待ちきれないストーカー?
朝早く師匠との鍛錬から帰ってくると、家の前に車が横付けされていた。なんだか、嫌な雰囲気を感じたので、塀を飛び越え家の中に入る。例えて言うなら、暴走しているセリナの襲い掛かる一歩手前のような雰囲気なんだよね。
「おーい、フレーマー起きてる?」
心当たりはここだ。ロバス内でバス以外の車両というのは非常に高価である。かなりの富裕層でしか持ち得ない物であり、完全に嗜好品でしかない。なにせロバス内でしか利用できない物だからね。小型八型を三基も持ってるお嬢様なら持っててもおかしくない。
「んー? 起きてるというか寝てない?」
フレーマーはカードをいじくりつつ、僕のほうをゆっくりと振り向いて答えてくれた。また、何か思いついて徹夜で作り上げたっぽいね。
「本当に好き放題してるなぁ…今日って、サラって子の家に行く日なんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。ちょっと寝てから北ブロックに行こうかな」
「たぶん、それ無理。家の前に車止まってるんだけど、たぶんサラって子じゃない?」
僕の言葉に驚いた表情をしているフレーマー。まだ朝の七時前なのにすでに家の前でスタンバッてるとか、びっくりだよね。家の場所を教えた覚えは無いし。
「えぇっと…セリナ達に見つかる前に行ったほうが良い? 良いよね、うん分かりました」
僕のお願いを聞いてもらえて良かった。ちょっとこぶしを振り上げて歯を食いしばってお願いしたけど、そんなのは良くある事だよね。フレーマーはそこら辺に転がっている設計図とかを片っ端から指輪に片付けながら、慌てて出て行った。
じゃあ、セリナ達を起こしに行くとしましょうか。朝ごはんは昨日の残りで良いから今日は作らなくて楽だ。離れから出て、庭を横切ってゆっくりと本館へと足を向ける。塀の向こうで慌しい動きが感じられるので、フレーマーが拉致されていったんだろう。
昨夜は家に来た人達とお話する事ができたので、非常に有意義な一夜となった。母さんの事も最初は半信半疑だったんだけど、父ちゃんと並んで写ってる写真や、僕の小さい頃の写真を持ち出してきたので、納得してくれたようだ。というか、写真を一体いつ持ち出してきたんだろうか? 向こうの世界に置いてきてるはずなんだけども。
「ほらー皆朝だよー、おきて起きて。たまには、僕をやさしく起こしてくれる女の子になって欲しいよ…」
僕の部屋へ入るとまだ皆はぐっすりと眠っていた。今日はミミとヒロコが真ん中でセリナと白夜は端っこだ。四人も居れば一人ぐらいは早起きしそうなものだけど、誰一人として起きてこない。というかヒロコ。君は精霊だから眠らなくて良いはずなのに、なんでごろごろしっぱなしなのかなぁ?
「ほら、寝ぼけ眼でうにゅうにゅ言ってる姿って可愛いと思わない?」
ヒロコはやっぱり寝たふりだったようで、僕の呼びかけでむくりと起き上がってきた。
「それは本当に寝ぼけてる子だったらの話だ。演技じゃちっとも萌えない」
「ちぇ、マスターはだんだん贅沢になってくるね。いけず」
僕が朝練にいく時に一緒に起きてご飯の用意をしてくれても良いんじゃぞ?
「ん。朝の事は黙ってて上げるから黙りなさい」
「イエスマム」
どうやら、家の前にサラって子が来てた事はヒロコには筒抜けだったようだ。戦わないけど流石は精霊ってところか。でも、ヒロコって何の精霊なんだろうか。
「ん? 僕は世界だよ。それ以上でもそれ以下でもない存在なのだ」
「火とか水とかそういう属性は無いって事?」
「というか、それらも内包する形だね。まぁ、そんなのはどうでも良いからおいしい朝ごはんにしよう!」
「あ、おはようございますコージ。今日も大好きです」
「あ、おはようセリナ」
起き抜けに僕を見つけたセリナがそう言いながら抱きついてくる。まだちょっと寝ぼけてるようだった。頭がなんかカクンカクンしてるし。その後はヒロコにも手伝って貰って皆を起こしていった。
そいでは、今日も頑張って勉強するとしますか。
早朝、まだ肌寒い中急いで玄関から飛び出して外を見回すと、一台の車が静かに僕の前に横付けされ、一人の少女が僕の前に舞い降りた。
「おはようございます、アースさん! 待ちきれなくて来ちゃいました!」
「あー本当に居たんだ、おはようございますサラさん。どうしてここが分かったの?」
正直、ストーカーと疑っても問題無いほどの手際のよさである。尾行された覚えはまったく無かったんだけども、どうやって調べたんだろうか。
「お父様に頼みましたの。そうしましたら、どうもご存知だったようでしてすぐに分かりましたわ。先日は、おいしいお菓子を頂きましてありがとうございます」
「ん? お父様ってえーっとサラさんのお父さんって誰?」
「詳しい事は車でお話しませんか? 少しここは寒いです」
「あーうん、分かった。じゃあ、そうしようか」
僕の返事を聞くとサラさんは、嬉しそうに僕の背後に回って車の中へと押し込んでくる。結構小さい体なのに、意外と力強い。押されながらも、座席に付いた僕のひざの上に何故か座り込もうとするサラさん。なので、慌てて座席の奥へと移動する。
「むぅ。じゃあお家まで帰りましょう」
その言葉を合図に車が静かに移動する。ゆるやかで乗っている人間にまったく負担をかけないその運転に正直驚いてしまう。車がそこまで普及していない世界なのにここまで上手く乗りこなせるという事はそれだけ長時間運転してるって事だもんね。
「で、コージさん。あ、コージさんとお呼びしても宜しいです?」
「僕の名前までしっかり調べてるという訳ね」
ストーカー怖ぇえええ!?
「あぁあぁぁ!? そんなに警戒しないで下さいよぉ。別に何も変な事してコージさんの名前を知った訳じゃないんですから」
「そういえば、さっきお父様がどうとか言ってたよね?」
「はい、私の父はオーロ。ペリカンの支配人と言えば理解して頂けるでしょうか?」
「あぁ! こないだ来てたフレームの鑑定の人かぁ。あぁ、なるほどそれで小型八型を三基も持ってるわけなのね。道理で…」
そりゃぁ金持ちだわ。なんつーか、別次元の金持ちなんだろうねきっと。
「本当はあんまり言いたく無かったんですけど、コージさんなら大丈夫ですよね?」
「え? 今、むしろ危険を感じて大丈夫な気がまったくしないんだけどもっ?!」
金持ちって何するか全く分かんないんだよね。いざとなったら強引にでも逃げ切ってやる。
「ふふふっ。取って食べたりしませんよ。やっぱりコージさんは大丈夫でしたっ」
「えーっと…?」
僕が危機感を募らせているというのに、このお嬢様はそれを見て嬉しそうに笑ってる。結構この人サドっ気があるのだろうか。これは早まったか…
「今日はたっぷりフレームについてお話しましょうね。家には工房もありますしフレームも第四世代の多脚型まで仕入れてありますから、色々試せますよぉ~」
「第四世代もあるんだ。あれって、人型しかまだ無い筈じゃなかったの?」
新機軸は大体いつも人型から発生して、ある程度広まってから他のタイプに派生していくはずだ。第四世代が発表されてまだ間もない筈だから、多脚型が出るのはまだ早いはずなんだけど。
「それが変形するタイプだという話だったので、居ても立ってもいられずつい…」
「どんな変形するの?」
そう尋ねると少し言い辛そうにこちらを見つめてくるサラさん。鳥型じゃないの?
「それがそのぉ…大砲…です」
「大砲? と言う事は別に空を飛んだり、鳥型になったりとかはしないって事?」
「残念ながら。変形という言葉に惑わされて、先走っては駄目ですね。はい」
そういって、がっくりうな垂れているサラさん。どうやら、現物を見ずに買ってしまって後悔してる代物のようだ。ていうか、フレームを現物も見ないで買うとかどんだけお金があるのよ。
「まぁ、あれはあれで武装のアイデアとして凄く良かったんで、良いんです。えぇ、お父様に流石に叱られましたけど、あれも私の糧になっているのです」
「えっと、それで第四世代の特徴って何かなぁ? いまいち知らないんだよね」
「エネルギー伝達率の速度が格段に上がりましたね。ある意味、ルーツに迫るほどじゃないでしょうか。今までのより小型化されたアンプリファーを各部に設置する事で、機動性能を確保できてます」
「単純に質の良いエティムズを使ってるって訳じゃないの?」
エンジンからのエネルギー供給はすべてエティムズを使ってるはずだし。
「いえキロ単価十ゴールドの物でしたよ。なので、質の良い物を使えば更に効率が上がるんじゃないでしょうか? 他には射撃武器用の照準器というものが追加されてました」
「それはちょっと便利かもね」
ようやくFCSが出回って来るのか。といっても、レーダーも無い世界だから多少狙いがつけやすい何かが付いてるだけかも知れないけどね。
「コージさんの設計図を見せて貰えるのが楽しみです。変形するフレームって凄くあこがれます」
「あ、そうそう。一応、こういう形になる予定なんだ」
そういって、”ドゥエーリン“で作り出した模型を取り出して見せる。一応この模型もちゃんと変形できるから、いじってても楽しいのだ。
「え、あっ! わあぁっ!? 見せて下さいっ!」
「はい、どうぞ」
意外と重いんだけど、軽々と受け取ったサラさんは目を輝かせながら模型をいじりだしている。人型から飛行形態への移行は単純な手順なので、サラさんもこねこねいじっている間に飛行形態へと変形させて喜んでいた。
「凄いです。このような形のものが空を飛べるとは思えません。いえ、投げて飛ばすというのであればどこまでも飛んで行きそうな形ではあるのですが」
「まぁ、あんまり普通じゃない手段で飛ぶからね。でも、間違いなく空を飛べるよ」
「この鋭角なフォルムがまた堪りませんね。ちょっと人型の時に線が細い気がしないでもないですが、飛べる事を考えたらそんなのは気になりませんよね」
「攻撃で装甲が変形しても多少なら影響ないようにしてるからね。そんな事は無いとは思うんだけども」
「なるほどぉ。色々と考えてあるのですねぇ。勉強になります~」
そういってまた模型をいじる作業に戻るサラさん。本当にフレームが好きな人なんだね。ちょっと安心しました。