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第三話 奔走トランサー

生徒会のとの対決に勝てるのか、トランサー!


っということで今回は勇作回です。


 討論的な文章は難しい!なので、今回は一味違うかも。


  ψ



 わずか数日前に発足した新聞部―新聞部予定者達は、いきなりの局面を迎えたようだ。まさか、創部でこんな事態になるとは、凛でさえも予想していなかっただろう。

 ―利用されるなんて。

 凛はそう言いながら席に戻った。浩も鼻を鳴らしながら席に着く。

 そんな二人を、光と由香は見ているしかなった。この空気を打開できるほどの語彙を持っている部員は、この部室内に存在しない。

 部室の長机の中心に総会資料が置かれ、五人はそれを凝視していた。打開策をそれぞれが考えているが、思い浮かばない。しばらく重い空気が流れるばかりだった。

 問題は、たった二行の文だ。

 凛が提出した部の規則に、コッソリと新たな規則が加えられたのだ。しかし、隠密にはできなかったようで、浩がそれを見つけてしまった。

「あわよくば、みたいに思っているでしょうね」

「この面子から考えて、そう思われても仕方ないよな・・・部長俺だし。俺、文面とか読まなさそうだもんな」

 浩があきらめた様に呟く。凛の青い瞳には、珍しく曇りが見えた。

 光はもう一度、問題となった文面を見た。


・ 新聞部の著作権・肖像権等は生徒会に帰属する。

・ 新聞部は生徒会活動の一環であり、生徒会の利益を優先とした活動が義務となる。


 つまり、新聞部は生徒会の傘下である、ということだ。そして、新聞部のために活動をしなければならない。ひどい捻じ込みである。

「浩・・・よく見つけたな」

 光は腕を組みながら言った。

「そうですね。このまま生徒総会で決議されちゃったら、私達逆らえませんもんね」

 しかもこんな目立たないところに、と光は総会資料の右下に目を向けた。わずかだが字のサイズが小さくなっており、色味も薄くなっている。生徒会役員も、よくぞ見くびってくれたものだ。

「なんか悪寒がしたんだよね。んで、生徒会室出て確認したら・・・みたいな。そのまま生徒会室に戻るのもシャクだから、ここまで来ちゃったんだよ」

「正解ね。あんた一人で乗り込んだりなんかしたら、丸め込まれて終わりだわ」

 凛はしれっと言う。浩は頭をガクッと下げながらうめいた。

 生徒会の話し合いが長引いたのは、それが理由なのだろう。しかし、一体何故、この期に及んでこんなことを。

「なんでまた新聞部なんでしょうか・・・」

 由香は首を傾けながら言った。

「新聞部が影響力持ってるからじゃねぇ?」

「なんでその新聞部が、生徒会に利益を与えるために活動しなければいけないんですか?」

 凛はうなった。

「そうよね・・・何か目的があるから、こんな風に―」

 その時、ドアが開いた。

 五人が一緒に視線を向けると、そこには恵が立っていた。

「よっ、みんな」

 声色をわざと変えて言う。それがまた可愛らしく、浩は鼻の下を伸ばした。―光はなんとか未然に防ぐ。

「恵せんせぇーどうしたんですか?」

 浩と恵が目を合わせ、恵はウインクをした。

「だって私、顧問なのよ。たまには見てあげないと」

 そう言って、部室を見渡す。

「それにしても、綺麗になったわねぇ」

 そういえば、この人は掃除に参加していなかったな。

 恵の目が驚愕に見開くのもそのはずだ。ここまで激変したとなれば、恐らくこの学校の伝説になるだろう。無論、超能力の恩恵を受けなければ成し遂げられなかったが。

「・・・ありがとうございます」

 由香がうつむき加減で言う。

 そんな由香を、恵は瞬きしながら見た。そして、全体に目線を向けて、再び瞬きをする。

「・・・どうしたの?」

 凛は黙って総会資料を恵に渡した。

 恵はしばらく資料に目を通すと、いきなり目の色を変えた。―あの文にたどり着いたのだ。

「ありゃ、これは」

 そう言って、恵は頭を掻いた。

「まさかこんな強行手段に出るとは・・・」

 その言葉に、凛がサッと反応する。

「何か分かるんですか?」

 強烈な凛の視線に、恵は一瞬戸惑っていたが、すぐに立て直した。

「うん・・・一応この学校には二年間いるからね。今の三年生達と一緒にこの学校に来たのよ」

 そう言って、総会資料を机の上にそっと置く。恵からはにわかに悲しげな雰囲気が漂っていた。

「これは少し酷いかもね。でも、仕方ないといえば、仕方ないのよ」

 恵は自分の黒髪をすいた。掻いてグチャグチャになった髪が、すぐに元に戻る。

 恵はため息と一緒に腕組みをすると、遠目で何処かを見ながら話し出した。


 近年の生徒会への支持率は、低迷の一途を辿っていた。別に校内で世論調査を行ったわけではないのだが、学園祭や合唱発表会などの生徒会活動での生徒達を見れば、それは一目瞭然だという。

 学園祭は我関せずといった状態で出し物に力を入れなければ、合唱発表会でもただ口を開いているだけ。競争心やチームワークなど皆無に近く、この高校に来た新入生は皆、驚愕するという。しかし、そんな新入生達も先輩の意思をしっかりと受け継ぐ。

 この悪循環ともいえる伝統が、この学校には根付き始めているのだ。―その伝統を崩そうとしているのが、今年度の生徒会。マンネリ化している学校生活に疑問を抱き、そのマンネリを打開しようと必死に案を模索していた。

 恐らくその結論が、この新聞部へのたった二行の文だ。


「これぐらいで、何かが変わるなんて―」

「あの子達も必死なのよ。伝統を途絶えさせるのって、とっても難しいのよ」

 恵は仕方なさそうに呟いた。思わずその口元に目が行く。

 由香はうつむき加減で言った。

「確かに、この高校って・・・なんていうか、みんなドライですよね。なんというか、傍観者っていうか。一つの輪の中から外に出ない感じですよね」

 浩はうなり、光を見た。

「・・・俺にはそんな心情、理解できないんだけどな」

「私もよ」

 凛は窓の外に目を向けた。

 凛や浩が理解出来ないのも無理はない。元々、そういう人間とはあまり関わりを持っていないのだろう。しかし、この学校は凛や浩のようなキャラクターが希少価値となっている。光はどちらかというと、我関せずな方だった。その象徴が中学校時代に所属していた演劇部であり、光は大道具作りだけに徹していたのだ。

 地域性なのだろうか。自分の世界だけで行動したい人間が、この地域には多い。そのため、半強制的参加による学校行事は、おっくうで仕方が無いのだろう。

「生徒会も発足して間もないのよね。真剣に打開策を練っていたんだと思う。そこに、あなた達が創部申請書を提出した。―しかも新聞部」

「利用するには最適だったわけだ」

「そういうことになっちゃうかな?でもまぁ、オカシイといえばオカシイわね。でも、仕方ないといえば仕方ないのよ」

 恵の言うことに矛盾が展開された。恵も百も承知だろう。しかし、表現するのにはそれしかないらしい。

 恵は再び全員を一瞥すると、腕を組んで笑みを浮かべた。挑戦もほのかに入り混じっている。

「で、あなた達はどうする気?」

 凛が即座に拳を机に叩きつけた。

 鋭い目つきが、恵を捉える。

「知ったこっちゃないわよ。自分達の問題を他部に任せるなんて、他力本願にもほどがあるわ。自分達の問題は自分で解決しなさいよ!」

 恵が困ったように両手をパタパタさせた。

「そんなこと私に言われても・・・」

 浩がイスを勢いよく引き、立ち上がった。

「生徒会室へ乗り込むぞ!」

「待って」

 それを、凛が右手で制した。声が据わっているため、浩は渋々とイスに座る。

「生徒会室に直談判したら、私達は負けるわ。やつらのホームでは、暴れられない」

「じゃあどうするんだ?」

 光はひじを付きながら言った。

 凛は総会資料を取り上げ、立ち上がった。

「やつらのアウェイ。つまり・・・」

 え、と由香が思わず声を漏らす。

「生徒総会ですか?」

 凛は誇らしげにうなずく。

「自分達の腹の中を、まさか全校生徒の前で披露することはできないでしょ?」

 凛は長机の周りをツカツカと歩き回り始めた。

 その通りだ。生徒の現状を生徒自身に突きつければ、生徒達が抗うのは目に見えている。反抗期だからではない。人間とは、そういうものだからだ。たとえ図星でも。

「それを、生徒の前で私達が披露してやるのよ!」

 光の予想通りだ。

「そうすれば、生徒会もオドオドするでしょうね。そこに、新たな規則を私達が提案する。生徒会は、それを承認するしかないでしょうね」

「少し酷い気が・・・」

 光は小さく由香に賛同した。さすがにそれが成功すれば、学園祭や合唱祭は例年以上のマンネリ化が見られるだろう。そうなれば、生徒会が可哀想で仕方ない。

「知らないわよ。利用しようとした自分達が悪いんだから」

 凛はそう言いながら恵の背後に歩み寄ると、恵の肩に手を置いた。

「先生、このことは内密にお願いしますよ」

 恵は困ったように笑みを浮かべたが、やがて小さくうなずいた。

「はいはい。頑張ってね」

 いきなり新聞部が目立つことになるな、と光は思った。創部して間もない赤子部であり、一年生だけが所属する部であるのに、よく凛は目立つことを考えたものだ。

 凛は恵の背後から離れると、再びツカツカと歩いて勇作の背後に立った。

 勇作は凛を背後に感じて目を細めたが、気にしないようにしている。

「なぁ・・・で、誰がその目立つ役をやるんだ?」

 光は凛を見ながら言った。部員の誰もが考えている疑問だろう。

 凛はニッと悪戯な笑みを浮かべ、

「もちろん・・・」

 勇作の肩に手を置いた。

「勇作よ」

 勇作が目をしばたかせた。もちろん、他の三人もそうである。

 沈黙のという名の空気が、部室の中を駆け巡った。

 勇作はうつむいてしまった。もともとうつむいていたのだが、更に。浩はそれをどうにかしようとオドオドしている。

 凛は勇作をいじめる気か?勇作の性格から考えて、人前に立つなど鬼畜すぎる気がする。この部はそれぞれのキャラクターに合わされたポジションが用意されているが、勇作のポジションはそんなところではない。

 ―どちらかというと凛のポジションだろう。

「あの、なんで僕なんですか」

 耐え切れず勇作が口を開く。あいかわらずの美声だ。

「そうだ、こういうのはお前がやるべきだろ」

 光は賛同した。勇作が人前に立って何かを言うなど、想像がつかない。

 勇作は小さく。―本当に少数しか気付かないような頷きをした。

「あなたたち、勇作をちゃんと見て言ってんの?私は、勇作の個性を理解して言っているのよ」

 凛のカリスマ性があるのは認める。だがしかし、何処をどう見たらそんなことを言えるのだろう。

「大丈夫よ、勇作。あなたは出来るわ。自分を信じなさい。覚醒するのよ、覚醒!」

 勇作の肩を掴んだ手を、凛はゆさぶった。

「え・・・そんな」

 勇作は小さな不満を見せるが、凛はお構いなしだ。

「いざという時は自分に催眠術かけなさい!」

 なんという助言だ。しかも顔が本気と見ると、本当にさせそうだ。

「鏡、貸しますよ」

 これまた変な同調を示した由香が、胸ポケットから手鏡を取り出す。

 勇作はというと、メガネの位置を絶えず修正していた。

「いや・・・あの・・・」

「はい、生徒総会資料。ここから穴を見つけるなり、主張を考えるなりしておいてね。明日が本番よ!」

 ひでぇ。光と浩は同時に呟いた。この呟きが抗議に繋がらないことは百も万も承知である。

 まるで、台本を読んだことが無いのに劇場に主人公として引っ張り出されるぐらい鬼畜だ。

「大丈夫よ。総会中は、由香のテレパシーで絶えずアドバイスしてあげるから」

 確かに、この部はただの新聞部ではない。超能力集団なのである。強大ではないが。

「それじゃ、今日は勇作のために部活は終わりにしておくわ。勇作、がんばってね」

 凛はそう言い残し、さっさとカバンを持って部室を後にした。由香が追うように部室を出て行く。

 嵐のように女子部員が姿を消し、部室には、男子部員と恵だけが残された。

「なぁ、勇作・・・大丈夫かいな」

 浩が心配したように言った。

「・・・もうやるしかないですよね」

 そして、チラリと光を見る。

「あ・・・そうかも・・・な」

 光はかける言葉が見つからなかった。

 勇作はめったに動かさない首を回し、恵に顔を向けた。

「先生、討論の指南書とか、ありますか?」

 恵は驚いて目を見開いたが、やがて、

「え・・・まぁ・・・あると思うわ。探してみるね」

「お願いします」

 光と浩は目を見合わせた。異様な空気だ。勇作の声色が、少し違う。どこか恐怖を感じるほど。

 勇作の目は、いつもの目と違っていた。

 

 一番星が輝き始めたころ、光は家の前でしゃがみこんでいた。

 久しぶりに猫が寝転がっていたのだ。ここ数日見かけていないので、光は何故か微笑み混じりに猫を見る。

「この前はごめんよ」

 光はしゃがみ込んで猫の頭を撫でた。猫は陶酔したような声を上げ、光を和ませる。

 やがて猫は撫でられるのに飽きたようで、そそくさと何処かに行ってしまった。尻尾を左右に振りながら歩く姿が、なんともいえない。

 光は立ち上がってドアを開けると、

「ただいま」

 という声と共に帰宅した。そしてそのまま、風呂場へと直行する。

「風呂は?」

 キッチンにいる母に大きな声で聞く。

「沸いてるわよ」

 母親がキッチンから顔を出して言った。

 光は適当に返事をして、堅苦しい制服を脱衣した後、湯船に浸かった。

 光の家の家族構成をここで紹介する。光は高崎家の唯一の子供である。つまり、一人っ子だ。母親は専業主婦で、父親は貿易関係の仕事をしている。父親は仕事柄、時間帯が不規則である。いつか帰ってくるか分からないし、いつ出勤するかも分からない。そのためか、光はあまり父との思い出がない。かといって、母親との思い出もそんなにあるわけではない。

 光は風呂を出ると、部屋着を着て二階の自分の部屋へ向かった。二階には物置と自分の部屋しか存在せず、日中はほぼ無人に近い。母親も息子の自主性を尊重するため、光の部屋には一切立ち入らない。

 部屋に入るなり、光はベッドにダイビングした。ベッドのスプリングが光の全体重を受け止め、きしんだ。随分年季のある音だ。

 頭の中を、グルグルと一日の出来事が駆け巡る。中でも、一番興味深かったのが、凛による勇作の指名だ。

 何故、勇作を指名したのだろうか。疑問が頭を渦巻く。彼は、そこまでの技量があるのだろうか。

 勇作とは、恐らく新聞部を介さなければ一生出会うことは無かっただろう。二人の共通点は、どちらも自分の世界に引きこもっているということだ。そんな引きこもりが、人前に急に出て大丈夫なのだろうか。

 凛は何を見たのだろうか。浩や光に出会う前に、何かがあったのだろう。そこから、何かを見出したはずだ。

 そう思っていた矢先、枕元で携帯が鳴った。

 光は手を伸ばして携帯をつかみ、画面を見た。便箋のアイコンが出ているので、メールだ。

 ―神園由香。

 テレパシーではない。珍しいのか、それともこれが普通なのか。そういえば、由香とメールアドレスを交換したのも覚えていない。

 やはり由香も普通の女子ということだ。テレパシーで世間話など、やはり気が引けるのだろう。

『凛さんにテレパシーで助言しろと言われたのですが、どうしたらいいですか?』

 光に言われても、明確な答えは出せない。光は討論が苦手だ。というより、口喧嘩など一生に二回ほどしかしていない。

『とりあえず、そういうのは由香のほうが得意だと思う。空気を読んで、相手の意表を突くようなことを言わせればいい』

 送信した。何故か落ち着かない。光は足をジタバタさせながら、返信を待った。

 無機質な着信音が鳴った。さすがと言うべきか、早い。

『質問です。ボス戦の時、MPがMAXの場合、あなたは最初に大技を繰り出しますか?それとも、危機を感じた時に出しますか?』

 思わず首を傾げた。いきなり世界観の変わった質問だ。

「なんだ?」

 思わず声を上げる。

 ―待て、これは比喩だ。討論に何か関係しているんだ。

 恐らく理科室での自己紹介のときに、RPGをやっていると言ったから、こんな文面になったのだろう。よく覚えているな。

 光は湿った髪を触れながら、某有名オンラインRPGをやっている自分を想像した。

 目の前に大蛇が一匹、持っている剣は火属性で、MPはMAX。そうなった場合は、最後まで温存しておくのが普通だろう。初めからやって回復魔法を使われるより、相手を追い詰めてからの方が楽だ。

『最後まで取っておくよ。切り札は最後、ってとこ』

 光は送信すると、勢いよく起き上がった。寝転がっていると、何故か落ち着かない。

 体育座りで、返信を待つ。

 ―そういえば、こんな風にメールするのは、浩以来だな。

 そんな風に考えているうちに、鳥が便箋を画面上に運んできた。着信の合図だ。光は着信音の鳴る前にメールを開く。

『やっぱりそうですか、実は今、凛さんとメールしてたんですが、切り札の話になったんです。私、迷っちゃったんで、光さんにメールしました。ありがとうございました。私と同じ戦闘方法ですね』

 女の子がRPGを・・・と光は思ったが、今やそれが普通だろう。女性を美化し過ぎていたのかもしれない。

 光は再びベッドに寝転がった。

 切り札とは、やはりアレなのだろうか。最後に言えば、生徒達は抗いだす秘密の呪文―。

 少し、残酷な気分になった。

 光は枕に顔を押し付けて、しばらく息を止めた。



 ψ



 次の日。つまり生徒総会当日だ。光はいつものように猫と戯れたあと、いつもの通学路を歩いた。いつのまにか、桜はほとんど散っている。

 丁度校門に差し掛かった時、勇作と偶然合流した。

 勇作は右手に本を抱えている。

「よぉ」

「あ・・・おはよう」

 光はそのまま目線を勇作の手元に下げた。

 『討論術』

 勇作は真剣に考えているようだ。しかし、それが生かされるのかどうか。

「が、がんばれよ」

 勇作はメガネをクイッと上げると、小さく頷いた。

「まぁ・・・できれば。正直言って・・・自信ない」

 無理もない。しかし、それを責めるわけにもいかないので、光は適当に返事しておく。

 勇作は頷いただけで、その後は黙々と本を読んでいた。何やら呟きながらページをめくり、目をギョロギョロと動かす。

 光は、なぜかその勇作の背中に哀愁を感じた。

 教室はいつものように騒がしかった。―誰も学校の話はしない。全員がグループを作り、休日などの楽しみ方を談義しているのだ。これがこの学校の生徒柄である。地域柄かもしれない。

 光は二つほどグループの間をぬって、自分の席に座った。誰も光のことを気に止めようとしない。

 光が筆箱を取り出すと、目の前のグループの輪から浩が出てきた。

「ウーッス、光」

 浩は輪を抜け出して光の後ろの席に座った。浩はグループに属すようなキャラクターではないので、複数ものグループを行き来している。それを、誰も怪訝には思わない。浩だからだ。

「お前、勇作見たか?」

 浩がニッコリと笑った。

「見た見た。結構真剣だったな」

 そうだろ、と浩。

「あいつがあんな性格だなんて思わなかったよ。でもまぁ、新たな一面を見れて良かったかな?」

「真面目なんだよな、あいつ」


 一日中、光は席についていたが、誰も生徒総会の話をしなかった。教師でさえも今日あることを言わなかったので、恐らく今日が生徒総会だと知らない生徒が多いだろう。

 この方が、意外性があっていいのかもしれない。その意外性こそが、強靭な意見の力となるのだ。―逆も言えるが。

 いつもと変わらない日常だったが、光はソワソワしていた。恐らく背後の浩もそうだろう。


 粘着性の高い水が流れていくように一日は終わり、残すところは生徒総会のみとなった。生徒総会があることをクラス長より告げられ、エー、という不満の声の中、ホームルームは終了した。

「なぁ光」

 生徒総会の会場である体育館に向かう途中、浩が光の肩に手を置いた。

「なんだ?」

「いけると思うか?」

 光は両手を上げて降参をしめした。

「分からないよ。神のみぞ知る、ってところかな?」

 浩は笑みを浮かべた。

「神も知らないんじゃね?」

 確かにそうかもしれない。勇作の力は未知数だ。

 光と浩は体育館のドアをくぐった。体育館にはもう、三百人ほどが座って待機している。

 ステージ側にある議長席を囲むように、右から一年、二年、三年と全校生徒が並んだ。最初はざわめいていたが、ドミノようにその喧騒は静寂へと変わっていく。

 隣のクラスなだけあって、凛と由香が目を合わせられるほど近くにいた。浩と凛は手を振り合い、小さく親指でOKサインを作り見せ合っていた。

 光はその間、周りを見て勇作を探していた。そういえば光は、勇作が同じ一年ということ以外何の情報も知らない。当然、クラスも分からなかった。

「それではこれより、第一回前期生徒総会を開会します」

 議長がマイクによって声を轟かせ、場の雰囲気は水をかけられたように静まった。


 生徒総会は順調に進んだ。定番のような生徒会スローガンが掲げられ、定番のような設定理由を生徒会長が述べ、定番の審議に移行する。もちろん、反対意見も場の空気を引っ掻き回すようなことを言う生徒も一人もおらず、意見が二、三個出ただけで、次々と議案は可決されていった。

 凛引きいる新聞部は、当然その間沈黙を保っていた。爆弾の導火線についた火、といったところだろうか。凛は静かに炎を燃やし、由香と何かを模索している。光と浩はそんな凛たちを横目に、流れていくような生徒総会を楽しんでいた。

 そう、全てはこの次から。

 勇作は静かに生徒会資料を読んでいた。


 議長がペラリとページをめくり、マイクに口を近づけた。

「次の議題について、本部提案をお願いします」

 はい、と爽やかな男の声が聞こえた。

 本部席から、メガネをかけた男が立ち上がった。ツリ目で鋭く、どう見てもそれは優等生の雰囲気をかもし出していた。

 メガネをかけたツリ目の男子生徒は、資料を片手に口を開いた。

「今年、部活動を担当させて頂くことになりました、谷川幹也たにかわみきやです。どうぞ、よろしく」

 そう言って、幹也はメガネを中指で持ち上げた。

「第三号議案。創部について。今年は、規定である部員数を下回ったため、写真部が廃部となりました。生徒会も承認済みです。そして新たに二つ、創部の申請が生徒会へ提出されました。超常現象研究部と、新聞部です。超常現象研究部は、去年までサークルでしたが、今年になって部員数が増加したため、部として承認されました。これについて、議長お願いします」

 議長が質問、意見を募った。

 浩はニヤニヤと笑いながら、光の肩に手を置き、声を潜めて言った。

「知ってるか?俺らが片付け忘れた人体模型の一件から、オカルト研究同好会への入部希望が殺到したんだってさ。んで、いっきに部へと繰り上がり」

 光も思わずニヤニヤした。

「なるほど、一役買った訳か」

 この学校には不思議がある、とでも思ったのだろう。まだまだ幼心の抜け着れない生徒が、未知の世界見たさに入部したのだ。真相を知ったら、どうなるだろう。

「まぁ、実は新聞部自体が未知の塊だったりするんだよな」

「皮肉なものだな」

 もちろん、反対意見が上がるはずもなく、すんなりと超常現象研究部は創部された。議長によって承認が伝えられ、やる気のないような拍手が鳴り響いた。

「超常現象研究部は、ただ今より完全に創部されました。今後とも積極的な活動を期待します。次に、新聞部の創部について。本部お願いします」

 再び幹也だ。

「はい。二つ目の部活動として、新聞部の創部申請が生徒会に受理されました。生徒会はこれを承認します。議長、よろしくお願いします」

 本部席の雰囲気がやや張り詰めた空気になったのを、光は感じ取った。浩も隣で不機嫌そうな面持ちを抱えている。

「来たな・・・」

 浩が小さくつぶやいた。光はこっくりとうなずく。思わず息が弾んだ。

 光が幹也に目を向けると、幹也も不安そうに場を見渡していた。

 沈黙が鳴り響く。これは、超常現象研究部の時と同じだ。しかし、新聞部としてはそれを避けなければならない。

「何か意見はありませんか?」

 議長が言ったが、再び沈黙。光はとっさに凛を見た。

 凛は顔をしかめ、しきりに由香の肩を軽く叩いている。由香は絶えずテレパシーを送り続けているのだろう。

 議長は場を見渡すと、フゥ、とため息をつき、マイクに顔を近づけた。光の視界に、微妙に表情をゆるませた生徒会長の姿が映る。

「それでは多数―」

「待ってください」

 幹也とは違う、これまた爽やかな美少年の声が体育館に響いた。立ち上がった姿もまた、美少年だ。

「勇作・・・」

 光と浩は思わず同時につぶやいた。勇作は、一年一組のクラスだった。

 生徒会長が不満そうに顔をしかめた。分かりやすい表情だ。議長も慌てて修正し、勇作を見ながら言った。

「し、失礼しました。一年一組・・・どうぞ」

 勇作は下を向きながらうなずいた。というより、立ち上がってからずっと、下を見たままだ。顔を上げろ、と言いたいところだが、手を挙げて立ち上がった時点で賞賛に値するので、何も言わない。―言えない。

 勇作はマイクを受け取った。自信がないのだろうか、少々猫背に近い。

「新聞部部員、徳永勇作です。新聞部なのですが、部の規則について、意義を唱えます」

 幹也は息を詰まらせ、振り返って生徒会席を見た。生徒会役員は全員、親指でGOサインを作り出している。

「すいません、部の規則について、何があるのでしょうか」

 勇作は首を振った。

「いえ・・・最後の二項目に、我々に覚えの無い条文が含まれているのです」

 新聞部の著作権・肖像権等は生徒会に帰属する。

 新聞部は生徒会活動の一環であり、生徒会の利益を優先とした活動が義務となる。

 勇作がその二つの条文を読み上げると、場内がざわめき始めた。

 光は由香を見た。由香は、しかめっ面で何やら口をパクパクさせている。

「・・・我々は生徒会の元に活動をしたい訳ではありません。・・・我々には理念や理想があり、それに・・・それに基づいて行動するつもりです」

 幹也がポケットから小さな冊子を取り出したのを、浩は見逃さなかった。

「・・・対策マニュアル作ってきやがったな」

 なぜ生徒会がそれほどまでに新聞部を取り込みたいのか、光には分からない。何か大きな勘違いをしているのでは、と不安になる。

「我々の学校の歴史から見ますと、新聞部は生徒会の活動を支援する直属の部となっているそうです。我々はその歴史から見て、条文が足りないと判断し、修正と加筆をさせて頂きました。何かすれ違いが起こったようですね?」

 幹也は余裕を感じさせる言い方だ。しかし、腹のそこではドキドキしているに違いない。

「・・・はい。我々は自由な新聞製作と生徒の利益を重点的に置いた活動を・・・活動をしていきたいと考えておりますので・・・生徒会活動の一環と・・・するわけにはいきません・・・あ、型にはめられる・・・ので」

 幹也はフーッ、とため息をつき、困ったような顔を見せた。

 これが演技だとしたら、アカデミー賞を差し上げたいほどだ。いや、恐らく演技なのだろうが、幹也それほど臨場感のあるリアクションを見せた。

 幹也は背後を振り返り、生徒会長を見た。生徒会長は小さくうなずいた。

「実を言わせてもらうと、我々生徒会では、その新聞部の方針が論点となり、長い時間話し合うことになりました。何故だと思います?」

 凛は歯を食いしばった。まずい。今の流れは、完全に生徒会の手中にある。全て予想通りだったのだ。覇気のない学校の頂点に立つにしては、能力がある。

「ところでさぁ」

 浩が隣で呟いた。

「さっきから議長、空気じゃね?」

 光は同意した。

「仕方ないって。恐らく論争になることが予想されて、今の時間だけ介入不可能なんじゃないの?」

 そう言って、光は議長を見た。

 議長は戸惑いながら、二人を交互に見ていた。何かを言おうとマイクに顔を近づけるが、空気を読んだのかそれを途中でやめる。

「前言撤回」

 光はため息混じりに言った。議長は予期していなかったのだ。

 幹也は肩をすくめ、白い歯を見せた。きらめく白い歯を。

「それは、新聞に多大な影響があるからです。そんな新聞を高校に入学したての一年生に一任するのは、早いと感じたのです。一年生の視点から見られて、勝手な記事を出されるのも困りますから」

 勇作は言葉を詰まらせた。思わずその声が嗚咽にも聞こえてきて、光は心配になる。

「いや・・・その・・・」

 助けを求めるように勇作の視線が凛に注がれた。

 どうしようもない。凛は万能の神でも、討論の達人でもないのだ。すぐに反対意見がでるはずなどない。

「あの・・・生徒会は・・・えっと・・・」

 光が脳内でシュミレーションした通りになった。勇作は言葉を詰まらせながら、全校生徒の視線を浴び、生徒会に攻撃を受けている。

「さきほどあなたは、生徒の利益を重点的に・・・とおっしゃっておりましたが、生徒会は生徒に含まれないのでしょうか?我々は、生徒の代表をしているのですが」

「え・・・あ・・・」

「それに、新聞のネタにするようなものは、この地域では少ないと思います。そうなってくると、あなた方はスクープにはしってしまう。そんな下品な芸当をするような部活動では、我々生徒会の沽券に関わります。そうなら、あらかじめ生徒会の参加に入って、上品な記事を出す方があなた方にとっても良いのでは?」

 無茶苦茶だ。光は歯をくいしばった。反対意見に相応しくない、逸れたような反論だ。―しかし困った相手には、もっとも効果的である。

 勇作は下を向いたままだ。握り拳を握り締めている。

「我々が勝手に条文を書き変えたことについては、謝罪します。何分、多忙だったもので。―しかし、どうでしょうか?我々生徒会と共に活動してはいかがですか?生徒会はそれが両方にとって得策と考えています。まぁ、個人的にもそう思います」

 生徒会側の優勢は目に見えていた。生徒達は思わぬハプニングに楽しんでいたが、新聞部側としては切羽詰った状況だ。

 やはり凛の采配が悪かったのだろうか。―そもそも何故、凛は勇作を選んだのか。

「新聞部側はどう思いますか?」

 こりゃ、駄目だ。浩はそう呟いた。

 沈黙が流れた。由香が絶えずテレパシーを送っているのだろうが、勇作は応じない。

「・・・徳永さん」

 幹也が余裕の笑みを浮かべながら言い放った。

 その瞬間、勇作は目の色を変えて顔を上げた。そして、その目を見開いた。握られていた拳が、ゆっくりと開かれていく。

 幹也と勇作が、初めて目を合わせた。

 光は、二人の間に流れるただならぬ気配を感じ取った。

「うぇ~いつ気づくと思ったら、今かよ」

「だよなぁ~ずっと下向いてりゃあな。やっぱり顔でわかっちゃったか」

 背後の男子生徒が会話していた。浩はとっさに振り返ると、その二人の男子生徒に話しかけた。

「え、君たち、何か知ってんの?」

 二人の男子生徒は浩を見ると、静かにうなずいた。怪訝に思われないのは、浩の人徳というものだ。

「あの幹也先輩は、勇作と犬猿の仲なんだよ」

 光は首を傾げた。

「犬猿の仲?幹也先輩と?」

「あぁ。勇作が中二の時、中三の先輩が幹也さんだったんだけど、幹也先輩が勇作に色々いらんこと言っちゃってさ。あの静かな勇作をキレさせて大乱闘。勇作が幹也先輩をボコボコにしちゃったわけよ。で、あれから勇作は中三に目を付けられるようになっちゃったんだよね」

 幹也の性格が滲み出たエピソードである。光は心の中で苦笑した。

「じゃあ、今の状況って・・・」

「そう、久しぶりに顔を合わせた・・・ってことかな?」

 なるほど。浩はそう呟くと、男子生徒二人にお礼を言い、前を向いた。光もそれに習って前を向く。

「っということは、いい効果だぞ」

 浩は幹也をジロリと見た。

「そうだな」

 光は勇作を見る。

 勇作の目つきは完全に豹変していた。捕食の前の鷹のようだ。

「もう一度聞きます。新聞部は―」

「断固反対」

 声色の変わった勇作の声が、体育館中に響いた。恐らく、体育館にいる生徒は驚いたことだろう。新聞部員も例外ではない。

「そもそも、モラルが低くなるのを懸念されて生徒会の傘下など、おかしい話じゃないですか?自主性のカケラもない。ネタなんてそこら中に転がっている。それを見つけられないと言った、あなた方生徒会が無能ではないのでしょうか?そして―」

 勇作はメガネを中指で押し上げた。反射光が光の目に届く。

「勝手に規則を加筆した時点で、あなた方生徒会は権力を乱用している。しかも理由があなた達による勝手な解釈。上にいる立場の人間が確認もとらずに勝手に解釈?信じられません。でも、あなた方生徒会はそれをした」

「勝手な解釈とはとても人聞きの悪い。もう少し口を慎んだらどうですか?」

「知ったこっちゃない。あんたらの暴走に比べればこんなこと。権利の乱用もしていなければ、勝手な解釈もしていない」

「生徒会の承認を得られなければ、この場で審議されないことは承知でしょうか?」

 幹也の必死の抵抗が感じられる。冷静を保とうとしているが、難しいようだ。

「はい。生徒会で承認されたから、この場で審議されているのでしょう?それとも、あなた方生徒会が突然議案を棄却する気ですか?そんなこと、前代未聞ですよ。生徒会の安定感の無さが浮き彫りになります。」

 体育館に別のどよめきが響き始めた。この饒舌さが、全員を虜にしているのだ。形勢は、いっきに新聞部側の優勢へと進んでいた。勇作は上手すぎたのだ。ピンポイントで批判をして、脅迫もうやむやながら混じらせる。

 光が凛に目をやると、凛は静かにガッツポーズをした。

「こりゃ、勝ったかも」

 浩が呟いた。

 勇作は生徒会資料を地面に置いた―落とした。生徒会資料はバサッと嫌な音を立て、地面に舞い落ちる。そして、その姿勢は猫背から直立不動へと変貌していた。

「それに、権力の行使も目立ちますね。これ以上やれば、生徒会は悪者ですよ?」

「それはあなた方新聞部にとって、でしょう」

 幹也が鋭く言う。

「そうかもしれませんね。しかし、この事実を、我々は全校生徒に伝えたつもりです。恐らく大半が熟知したはずですが」

 幹也はうなった。更に、勇作はたたみかける。

「あなた方の言い訳は、まさに自分達が勝手な解釈をして加筆をしましたと、生徒に伝えているような言い訳です。上に立とうと努力するのは称えますが、たまには目線を下げてみてはどうでしょうか?」

「言い訳と捕らえられるとは、心外ですね。我々生徒会には権力があり、そこに責任が発生します。その責任を果たそうとしたまでのことです」

 勇作は静かに笑みを浮かべた。

「そうですね。確かに、責任かもしれませんね」

 そして周りを見渡し、一呼吸着いた。

 凛は思わず、由香の肩を強く握った。

「今よ。由香」

「凛さん、さっきから送ってます」

 え?と凛は疑問の声を上げた。

「勇作さん、さっきから私たちのアドバイスをまるっきり無視してるんです」

 そうなの?と凛は呟き、勇作をゆっくりと見た。

「・・・俺に任せろ、ってことか」

 勇作は凛と目を合わせた。一瞬だったが、凛はこれから勇作が何をするのか予想できた。

 ―ここで、切り札登場か。

「しかしその責任は、生徒会に皆様にとっての責任なのではないのですか?我々新聞部には一切関係ない・・・いや、関係ないはずだった」

「どういうことですか?」

 光と浩は見合わせ、ニマッと笑みを浮かべた。

 幹也はドツボにはまった。アリがアリジゴクの巣へと落下したのだ。もう、逃れられない。

 勇作は重々しく口を開いた。

「あなた方が新聞部を利用して、生徒会への求心力を高めようと企んでいるのはもう、知っています。そのために、我々新聞部の規則を改変したのですよね?」

「な・・・」

 幹也の声が詰まった。

 その瞬間、場内は異様な空気に包まれた。

 それもそのはずだ。今まで生徒のため、新聞部のためと言ってきた生徒会が実は、自分たちのために権力を行使していたという事実が、浮き彫りになったのだから。

 ざわめきの中で、勇作はマイクを下ろして幹也を見た。その目には、確かな勝利の色が輝いていた。

 幹也もマイクを下ろした。もう駄目だと悟ったのだ。

「よ・・・よろしいでしょうか」

 議長がやっと場を仕切りだした。生徒会代表と新聞部代表は互いに了承し、そのまま決議へと移行する。

 勇作はマイクを役員に返すと、静かに座った。しかし、その目はまだ幹也を捉えている。

 しばらく勇作と幹也は目を合わせた。勇作は微笑み混じりに、幹也は憎々しげに。

 目を最初に背けたのは、幹也の方だった。勇作は優越感を胸に水平に広げながら、真顔に戻った。

 多数決ではもちろん、新聞部創部への賛成派が大半を占めていた。平坦な日常に素晴らしい討論ショーを展開してくれた、新聞部へのお礼なのだろう。

 三割り増しに音が大きくなった拍手の音の中、部員全員は笑みを浮かべて目を見合わせた。


 光はドサッとイスに座ると、ため息混じりに天井を見上げた。たった二日前に付けた新品同然の蛍光灯が、煌々と光の顔を照らす。

 部室のドアが開き、続々と部員が入場してきた。全員の表情が晴れやかだ。

「いやぁ、それにしても勇作がここまでやってくれるとはね」

 凛がイスにもたれかかり、白い歯を出しながら言った。

「いや、たまたまです・・・」

 勇作は下を見ながら言った。なんとなく、照れているように見えるのは光だけだろうか。

「あの人が部活担当で良かったわぁ。おかがで勇作のスイッチも入ったし」

 光は天井を見上げるのを止めると、机に身を乗り出して凛に顔を近づけた。

「もしかして・・・そのことを知っていて?」

 凛は目を細め、悪戯な笑みを浮かべた。

「ええ。たまたまクラスの子に同じ中学だった子がいて、聞いたのよ。勇作のこと。それで、調べてみたらその首謀者が部活担当じゃない。これはもう、勇作しかないと踏んだわけよ」

「えらい自身ですな」

 浩は背もたれにもたれかかりながら呟いた。

「勇作の能力が高いのは、もう知っていたわ。まぁ、女の直感みたいなものだけど。勇作から出ている雰囲気で感じない?・・・これは、できるって」

 浩と光は本を読む勇作を一瞥すると、再び凛に向き直った。

「でも、雰囲気にすぎないんじゃないのか?」

「クラスの子に聞いたら、成績優秀スポーツ万能。顔も申し分ないし、まさにパーフェクトだったらしいわよ。―根暗なところ以外ね。ほんっと、もったいないわよね」

 浩はキッと目を細めた。

「あぁ、うらやましい限りだ」

 光は苦笑した。

「そう嫉妬するなよ」

 天は人に二物もあたえない、と言うが、本当だ。勇作は美少年でスポーツ万能成績優秀だが、その性格が講じてほとんど目立たない存在だ。勇作と浩を足せば、恐らく相当のプレイボーイになるに違いない。芸能界も夢じゃないだろう。

「ありがとね、勇作。あなたは新聞部の隠れ番町よ!」

 凛はハキハキと言った。隠れ番長って。

「じゃあお前は番町か!」

 浩がツッコミを入れる。

「え?違うの?あなたは部長。勇作は隠れ番長。私は番長でしょ?」

「じゃあ、私は何長ですか?」

 変なタイミングで由香が割って入る。思わず光は頭を抱えた。

「あなたは電子部長よ!」

 何を言っているかよく分からない。凛もそうだろう。

 由香は、一人でニヤニヤしだした。

「電子・・・部長・・・」

 満更でもないようだ。

 光の泳ぐ目と凛の目が合った。すると、凛はまたも悪戯な笑みを浮かべる。

「あなたは(ひら)長ね!もう、一番良い役じゃない!」

 凛は人差し指を光の額にグイグイ押し付ける。

「そりゃどうも、がんばって勤めさせていただきます」

 と、光は仕方なく棒読み口調で言った。

 凛はイスを引くと、イスの上に飛び乗った。まるでムササビの飛翔のように体が軽々しい。

「さて、これで完璧に創部ね!みんな」

 満を持して凛は言い放つ。

 凛の青い瞳に、浩、光、由香、勇作の四人が映った。


 この後、新聞部の新聞第一号が校舎の正面玄関に発表された。内容にニュース的要素は一切含まれていない。内容は、生徒会との決別を全面的に出した記事だった。


『我々新聞部は自らの理念、思想の下に活動することを誓います!』


 

  ψ



 その日、図書室の最奥にある、暗い雰囲気の漂うドアに、華やかなピンクの表札がかけられた。いくらかは明るくなるだろう。

 光はその表札を見ながら、そっとドアノブに手をかけるのだった。


浩「作者の苦手分野が出ちまったなぁ」


凛「色々言わない!一応読みやすくなったでしょ?」


光「・・・おい、次回予告は」


凛「あ、忘れたわ!」


【次回予告】

凛「っということで、次回はプシー初のほのぼの回!」


光「どういうことだ?」


浩「そういうの必要だよな」


光「だからどういうことなんだよ!」


 次回!プシーデイズ第四話!

              『ティータイム論争』

                       お楽しみに!

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