迂闊
“隊長なんですか、あいつは! 我々がまったく相手にならないとかおかしいですよ!“
ボランドの焦った声が皆に伝わる。それも無理はないだろう。今までこちらより数の多い敵を葬りさってきた経験はあっても、自分たちより少数ましてやたった一機のフレームにここまで翻弄されてきた覚えはないからだ。
ティアンムの印の力のおかげで外部スピーカーを使わずに意思を疎通できる。今まではそれがかなりのアドバンテージとなり、たとえ数で負けていたとしても敵の不意をついたり隠密行動や連携をうまく行う事で勝利を得てきた。
「落ち着け、まだフィフィが行動不能になっただけだ。確かに空を飛ばれてはやりづらい相手ではあるが、私がなんとかしよう」
“フィフィは後方へ下がらせますか?”
冷静なノアの声が響く。やるべき事をしっかり把握しているのはいつもながら頼もしい。
「いや、いざという時は退く事も有り得る。あまり離れすぎないようにしろ」
“了解しました”
私の印の力であれば、喰らいつける筈だ。空を見上げ視界に白いフレームを収める。ぴたりと空中で静止している姿は凶悪な面構えのフレームではあるが、あたかも断罪を行う天使のように静謐で威厳ある力に満ちていた。
「行くぞ!」
目指すは白の正面、剣を構えてから力を出し惜しみする事なく解放した。
「え!?」
瞬時に白の前に移動し、構えていた剣を振り下ろす。白の光る手によって剣を弾かれるが、今度は白の直上に跳ぶ。機体の重量と落下速度を加味し、白へと剣を再度打ち下ろす。
ガッキィィン!
片手を振り上げ剣をさばこうとしたようだが、剣を手に打ちつけた瞬間に蹴りをお見舞いしてやる。見事に白の背面に直撃した蹴りは、確かな手応えと共に白を吹き飛ばした。そして休む間もなく、吹き飛んだ方向へと跳び体勢を崩している白へ剣を左から右へと横なぎに振るう。
フワリ
勢い良く振りぬいた剣は、剣の腹に手をつかれ綺麗に回避されてしまう。ならば、今度は真下に跳ぶ。この際、機体の体勢は左側が地面を向かせておき、白を打ち上げるように跳ぶ。横なぎに振るっていた剣を更に押し込むように、白へ接近したのだが更に勢い良く上方へと逃れられてしまった。
そこへ部下の援護射撃が撃ち込まれるが、白はひらりひらりと身を翻し適当にあしらっている。やはり白に直撃させるには生半可な事では無理なようだ。
白の正面に飛び込み、白が身を構えた瞬間に即座に後方へ飛んで剣を打ち下ろす。打ち下ろした剣を半身になる事でぎりぎりでかわした白は、裏拳で柄を叩いてきた。だが、柄に当たる前に少し横にずれるように跳び、打ち下ろした剣を切り返す。
コキィン!
裏拳の勢いを殺せずに回転していた白の足元から狙った剣は、足で剣の腹を蹴られて軌道を逸らされる。こいつ見てから反応するまでの時間が早すぎる!
キュキュキュキュン!
剣を振り上げた隙をカバーするかのように、マジックアローの援護が飛ぶ。普通の機体であれば距離を取る所だが、白は手でマジックアローをいなしながらこちらへ蹴りを放ってきた。
「ぐっ?!」
さすがにあれだけの数のアローが飛んでくれば距離を取るだろうと油断したせいで、モロに蹴りを食らってしまう。ごてごてとした足から繰り出される蹴りはかなりの威力で胸部装甲がすこし凹んだようだ。装甲はかなり強化されているはずなのだが・・・
「警告はしましたからね? 無駄な抵抗はよした方が良いですよ。あなたたちとは腕も機体の性能も違うんです。少し本気を見せないと納得しないかな」
少々芝居がかった声で白がそう言うが早いか、機体の両腕が吹き飛んでいた。
「なっ、なにっ?」
たった一射。
いつの間にか構えていたライフルから放たれた光線は右腕を吹き飛ばし、後方で翻って左腕を吹き飛ばして虚空へ消えていった。地上へ落下しないように、常に跳んでいた私の機体の間接部分を正確に狙って狙撃されたのだ。
“隊長!”
これは退かざるを得んな・・・
「あ、そうそう。事情を調べるのに一人は残って貰うからね。覚悟するように」
そういって白は器用に指を振りながら宣告してきた。
「うーん、テレポートする機体とかどういう仕組みなの?」
「知らぬ。知らぬが機体というより乗り手の力ではないかの?」
急に眼前に瞬間移動をしてきた青い重装甲型のフレーム。騎士のような出で立ちのくせに瞬間移動とかびっくりさせるよね。ぱっぱかぱっぱか出ては消え、出ては消えするからちょっと慣れるまでに一発食らっちゃったけど、所詮集中している僕の目から逃げられるものじゃない。
「あのテレポートする機体を捕まえても逃げられそうだよね。動かなくなってる魔道フレームを捕まえよっか」
「そうじゃな、ケージで捕獲するとしようかの」
それが良いね。動かなくなってるとはいえ、魔道フレームは何をしでかしてくるか油断できないからね。え、あれ?!
ボフン!
地上にいるフレームから煙幕弾が放たれる。おかげで有視界戦闘ではなく計器による戦闘になりそうだ。こんな煙幕を張ってもホワイトファングのレーダーには、しっかり機影が集結しつつある様子が映し出されているから無駄なのにね。ご苦労さん。
「って、うそっ?」
十機あった機影が全て一瞬にして、レーダーから消え去る。
「ホワイトファング! 広域レーダーに切り替えて!」
「だめじゃ、今レーダー圏から離脱されてしまった。衛星からの映像でも分からん所に隠れてもうたようじゃ」
くそー、黙って捕獲すれば良かった。単体だけしか瞬間移動ができないと油断していた。まさかあれだけの数をまとめて瞬時に移動させられるとは思わなかった。
でも、ハイローディスの部隊を退けるという目的は達成できたので良しとしておこう。目的が何かはわからないけど、どうせろくでも無い事に決まってるだろうし。ついこの間貴族と組んで攻めてきたばっかりだというのに、少数とはいえフレームだけで攻めてくるなんて何を考えているんだろう。また貴族のあほな人達が何か企んでるのかな? この間、僕の所にも怪しい奴が襲ってきたぐらいだし、あながち貴族が何か企んでいるのは間違いないかもしれない。
だけど、久しぶりにフレームに乗って戦えたから、すっきりしたなぁ。
「撃破できんかったが、まぁまぁ楽しめたわぃ。じゃが、敵が空を飛べんのは相手にならんからつまらんのぉ」
「そうだねぇ。でもしばらくはバルトス国内でしか飛行ユニットは出回らないから仕方ないよ。敵にまわると厄介だろうからね」
フレームで戦うと相手のパイロットが見えないせいで、人を倒すという意識が少なくなるけど僕は常に意識して戦っている。ただ、戦闘技術に関しては実戦ではないとは言えネット対戦をやりこんでいたのでかなりの経験を積んでいるはず。現に今も圧倒できた。まぁホワイトファングの性能のおかげって所も大きいけど、うまく戦えたと思う。あ、そうださっきの機体の腕が落ちてるはずなんだけど・・・あった、あった。一応持って帰ろう。唯一の戦利品だしね。
「次はフレームじゃなくて、魔石獣とやってみよう。魔石獣なら気兼ね無く全力でいけるからね」
「今から行くか!」
「いやいや、週末にでも行く事にしようよ。ひさしぶりにホワイトファングの調整もしておきたいしね。今日の戦闘データも検証したいし、飛行ユニットの調整もしたいしね」
「ふむ残念じゃ。じゃがまぁ、整備して貰うのに異論はないぞ」
「じゃ、戻るよ。飛行ユニットの限界テストも兼ねて全力で行くからね」
「了解じゃ」
推力に半分、機体の重量軽減と進行方向への障壁を張るのに残りのエンジンパワーを割く。さてさて、何分でロバスに着けるか試してみよう。