母さんはしっかり母さんなのです
双剣乱舞。
青髪の魔族を光司は徐々に追い詰めていく。光司の止まらぬ剣閃を青髪の魔物は、少しずつ回避できなくなっている。光司の一撃を食らう度に魔族の体を痺れが蓄積していく。さらにはサカキの技が光司のカバーをするかのように、ありえない角度から魔族を切りつけていく。
「面倒くさいなぁっと」
「!?」
急激な魔力の収束と解放を感じ取り、とっさに距離をとる光司。その判断は正しかったようで、魔族を中心に破壊的な純粋な魔力が全方位に一気に放出され、光司とサカキは吹き飛ばされる。
「なぁ、これだけ弱らせたらもう良いんじゃない? お兄さんは遺跡で大人しく暮らして行きたいだけなんだ。見逃してくれないかなぁ?」
確かに光司やサカキに切られている筈なのに、一滴の血すら流れ出ていない魔族。その表情は困った顔しか浮かんでおらず、痛みに耐えているようなそぶりは毛ほども無い。
「ふざけた事を…俺達がそう言われて見逃すと思うか?」
「そうだねぇ、普通に考えれば無いね。だけど、残念。もう逃げてる最中なのさ」
「なにっ?!」
言われて身構えるも既に魔族の体は存在が薄まりつつある。
「じゃ、君達に二度と会わないように人間と関わらないようにするよ。じゃね」
「まてっ!」
しかし呼びかける声も空しく、空気に溶けるように魔族の姿は消えて行った。あとにはサカキと光司の二人だけが遺跡に残っているだけであった。
「簡単に逃げられてしまったな。まさか魔族が隠れてるとは思わなかったな」
「どうやって逃げたんでしょうか? 転移魔法は使えないのに…」
遺跡内部では転移魔法が封じられる大規模術式が組まれている為、誰であろうと使う事ができない。だが、魔族は目の前から消えてしまった。
「先ほどの魔力の放出が怪しいな。しかし、これはどう報告したものか」
「どうもこうも大丈夫じゃないです? さっき人間とは関わらないって言ってましたし」
そう言った光司に向けて鋭い視線を向けるサカキ。
「あいつは魔族の中でも策を弄することに長けた青髪の氏族だ。言う事はすべて疑ってかかったほうが良い。簡単に敵を信用するな、コージ」
「僕には本当の事を言ってるように見えたんだけどなぁ。面倒くさいって言う時心底面倒くさそうな顔してましたし」
「それも何かの企みに違いない。これは警備体制を考え直さないといかんな」
サカキの言葉に首をひねり納得のいかない様子の光司だが、この場合まともな事を言ってるのはサカキの方だと分かっているのか、それ以上は特に何も言わなかった。
「とりあえず、あいつを見かけたらすぐに逃げるように通達しておく方が良いですよね?」
「それは難しいな。奴は仮にも魔族だからな、公表すれば混乱を招くに違いない」
「うーん…とりあえず公表するのは、門番の人とか巡回警備してるような人だけにしときます?」
「そこら辺が妥当だろうな。じゃあ早速帰るとするか」
「はい、分かりました」
しっかし、魔族ってはじめて見たけどちょっと角が生えてるぐらいで後は人間と変わりがないんだねぇ。もっと羽が生えてたり尻尾が生えてたり目が三つあったりするんだと思ってた。だけど、良く分からない技を使っていた辺りが魔族の魔族たる所以なのかもしれない。魔族に逃げられたのは残念だったけど、五十階層から狩りをしていったおかげで少しは懐が暖かくなったから良しとしましょうか。
「アースただいま戻りました~…?」
ちょっと上機嫌で教室に戻ると、何やらおかしな空気が場を支配していた。なんか、みんな僕の方を見てるんだけど、ミミ達がまた暴走していらん事を言ったのか…な?
「ん、席に着けアース。それと可愛いお嬢さんがお前を訪ねてきてたぞ。詳しい事はセリナ達に聞くと良い」
「…? はい、分かりました」
なんか微妙な空気を感じつつも、大人しく席につく。ミミがにこやかに笑いかけてくるけどどこかいたずらした時の顔にも見える。やっぱり、何かやっちゃったのね。今度は一体なにをばらしちゃったんだろうか…後が怖いけど今はとりあえず、大人しく授業を受けるとしましょうか。あー…おなか減った。
「コージ、結局何しに授業を抜けてたんや?」
授業が終わると同時にハルトが、何をしてきたか尋ねてくる。色々聞きたいのは僕もなんだけど、とりあえずサカキ先輩の付き添いで遺跡に潜っていたとだけ伝えた。細かい事はあとで聞けばいいかと納得してくれたようで、ハルトの追及はそれで終わる。さぁ、今度は僕がミミ達に聞く番…だ?
「コージ。あの黒い髪の可憐なお嬢さんとはどういう知り合いだ?」
「へ?」
ミミに僕が居ない間に何があったか聞こうと思った矢先に師匠が鼻息も荒く問い詰めてきた。え、黒髪のお嬢さんって誰の事? 僕も疑問だったのでついミミのほうを見ると、ちょいちょいと手招きをされた。
「お昼にねお母さん来てたの。でも、お母さんってばれないように振舞ってたから皆勘違いしてるの。その上お母さんって、けなげな少女を演じてたからコージがすっごく嫉妬されてるの。お母さん大人気だったよ」
「あんの小悪魔めぇ…」
「で、いつまでそうしてるつもりだコージ? ルリさんを悲しませた罪は重いぞ」
おー…師匠が見事に母さんに騙されてるぞぉ。確かに見かけは美少女だからまさか、僕のお母さんなんて思わないよねぇ。しかも、こういういたずらが大好きだとか思うわけないよね。ひじょーにやばい。
「師匠」
「なんだ、言い訳なら聞かんぞ」
「いえ、落ち着いて聞いてほしいんですけど、くだんのるりさんは僕のお母さんです」
僕の台詞を聞いた途端、怪訝な表情をする師匠。僕の言葉を脳が受け付けない様子だ。そして、僕の言葉を反芻してようやく意味を理解したらしく立ち直る師匠。
「ようしコージ、いーい度胸だ。あんな美少女を捕まえて母親だと? もう少しましな事を言うかと思ったが、最高に面白い冗談じゃないか、えぇ?」
「わーん、やっぱり信じて貰えないぃぃいぃい~!」
僕の師匠だから、ちょっとは耳を傾けてくれるかと思ってたんだけど鬼のような形相で、さらに僕に詰め寄ってくる師匠。だいぶ信頼関係を築けたはずなのに、それを破壊してくれるほどの何をしたんだ母さんはっ! 毎度のことだけど本当にあの母さんは余計な事をさせたらピカイチだよなぁ。たまに良い事もするけど。
「ミミさんやセリナさん。ヒロコさんに白夜殿と手広く関係を持っているくせに、その上黒髪の清楚なお嬢様なルリさんにまで手を出すとはなんたるうらやま…もとい、破廉恥な事をしているんだ、お前は!」
「師匠もやっぱり男なんですね、修行ばっかりしてるんでちょっと心配してたんですよ!」
「今はそんな事を話しとらん! で、どうなんだ! 一体彼女に何をしたんだ!」
「分かりました、証拠を見せましょう証拠を! 師匠、家に来てください。そうすれば僕の言ってる事が本当だって分かって貰えるはずです」
僕はびしっと師匠に向けて言い切った。うん、決まったね。
「え、そんな事ならあたしが行くわよアース君家!」
「いや、席が近い俺の方が行くべきだろう? な、そうだろ、アース!」
「いえいえここはやっぱり、ルリちゃんと同性である女性が行くべきですよね。良かったら私が行かせて貰っても良いですよ?」
家に来てくださいと言った途端に、なぜか他のクラスメートが僕に詰め寄ってきた。母さんは黙ってたり演技していれば相当な美少女だし、あの人って僕を追い詰めるためにそういった演技はすんごく上手だから、クラスメート達は簡単に手玉に取られてしまったな、これは。
「えぇっと、そんなにたくさん来られても部屋に入らないというか…」
「じゃあ、勝負しましょう! 三回勝負よ!」
「アース、何人なら入れるんだ!」
「えっと、五人ぐらいなら大丈夫かと」
「ようし! 勝負に勝ち残った五人がアースの家に行けるって事でいいな?」
「えぇ、受けて立ちますわ」
「お、おい! 俺は最初に招待されてたはず…」
「駄目よヴァイス、ここは公平に勝負よ!」
「くそっ、こんな事なら屋上に呼び出してから問い詰めれば良かったか」
なんというか、非常に騒がしい事この上ない。気づけばセリナがいつの間にか僕の横に寄り添って僕を見ていた。
「お義母さん大人気ですね、コージ」
「この半分、いや四分の一で良いから人気を分けて欲しいよ」
「駄目だよ。コージが人気者になったら泥棒猫が増えちゃう」
「そうですよ、その代わりと言ってはなんですが満足させますよ? 色々」
そう言って艶然と微笑むセリナ。そんなセリナを見て思わず生唾を飲み込んでしまう。ミミの方を見るとその通りと言わんばかりにしきりに頷いていた。
「主は幸せ者よの。これだけの美少女にかしづかれるんじゃからのぉ。勿論、わしも主を満足させるのにやぶさかではないぞ」
「うふふ、たまにはボクも本気だしてあげようかマスター?」
皆が騒いでいる間に、そういって詰め寄ってくる四人。皆の意識が勝負に向いているからこんだけいちゃいちゃしていても、誰にも責められない。うん、余は満足じゃ。そんな風にのんびり過ごしているとどうやら勝者が決まったようだ。
どうやら師匠もしっかり勝ち残っているようだ。エリーも居るのが驚きなんだけども。あとは、フィリア=メイノールさんにティーナ=エリツォーネさん、あとは師匠との立会いの時に審判をしてくれたホーン=エヴァンスくんだ。物静かそうな彼まで勝負に加わっているのに驚きだ。
「では、恨みっこなしって事で、このメンバーでるりさんは僕の母さんという事を確認して貰います。良いですね?」
勝負に勝ったメンバーとは対照的に負けたメンバーは非常にがっかりしているが、明日には詳細を教えるという事でなんとか納得させた。そして、総勢十人で家路へとつく。なんというか、師匠とエリー以外はあまり話しした事のないメンバーだったので、これをきっかきにちょっと話をする事ができた。
「ただいまー!」
「光ちゃんおかえり。ご飯できてるわよ」
「あ、お邪魔してます!」
「こ、こんばんは、お邪魔します」
家に帰ると母さんが珍しくエプロンをつけて出迎えてくれる。そして、母さんに緊張した様子で次々に挨拶をしていくクラスメート達。その誰もが母さんにまた会えて嬉しいといった面持ちである。本当に大人気なのね母さん。一体何をした。
「いらっしゃい。うふふぅ、「母さん」の読み通りね。ひぃふぅみぃ…うんうん数もばっちりね。良かったわぁ。みなさん、宜しかったら晩御飯も召し上がっていって下さいね」
そういって、母さんという台詞を強調して言う母さん。流石に僕と打ち合わせする時間もなく本人からカミングアウトされた事で皆がぽかーんとした表情で固まっている。
「教室ではごめんね。せっかくお弁当を持っていったのに光ちゃんったら居ないもんだからつい意地悪したくなっちゃったの。てへっ」
「それが母親のする事かっ! 可愛く誤魔化しても駄目だからね!」
「まぁまぁ。母さん腕によりをかけてご飯作ったんだからそれで許してよ、ね?」
「…母さんが作ったの?」
手作り弁当が腐臭放つ胃袋破壊爆弾と化したり、軽い朝食を作ろうとすれば何故か一時間かかっても出来上がらずに焦げた何かが出てきたり、初心に帰るつもりで卵焼きを作れば何故か赤い卵焼きができあがったり…
「ふふっ、母さんの魔法の腕を甘くみちゃ駄目よん。光ちゃんの料理をちゃぁんと再現できてるんだからねっ」
「なんというか、無駄に魔法の腕を上げてるよね母さんは」
なんにせよ、人が食べられるような料理が出来上がっているようだった。
「こんな所で立ち話もなんだし、みんな上がって? 僕も誤解が解けたようでほっとしたよ~」
僕がそういって促すと、ぎこちない動きながらも挨拶をしてリビングへと向かう。ミミ達がちゃんと先導してくれるので、僕は家のセキュリティを一時解除してゲスト登録をしてから皆の後を追う。うーん、結局こういう事になったのって前に母さんに友達ができないって相談したからなんだろうね。こうやって、家に人を招待する事でいろんな人と話すきっかけを提供してくれたんだろうな。
まったく。たまにごくたまぁにこういう事をしてくれるから、母さんは憎めないんだよなぁ。せっかく母さんが用意してくれた機会だし、僕も頑張って友達を増やすように努力しよう。