怒りの反芻。よく噛みましょう
ゆっくり休む? そんな考えくそくらえ。あ、ごめんなさい。うんこくってしまいなさい。
「あー・・・腹立つなぁ・・・」
思い出されるのはトリックパペットの姿。僕達が逃げる間際に見せたあの慇懃無礼なお辞儀。完璧に馬鹿にされてた。確かにまったくと言って良いほど僕達の攻撃は当たらず、向こうの思うがままにやられていたけど、それにしたってここまでコケにされてしまっては、あいつを倒さずにはいられない。
「僕って意外と負けず嫌いだったんだなぁ」
なんというか、ここまで悔しいと思うのは久しぶりな気がする。というか片手で数えられるぐらいしか無い。今はそんな事はどうでもいっか。とにかく今日の事を良く思い出して何かあいつを倒すための糸口を探さないと駄目だ。
「て言っても、特におかしな所は思いつかないんだよね」
一つずつ整理して行こうか。あいつの攻撃はどんなのだったっけ。まずはワイヤーだ。あれは使いようによっては、かなりの痛手を食らいそうな物だけどバルトの防御魔法のおかげで、肉が抉れるような威力ではない。当たり所が悪ければ骨折するかも? ってぐらいだ。次にマジックアロー。威力はごく普通のようで立て続けに食らうとやばいかもしれないが、そこまで脅威に感じる物ではなかった。ホーミングしていたのが謎だったけど。次に音波銃だけど、あれが一番痛そうだ。でも、一撃でやられてしまうという物でもない。
「こう考えると、あいつの攻撃は大した事無いんだよな」
だが、こちらの攻撃が一発も当たらないとなると事情が変わってくる。向こうは簡単に攻撃を当ててくるのに、こっちは全く当たらないんだから、ある意味じわじわと嬲り殺されるとも言えるだろう。いや、逃げる奴は追わないから殺しはしないか。プライドはずたずたにされるだろうけど。
だけど、残像なんて初めて見たなぁ。あれだけくっきり見えるものだとは思わなかった。というか、あいつの残像と本体との見分けがつかない。確かに剣は吸い込まれているはずなのに、手応えは無い。だけど、手応えが無いから残像とかではなく、ちゃんと攻撃を当ててくる。まるで攻撃の瞬間だけ実体化してる感じだ。いや、実際に実体化したり存在を希薄にしたりすれば分かる自信があるから、それは無いって分かるんだけどね。
「うーん・・・二人がかりでも三人がかりでも魔法でも駄目。魔法にいたっては掻き消されたりするし。基本的に防御能力が桁違いだよなぁ」
それに倒すと自爆するとか、どんだけ解析されたく無い奴なんだ。残骸が残っていれば分解して弱点を探したりできるかもしれないけど、ご丁寧に粉々になるというんだから全くもってあいつは人を馬鹿にするのが得意だと思う。でも、自分が倒される確立を減らすという観点から見れば、悔しいけれど凄いと言うべきだろう。
あと、何故かハルトを執拗に狙っていたのはなんだったんだろうか。
確かにハルトの馬鹿力は凄い。今日なんか特に壁も床も削りまくってたし。いつもは攻撃が敵に当たってるから分かってなかったんだけど、今日はまったく当たらなかったので、その被害は全部床と壁に向かったのだ。
・・・全部?
そう全てが壁や床に当たっていて、パペットにはまったくかすりもしていない。良く思い出せ。壁や床に攻撃が当たりそうな時は、ワイヤーで防がれてなかっただろうか。エリーのアイスランスも避ければそれで済むはずなのに、わざわざワイヤーで破壊していた。ハルトの技も出す前から邪魔をしていたし、レイの風魔法もワイヤーやマジックアローで相殺していた。という事は壁や床に何かあるのかもしれない。
これはちょっと試してみる価値がありそうだ。
「光司、ちょっと」
「ん、何?」
朝、学園に向かおうとしている僕を母さんが呼び止める。なんだろう珍しい。
「少し、気をつけなさい。ヒロコちゃん、様子が少し変なのよ」
「え?」
確かに以前と違って、最近家では静かなんだけど学園ではしゃいでいるのかと思ってた。
「あの子、印の精霊なんでしょ? あなたは忘れてるかもしれないけど「王の印」は光司が持ってるのよ? 印の力は使ってるの? 勇司さんは極力使うなって言ってたんだけど」
「いや、印の力なんて良く分かってないんだ。だから使ってるかどうかは分からない。でも使ってないと思うんだけどね。印もちっとも大きくなってないみたいだし」
印の力を使ってないんだから、精霊のヒロコの力が減るとは思えないんだけども・・・
「そう・・・でも、ヒロコちゃんを気をつけてあげて。時々、あの子が苦しそうにしてるのは確かなのよ。だからお願い。ね?」
「分かったよ、母さん。教えてくれてありがとう」
少し気をつけてみよう。なんにせよ、印の力を使わなければ大丈夫でしょう。その為に自分を鍛えまくってるんだもんね。もっと頑張ろう!
「お待たせー、じゃあ行こっか」
母さんと話してる間、少し離れた所で待っててくれてる皆の所に駆け寄る。今日もエイジス先輩が一緒だ。
「ねぇねぇ、コージ君。好きな食べ物って何?」
「パンチョのモモ焼き」
ちなみにテリヤキチキンみたいな食べ物だ。パンに挟んで食べるのもおいしい。
「ちなみに私は、パニモア鍋なの。だけど、一人で食べるには寂しいから中々食べられないのよね」
「小さい鍋で食べたら大丈夫ですよ。一人鍋用の鍋って売ってなかったっけ・・・」
元の世界だと小さい土鍋で、鍋焼きうどんを食べてた覚えがあるから、あれで鍋とかすると一人でも楽しめると思うんだけどなぁ。
「違うわよ、一緒に食べないかって事。ほんとこういう事にはすっごく鈍いよねぇ、コージ君は。知らない間に可愛い女の子を逃してるかもしれないわよ~?」
毎日毎日エイジス先輩と顔を合わせていると、異性という感じがしなくてお姉さん的な感覚になってきた。少々うざい時はあるけれど、母さんに比べると全然マシだ。ふと、ヒロコを見る。いつもどおりぼーっと歩いている。だけど、おかしい。食べ物の話に全然食いついてこないのは、いつものヒロコとは違う。母さんに言われて気づくなんて、僕も駄目だなぁ。
「ヒロコ?」
「ほえっ!?」
僕に声を掛けられるとは思っていなかったのか、素っ頓狂な声を上げるヒロコ。
「エイジス先輩が、パニモア鍋を食べたいから付き合って欲しいんだってさ。おいしいらしいぞぉ?」
「え! 食べるよ! おいしい物ならいつでもオッケーだよ! 何時行くの?」
「ちょっちょっと! コージ君を誘ったのに失礼ね!」
「えぇ・・・ボクには食べさせてくれないの・・・?」
ぎゃあぎゃあと一気に騒がしくなった。よかったいつものマイペースなヒロコだ。なんというか、本当にぼーっとしてただけなのかもね。
「じゃあ、エイジス先輩とヒロコがお食事してる間に、私たちは「レアリア」でお食事に行きましょうか」
「うん、ミミも行くぅ~」
なにげにヒソヒソ話すからこの二人、恐ろしい。でも、行くなら皆で行かないと駄目だよ、二人とも。そして、じーっと白夜を見る。白夜に装備するパーツを考える。白夜には飛行ユニットをつけたいんだけど、もう少しかっこいい形にしたいんだよね。ブースターを追加して機動性をさらに確保したいし。フレームって空を飛ばないから、制空権を握れるのは強みになるんだよね。
「コージ、ストップストップ。にやにやが出てるよぉ?」
むにゅっと抱きついてきて、僕を正気に戻してくれるミミ。あぁ、ありがとう。最近フレーム中毒の禁断症状が出やすいんだよね。一人前になるまでは我慢しようと決めたんだけど、やっぱりどうしてもフレームの事を考えてしまう。その度に、セリナやミミが今みたいに正気に戻してくれるんだけどね。しかし、ミミ。また育ったようだね。
「あ、ちょっとイチャイチャ禁止! 生徒会長として見過ごせません!」
「じゃあ、帰ってからこっそりする事にしますね、生徒会長」
「それはそれでもっと駄目なの! 家でそんな事したら一体誰が止めるのよ!」
「いや、セリナ達が止めてくれますよ???」
そもそも、イチャイチャとかしてないのにね。僕の暴走を止めてくれただけだし。あまり外で暴走すると周りの人が引くらしいから、家で暴走するようにしようと思っただけなのにこの生徒会長は、小姑みたいにうるさいよね~。
「それよりもこんな所で油売ってると遅刻しますよ、エイジス先輩」
「大丈夫だもん、生徒会長だし」
生徒会長だと遅刻免除の特権でもあるのだろうか。いや、そんな物は無いだろうな。この先輩のいつもの適当な言い訳なんだろう。きっと。
「はいはい、それじゃあ一般生徒の僕たちは急ぐとしますよ。さよーならー」
「あ、ちょっとぉ! 置いていくのはもっと駄目よー!」
きっと誰かが拾ってくれますよ先輩。見た目だけは綺麗なんですからね、うん。