光司の一日 その1
朝もやが消えやらぬ頃、ロバス近郊のうっそうとした森に鋭い気合の声が響いていた。魔石獣が頻繁に出没するロバスで森があるのは不思議かもしれないが、獣道ならぬ魔石獣道なるものがあるので、魔石獣はロバスのブロックとブロックにある通路を通って「ティンラドール」を目指す。というわけで道を外れた場所は比較的安全なのだ。
「よし、朝錬はここまでだ。お疲れ」
「・・・はいっ師匠」
師匠の言葉に、荒くなった息を整えて返事をする。最近の日課のこの訓練もようやく耐えられるようになってきた。とはいえ、まだまだ師匠の凄さには追いついてないけどもね。
「今日は余力があるようだな。補助魔法を使わず走って帰れ」
「鬼師匠きたぁあああああああああああああ!」
しかし、これも愛の鞭だと思えば軽いもんだ! なんだかんだで成長してるしね、僕!
「あ、おい・・・」
師匠が何か言ってたみたいだけど、猛ダッシュで家まで帰る。この世界は不思議なもので鍛えれば鍛えるだけ成長する。百メートル走で十四秒後半ぐらいの僕だったけど今では十秒を確実に切れる自信がある。ストップウォッチで計った訳じゃないけど、この速さは元の世界だとオリンピックで金取れそうだよね! しかも、まだまだ早くなれる余地があるみたいでタイムはどんどん短くなっている。
だけど、僕はむきむきまっちょって体型になった訳じゃない。いつもどおりひょろっとした体型で背は・・・まだ伸びてない。
「おはようございまーす!」
「おう、頑張っとるな! 無理すんじゃないぞー」
「はーい」
毎日、外と街中を往復していると門番の人と仲良くなって、今じゃ顔パスで通過できる。たまに新しい門番さんが居るので念のため通行証を持ってはいるけども、最近ではほとんど使う事はない。
朝日がゆっくり昇る中、肌寒い町の中を駆け抜ける。朝錬をしてきた後なのでこれぐらい肌寒い方が、火照った身体に気持ちが良い。それにバスもまだ動いていない時間なので大通りを悠々と走る事ができる。そして、少しずつ走る速度を落として行き、家に着く頃には歩くぐらいの速度に落としていた。クールダウンしないと身体に悪いって言うしね。家に帰ったらストレッチをしてお風呂に入って終了だ。
師匠との決闘もとい模擬戦から半年。師匠の監督の下に基礎から徹底的に鍛えられた。本格的な訓練なんか全くした事のなかった僕にとって、毎日血反吐を吐くぐらいの辛さだった。自分で師匠に頼んでおきながら、師匠を恨んだりする事もあったけど訓練を続けていく内に効果が現れてくると、現金な物でそれまで以上に訓練に打ち込むようになった。
「うー、気持ち良い~」
「気持ちいいねぇ~」
お風呂に浸かって伸びをすると、朝の疲れが取れていく気持ちになる。今日はまた遺跡実習があるので、気合を入れないとね。・・・あれ? 何か違和感があったような・・・まぁいっか。そろそろ上がらないとご飯食べてる時間が無くなっちゃうや。
「きゃっ」
・・・何か聞こえたけど平常心、平常心。ここで迂闊に反応してしまうとより危険になるのは明白だ。何事も無かったように扉を開け脱衣所へ。急いでタオルを巻いて着る物も脇に抱えて部屋に戻る。
僕はいまだに女性がちょっと苦手だ。いや大好きは大好きなんだけど、あまり話をした事がない女の子とは、いまだに会話するのもどもる。最近は特訓と銘打って、夜寝るときはみんな潜りこんでくるんだけど、これはこれで逆に慣れてしまって女の子を感じなくなってしまった気がしないでもない。なんというか極端だよね。美少女には何も感じないのに普通の女の子にはどきまぎしちゃうとか。普通逆だよね?
今朝も五人揃って学園に向かう。と言いたい所だけど、最近はプラスワンが着いて来る。
「おっはよー、コージ君! 今日も元気に走ってたね~」
「おはようございます、生徒会長」
あれから半年経つんだけど、いまだに生徒会長は僕につきまとっている。朝の登校時は必ずと言って良いほど一緒に行く事になっている。曲がりなりにも生徒会長なので色々する事があるようで、放課後はたまにしかちょっかいを出しに来ない。これが毎日来たりしたなら、追い出す事もできるんだろうけど程よく来るぐらいなので我慢できてしまう。なんだかんだで慣らされてるのかもしれない。
「コージ君は相変わらず冷たいねぇ。アイシャって呼んでよアイシャって」
「いえ、先輩ですし生徒会長ですし、なによりそんなに仲良くありませんし?」
「女の子には優しくしないと、もてないぞっ」
「いや、すでに美少女に囲まれて幸せですから?」
「もーああ言えばこう言う! コージ君、つーめーたーいー!」
だって、生徒会長って属性的に母さんに似てて面倒くさいんだもん。他の人には迷惑かけないのに僕だけに迷惑かける所なんて、まったくもってそっくりだ。
「そんな所で駄々こねてないで行きますよ、せ、ん、ぱ、い」
「もういいよ、それで。ふーんだ」
セリナ達は基本的に生徒会長にはノータッチだ。いくら生徒会長が美人で人気があるとは言え、僕が全く相手にしてないのが分かっているからだ。だけど、毎朝毎朝こんなやり取りを続ける先輩は、よく飽きないよねぇ。いい加減、諦めて他の人を構ってくれたらいいのになぁ。
「そうはいかんのですよ、コージ君。私はあなた一筋なぁの。うふっ」
なんかポーズを決めてウインクまでしてそんな台詞を飛ばしてくる先輩。その光景をみた通学途中の男子生徒は顔を赤らめてうっとりと先輩を見つめている。いや、女生徒まで顔を赤らめている。すごい破壊力だ。だけど、この周りの反応を見るたびに僕は思う。こんなに人気がある人がどうして僕に付き纏うのだろう、と。それとも僕がなびかないからこそ、この人の興味を買ってるのかなぁ? かといって、生徒会長を好きになるのも無理だしなぁ・・・なんというか、僕がうざいと思う事を狙ったようにしてくるんだよね。
「じゃあコージ君、またねっ!」
「はい、またです、先輩」
こうやって普通にしていれば、何も問題の無い人なんだけどなぁ。
「ようコージ、お前は毎朝かわらんのんぉ。わしとしては、上手くいって欲しいような、そうでないような複雑な気分やわ」
「おはようハルト。そんな事より今日も遺跡実習だよ。今日もぶっちぎりで勝ちに行くよ!」
「そんな事っておまえなぁ・・・まぁ、興味ないって事はわしにも少しは目があるっちゅー事やからええんやけどな。まぁ、勝つのは当たり前やコージ。今日は大物も狙ってくで」
「うん」
「・・・ラインハルトさん、先程の発言は命を縮める事になりますよ?」
「おわぁ!? お、おう分かった大丈夫! むしろ上手く行って欲しくないから!」
「そうですか。不用意な発言は危ないんですよ? うふ、うふふ」
黒セリナは見てるだけでも心臓に悪い。ハルトと顔を見合わせて変な事は言わないでおこうと固く誓いました。あ、師匠も来てる。
「師匠おはようございます!」
「あ、あぁお早う。コージ、お前はとりあえず最後まで人の話を聞いてから動くようにしろよ?」
「え、あれ?」
「まぁ、何事もなく帰ったなら大丈夫だろう。あまり無理はするなよ」
「はいっ」
なんだか僕はやらかしたらしい。だけど、結果オーライだったみたいだ。師匠はいまだに師匠と呼ばれるのに慣れないようだった。曰く、自分がまだ未熟であるにもかかわらずそのように呼ばれるのに違和感を感じるようだ。ほんとに謙虚な師匠だ。
さぁて、今日も遺跡実習をがんばるとしましょうか!
半年ほど進みました。
光司君はこっちの世界にとけ込む努力をしているようです。