思惑
アースの案内の元、遺跡の奥へと進む。明らかに慣れた様子で進むアースを追って、移動方法とやらを考える。一番考えられる方法は転移魔法だが、遺跡内では使えない。だが、転移魔法を使える場所があるとしたら? 俺には転移魔法を使う事などできないが、もし簡単に深い階層まで行けるというのであれば、そのメリットは計り知れない。
「ちょっと待ってくださいね、サカキ先輩」
そう言って立ち止まった場所は、遺跡の奥の行き止まり。行き止まりという事は、やはりここだと転移魔法が使えるという事か。しかし、アースは転移魔法まで使いこなせるとは羨ましい限りだ。
ピコン! “認証しました”
「!? 敵かっ!?」
「あ、大丈夫です。呪文じゃないので」
そう言っていつの間に出したのか赤いカードを壁にかざしながらアースは、落ち着いた様子でたたずんでいる。なんだ? 転移魔法ではないのか?
ガシュゥゥウンッ!
低く響く音を立てながら壁が横へスライドしていく。先程までは切れ込み一つなかったはずの壁が。そして、壁の向こうに広がる小部屋へと鼻歌まじりに入っていくアース。
「さぁさ、先輩。五十階層目指してレッツラゴーですよ」
「これは、なんだ?」
「エレベーターです。遺跡にもとからある便利な施設です。これを使うと遺跡の上から下まであっという間に移動できるんです」
これは想定外にも程がある。遺跡に入ってまだ一年足らずのアースが、このような重要な施設を発見していると誰が想像できるだろうか。俺も遺跡に何か秘密がないか探った事もある。この場所も行き止まりにも関わらず何度か足を運んだ覚えがある。人があまり来ない場所には秘密があると思ったからだが、俺は何も見つけることができなかった。
俺が意を決して部屋の中に入ると、アースがなにやら壁際で操作をしている。と、思えばすぐに壁がゆっくりと閉まっていく。アースが落ち着いている所をみるとこういう物なのだろう。壁がぴったりと閉じると、微かに部屋が揺れると同時に勢い良く下へと向かっているのが分かる。その間もアースは上機嫌でくねくね動いている。よほど、魔物を狩って金策ができる事が嬉しいようだ。しかし、何が欲しくてそこまで金を集めてるのだろうか?
「はい、つきましたよ先輩」
「…五十階層にか?」
「ザッツライッ!」
言ってる事は良く分からなかったが、五十階層についたのは間違いないようだ。先程と同じように壁が音を立てて開いていく。
「あっ、今日は珍しい!」
そう言って壁が開いている途中で、勢い良く飛び出すアース。何事かと思い、慌ててその後を追う。が、そこで見たものは…
「ベルドリアン?! 気をつけろアース!」
「大丈夫でーす!」
そう言って、軽々とベルドリアンの背中に乗るアース。大きくあぎとを開いていたベルドリアンの口の上を、緊張も見せず飛び越える。一歩間違えば口の中に入り、鋭い牙で咀嚼されるというのにだ。そして、背中に飛び乗ったアースは先程の「ギル」を取り出し光の刃で、ベルドリアンの四肢を切断していく。背中の装甲ほどではないとはいえ、ベルドリアンの皮はかなり分厚く硬いはずなのだが。
「エレベーターから出てすぐに獲物に会えるなんて、ついてますよ先輩! これって珍しいんですよ!」
「それは良いが、妙に手馴れてないか?」
「いっつも潜ってますからね。この辺りなら目隠ししても歩けるぐらいですよ」
そう元気良く答えるアース。だが、こんな初っ端からベルドリアンのような大物を仕留めてしまうと持って帰るのに一苦労なのだが。こいつの皮を売るだけで確か二百ゴールドは下らないはずだ。などと、考えていると目の前のベルドリアンが消えてしまう。
「!?」
「さぁ、どんどん調査しましょうか先輩!」
「あぁ。しかし、あんな大物でも楽に仕舞えるんだな」
「まだまだたくさん入りますから心配しないでください。先輩の分もちゃんと持って帰りますからねっ」
「分かった」
平静を装ってカマをかけてみたが、やはり、アースが何かをしてベルドリアンを保管しているようだ。一瞬で物を収納できる魔法なのだろうか? だが詠唱しているそぶりは無かったのでそういうアイテムか? まぁ方法はどうであれ、かなりの量の荷物を運べるのは間違いないだろう。
「だがアースよ。今回の目的は調査だという事を忘れるなよ? この階層は魔物が普通に存在しているようだし、すぐに上に戻っていくぞ」
「あう、誤魔化されないか。さすが先輩。でも、ちょっとだけ狩って行きたいなぁ…」
「だめだ。とっとと行くぞ」
「はーい、分かりました~」
いきなり五十階層まで来たので戻るのに時間が掛かるので、どんどん移動していかねば放課後までに調査は終わらないだろう。
「光ちゃん、あなたのるりが参りましたよ~♪」
昼休み直前。廊下から教室に響き渡る軽やかな少女の声。声に驚いてそちらを見ると一人の少女が荷物を抱えて立っていた。黒い髪をなびかせ、透き通るほど白い肌に良く映える黒い瞳。薄く小さな唇は弧を描いて、にっこり微笑んでいる。
「お母さん!」
「お義母さん!」
ミミとセリナが少女を見て驚いた声を上げる。白夜とヒロコも何か言いかけたようだが結局、少女に向かって手を振るだけにとどまった。どうやら彼女たちも知り合いのようであった。
「まだちょっと早かったかなっ? 失敗しっぱい。ていうか、光ちゃんのつっこみがなくて寂しいなぁ…」
そう言って、寂しげにつぶやくるりと名乗る少女。悲しげに眉根は寄せられ、潤んだ瞳を伏せがちにして先程までにっこりしていた唇も、今では悲しげに歪められている。そして少女の寂しげな表情をを見た人間は男女を問わず、まだ見ぬ「こーちゃん」なる人物へと嫉妬の炎を燃やす。このような可憐な美少女を悲しませるとは何事か、と。だが、それは少女の罠だと誰も気づかない。同情を誘う程の悲しげな表情を見せる事で、この少女は「お母さん」と呼ばれていた事をすっかり無かった事にしている事を。
「お嬢さん、授業中だから入ってこないでそこで待っててね」
「うん。待ってる」
講義をしていたカマチ教官も、可愛い侵入者に優しく語りかける。あと少しとはいえまだ授業の時間があるので、仕方がないが待ってもらう事にした様だ。なぜか教官もすっかり騙されている様でお嬢さんと呼びかけている。そして、そのお嬢さんはミミ達に向かって内緒だと言わんばかりに、口に指を当てていた。
授業が終わると同時に、先程の美少女に殺到する人、人、人。それをお辞儀をしながら優雅に回りつつ、するりするりと人の波をかきわけミミの所へと進む。
「るり参上です! お弁当持ってきたの!」
何か言いたげなミミを目で制し、そう宣言する。そして、すばやくミミの耳元に口を寄せると何事かをつぶやく。何かを囁かれたミミはなにやら楽しそうににっこりしていた。
「えっと、お嬢さん? ミミちゃんとなにやら親しげやけど、ひょっとしてコージの関係者かいな?」
ミミと親しくしている様子をみて、ラインハルトは興味を抑えきれずについ口から質問がこぼれてしまったようだ。
「はい、光司とは一緒に住んでる仲です。初めまして、るりと言います」
そう言って、花が咲いたかのようににっこりと微笑みながら自己紹介をする。光司が見ていれば悪魔の微笑みにしか見えなかったであろう笑顔である。
「…あいつはどんだけ美少女と縁があるねんな?! っとと、わるいるりちゃん、お兄さんちょっと興奮してもうたわ。せっかく来てくれたんやけど、コージは今ちょっと呼ばれて放課後ぐらいまで帰ってけーへんと思うで?」
「え、そうなんですか? …そうなんだ…」
ラインハルトの言葉で見る見るうちにしぼんで行くるり。その様子を見ていた周りの人間は一斉にラインハルトに非難のまなざしを向ける。特にセシリアの視線は非常に厳しいものであった。
「るりるり、コージの分は残しといてミミとご飯食べよ? きっとお腹すかせて帰ってくるよ」
「うん…そうだねっ分かった! ミミちゃん大好きー!」
「あにゃー」
先程までの悲しげな表情から一転、満面の笑みを浮かべミミとじゃれ合うるり。ちらりともひらりも無い衣装とはいえ、美少女ふたりが絡み合う様は刺激が強いようで慌てて目を逸らす者、ちらちらと盗み見するもの興奮して顔を真っ赤にする者などで埋め尽くされていた。そして、絡み合ってるミミとるりの元にセリナ、ヒロコ、白夜が集まってきた。
「来ちゃった。私が光ちゃんのあれっていうのは内緒ね」
集まってきた彼女たちに向かって、意味深な台詞を周囲に聞こえるように言うるり。頬を桃色に染めて言う様は、どう考えても恋人だと言わんばかりである。そして、その様子に苦笑をするセリナ達。後の事を考えるとまた一騒動起きるのは間違いないからだ。
「とりあえず、ご飯たべよ? おいしいって噂の物を買ってきたの」
「色々ありますね。あ、わたし飲み物を買ってきます」
「セリナちゃん、大丈夫。持ってきてるから、早速食べましょ」
「はーい」
「はい、いただきます」
もぐもぐと既に食べ始めているのは白夜とヒロコである。白夜は食べるという行為に何か目覚めたらしく、ヒロコと競い合って食べていた。その様子を優しげな表情でるりは見つめていた。