潜む魔族
遺跡内を疾走する二つの影。魔物と出会えば瞬時に切り捨て、勢いを止めずにひたすら進む。その様子は魔物にとっての死神のような物であった。
「ようやく三十階層まで来ましたけど、なんだかここ魔物少なくないですか?」
「そうだな、そろそろ何か居るかもしれん。気配に気をつけろ」
「了解です」
そういって、狩りのスピードを幾分か落とす二人。遺跡内部では、放置されている魔物の死体などは自然に処理されてしまう。床や壁なども、時間がたてば修復されるのでいつまでも劣化しない不思議な構造になっている。なので、時間が経てば経つほどに戦闘の爪あとは消えていってしまう。
「少しでもおかしな所が無いか注意しろ。偶然が重なったと俺は思っているが、警戒するに越したことは無い」
「じゃあ僕は何かあると思って警戒しておきます。イレギュラーがいたら危ないですし」
今しがた倒したレッドベアから素材を剥ぎ取りながら答える光司。サカキの方は光司から伝えられたイレギュラーの存在について考え込んでいる。イレギュラーはエレベーターに乗ってやって来るので防ぎようがなく、何階層であっても常にイレギュラーが来る危険性を孕んでいるという事がサカキの危機感を募らせていた。
「しかし、俺は一度しか乗り込んだ事がないんだが、百階層はどんな感じなんだ?」
「厳しいですよ。とにかく百階層からはメカがこちらを殺す気でかかってきますからね。まぁそのおかげでそこから先には何か重要なものがあると、言ってるようなもんなんですけどね」
とりあえず、今は一人で自由に動けるように鍛えている所ですけどね、と明るく言う光司。殺されそうな場所に頻繁に一人で足を運んでいるにもかかわらず、何か発見できる期待感のほうが上回っているようで、非常に楽しそうな表情である。
「おまえの強さの秘密はそういう所から来てるんだな」
「んー…でも、僕の仲間でも同じような事ができるはずですよ。最近はみんなも強くなってきてますから、制限も半分くらいで済みますし」
「制限?」
「あ、いえこっちの話です。なのでサカキ先輩も一度一緒に百階層に行きます? メカから取れる豊富な素材がよりどりみどりですよ」
「う、それは有難い事だな。細かい部品やシリンダー、装甲はメカから剥ぎ取る物のほうが質が良いしな。今度、時間が合えば頼む」
「だいたい、毎日潜ってますんで暇がある時に来てみて下さい」
「わかった」
このような会話をしつつも、警戒は怠らない二人。あまり魔物を倒しすぎてもここまで来る冒険者たちの獲物を奪うことになるので、回避できる魔物はやりすごしている。
「先輩。あちらの方角なんですが、何か感じませんか?」
「魔力がぽっかり無くなってる空間がある…か?」
サカキは魔法を使う事はできないのだが、魔力を感知する術は心得ている。魔力の流れを感知して魔法を撃つタイミングを分かるようにならねば、戦闘においては死を意味するからだ。
「やっぱり、そうですよね。自分の魔力を抑え込んでいるつもりが、周囲の魔力まで打ち消しちゃってる感じです」
「となると、かなり強い奴が紛れ込んでるな」
サカキの言葉に静かにうなづく光司。その目は焦るでもなく弱気になっているのでもなくただひたすらに静かな光を湛えている。そして、光司にうなづき返すサカキ。サカキもまた静かに先頭に立ち、光司を誘導していく。
なんの変哲も無い通路。
行き止まりでもなく、部屋へ通じる扉がある訳でもないただの通路。だが、光司とサカキは明らかにその通路に何かあると睨んでいる。ここら一帯だけ常に漂っている魔力が希薄すぎるのだ。光司は細長い棒状のアイテムをいくつも空中へと放つと、静かに時を待つ。
ボンッ! ボボボボンッ!
「せっかく隠れているというのに無粋な物があるもんだなぁ。面倒くさい…」
光司が放ったアイテムが次々に爆発したかと思うと、壁際から一人の男がのそりと姿を現した。青い瞳に青い髪。そして特徴的な角。
「魔族か…」
「あれが魔族ですか。初めて見ました」
姿を現した男をみて警戒レベルを上げるサカキ。魔族とつぶやいた事を見るに相当危険な相手のようだ。何も知らない光司は特に緊張しては居なかったが。
「僕達、見逃してあげるから行きな。余計な事して人間に狙われるのも面倒なんだよ」
「殺して口封じ、しなくて良いのか?」
「死にたいなら、いくらでも手伝ってやるがなんで俺がそんな面倒な事をせにゃならん? ここは餌が豊富で静かな所だ。隠れる場所にも事欠かない。そんな理想郷を誰が手放すと思う?」
面倒と口で言ってる割には丁寧に説明をする魔族。そんな様子の魔族に警戒を緩める光司とは対称にさらに警戒を強めるサカキ。
「青髪の氏族は非常に策士が多いと聞く。そんな奴が遺跡に一匹でも居れば安心できる訳が無い。悪いが討たせて貰う」
「詳しいもんだな。だが、俺は青髪の中でも変わり者でね。策を弄するぐらいなら寝て過ごす方がましってね」
警戒するサカキの様子を見て、いかにも困った顔をする魔族。特徴的な角が無ければどこにでもいる普通の青年のようにも見える。
「コージ! やるぞ!」
「は、はい!」
「聞いちゃくれないのねぇ。若いってこうゆう事かねぇ」
サカキは腰に下げた刀を抜き放ち片手で構える。光司はというと戸惑いながら「ギル」を両手にそれぞれ構える。それを魔族は面白そうに眺めている。
先に仕掛けたのはサカキ。瞬時に間合いをつめたその速さは尋常ではなく、魔族もすくいあげるように振りぬかれた刀を危うく避けそこなう所であった。一撃をかわされたサカキは指先だけで刀を返し、再度魔族に切りかかる。
ギィン!
魔族はサカキの刀を手刀で受け、反対の手を急所を狙って鋭く突き出す。サカキ自身の腕が死角になって見えない角度からの攻撃にも関わらず、瞬時に刀を持つ手を入れ替え魔族の突きを払う。体が開いた二人は一瞬見合った後、互いに蹴りを放つ。だが、サカキは下段、魔族は前蹴り。その差が攻撃の主導権を握る事となった。
ッガッドッ!
サカキの下段で足を刈られ、体制を崩したところにサカキの後ろ回し蹴りが容赦なく魔族の腹部を直撃し、勢い良く壁に叩きつけられる。叩きつけられたその先、すでに光司は「ギル」を構えて魔族への追撃を行おうとしていた。
「おっとっと。なかなかやるね僕達」
「あら?」
特に手を抜いたつもりではない一撃は、するりとかわされてしまう。どうも叩きつけられた瞬間にすぐに移動していたようだ。だが気の抜けた光司の声がするので、反撃されている様子はないようだ。
間近に魔族の気配を察知した光司は、慌てる事無く「ギル」を振り抜く。それを紙一重でかわし、指先から何かを飛ばす魔族。しかし、光司も飛ばされた物に視線をやる事無く少し頭を動かす事で回避する。そして、空いている手でもう一度魔族へ切りかかる。
回避しながら、反撃を試みる魔族。それをまるで演舞のように舞いながら回避しつつ鋭く攻撃する光司。攻撃の動作と回避を同時に行う為、光司の動きはまるで隙が無かったが魔族も捨てたものでなく、光司の攻撃を一度足りとて受ける事無く回避しつづけていた。
そして、それを見てサカキは薄く笑っていた。
隙在らば一撃を食らう一進一退の攻防の中、均衡を崩したのは魔族であった。光司の攻撃を紙一重で避けたその瞬間、魔族は背後からの殺気を感じ防御体制を取った。だが、その一瞬の隙を光司が見逃す筈も無く。
「あだっ!?」
「今のは?」
一瞬だが確かに魔族の背後に何かが居たのだ。
「俺の技だ。一気にいけ!」
「はいっ!」
サカキの力強い言葉に元気良く返事をし、魔族に立ち向かう光司。「ギル」のモードは雷。魔族とはいえ人の形をして会話できる相手に対して光のモードで切りつける事は光司にはできなかったらしい。だが、対人戦で相手を生け捕りにしようという場合であれば雷は非常に有効である。
「ぴりぴりするねぇ。面倒くさい武器だな」
「しゃべってる暇はないよぉ?」
光司の斬撃のスピードは一流といわれる使い手から見れば速いものではない。だが、意識的にか無意識かは分からないが、速さに緩急があり非常に緊張を強いられる動きを見せる。魔族もその変則的な動きに戸惑いを見せ始めていた。