首都から波乱がやってくる?
首都グレイトエース。
先の動乱の被害はすでに過去の物となり、人々は普段の生活を取り戻している。というのも、奇跡的に一般市民の人的被害が皆無であった為、市民にとって少し騒がしい日があったという程度の認識で済んだのだ。だが、そんな普通の生活が戻ってきたグレイトエースになにやら一騒動起きそうな空気が流れていた。
その発端はハイローディスの使者が先触れで王宮に入っていった数日前。そして現在、豪華な造りの移動邸宅とも言える車が王宮を目指して、首都を目指してゆるゆると進んでいる事が市民を騒がしくさせていた。
「くぁ…退屈です。ねぇ、全速力で進んで一気に駆け抜けたら気持ち良いと思いません?」
移動邸宅の中、窓際に座っている紫と銀色の混じった髪に濃い紫の瞳の少女はそう言って切れ長の目を輝かせて傍らに待機している若い男に話しかける。
「お嬢様、はしたない。あくびをする時はせめて口元は隠す程度の事はして頂かないと。王族としての立場を今一度よく考えて行動なさって下さい」
「そんなの知りません。叔父様が国王なだけで、別に私はちょっとお金持ちなだけだし。どうせバルトスに来るならここより、ガイアフレームがたくさんあるロバスに行きたかったわ」
そう言って、細いあごをテーブルに付いた手にのせ、きりっとした眉をひそめてため息をついた。あまり王宮へ行く事に乗り気ではないようだ。そして、態度をまったく改める事をしないお嬢様に、傍らで控える若い男は髪を揺らすほど首を振っていた。
「リリノア様。行儀見習いでこちらへ身を寄せるという事は、つまり…」
「分かってます。こっちの国へ嫁ぐのと変わらないって言うんでしょ? でも、第二夫人じゃなくて何故王子狙いなんですの?」
「バルトス国のユージ王といえば、女嫌いで有名なのです。ですが、する事はされていたようで王妃と王子がいるというのも最近ようやく掴めたのです」
若い男の言葉に首をかしげ思案しているリリノア。
「それって、奥さんが居るって事よね? だったら女嫌いではなく愛妻家という事じゃなくて?」
「そういう事になりますね。ただ、王妃の存在を確認したのはごく最近の事でしてそれまでは、どこの国から美姫を送られても即座に返されてたのは有名でして。特にあのアルラ姫を袖にしたのは有名な話です」
「エルディバの聖女アルラ様をですか?! 三姉妹の中でも特に美人なアルラ姫でも振っちゃうなんて、ユージ王の奥さんはすごい美人なんでしょうね」
ふ~んそうなんだぁ、と呟くリリノア。
「で、先ほどの話に戻りますが王子と婚約する事は先を見据えた戦略の為です。ユージ王は先の事からこれ以上夫人が増える事はないでしょう。ならば、未来の王は自ずと王子に絞られますからね」
「そういう事ね。なんとなく分かってたけど、はっきり言われてすっきりしました。ま、私は好きにさせて貰えるならどうでも良いですわ。で、その王子様はどういった方ですの?」
「先に手渡した資料に目を通してらっしゃらないのですね。道理でそのような乗り気でない態度なわけです」
リリノアのあまりにやる気のない態度にようやく合点がいったとため息をつく。その様子を見てリリノアは憤りを若い男にぶつける。
「当たり前よ。急にこんな話を持ってこられて納得できる乙女がいるもんですか! 見目麗しい栄えあるエルディバの王子様たちならともかく、力があるとはいえ所詮商売人のバルトスなんかに嫁げと言われても、心躍らないわよ」
そういってぷりぷりと怒って窓の外へ顔を向けるリリノア。そんな様子をわがままな妹を見るような目で穏やかに見つめる若い男。
「飛行フレームをご存知ですか?」
若い男のその言葉に勢いよく振り向くリリノア。その目はキラキラと輝いている。
「当たり前じゃない! 話でしか聞いてないけど、フレームが空を飛べるなんて物凄い発明だわ! バルトスに来たからには一目飛行フレームを見ない事には帰れません。見るだけでなく操縦させて貰えれば幸せなのですが、王宮に入ってしまえばそれも叶わぬ夢となってしまうのですね…」
そういってわざとらしくよよと崩れるリリノア。非常に演技くさい。しかも大根。
「ここの王子が発明したそうですよ、飛行フレーム」
若い男の必殺とも言える一言に目を大きく見開くリリノア。勢い良く振り返った為に顔に髪の毛が掛かっているのだが、それも気にならないほど驚いているようで言葉もないようだ。
「…何故黙ってたのです?」
ようやく立ち直ったリリノアは、若い男に恨みの篭ったジト目を向け低い声で問いただす。
「いえ、資料に詳細に書いておきましたので当然目を通してらっしゃる物と思ってましたのでわざわざ口頭で伝えるのもおかしな話かと思いまして」
だがそんなリリノアの恨みの篭った視線をものともせず、しれっと答える若い男。
「そうよね、ロダンはそうやっていっつも私で楽しんでるわよね」
「いえいえ、とんでもございません。それに良くお考えになってください。我らが王が単純に事をすすめると思いますか?」
「私よりよっぽど綺麗なお姉さま方も居るのに何故と思っていましたが…そう、それ絡みなのですね。ようやく得心がいきましたわ」
そうして、ロダンを見やり催促するかのように手を伸ばす。
「どうぞ。これがバルトス国王子コージ様の資料でございます」
「ん、ありがと」
礼を言って資料を受け取り、真剣な面持ちで読み始めるリリノア。その様子を満足げに見つめるロダン。ぱらぱらと勢い良く資料に目を通すリリノアの動きがふと止まる。
「ねぇ。ユージ王って女嫌いというか愛妻家ですわよね?」
「えぇ、それで間違いないかと」
「なのに王子は何故こんなに女性を囲ってるのでしょうか?」
「それはわたくしめには計り知れない事でございます」
役に立たないわね、と呟き再度資料に目を通す作業に戻るリリノア。資料に何が書かれていたかは分からないが、リリノアにとってバルトス国の王子は女性に非常にだらしないという認識で固まったようだった。
一方、王宮では慌しい雰囲気で溢れていた。
「まったくハイローディスの奴等は、ちっともじっとしちゃくれねぇなぁ。うちはフレームこそ大量に配備してるが、結局は商売人の国だってぇのにどうしてここまでチョッカイかけてくるかねぇ…」
急遽、寄越される事になったハイローディスの王族の娘。行儀見習いという事だったので特段考えることなく、そういう風習があるものだと了承の旨を返したが、後で裏の意味を聞き慌てて部屋を長期滞在できるように用意したのである。
「商売人の国というのも先王までの話です。いまではフレームの保有数で言えばどこの国にも引けをとりません。その上魔石獣の被害をこれだけ抑えている事はとても重要です」
「まぁ、こっちに来た時いきなり群れに襲われたしなぁ。あんな危ないもんは放置できんだろ」
勇司はそう言って、昔を振り返る。急に乗せられた青いフレーム。世界を埋め尽くさんとばかりに襲い来る魔石獣たち。それを乗りきりあれよあれよと王の座につき、離れていた家族と再会したかと思えば信頼していた友に裏切られ…
「色々あったと一言で済ませられる程度に、落ち着いてきた頃にこの話だろ? というかどこでるりと光司の情報を嗅ぎ付けやがったんだ、あいつら?」
「さっぱり掴めませんね。王宮であれば何者かが潜入していれば、排除できるのですが」
「貴族に家族の事を隠し通すのもそろそろ限界だったし、頃合といえば頃合か。だけど、これ公表するのはまずいだろうなぁ…」
「何か問題があるので?」
公表する事で特に問題は無いと思えるのだが、勇司にとってはそうではないらしく珍しく渋面を隠そうともしない。
「ほら、うちの光ちゃんね学校に行ってるのよ学校。で、きっと友達もできてるだろうにそこへ王子様だーって発表があればどうよ?」
「そこは仕方ありません。それまでの不敬罪は不問に付すとして公表後は相応しい扱いをして頂くしか。あと口調が砕けすぎです陛下」
「そういうのって友情にひびがはいったり、余所余所しくなりそうじゃない?」
「それを見極めるのもまた王子としての責務でしょう。友人で居られるか、利用するだけのものになるのか。私達がいちいち関与する事ではありません」
そうきっぱりと言い渡され、がっくりと落ち込む勇司。どうも親馬鹿のせいで過保護になりすぎていたと反省しているようだ。
「分かった。とりあえずハイローディスのお姫様は王宮に居て貰って、折を見て学園に通って貰うことにしようかね。怒られたら怒られたでその時は黙って怒られよう…」
「まず確実に怒られますね。なるべく王宮の外で怒られてくださいね。では失礼します」
「この薄情者ぉ!」
勇司の叫びもどこふく顔で、臣下は自身の仕事をまっとうすべく静かに退出していった。