異物
「父ちゃん、久しぶりすぎる。忘れ去られてた?」
家に帰ってくるなり、父ちゃんは寂しそうに愚痴ってくる。別に忘れちゃ居ないけど王様だっていうし、そんなに頻繁に呼び出したりしたら国が傾くんじゃないのかな?
「物分りが良すぎるよ、光ちゃん!」
「はいはい、とりあえず入ってよ。いつまでも玄関で愚痴ってても仕方ないでしょ」
それに向こうの世界で今まで父ちゃんが居なかった生活に慣れてたせいもあって、居ると嬉しいんだけど距離感がうまく掴めないっていうのもある。再会した時はなんというか一時的にテンションが上がってたのと、ファウンデルス卿の件があったのでそういうのは特に意識しなかったんだけどなぁ。一応週末には父ちゃんも帰ってこれる事があるので、その距離感を埋めるためにぽつぽつ話をするようにはしてるけども。
「え!? 光ちゃんが増えてるっ?! 偽者?!」
中に入ると二号とフレーマーが忙しそうに料理の準備をしているのを見て父ちゃんが驚いている。あれっ? 言ってなかったっけ。
「あ、ごめん。僕の分身。偽者じゃないから安心して」
「分身か。一人お城に来て貰っていいかな? 父ちゃんと一緒に働こうよ」
目を輝かせて父ちゃんが僕にお願いしてくる。いや父ちゃんが危険だからお城に居ない方がいいって言ってたのに、もう寂しくなった訳?
「お義父様、わがままを言っては駄目ですよ。私たちだって我慢してるんですから!」
「そうだよぉ! ミミだって我慢してるんだから駄目っ!」
セリナとミミが口々に父ちゃんを非難する。というか我慢って何よ我慢って。
「えー・・・」
そんな二人の反応に凄く残念そうに方を落とす父ちゃん。むしろ僕がえーって言いたい。それにこないだ気づいたんだけど王の印は根っこである僕にしかついていない。ほかの分身には何か痣みたいな物はあるんだけど、印はついてなかったんだよね。だから、お城に分身を行かせても貴族の力を防ぐ事はできないんだよね。
「ところで父さん。貴族は今のところどうなの? 長子を王都に取られて、何も言って来てないの?」
「まだなんも言ってこないな。良く分からんがあいつらにはあいつらなりのルールがあるみたいでな。基本的に自己中な奴等だからなぁ。当主に王都に出て来いって言ってたら相当反発してただろうけどな」
自分さえ良ければそれで良いって事? 武者修行に送り出してる心算でいる訳では無いのね。なんというか政務に近い所に置いておけば、何かと国の実権を握りやすくなるとかそういうドロドロした思惑は無いのかな。
「自分の領地を良くしようとは思うみたいだが、国をどうこうしようとは考えてないみたいだぞ。あいつらは保守的なんだろうながっちがちに」
「どうゆう事?」
「ん? 先祖代々の土地を寸分たがわず守りぬけばそれで良しと考えてるって事だ。そういう意味ではファウンデルス卿は貴族の中では変わり者だな」
あの人は自分で国を大きくしようと考えてたもんね。貴族ってあんまりそういう欲はないのか。貴族ってもっと欲まみれでギラギラしてるのかなって思ってた。あの次男坊を見てると特にそういう思いが強い。
「はいはい。そういう話はそこらへんでストップよ、勇司さんも光司も」
「ぶっ!?」
母さん今日はネコミミか。ウサミミとかセーラー服とかナースとかをすでに見ている僕には動揺がない。だけど今日の衣装はチューブトップで表面がふわふわした感じの何かを着ている。そして尻尾と手足には肉球グローブとスリッパという気合の入れ方だ。父ちゃんが帰ってくるから気合いを入れて黒猫さんなのですね。
「るりっ、そ、それはどうしたんだ?!」
なぜかひどく動揺している父ちゃん。似合い過ぎててびっくりしてるのかな?
「ふふぅん。これはね、光ちゃん。勇司さんの・・・」
「おっとぉ、ここから先は言っちゃ駄目だぜ、子猫ちゃん」
うん、分かった。母さんがワルノリして着てると思ってた衣装は父ちゃんの趣味だったわけね。冷ややかな視線をくれてやる。
「さぁさぁ、母さんは着替えようかな。手伝って上げるから部屋にいこう部屋に」
「うふっ、うふふふふふふ。私たちは気にせず先に始めててね~」
「・・・・・・」
いそいそと部屋に戻っていく両親。えーっと突っ込むべきか突っ込まざるべきか。仲の良い夫婦っていうのは良く分かるんだけど、あんまり仲が良すぎるのは思春期の僕としては反応に困るところがあるよね! セリナは何かを想像して鼻血だしてるし、ミミはもじもじしながら熱い視線を送ってくるし、ヒロコは意味ありげににやーって笑いかけてくる。白夜だけは、いつもどおりしゃんと座って何があったのか分かってない様子だ。
「えーっと、まぁそういう事だからあの二人はほっとこう。うん、今日は二人は居なかったって事で、よろしく」
最初からどっか旅行に行ってるという設定にしておこう。それじゃあ、一号も金策も呼んでパーティを始めちゃおう!
古代遺跡の一角。エレベーターから一人の人間が辺りを警戒するように出てきた。いや、良く見れば頭部には人間には無いものが生えている。
「・・・ここは、どこだ? 遺跡という所に来たのか・・・?」
辺りを警戒しながら、ひとり言をつぶやく。額から前方に向けて角が生え、耳の生え際辺りから後方に向けてプレートのような形の角が生えている。髪の色は青く瞳の色も青い。それ以外は普通の人間と変わりなく、日に焼けた肌をしているのが目立つぐらいだ。なんらかの事情で遺跡に来てしまったようで、いまひとつ動きがぎこちない。
「しかしこれは好都合かもしれんな。ここであれば身を潜めるのにうってつけかもしれん」
深い森の中を歩いていたらなすすべもなく急に引き込まれ、気づけばこの場所にいた。追っ手を気にしながら移動していたせいで、こんな事になったがこれで確実に追っ手をまけるだろう。追っ手が同じようにここにくる可能性も無いとは言えないので早急に移動する必要があるか。
広々とした通路にほのかに明るい空間、壁や天井は滑らかな板が綺麗に並べられていて、隙間にはナイフ一つ入らない。物音ひとつせず静まり返っている不気味な空間だが、噂に聞く遺跡の特徴と一致する。遺跡は人間が管理している町の中にある為、我々魔族が簡単に入る事ができない場所なのだが、まさか追っ手から逃げる途中でこのような形で入る事ができるとは、運が良い。
仰々しい扉を押し開けると、中には人形が一体佇んでいる。通路の板とは違いこの部屋には一面に装飾がしてあり、なかなかに豪勢な感じがする。そしてこの部屋を抜けない限り遺跡の奥へと進めないので面倒くさいが、人形を倒す必要がある。
バタンッ
部屋の中に静かに入り、わざと音を立てて扉を閉める。すると、それまで微動だにしなかった人形がいつの間にか目の前に立っている。瞬間移動か。逃げ足は早そうな奴だな。目の前に立った人形はいきなり軽快な動きでこちらを打ちのめさんと攻撃してくるが、いかんせん俺から見れば隙だらけだ。
「?」
反撃の蹴りは空しく空を切る。人形の体を足がすり抜けてしまい、一瞬驚く。人形のほうも驚いたようで、足が体をすり抜けてからワンテンポ遅れて距離を取っている。あぁ誤魔化す必要は無いぞ。その姿は幻なんだろ? いまさら取り繕っても無駄だ。どこかにこの人形の幻をつくる魔具があるはずなのだが、この部屋のどこにも魔力を感じる事はできない。・・・面倒くさいな。面倒くさいが仕方ないか。そう思い気を取り直して、瞬時に魔力を込め一気に解放する。
バシュッ!
比較的魔力を込めて解放したおかげで、部屋全体がぼろぼろに破壊される。どこかに仕掛けがあったんだろうが、探す手間が面倒くさいのでこういう力技になった。ふむ、人形の姿が消えた所を見るとうまくいったようだな。
ここは魔力が少ない場所だ。たしか魔物も徘徊しているはずなので、そいつらから魔力を補充するとしよう。