マスコット的任務
授業の合間の休憩時間。少々騒がしいその時間には、机に突っ伏して眠る者や友人と会話を楽しむ者、用を足しに行く者など様々な人の動きが見られる。その中で黙々と授業の準備を入念に行っている者がいた。落ち着いた雰囲気と鋭い眼差しを持つロウ=サカキである。ただ、この準備をしている時間に関して言えば、彼は普段より若干緩んだ表情をしていた。だが、その事に気づける人間は少数に限られるが。
“ようやく、これが完成するな。しかし、遺跡が傍にあるのは非常にありがたいな。必要な素材を楽に入手できるからな”
そう思考しながら、手元にある筒状の物を愛しげに見やる。その目は親がわが子を見つめる目とそう変わりがない。サカキとしては、遺跡が傍にあるお陰で魔物から入手する素材が、楽に手に入るこの環境は非常にありがたかった。ベルスイートの活動は基本的にボランティアなので、とくに報酬があるわけではなかったのだ。ただ、学園の施設の利用や単位には多少の色をつけて貰えるが、客観的に見ればサカキの活躍は対価といえるものではない。だが彼としては魔具製作の施設を自由に使える事は非常にありがたかった。
「サカキ君、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうかハダット教官」
思考の海を泳いでいたはずのサカキは呼びかける声に即座に反応する。呼ばれるがままに廊下へと出て教官の話を聞く形となった。
「最近、遺跡のほうはどう?」
「特に危険度の高い魔物の出現の報告は受けてません。浅い階層は順当に見合った魔物しか居ないようです」
「そ。こないだみたいなイレギュラーは無いって事ね?」
ふむふむとうなづくハダット教官。ただし、その顔はすこし疑問を持っている表情だった。
「それがどうかされましたか?」
「いえね。最近、三十階層あたりまでの魔物の数が急に減る事があるようなのよ。そりゃ勿論二十四時間開放されてるわけだから、冒険者のほうも潜る事があるんでしょうけどそれにしたって、人が少ないはずの深夜に十階層までオークの一匹も居ない時があるのはおかしいと思うのよ」
「それは…確かに妙ではありますね」
遺跡には数多く魔物が徘徊している。フロアも広いだけあって魔物同士の小競り合いは多少あるものの、基本的に冒険者を付狙う事で共存しているのだ。遺跡を見つけた当初は魔物は邪魔だと言う方針から、浅い階層から順に魔物を時間をかけて全滅させていったりしていたのだが、どれだけ全滅させても時間が立てば必ず復活するので、一度はどこから魔物が入り込んでいるのか詳細に調べたりしたが、結局原因は分からずじまいで現在のような冒険者に任せ入り口を見張る形に至っている。
「それに冒険者の報告にも、倒されたばかりの魔物を良く見かけるとかいう報告もあるのよね。だけど、傍には誰も居ない。よっぽどシャイな冒険者が居るのかもしれないけど、何か得体の知れない魔物が潜んでいる可能性もあるの」
「気のせい…で済めば良いんですが、危険性がある以上調べない訳にはいかないでしょうね」
正直、サカキとしては偶然が重なっただけでは無いかとも思うが、目の前の教官はそうは考えていないようだったので、話を振ってみる。
「そう、そうなのよ! ほら、一年のあの子知ってる? ディアス家のお嬢様。その子が遺跡に潜っても獲物が居ないのはおかしいってうるさいのよ。一応、学園の出資者のお嬢様だから、その子が調べろと言えば無視するわけにはもいかなくて…」
ここまで言えば分かるよね? と言いたげな視線を投げかけてくるハダット教官。
「はぁ…分かりました。では今日の放課後にでも調べさせるようにしましょう」
「ううん、今すぐよ」
「は? 私はこれから授業があるのですが…?」
しかもサカキとしては非常に楽しみにしていた魔具製作の授業である。今まで不器用ながらもコツコツと組上げてきて、ようやく術式を組み込んで調整していく所まで漕ぎつけた所なのだ。
「それがほら、お嬢様ってわがままじゃない? そこで知る人ぞ知るベルスイートのボスの君に白羽の矢が立った訳」
今日の放課後に潜るから、それまでに原因を突き止めておけという事か。もしくは、授業を抜け出して自分たちで原因を究明すると言い出しかねないとか。おのれディアス家の小娘め、俺の楽しみを邪魔した恨みは一生忘れない…
「そんな恨みがましい目で見ないでよ。一年生だけどマジックアイテムを作るのが得意な子の事紹介してあげるから」
「一年でそんな凄い奴がいるのですか?」
サカキとしてはそれは初耳だった。初耳だったが、ひょっとしてという思いはある。
「コージ=H=アース君よ。あの勇者のパーティのアイテム士ティナも絶賛するほどらしいわよ?」
「そう…ですか…あいつが」
「あら? もう知ってたか。あらぁだったらどうしましょ」
「では、今から行く調査に彼も同行させて下さい。彼の実力は私が保証します」
どうせ、調査といってもフロアを見回って安全を確認するだけで済む話のはずだ。ならば、そこにアースを連れて行けば魔具製作のノウハウを教えて貰う事もできるはずだ。
「んー…許可を取れるか分かんないけど、まぁそれでサカキ君がやる気を出してくれるって言うなら頑張りましょうか。じゃ、行きましょ」
「よろしくお願いします」
ディアス家のお嬢様よ。命拾いしたな、アースが居なければ俺の復讐がおまえを絶望の淵へ追いやっていただろうな。だが、おかげでアースの奴が魔具製作が得意という事が分かったんだからな。そこは感謝してやろう。
「と、いうわけなのよコージ君。分かった?」
と、明るく言われてもなぁ…
授業中にいきなり知らない教官が入ってきたかと思ったら、なぜか僕が廊下へ呼び出された。そこにはサカキ先輩も居て、なにか筒状の物を持ってこちらを見ていた。
「アース、あとで良いからこれを見てくれないか。マジックアイテムなんだが…」
「あ、サカキ先輩が作ったんですかこれ? どんな目的で作ったか教えて貰えれば僕にもお手伝いできると思いますよ」
「そ、そうか! じゃあ約束したぞ、絶対だぞ!」
「はい、これでもアイテム作りも得意なんです」
って、しまった!? サカキ先輩が珍しく僕に頼みごとなんかしてくるからついマジックアイテムを作れる事をばらしちゃった。でも、サカキ先輩ならそうそう無茶を言ってこないだろう。それになんだか凄く嬉しそうだし。いつもはポーカーフェイスで内面を悟られないようにしている先輩だけど、今は嬉しさが顔に出ている。ほんとにマジックアイテムを作るのが好きなんだろうなぁ、これ。
「はいはい、許可は取れたわよ。喜びなさいサカキ君。で、アース君?」
「はい、なんでしょうか?」
とわけもわからず、教官から説明を受けて今に至る。ねぇ、これって僕要らないよね?
「えぇっと、ハダット教官? 僕が行く必要はまったく無いんじゃないでしょうか? サカキ先輩は鬼のように強いんですよ?」
「うんうん。君はその鬼のように強い先輩のやる気を引き出すパワーアップアイテムなのよ。男の子なら授業をさぼれてうれしいって喜びなさいよ」
こんな初対面の教官にまで物扱いされるとか。昨日は昨日でミミ達専用に分身しろとか言われるし。僕ってそんなにマスコット的存在なんだろうか。主に役に立たない意味で。
「いやいや。僕だって授業受けたいですよ。それに遺跡に潜ってもお金にならないでしょ?」
学園の管理下で遺跡に潜った場合は、獲得した素材はすべて学園側に提出する義務があるのだ。だからこそ金策君がすっごく頑張ってるんだけどね。なぜか最近は子供と遊んでるみたいだけど。
「あ、うん。だったら今回の調査に関しては取れた素材は自分の物にして貰っても良いよ。大盤振る舞いしちゃう!」
「教官、それは…」
「え! 良いんですか? レッドベアだったらピロピロもあるんですよ? 貰っても良いんですか?」
「うんうん、どんどん取ってって頂戴! ほらっ、やる気でた?」
おー! そういう事なら少しは金策できるし授業を抜ける甲斐もあるってもんだ!
「わっかりました! 是非、この任務に参加させてください!」
「お、おい…」
「めっ! よろしい! ではサカキ君と一緒に頑張っていってらっしゃい!」
「了解です!」
何か言いかけていたサカキ先輩を制して教官は、僕に任務を言い渡す。よぉし、じゃんじゃん狩るぞぉ!