姫様の周りにはそれなりの人間がついてるって訳だな。うーん、光ちゃんに護衛つけといたほうが良いかなぁ」
「それでしたら、件の勇者をつければ宜しいかと。ロバスに滞在しているはずですから」
「勇者か、あいつなら確かに護衛として申し分ないけど、やって貰えるかなぁ」
光司の事が絡むとただの父親になるのか、自分の立場を忘れてそう呟く勇司。それを聞いておもわず苦笑をもらす側近。
「ユージ王。勇者は確かに魔王を倒せる唯一の方ではありますが、あなたはこの国の王様なんですから、勇者も否とは申さないでしょう。先の動乱の件もありますし」
「あーそれはそうだけど、勇者だぞ勇者。一応お願いはするけど、駄目だった場合に依頼できそうな人間を調べておいてくれるか?」
「はい、かしこまりました」
内心で勇者で行けると思いつつも、次善策の手配も怠る事はできない。何かあった時に動かせる人間が必要になってくるからだ。何事も無くすすめば問題はないがハイローディスがらみであれば、用心するに越したことは無いだろう。
「で、あの姫様にあれを貸さなかったのは、何故です?」
「何故も何も、あれを見られたら絶対欲しがるだろ? 飛行フレームならともかくあれはちょっと規格外だからねぇ。本当うちの光ちゃんは凄いよね。普通、首都からロバスまで二週間弱なのに、三十分で行き来できる乗り物作るんだもんなぁ」
「転移陣が使えない分、重宝しますよね。でも気をつけてくださいよ、ロバスは竜王の縄張りが近いんですから」
「いや、竜王でも追いつけない速度だから大丈夫らしいぞ。こないだ光司が竜王にスピード勝負に勝ったって言ってたし」
「そ、そうですか…分かってるつもりでしたが、王子は本当に無茶苦茶ですなぁ」
勇司から伝え聞く光司の武勇伝に、脱力する側近。色々と勇司から聞かされていても、なかなか慣れないようだった。
皆で揃って朝ご飯を食べてる時に、ふと思い出したようにセリナがこんな事を言った。
「コージの小さい頃って、とっても可愛いかったんですね」
「女の子みたいだったよね~」
「そういえば母さん、昨日アルバム持ってたけど、あれどっから出したの?」
そういえば、なぜか母さんは大量のアルバムを出してきて皆に見せてたんだよね。こっちの世界に来る時ってほぼ着の身着のままだったから、荷物なんて無い筈なんだけど。
「え? 向こうの世界から持ってきたのよ?」
「は? どうやって?」
「それはこの式神さんたちの出番なのです」
そういって、何かごちゃごちゃと書かれた人型の紙を取り出す。えー…式神といえるのかな、これ。
「召喚魔法で生きてる人間は向こうの世界には行けないらしいんだけど、こうやって命が無い物だと送り出せるんだって。だから、持ってきて貰ったのよ」
「なんで来る時は生きてても大丈夫なのに、戻れないんだろう?」
「なんか体が作り変えられるせいとか、なんとか言ってたわよ。でねでね、式神チャンを使って向こうに置いてきちゃった物を色々持ってきて貰ってる訳なのよ」
んー、一応理屈はあるみたいだけど母さんの説明じゃまったく分かんない。だけど、向こうに置いてきた物を持ってこれるのかぁ…ゲーム…は作ったから別にいいし、小説や漫画ぐらいかなぁ持ってきたいものって。
「デジカメとパソコンとかも持ってきてるから、じゃんじゃん撮れるわよ」
「こっちの世界じゃまだ絵が主流でモノクロ写真なんて出始めなのに、そんなの持ってたら目立たない?」
「いいじゃないのよぉ、自慢しなさいよ自慢。ね、ね?」
「あんまり目立ちたくないから、セリナ達だけと撮る事にしとく」
「え、なんですか? なにを取るんです???」
とことことセリナが傍に来る。ミミはまだご飯を食べてる最中で視線だけこちらに向けている。ミミは行儀が良い子だねっ!
「はい、セリナちゃん光司と並んで並んで、そうそう。光ちゃんはもっと抱き寄せる! はい、いくよー、セリナちゃんはにっこりしててー」
「え、え? えっと?」
戸惑いながらも微笑むセリナ。そして、何回もシャッターを切る母さん。連続でシャッターを切るのは母さんの悪い癖だ。デジカメだと後から消せるので、連写機能があるデジカメでもわざわざ自分の指で連写する人なんだ。だから、よくぶれてる写真ができる。
「プリンターにセットして、ぴーっと選んで印刷印刷っとぉ」
「どっから電気を取ってるわけ? ていうか、いつの間にか配線工事してたりする!?」
「内緒内緒。魔法の練習がてら色々してるのよ、母さんも」
などと話してる間に写真ができあがる。
「わ! わぁ~…」
出来上がったものを見て喜ぶセリナ。ぶれてなくて良かった。ミミはといえば会話に加わりたくて、一生懸命ご飯を咀嚼している。急ぎすぎてちょっと涙目なところが可愛い。なので、デジカメで撮っておく。うん、これってやっぱり楽しいね。
「光ちゃんは向こうの世界には戻りたくないの?」
「ん?」
「だって、式神であれば向こうに戻れるんだから、色々調べれば戻れる可能性が無いとは言えないのよ?」
それはそうだ。こっちにくる時に体が作り変えられるなら、もとに体を戻してから元の世界に帰れば大丈夫かもしれないし、世界を渡るときに負荷がかかるというなら、保護膜を張ればいい。調べていけば何か解決の糸口が見つかる可能性は高いよね。だけど
「とりあえず、やる事やりたい事色々あるからね。戻りたくなってから調べても遅くはないだろうし、別に今のところは戻りたいとは思わないんだよね」
それにこっちの世界だと可愛い女の子達に囲まれてるし、ロボットには乗れるし魔法も使えるしね! 一番良いのは簡単に向こうとこっちを行き来できる事だけど、できるかどうか分からないし、今はこっちの生活に満足しちゃってるから戻りたいと思わないんだよね。
「ふぅん。そんなにミミちゃん達と離れたくないって事ね。うんうん、光ちゃんがそれでいいなら何も問題はないよ」
「母さんこそ、戻りたいと思わないの? 仕事も頑張ってたし」
「何言ってるのよ、勇司さんが居ない世界になんの未練も無いわよ。勇司さんが帰るっていうなら話は別だけどね~」
「あーさいですか。ごちそうさま」
いつまで経っても仲良しな夫婦で宜しいことです。見た目も若返ってる分、なんというかバカ夫婦ぶりがパワーアップしてる気がしないでもないけど。ふとセリナを見ると少し心配そうな安心してるようなそんな色々な感情がごちゃまぜになってる顔をしている。
「大丈夫だよセリナ。もし向こうに行くならちゃんと連れて行くから。黙って行く事はないから安心して欲しいな」
「はい」
「勿論、ミミもだよね? コージ」
「うん、行く時はみんな一緒だよ。まぁ、行くならの話しだけどね」
まだ行けるとは限らないのに、気の早い話だ。でも、いつか。いつか向こうの世界に戻れるならば、皆を連れて行くのは間違いない。何だかんだ言って大事な人達だもんね。