明日へ繋ごう
「うーん、残念だけど今日は時間切れだね。お疲れさん」
テオ先輩がそう言い、僕たちは遺跡を後にする事にした。結局あれからキラーマシンを倒す事はできず、遺跡内をうろうろとするだけだった。本当は非常に良い事なんだろうけど、三十五階層付近にキラーマシンが居なくなっているのだ。おかげで、パペットで喪失した自信を取り戻すには時間が掛かりそうだった。
「まぁ撤退のタイミングとしては悪くなかったんだし、これも良い勉強になったって思わなきゃ。中々居ないよ、あれだけの強さでしつこく追いかけて来ない敵なんて」
確かにそうだ。ある程度強い敵はこちらを倒すまで追いかけてくるのが基本だ。だからミリア先輩の言う事も一理ある。あるんだけどやっぱり納得いかない。なんとかなりそうだと見極めた筈なのに、結局ダメージを与えられずに逃げ帰る結果になった。もう少し戦っていれば何か掴めたかもしれないけれど、あの場面では撤退するしかなかった。もっと、見る目を養わないと駄目だね。
「今日はキラーマシン一機だけって、喜ばしい事よこれは。このまま、上がってくる奴が少なくなってくれたら有難いんだけどね」
テオ先輩がそう愚痴る。聞けば、連日遺跡へ突撃させられているそうで流石に疲れがたまってくるそうだ。肉体ではなく精神的な疲れが。ベルスイートにおいて下っ端といえば二年生であった。だけど、僕達一年生が入った事で一番の下っ端はハルト達って事になった。とはいえ、ある程度の実力がなければベルスイートの活動はできないので、ハルト達が実力をつけるまでは、二年生が下っ端になるようだ。うーん、世知辛いねぇ。
「じゃあ報告して帰ろうか。あのパペットの攻略も考えなきゃだし」
「やっぱり諦めてへんか、コージは。まぁ、わしもあいつに一発ぶちかまさな気がすまんけどな。今日の借りを三倍にして返したるわ」
がっしと強い握手を交わす僕とハルト。うん、絶対あのフザケタ奴をぎったんぎったんにしないと気が済まないよね。呆れた顔をして僕らを見ているトリックスターの面子は気にしないでおこう。
ギュィィイイイイイイイイイィイィィィ・・・
地下にある格納庫に響き渡る駆動音。今、ここではガイアフレームの起動テストが行われていた。いや、この巨体ではガイアフレームと果たして呼べるだろうか。一般的なガイアフレームの全高がおよそ八~十メートル。それがこの格納庫でテストが行われているフレームは三倍以上の四十メートルはある。その大きさは今までのフレームの大きさの概念をぶち壊す巨大さだった。
「おい、ギガンテスの調子はどうだ。いい加減使えるようになって貰わんとな」
「これはこれはゲオルグ様。作業は順調に進んでますので、あと少しお待ちください」
巨大なフレームの前で、忙しく調整をしていた小男はゲオルグが声を掛けてきた途端にぺこぺこと頭を下げている。ギガンテスと呼ばれた機体は外観はしっかり出来上がっている様にも見えるが、これだけの巨体故に調整も難しいのであろう事が見て取れる。現に今も作業員が作業用通路を忙しく動き回っているからだ。
「そればかりだな、おまえは。で、あれを破壊するだけの力は当然あるんだろうな? それができないと話にならんのだぞ?」
と、ゲオルグと呼ばれた男は小男に睨みを利かせる。その眼光の鋭さに震え上がりつつも小男はしっかりと答えた。
「そ、それはもちろんですっ。このギガンテスならば魔石獣を薙ぎ払いながら、あれをぶち壊す事ができましょう」
「なら良い。その力を存分に奮えるように調整を怠るな。いいな?」
「は、はい! 勿論であります」
それだけを言い、ふっと、鼻で笑いながら格納庫から去っていくゲオルグ。ギガンテスが出来上がる期限を切らなかったのだが、その事が余計に実力を示さないと恐ろしい事になると暗示していた。なんと言っても貴族というものは、平民を傷つけるのに躊躇いは無い。果物の皮はめくって食べるのが当然のように、貴族が平民を虐げる事は当然だと考えているからだ。
「だが、チャンスはチャンスだ。誰も見向きもしなかった巨大フレームの製作に資金を提供してくれるのだからなぁ」
フレーム開発のメッカであるロバスであってもそれは例外ではなく、巨大なフレームを開発、もしくは開発しようとしている職人は誰一人として居なかったのだ。今までに発掘されたフレームの大きさを何の疑いも無く模倣し、変えようとはしない。大きさは力だ。大きければ大きいほどその巨体から繰り出される攻撃は威力を増し、誰も止められなくなる。小回りの効くフレームがちょろちょろするとは思うが、それとてこちらの攻撃が当たりさえすればそれで粉々になる。小さければ、大きい奴に敵う筈が無いのだ。
「くっくっく。大きいってのはどんな気分だろうなぁ・・・」
自身が背の低い男であるが故のコンプレックス。体が小さく、いつもいじめられていた為、隠れるようにこそこそと生きてきた。体の大きな者は、体の小さい者を当然のように顎でこき使い、遊び道具にすらしていた。小男は自分の半生を省み、いつか見返してやると勉強してきた甲斐があったと考える。幸いにしてフレームの開発能力がある男は自身の見果てぬ夢をフレームに託せたからだ。
大きくなって、小さい奴を蹂躙してやるという夢を。
それは歪で暗い情念が生み出したフレームであった。
「お母さんね、寂しくて死んじゃうよ?」
帰るなり、ミミを抱きかかえたまま玄関に出迎えに来た母さんは僕にそう言った。丁寧に頭にはうさぎの耳のおもちゃが付けてあった。白夜につけたら似合いそうだ。
「うさみみ似合ってるね母さん」
まずは軽いジャブ。うざさメーターが高い時は、普段はストレートの威力の言葉でもジャブにしかならないのだ。
「うん、当然よね。母さんこんなに可愛いんだもん」
「うぎゅぅ・・・」
かなり色々成長したはずのミミなんだけど、母さんを振りほどく事はできないようだ。ちょっと涙目で僕に助けを求めている。だけど、ミミを抱きしめているからこの程度のうざさで済んでいる訳なので、今ミミを救出する事はできない。諦めてくれ。
「あ。また母さんをほったらかしにする。いいもぉーん、すねちゃうもーん」
目と目でミミと話し合ってると、そういって、ちらりちらりと僕の顔色を伺う。これは泣いて縋って引き止めての合図なのだ。やりたくないけど、ここでやらなきゃ後がすっごい面倒なんだ・・・
「うさみみの似合う可愛い母さんが、眩しくて話しかけるのが恥ずかしかったんだ・・・ごめんね母さん、僕が悪かったよ。だから機嫌なおして? ね? ね?」
ミミがぽかーんとして僕を見ている。うん、自分でも誰だ! って思うんだからそんな顔で見ないで欲しい。お願い!
「・・・それほんと?」
「うん、可愛いよ」
ちらっとこっちを見る母さん。そして返事をする時に褒める事を忘れない。
「うさみみ似合ってる?」
「すっごく似合ってる。うさぎの女神様みたい」
警戒心の強い子猫が、少しずつ警戒を無くして来たかのように、にじりにじりとこちらへと顔を向けてくる。あと少しだ!
「・・・ちゅーしたくなる?」
「そうだね、ちゅーしたくな・・・ったら駄目でしょうがぁああああ!」
「あひょー!」
あと少しだっていうのに、我を忘れて怒鳴りつけてしまった。でも、いたずら小僧のように笑いながら逃げていった所を見ると、単に僕をからかってたようだ。はぁ、ほんといい大人な筈なのに疲れるよ。
「コージ、やっぱりお母さんにえちぃ事したいの?」
「ミミ、余計疲れるから変な事言わないで、お願いだから・・・」
ミミの純真な瞳でそんな事を聞かれると、どっと疲れが押し寄せてくるよ、ほんと。母さんは本当に碌な事をしないんだから。
とはいえ、母さんを最近ほったらかしにして夜な夜な出掛けたり、週末もセリナ達と出掛けたりしていたので、本当に寂しかったのかもしれない。父さんも単身赴任してるもんね。仕方が無い。今日は家でみんなでカードゲームしたりして、母さんに付き合う事にしよう。たまにはのんびりして身体をゆっくり休めなきゃね。うん。