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癒しの力を持つ少女 ~闇堕ち寸前のラスボスを救ったら太公一家に溺愛されちゃった!?~

作者: ムームー
掲載日:2026/08/09

連載版を投稿開始しました、こちらも読んで頂けると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n3978mp/

長編版は少しタイトルを変更して、『癒しの力を持つ大公女 ~闇堕ち寸前のラスボスを救ったら太公一家に溺愛されちゃった!?~』となります。

 ミレイユには前世の記憶がある。だがその記憶は辛く、そして忌まわしいものだ。

 前世である田村美咲の両親は彼女の事を蔑ろにして、妹や弟達ばかりを可愛がった。そしてそんな両親を見て妹達も彼女を蔑み、私物を盗んだり暴力を振るうなど嫌がらせ繰り返した。

 そんな生活環境に嫌気が差し、必死に勉強して奨学金で大学まで進学し、実家から遠く離れた都内で自立への道筋をつけた。

 これでようやく解放される。そう思った矢先に彼女は交通事故に巻き込まれて死んでしまった。

 

 そして転生先のミレイユにある時前世の人格と記憶が甦った。何が起こったのか分からぬ彼女は、近くの池に映る自分の姿を見て絶句する。

 身に纏う服はあちこちが解れたボロボロのもので、くすんだ灰色の様な髪はボサボサで碌に手入れもされていない。

 痩せ細った身体は大小様々な擦り傷や打撲の跡があり、まず間違いなく碌な環境で育てられていないというのが分かる。そしてその事を身を以て思い知らされることになった。

 

 ミレイユはこの屋敷、オルフィア伯爵家において出来損ないと蔑まれる存在だった。この世界には魔法が存在し、伯爵家は火の魔法使いとして有名なそうだ。

 だが彼女は伯爵がメイドに手を出して産ませた私生児で、夫人の怒りにふれメイドを辞めさせられた母親が死んだ後に、魔法の才があるかもしれないと伯爵が引き取ったが、正妻の子供達が高い魔法の才を示す中、ミレイユだけは魔法が使えなかった。

 

 伯爵は彼女に出来損ないの烙印を押し使用人として扱う事を決め、婦人や子供達は彼女を苛め痛めつけ、使用人扱いになった彼女を他の使用人達も冷遇し奴隷同然の扱いを受ける。この状況を把握するまでの数日間、碌に食事も与えられずに朝から晩遅くまで働かされ続けた。ただこき使われるだけならまだ耐えられた、だがそれ以上の苦痛が彼女を襲う。


 「ふん、まだ生きていたのかこの出来損ないめ」

 「お父様ったらなんでこんな出来損ないを生かしておくのかしら……何よその目は、ゴミの癖に生意気よ!」

 「アンタなんかさっさと死んじゃえばいいのに、キャハハハッ」

 「兄様や姉様達の言うとおりだ、出来損ないの平民なんか生きてる価値なんかないんだぞっ!」


 伯爵家の嫡男ノヴァは彼女の事をゴミを見るかのように蔑み、まだ生きていたのかと吐き捨て罵声を浴びせる。

 長女のエルヴィラ、そして次女のサーリャは鞭で彼女の背を打ち。

 次女のサーリャと末の弟であるラアイズは側役達に命じて彼女に暴力を振るわせ、その様を見ながらケラケラと笑った。

 伯爵家の子供達はミレイユを見つける度に罵声を浴びせ嘲り、暴力を振るって彼女が苦しむ様を愉しんでいた。


 

 

 「い、痛いよぉ……こんなのってないよぉ」


 掃除もされていない物置代わりの部屋、誰も寝静まった夜にミレイユはポロポロと涙を零す。

 苦労してやっとあの両親や兄弟達から解放されると思ったのに事故で死に、転生したら前よりも遥かに酷い環境、私が何をしたっていうのよ、と彼女は嗚咽交じりの嘆きを繰り返す。


 「わ、私は……幸せになっちゃいけないの……?」

 『そんな事無いわよ、貴方には幸せになる権利があるわ』

 「っ!?だ、誰っ?」


 なんでこんなに辛く苦しい事ばかりが続くのか、痛む身体を自分で抱きしめながら涙を零す彼女の頭に響く声。

 パッと顔を跳ね上げキョロキョロと周囲を見回す彼女の前に、淡い光が集まり人の形を象る。

 戸惑う彼女の前に姿を見せたのは、美しい金髪をポニーテールにした若い女性だった。


 『やっぱり、貴方の中から光の魔力を感じられるわね……それも不思議な力も帯びてる』

 「あ、貴方は誰ですか……?」

 『私?私は精霊、神様に代わってこの世界の理を管理する存在。光の精霊王リモーネ、それが私の名前よ』

 (リ、リモーネ……それって、あのゲームに出て来た!)


 思わず見惚れてしまうような美しい女性に頭を撫でられドキドキするミレイユ。戸惑いながらも尋ねれば返ってきた言葉、そしてその名前に彼女はハッとする。

 光の精霊王リモーネ、それは前世で彼女がプレイしていた乙女ゲーム『スターライト・ロンド』に出てくる設定上のキャラクターだ。

 『スターライト・ロンド』は男爵の庶子であるヒロインが希少属性である光魔法に覚醒した事で、帝国貴族の子息が学ぶ魔法学園に入学し攻略対象のキャラクター達と絆を深めていくゲームである。

 二部構成に別れており、前編ではヒロインと攻略対象達の学園での日々を描くが、後編はこの国、アークトゥルス帝国を揺るがす陰謀と戦争、そしてそれを引き起こした黒幕との戦いを描いたハードな展開もある作品だ。


 (ス、スターライト・ロンドの世界にて、転生してたなんてっ!で、でも待って、私後編のキャラクターとか陰謀なんて殆ど知らないっ!)

 『どうしたのー?もしもーし』


 だがここで一つ大きな問題がある、ミレイユは前世でこのゲームをプレイした事はあるが、前編すらクリアする前に死んでしまい、ネタバレを避けていた為物語の要である後半の陰謀やキャラクター達について殆ど知らないという事だ。

 あああ、と声を漏らして再び頭を抱え込むミレイユを、リモーネは小首を傾げながら頭を撫で呼びかける。

 転生知識もあまり役に立たない上に、能無しの烙印を押された自分がどうすればいいのだとプルプルと身体を震わせていたミレイユだったが、自分の身体を包む淡い輝きに気付く。


 「え……?」

 『じっとしてて、今怪我を治してるから……酷い事するわね、こんな可愛い子になにするのよ……よしよし、辛かったわよね、苦しかったよね』

 「あ……う、うぅぅ……うぇぇぇんっ!」


 治癒魔法をかけながら、自分が汚れる事など構わないといった様子で、薄汚れたミレイユの小さくやせ細った身体を優しく抱きしめながら頭を撫でるリモーネ。

 その暖かさと優しい言葉にミレイユは瞳を潤ませ、堰を切ったかのようにワンワンと泣き出す。そんな彼女の身体を抱きしめつつ、精霊は傷ついた少女の身体を癒していく。

 

 『はい、これで良しっと、もう痛いところは無い?』

 「あ、ありがとうございます……大丈夫です。あ、あの、質問があるんですが……」

 『何かしら?』

 「ど、どうして私の所に来てくれたんですか?何か理由があるんですか?」

 

 あれだけ擦り傷や打撲があった身体がすっかり癒えている。自分の身体の具合を確認した彼女はリモーネに深々とお辞儀をした後に、胸の中に生じていた疑問を投げかける。

 ゲームの世界では精霊王達は神の代理人としてこの世界の理を司る信仰対象という設定で、知りうる限りでは本編には大きく関わってくる筈の無い存在だ。それが何故自分の前に姿を現したのか、それが分からないのだ。


 『貴方の中に生まれた力を感じ取って来たのよ。貴方には光魔法の才能があるの、それも凄い力。他人の心や身体も癒せる程に』

 「心身を、癒す……?治癒魔法と違うんですか?」

 『貴方のは特別ね。普通なら治癒魔法では重い病を癒すのは結構難しいし、何より精神を癒す力なんて私達も出来ないわ』


 私に光魔法の才能?他人の心身を癒す力?そんなものが自分にあるなんてとミレイユは戸惑いを隠せない。だが精霊王たるリモーネが嘘を言うとも思えない。

 この世界には治癒魔法は存在するが、それは怪我の治療に特化したものだ。病気に効くものもあるが、重い物にはあまり効果が無い。だがミレイユの力は他人の弱った心や身体を癒し、重い病へも効果が期待できるとリモーネは語る。

 考え込むように視線を下に向けるミレイユに対し、精霊王は優しく微笑みながら口を開く。


 『貴方にお願いがあるの、三日後この屋敷を訪れる青年を、その力で癒して欲しいの』

 「え、ええ?そ、そんな事言われても私……ち、力のつ、使い方も分からないのに……」

 『大丈夫、さっき治療した時に貴方の中に眠ってた力が目覚める様に干渉したわ。その人と触れ合って、その人を癒したいって願えば貴方の癒しの魔法は発動するわ』

 「……わ、分かりましたっ、やれるだけやってみます!」


 戸惑い躊躇いを見せるミレイユだが、リモーネの真剣な眼差しとその願いにグッと拳を握って応える。

 

 『ありがとう、当日貴方の手助けをする子を呼ぶわね。ユーリィ、いらっしゃい』

 『お呼びですか、精霊王様ぁ』

 

 ミレイユの決意に満ちた表情にありがとうと目を細めて微笑む精霊王、彼女が声をかければ小さな光が集まり手の平に乗る程の小さな人が姿を現す。

 リモーネと同じ金髪をツインテールにした少女は、小さな翅を動かしフワフワと飛んでいる。


 『この子は光の中級精霊のユーリィよ。ユーリィ、貴方にはミレイユを守る事と当日彼に会わせる為の手助けをお願いするわ』

 『畏まりましたですっ、ミレイユちゃんよろしくですっ』

 「う、うん、よろしくねユーリィ」

 『三日後に彼は来るわ、この子が貴方を導いてくれるから、そこからは貴方次第よ。どうかお願い、闇に堕ちようとしている彼の心を救って……それはきっと貴方の幸せにも繋がるわ』


 それだけ言い残すとリモーネは輝く粒子となって掻き消える。暫し呆然としていたミレイユだったが、戸惑いつつも三日後に来るという人物と精霊王の言葉について思いを馳せるのだった。

 一夜明けた朝、また苛められるかと身構えていたが、誰もミレイユの元へ来ない。それどころか周囲を歩いても伯爵達も使用人達も気付かないのだ。屋敷の者達がミレイユを探す中、二人は屋敷内の使われていない大きな倉庫の奥に身を隠した。


 「ユーリィ、これって貴方の力?」

 『はいですっ、私の魔法で認識を阻害してミレイユちゃんに気付けない様にしてるんですっ』

 「ありがとうユーリィ、ご飯まで持ってきてくれて」

 『どういたしましてですっ、あの人が来るまでミレイユちゃんをお守りします』


 ユーリィは自分を守ってくれるどころか、何処からともなく食事まで用意してくれた。彼女が用意してくれた柔らかな果実や美味しいスープ、そして初めて得た安息に嬉しくて涙が止まらない。二人で過ごしている間にあっという間に日は進み、精霊王が告げた約束の日となった。


 約束の日、屋敷の外に出てユーリィと共に物陰からこっそり覗き込めば複数の騎乗兵に護衛された豪奢な馬車が到着する。

 伯爵夫妻や子供達が出迎える中、馬車の中から降りてくる人物、それは二十歳前後の若い青年だった。白を基調とした礼服に身を包む背の高い人だ。

 輝くプラチナブロンドの髪が目を引く整った顔立ちに伯爵夫人や娘達は見惚れているが、ミレイユはその人の赤い瞳に寒気を覚える。

 光彩の薄い濁ったように見える瞳は血が如く紅く、何よりその奥には恐ろしいほどの暗い感情が渦巻いているのが感じられる。あれだけ綺麗な顔立ちなのにその目が怖くて仕方が無い。


 「……あの人を癒す?わ、私なんかが、本当に出来るの……?」

 『ミ、ミレイユちゃんにしか出来ないんですっ、あの人を助けないと、た、大変な事になるって精霊王様言ってましたです。私が中庭に誘導して、ミレイユちゃんみたいに認識阻害をかけるので、その間に接触してくださいですっ』


 怯えながらも何とか声を振り絞るミレイユ。ただならぬ雰囲気を纏う彼に近づくのすら怖いのに、家族はあの人を前によく平然と居られ……いや、伯爵は何か感じてるのか冷や汗をかいている。

 女性陣はあの美貌に目が行ってて気づかないのか、何にせよ近づきたくない、無理だよと首を左右に振って涙目になるミレイユを必死に励まそうとするユーリィ。

 そしてユーリィに指定された中庭で息を潜めて待っていると、彼女に誘導されて青年がやってきた。


 「……こんな所まで連れてきて何のつもりだ。精霊よ……ん?」

 「あ、あの……は、初めまして、私はミレイユと申します。た、大変失礼な事だとは思いますが、そ、その……お手を貸して頂けませんか?」


 ユーリィの言葉通り認識が阻害されているらしく、護衛などや伯爵も伴わず一人で中庭を訪れた青年が周囲を見回す中、ユーリィに促され彼の前へと意を決して出ていくミレイユ。

 突然何を言い出すのかと青年は首を傾げるが、自分をここへ誘った精霊の目的が彼女と引き合わせる事なのだとしたらと考え右手を差し出す。

 大丈夫だよね、ユーリィに綺麗にしてもらったから手袋汚れないよね、不敬だなんて怒られないよねと、ビクビクしながら彼の手を小さな両手で包むと、彼を癒したいと祈った。

 

 「んっ……な、なんだ、これは……」

 (身体が軽く感じられる、そして暖かい……なんなんだ、この力は)


 ミレイユの手の平が淡く輝き、暖かい力が自分の中に流れ込んでくるのを感じ取る青年。連日の政務の疲れ、そして自分達に向けられる悪意に精神を摩耗させていた彼。

 これは光魔法だろうか、頭痛に悩まされた頭がスッキリしていく、心に渦巻いていた黒い感情が薄れていく。こんな心地いい力があったのかとその暖かい力の心地よさに目を細める。

 ずっと祈り続けていたミレイユだったが、身体に生じた疲労感を堪えきれず手を放してしまう。

 光が消えた事で閉じていた目を開いた青年。少し名残惜し気に握られていた手を見つめるその瞳は、先程までのような暗い感情に支配されていない光の戻ったものだった。


 「す、少しは楽になりましたか?」

 「ああ、こんなに頭がスッキリして、身も心も軽く感じられるのは久しぶりだ。君のその力は……」

 「わ、私、他人の心身を癒す光魔法が使えるみたいで、貴方を癒してあげてってお願いされて、ユーリィと一緒に待ってました」

 「あの精霊か……礼を言おう、こんなに晴れやかな気持ちはいつ以来だろうか」

 (この子の力なら妻を癒せるのでは……いや、精霊が認める程の力だ。きっとできる筈だ)


 少し疲れた様子を見せながらも自分を気遣う少女に礼を言う青年。彼女の言葉が本当ならば、それは凄い力だ。そして今彼が何よりも欲している力だろう。

 この子の心身を癒す力ならば精神を病み、そして身体も崩し臥せっている妻を救えるかもしれない。何としても彼女の協力を得たいと彼は考える。

 彼女の姿を観察すれば、身に纏う衣服はボロボロで髪も碌に手入れもされておらず身体もやせ細っている。彼女がここで冷遇されているのは火を見るよりも明らかだ。

 ならば少し条件を提示すれば、容易に彼女を連れだせるかもしれないなと考えていた青年の元へ、側近達や伯爵がやってくる。ユーリィの認識阻害の魔法が切れ、二人の姿に気づいたのだ。


 「殿下、何処に行っておられたのかと探しましたよ」

 「ああ、ハインツか。すまんな、ここで彼女と話をしていた」

 「っ!?お前っ、何故こんな場所に居る!?今まで何処に隠れていたんだ!?」


 殿下と呼んで彼の元へと駆け寄ってくる眼鏡をかけた青年。自分の補佐官を務めるハインツへとミレイユを指し示せば、共に来ていた伯爵が顔を引き攣らせ声を発する。

 伯爵に睨みつけられた少女はビクリと身を強張らせるが、それを庇う様に青年が動く。

 

 「オルフィア伯爵、この少女は?」

 「と、当家の私生児でございます……これはお恥ずかしながら魔法の才が皆無で、殿下への御目通りなど恐れ多く……」

 

 何故家族を紹介する際に呼ばなかったのだ、と暗に問いかけてやれば伯爵はしどろもどろに答える。つい最近覚醒したのだろう、伯爵はこの子の才能と価値に気付いていない。これは思ったよりも簡単そうだなと笑みを深くする青年。

 彼がニヤリと笑みを深く刻み視線を向ければ、伯爵は顔を引き攣らせ僅かに後退る。委縮させる為に必要な演技だとはいえ、酷いじゃないかと青年は心中で苦笑する。

 

 「では、これは伯爵家としては価値のない子か……ならば私が引き取ってもいいかね?」

 「は……?この出来損ないをですか?」

 「で、殿下!?い、いきなり何を……」

 

 青年から告げられた問いに対し、伯爵は意図が分からず戸惑いの表情を浮かべ、何のつもりだと補佐官も詰め寄ろうとするが黙っていろと視線で釘を刺す。


 「最近私は魔法研究に凝っていてね。その協力を彼女にしてもらいたいんだ。どうだろうか?無論、それなりに礼は尽くすよ。貴家の長男のノヴァ君だったか、彼を皇室近衛師団へ推薦しようじゃないか」

 

 この青年、アークトゥルス帝国唯一の大公家の令息であるセルヴェン・アーグランド。彼は半年前に初子を生後数日で失い、それ以降怪しげな魔法研究を始め、それは死者蘇生の魔法ではないかと噂されている。

 その実験にこの出来損ないを使う気なのか、これは受けるべきか否かと迷っていた伯爵だったが、セルヴェンが提示した金額、そして長子を近衛師団へ推薦するという言葉に目の色を変えた。

 伯爵家としては出来損ないの汚点を処分できるうえに大きな収入、そして息子の出世への道が開く。このチャンスを逃す手は無いと伯爵は打算に満ちた笑みを浮かべる。


 「分かりました。くれぐれも息子の事をよろしくお願いします!」

 「ああ、お互いに良い取引が出来た。感謝するよオルフィア伯爵」


 代金は後で持ってこさせると告げた大公子に対し深々とお辞儀する伯爵。それに鷹揚に頷いた彼は何が起きているのか分からないといった表情のミレイユへとニコリと微笑んで手を差し出す。

 戸惑っていたものの、おずおずと手を伸ばしその手を握り返した少女と共にセルヴェンは中庭を去っていく。


 「殿下、どういうおつもりですか、突然人を買い取るだなんて言いだして」

 「お前の目にはこの子がどんな扱いを受けているのか見えてないのか?一刻も早くここからこの子を連れだす。詳しい話は馬車の中でする」

 (な、なんだか大変な事になっちゃった……?)

 『大丈夫ですミレイユちゃん、これがきっと貴方の幸せにも繋がるって精霊王様言ってたですっ』


 廊下を歩きながら何を考えてるんですか貴方、と問いかける補佐官だったが、主の言葉に少女の出で立ちを見て理解する、この子は伯爵の言葉通り出来損ないとして冷遇されていたのだろう。

 何を考えているかは分からないが、詳しい話は後ですると告げる主に黙って着いていく。

 手を引かれ歩くミレイユは心中で戸惑いの声を漏らすも、姿を隠しながら側を飛ぶユーリィが念話で大丈夫だと告げる。

 自分が幸せになれる、少なくともここから、この地獄から連れ出してもらえるのなら良いか、そこからの事はなるようになれだと彼女は覚悟を決めた。

 

 「な、なんで、あの出来損ないがっ!?」

 「お兄様、どういう事ですかっ!?」

 「そ、そんなの私にも分からないっ!なんでアイツが大公子殿下と……」


 エントランスまで戻ってきたセルヴェン達一行、その中に大公子に手を引かれ歩くミレイユの姿を見た伯爵家の家族達は驚愕に顔を引き攣らせている。


 「あ、貴方っ!どういう事ですか!?我が家の優秀な子供達を殿下に紹介するのでは!?」

 「落ち着け、殿下はあの出来損ないを買い取ってくださったんだ。金だけじゃない、ノヴァを皇室近衛師団に推薦までしてくださるそうだ!」


 今日の訪問は、少し前に伯爵領の産物の取引について打診があり、本来ならばこちらが出向くべきところを大公子であるセルヴェンが詳細な資料も見たいとの事で伯爵家を訪れたのだ。

 現皇帝の弟君が当主を務める大公家の影響力は絶大だ。その次期当主である大公子に御目通りして気に入られようと伯爵家の家族達は息巻いていたが、何故あの出来損ないが目に留まり彼に連れていかれるのだ。

 どういう事なのですかと詰め寄る夫人に対し、あの出来損ないを売る対価に莫大な収入と見返りがあるのだと笑って伯爵は宥める。


 (さようなら、クソみたいな伯爵家。今度こそ私は幸せになってやるんだから)


 信じられない、何故お前が、という突き刺さるような視線を伯爵家の人達から向けられながら、正面玄関前に止まっていた馬車の前に立つミレイユ。

 チラリと父親だった存在とその家族達を一瞥した彼女は、フルフルと首を振った後に馬車に乗り込もう……としたが、小さな身体では上手く段を登れず恥ずかしそうに俯くと、笑いを堪えている補佐官に抱き抱えられて馬車に乗り込む事になった。



 

 「妃殿下を助けられるっ!?本当ですか!?」

 「ああ、この子には希少な光魔法、それも他人の心身を癒す力があるんだ」

 「そんなものが……俄かには信じ難いですね」

 「私がこの身で体験した、この力ならば妻を、アシェラを救える筈だ……何せ彼女の力は、精霊も認める程だからな」


 馬車に乗り込んだミレイユ達。セルヴェンから告げられた内容に思わず身を乗り出すハインツ補佐官。

 大公子妃であるアシェラ・アーグランドは半年前に難産の末に生まれた娘は死んでしまい、そのショックで心身を病んで塞ぎ込んでしまった。

 子もまともに産めぬ女など大公子妃に相応しくないと貴族達に陰口を叩かれ、中にはセルヴェンに対し離縁するなり側室を迎えるべきだと提案する者すら居る有様だ。

 そんな悪意に晒された大公子夫妻、心を病み一日の殆どをベッドで過ごしどんどんやせ細っていき、最近は原因不明の病で目を開ける事すら殆どない大公子妃、激務の傍らに彼女を救おうと必死に手立てを考えるも何も進展がなく、日増しに荒んでいく大公子。

 見ていてこちらが辛い程の有様だった主人が、今は希望と活力に満ちた表情を浮かべ、この子の力ならばきっと上手くいくはずだと熱く語る姿に、長年側役を務めるハインツも信じたい気持ちが強まっていく。

 

 「せ、精霊が認めるなんて……本当ですか?」

 「ああ、そもそも私と彼女を引き合わせたのは小さな精霊だ。居るんだろう?姿を見せてほしい」

 「ユーリィ、出てきて欲しいって」

 『分かりましたです。は、初めまして、光の中級精霊ユーリィと申しますです』

 「ほ、本当に精霊だ!」


 その言葉に半信半疑なハインツ。だがセルヴェンが姿を見せるように言うとミレイユの肩に乗った小さな光の妖精が姿を現しペコリとお辞儀したものだから度肝を抜かれてしまう。

 精霊は人前には滅多に姿を現す事が無い。ましてや言葉を交わすなど本当に稀有な事だ。そんな存在と行動を共にする少女、ミレイユの正体が一体なんなのかとハインツは唖然とし、そんな彼の横でセルヴェンが喉を鳴らして笑う。


 『わ、私は光の精霊王様からミレイユちゃんと大公子殿下を会わせるようにって、ご指示をうけてたのですっ』

 「精霊王は私や妻の状況を認識し、その解決策が彼女だと提示してくれたのか……何の意図があるかは分からないが、私としては藁にも縋る思いだ。お願いだミレイユ嬢、妻を……私の大切なアシェラをどうか救ってほしい、この通りだ」

 「ひっ!?あ、頭を上げてください!そんなことしちゃだめですっ!た、確かにその、ち、力はあるみたいですけど、わ、私に出来るかどうか……で、でも、私なんかでよければ、出来る限りのことは……!」


 深々と頭を下げる大公子に、ミレイユは文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。一国の王子同然の方がこんな小娘に頭を下げるなど、本来あってはならないことだ。彼女は慌てふためき、小さな手をパタパタと振る。

 

 「ありがとう……!大公邸に戻ったらまずは身なりを整えようか、ハインツ」

 「今屋敷の方に連絡しております。戻り次第すぐに出来るよう準備させておきますよ」

 (大公子妃殿下の治療……私なんかに出来るかどうか分からないけど、精一杯やってみよう)


 二人のやり取りを見ながら心中で呟きを漏らすミレイユ。きっと精霊王が癒して欲しかったのは大公子妃の方だったのだろう。

 上手くいくかは分からないけど、精一杯やってみるだけだ。自分が幸せを掴むためにもこれは避けては通れない。

 大公家の邸宅に到着した馬車を出迎える多くの使用人。その数に思わず馬車の中に引っ込みそうになるが、大公子が笑って頭を撫でる。


 「大丈夫だ、ここには君を苛めるような者は存在しないし、居たら私が絶対に許さない、安心してくれ。マーサ、この子の身なりを整えてやって欲しい」

 「畏まりました若様。さぁお嬢さん、こちらへどうぞ」


 マーサという年老いたメイドに連れられ、ミレイユはまず湯浴みをさせられる。前世でもこんな広い風呂に入ったことなどない。大きな浴槽に張られた湯の温かさに、彼女は思わず深いため息をついた。

 傷を見られたらどうしようなんて一瞬思ったが、リモーネが治癒してくれたお陰で今の自分の身体には傷一つない綺麗な状態だった。

 彼女の身体を洗い清めるメイド達は甲斐甲斐しく世話をして、その心地よさにミレイユは目を細める。

 

 「まあ、なんて可愛らしいのでしょう。髪もきちんと整えればこんなに綺麗な銀色に」

 「本当ですね、まるで絹糸みたい。菫色の瞳も御綺麗ですわ」

 「……ありがとう、ございます」


 鏡に映る自分の姿に、ミレイユは戸惑いを隠せなかった。ぼさぼさで灰色にくすんで見えた髪は、実は柔らかな銀色だったのだと初めて知る。身体を洗い髪を整え清潔な服を身に纏った自分は、まるで別人のように見えた。メイド達の賛辞に彼女はどう答えていいか分からず、小さく謝辞を述べて恥ずかしそうに俯く。


 「さ、準備が整いました。若様がお待ちです」

 「……はい」

 (大丈夫、私ならできる。精霊王様がそう言ってたんだから)


 マーサに案内されミレイユは大公子妃アシェラの寝室へと向かう。心臓が早鐘を打ち、手の平にはじっとりと汗が滲む。

 大丈夫、きっと大丈夫、自分にそう言い聞かせながら、彼女は深く息を吸い込んだ。

 寝室の扉が開かれる。室内はカーテンが閉め切られ、昼間だというのに薄暗い。大きな天蓋付きのベッドに、一人の女性が横たわっている。セルヴェンがその傍らに座り、ミレイユの到着を待っていた。


 「来てくれたか、ミレイユ嬢。彼女が私の妻アシェラだ」


 ミレイユはベッドに近づきアシェラの姿を見て息を呑んだ。彼女は驚くほどに痩せ細り頬はこけ、血色の悪い肌は蝋のように青白い。かつてはさぞ美しかったであろう藍色の髪も今は艶を失い、枕の上に無造作に広がっている。閉じられた目は落ちくぼみ、かすかな呼吸を繰り返すその姿は、まるで生ける屍のようだった。


 「……私が、この方を」

 「ああ、頼む……私の妻をどうか救ってほしい」


 セルヴェンの声には祈るような切実さが込められている。ミレイユは小さく頷き、そっとアシェラの細く冷たい手を両手で包み込んだ。まるで枯れ枝のようだ、と思った。


 (大公子妃殿下の心と身体が、どうか癒されますように……どうかこの方と、大公子殿下を苦しみから救ってください……!)


 彼女は目を閉じ、ただひたすらに祈る。中庭でセルヴェンにそうしたように、自分の内側から暖かな力が溢れ出し、手の平を通じてアシェラへと流れ込んでいくのをイメージする。

 やがてミレイユの手が淡く光り始める。その光は、中庭でセルヴェンを癒した時よりもずっと強く、そして温かく輝いていた。光は水の波紋のように広がり、アシェラの全身を優しく包み込んでいく。傍らで見守るセルヴェンとハインツは、息を殺してその光景を見つめていた。

 もっと力を注がなきゃ、そう考えるもだんだん苦しくなってくる。やがて限界に達したミレイユは両手を離し、フラフラとよろめきマーサに抱き支えられる。

 

 「お嬢様、大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫、です……そ、それよりも、大公子殿下は……?」

 

 全身に広がる倦怠感に意識を手放しそうになるも、必死に踏み止まり彼女の様子はと問いかけるミレイユ。

 皆が視線を向けた先に眠る大公子妃だったが、未だ目を覚ましていない。彼女が目を覚ましていない事にミレイユは愕然とする。


 「あ、あぁぁっ……ご、ごめっ、ごめんなさいっ……わ、私の力じゃやっぱり……」

 「そんな事はないぞ、よく見るんだミレイユ嬢」

 「え……?」


 ダメだった、自分の力じゃ足りないんだと嘆くミレイユだったが、両手で顔を覆って嘆く彼女の肩を掴むセルヴェンの声は喜びに弾んでいる。

 何故自分を叱責しないのか、戸惑いながらもノロノロと顔を上げた彼女が見た先には、先程までより随分血色が良くなり、規則的な呼吸を繰り返す大公子妃の姿があった。

 寝顔も辛そうに歪んでいたはずが穏やかなものに変わっている。まだ眠り続けているものの、間違いなく彼女の状態は好転している。ミレイユの力がちゃんと効果を示しているのだ。


 「信じられない。さっきまでとは大違いです、凄いですよミレイユ嬢っ!」

 「これほどとは……ミレイユ嬢、本当にありがとう……感謝してもしきれないくらいだ」

 『一回だけじゃなくて、何回も癒せば、大公子妃様はきっと良くなる筈です、ミレイユちゃん!』


 大公子妃の変わりようにハインツも興奮気味に声を上げる。そしてセルヴェンはミレイユの両手をしっかりと握り締め、感極まったように深く頭を下げた。

 こんな奇跡が起こるなんて信じられない、と何度も呟きながら彼は顔を上げ、初めて出会った時の暗い影などどこにもない、希望に満ちた表情でミレイユを見つめた。

 諦めないで、何回もやればきっと良くなるはずだとユーリィも彼女の側で飛びながら必死に励ます。


 「素晴らしい力だミレイユ嬢。君が居てくれるなら、妻はきっと元気になる筈だ」

 「しょ、正直なところ、私自身も何が起きてるのかは全然分からないんですけど……大公子妃殿下がお元気になれるよう、私、頑張りますっ」

 

 皆の言うとおりだ、何度もやってみよう。私はこの人を助けたい、ミレイユは決意に満ちた表情で大公子妃を見つめる。

 翌朝になると、アシェラの容態はさらに改善していた。まだ目覚めはしなかったが、呼吸はより安定し、顔色は明らかに明るくなっていた。医師も首を傾げるばかりの急激な回復ぶりだった。

 それからミレイユは毎日のようにアシェラの元を訪れ、その手を取って祈りを捧げ光魔法を使う。日に日にアシェラの肌は健康的な色を取り戻し、硬く結ばれていた眉間の皺も和らいでいった。

 大公家での生活は夢の様なものだった。マーサを筆頭とした使用人たちは甲斐甲斐しくミレイユの世話をしてくれ、着心地の良い綺麗な衣服や美味しくて栄養のある食事が与えられる。


 「す、すいません、今日もいっぱい食べちゃって……」

 「何を仰いますかお嬢様、遠慮なくお召し上がりくださいな」

 「ミレイユ嬢のお身体も健康になればなる程、より力を使う時間も長くできるようになってますしね。美味しい物を沢山召し上がって、ご自身のお身体も元気にするのは、妃殿下の治療にも繋がるんですよ」


 今日もいっぱい食べちゃったと恥ずかしく、そして少し申し訳なさそうに言うミレイユに対し、マーサとハインツがいっぱい召し上がって宜しいんですよと笑顔で語りかける。

 ミレイユの年齢が七才だと知った時二人は酷く驚き狼狽した。満足に食事も与えられなかった彼女の身体はやせ細り成長も同年代の子供より大幅に遅れていたから、四才くらいだと二人は思っていたのだ。

 気にしなくていいと優しく語りかけてくれる二人に胸が熱くなる。この優しい人達の役に立ちたいとミレイユはギュッと手を握り締めた。

 大公家の人々は皆優しく、治療以外の時間はミレイユに魔法の知識やこの世界の常識など色々な事を教えてくれる。前世である美咲の頃から勉強好きで努力家だった彼女は真綿が水を吸う様に知識を得ていく。

 アシェラの治療を始めてから十日立ったある日、ミレイユはセルヴェンと一緒に大公領各地の視察から戻ってきた大公夫妻との会食に臨んでいた。


 「君がミレイユ君か、義娘が世話になっているようだな。私からも礼を言わせてくれ」

 「戻ってすぐアシェラさんのお見舞いに行ったのだけど、見違える程穏やかな顔で眠ってらしたわ、貴方のお陰なのね。本当にありがとう」

 「お、お褒めに預かり光栄です。大公殿下、妃殿下」


 アーグランド大公夫妻は気さくな人物だった。現皇帝の弟君であり、皇室の血統に受け継がれるプラチナブロンドの髪をオールバックにしたハーヴェント大公。長い銀髪を結った美しい容貌のメルヴィア大公妃。

 共に朝食を取りながら、二人は頻りにミレイユの事を褒め、その惜しみない賞賛に恐縮してしまう一方だ。

 本当に優しい方々だ。こんな優しい人達が家族だったらどんなに幸せだろうか、そんな考えが過ったところで、そんな事は恐れ多い事だと考えを振り払う様にフルフルと首を左右に振る少女。

 俄かに部屋の外が慌ただしくなった事に気づき、食事の手を止めていた大公の元へとハインツが来たと伝える執事長。大公が鷹揚に頷き入室の許可を出すと、飛び込む様にハインツが部屋に駆け込んでくる。


 「ご朝食中に失礼いたします!アシェラ様がお目覚めになりました!」

 「なんだとっ!?それは本当か!?」

 「はいっ、先程マーサさんが入られた際にお目覚めになったとの事です」

 

 ハインツの報告に驚愕し、そして歓喜に染まった表情で席を立ち、走るようにしてアシェラの寝室へと向かう大公一家。

 大公子妃の部屋に入ると、感極まったように涙ぐんでいるマーサと大公子妃の侍女、そして主治医から診察を受けている大公子妃の姿があった。


 「アシェラっ……本当に目が覚めたんだな。良かった……あのまま君を失ってしまっていたら私は……」

 「貴方……それに義父様に義母様……ご心配を、おかけしました」

 「そんな事は気にしなくていい、君が目覚めてくれて本当に良かった」

 「ああ、神よ。感謝しますわ……可愛い義娘がこうして目覚めてくれた事に」


 たった今起きたばかりのアシェラの前へと駆け寄る三人。セルヴェンが妻の手を握り締め、大公夫妻も目に涙を浮かべて、嬉しそうにアシェラの顔を覗き込んでいた。

 本当に良かった、ミレイユはその場に立ち尽くしたまま、手を合わせて胸を撫で下ろした。


 「ミレイユ嬢、こちらに来てくれ」

 「え……わ、私も、ですか?」

 「ああ、来なさい。アシェラ、この子が君を救ってくれたミレイユ嬢だ。彼女は素晴らしい癒しの力を持っていて、その力で君を癒してくれたんだ」

 「っ!?で、殿下、そ、そんな事まで……」


 突然呼ばれ戸惑いながらも、そっと近づくミレイユ。そんな彼女をセルヴェンは妻の前に立たせると、何をしたのかを説明する。その内容に慌てるミレイユだったが、アシェラは穏やかな笑みを浮かべて彼女の手を握る。


 「ああ、貴方が私を救ってくれたのね。ありがとう、ミレイユさん」

 「め、滅相もございません……私、私は大公子殿下に引き取って頂き、こうして大公家の皆様に優しくして頂いて……その恩返しとして、精一杯やらせて頂いただけです」

 「それでもよ。ありがとう。貴方は私にとって恩人なの」

 「アシェラさんの言う通りよ、本当にありがとうミレイユさん」


 ミレイユの小さな身体を抱きしめ、義娘を救ってくれて本当にありがとうと涙を零す大公妃。

 太公やセルヴェン、そしてマーサや侍女も彼女へと涙を流しながら感謝の言葉を送る。大公子妃の治療を担当していた医者も、目の前で起きた奇跡に感極まって泣いている。

 諦めずに頑張り続けて良かった、この優しい人達の力になれて良かったとミレイユも嬉しさから泣き始めた。


 

 その日の夜、眠っているミレイユの側へと光と共に現れるリモーネ。ミレイユと一緒に眠っていたユーリィはその気配に気づき身を起こす。


 『お疲れ様ユーリィ、そしてありがとうミレイユ。これで、鮮血大公セルヴェンが誕生する未来は回避されたわ』

 『精霊王様、これでこの世界は平和になるんですか?』

 『ええ、少なくとも鮮血大公となったセルヴェンが引き起こす、厄災とでもいうべき戦争や混乱は起きないわ』


 鮮血大公、それは『スターライト・ロンド』の後編でこの帝国を揺るがす事態を引き起こすセルヴェンに着けられた二つ名だ。

 生まれたばかりの娘に続き最愛の妻アシェラまで失ったセルヴェンは狂気に染まり、地獄の悪魔と契約して妻と娘を蘇らせる為の研究に没頭し、非人道的な実験や生贄を求め始める。

 

 そして息子がやっている事に気付き止めようとした大公夫妻を密かに殺害し、大公の座を継承すると帝国の実権を掌握しようと皇室と対立する。

 悪魔に唆されるままに彼は妻子を蘇らせる為に血を、生贄を求め帝国と他国との戦争すら引き起こし大陸中に災禍を振りまいていく。


 最終的に帝国を掌握する為に反乱を起こし、国を二つに割る内乱の果てにヒロインや攻略対象達に討たれ死ぬ、それが彼に定められた未来だった。

 物語はラスボスである彼を倒して平和を取り戻すというハッピーエンドだが、そこに至るまでには数え切れない程の人々の命が失われ、多くの精霊達も傷つけられ精霊王達もこの世界への影響力を大きく失い、この世界はゆっくりと衰退していく運命なのだ。


 その未来を知ってしまった精霊王達はそれをなんとか回避しようと、セルヴェンを殺す事すら考えたが、自分達がそれ程の干渉をすれば、神に与えられた権能を失う恐れもある過激な行動の為踏み出せずにいた。

 そんな時リモーネが感じ取ったのが、この世界に転生したミレイユ、そして彼女の中に生まれた光魔法と強い癒しの力だった。

 

 この力なら大公子妃を助ける事が出来る。自分達が直接手を下さず彼女やセルヴェンに最低限の干渉をして出会うよう誘導し、大公妃を癒す事が出来れば災厄の未来は回避されるだろう、それがリモーネが出した答えだ。そして彼女は賭けに勝った、ミレイユは己の目論見通り大公子妃を癒し、セルヴェンはもう闇堕ちし悪魔と契約を結ぶ事もないだろう。


 これはリモーネも知らなかった事だが、ミレイユとセルヴェンは本来なら数週間後に同じように伯爵家で出会い、彼に引き取られる運命だった。

 だがその頃には大公子妃は亡くなり、闇堕ちし狂気に支配された彼は、悪魔との契約の為の生贄としてミレイユを引き取った。

 彼女はこの物語におけるセルヴェンの最初の犠牲者として、設定上存在するモブキャラだったのだ。

 だが彼女に美咲が転生し、希少な光魔法の癒しの力を宿した事、そして未来を変えようと精霊達が動いた結果、この世界の運命は変わったのだ。


 『ユーリィ、貴方は今後もこの子と一緒に居て欲しいの。この子の力を悪用しようとする人間から守りなさい』

 『分かりましたですっ、ミレイユちゃんは私がお守りしまっす!』

 『ええ、頼んだわ……本当にありがとうミレイユ。貴方のお陰でこの世界の未来は変わったわ。貴方もこの世界で幸せになってね。それが私の願いよ』


 この子の力は世界にたった一人しか持っていない希少な力だ。そして前世を異世界で生きた彼女の記憶や知識はこの世界に変化をもたらす事だろう。それを狙う輩から守るように告げれば、ユーリィは元気よく片手をあげて私がお守りしますと意気込む。

 小さいながらも頼もしい己の眷属の頭を撫でると、リモーネは幸せそうな表情で眠るミレイユへと語りかけ、その額にキスを落とす。

 

 『じゃあねミレイユ、貴方が幸せになっていくのを、精霊界から見守るわ』

 

 最後にもう一度ミレイユを撫でると、リモーネは再び光となって消えていく。それを見送ったユーリィは、これからもずっと一緒ですとミレイユに微笑んで、ベッドの側の机に用意された自分用の小さな布団に横になった。


 

 アシェラが目覚めた後も、ミレイユは彼女の元へ足繫く通って日々癒しの力を行使する。その甲斐もあって数日後にはアシェラはベッドから起き上がる事が出来るようになり、食事も取れるようになった事で、やせ細っていた身体は順調に回復し健康を取り戻していった。

 最近では以前の日課だった大公妃との散歩やお茶会などもこなすようになり、元気になった義娘の姿に彼女が病にかかって以来塞ぎ込みがちだった大公妃も笑顔を取り戻し、それを大公親子も微笑ましそうに見つめていた。


 今日はミレイユもお茶会に参加しないかと誘われ、メルヴィアとアシェラと共に東屋に座っていた。

 アシェラ付きの侍女に教わった作法でお茶を飲むミレイユを、二人は様になっているわとメイドや侍女達と共に褒め、彼女はその賞賛に微笑んでいたが、彼女の肩に乗っていたユーリィが表情を強張らせて耳元で囁いた。


 『ミレイユちゃん、今新しいお茶を持ってきたメイド、何か変な物を入れたですっ』

 「え……?メルヴィア様、アシェラ様、それを飲んじゃダメですっ!」

 

 大公家ではミレイユの前以外ではなかなか姿を見せないユーリィ。姿を隠したままだった精霊は新たにカップに紅茶を注いでいるメイドが怪しい動きをしていたと告げる。

 毒かもしれない、彼女の言葉に即座に判断したミレイユはカップに口を着けようとしていた二人へと叫べば、紅茶を淹れたメイドが何故気付いたのかとばかりに顔を引き攣らせた。

  

 「その者を捕えなさい!」

 

 逃げ出そうとしたメイドは護衛の騎士達に即座に取り押さえられる。騒ぎを聞きつけ人が集まってくる中、ユーリィは置かれたままのカップに鑑定魔法をかけていた。

 その結果は、アシェラの紅茶に子供が産めなくなるような毒が入れられていた。その事をミレイユが伝えれば大公妃達は顔を青褪めさせる。


 「ユーリィが教えてくれたんです。あのメイドが怪しい動きをしていたと」

 「貴方の小さなお友達のお陰で助かったわ……本当にありがとう」

 「アシェラさんの言うとおりね、また貴方達に助けられたわ」


 自分が狙われたという事に顔を引き攣らせ震えていたアシェラだったが、貴方とユーリィのお陰で助かったとミレイユの身体をギュッと抱きしめ、よく伝えてくれましたと大公妃も彼女の頭を優しく撫でて労う。

 後から駆け付けたハインツ達が直ちにメイドへの尋問や調査を行い、その結果彼女の部屋から使用された毒物だけでなく、驚くべきものが発見された、それは大公家に最近すり寄り続けていた侯爵家とのやり取りの手紙だった。

 メイドは死産の後塞ぎ込んでいたアシェラに対し、弱いものだが身体を確実に蝕む毒を盛り彼女を原因不明の病と見せかけて殺害しようとした、その指示内容が書かれた手紙を、メイドはいざという時の自分が生き残る為の手札として処分せずにいた。その結果、アシェラを亡き者にして自分の娘を大公子妃にしようと画策した侯爵家の陰謀が明らかになった。

 毒で死ぬ筈だったアシェラが奇跡的な回復を遂げた事に焦った侯爵家は、メイドに命じて彼女が子供を産めぬ身体にしようと強力な毒を盛ろうとしたのだ。


 その陰謀を知った大公親子は激怒し、証拠集めと並行して皇室へ働きかけ直ちに貴族裁判が開かれることになり、拘束された侯爵は大公子妃毒殺を目論んだ罪で財産の全てを奪われ、自身は奴隷として囚人達が働かされる鉱山へと送られる事になった。

 一度ならず二度も大公子妃を救ったミレイユを、そしてその手助けをしたユーリィを大公一家や使用人達は口々に褒め、彼らと打ち解けたユーリィは大公家の屋敷の中では姿を見せたままで居る事が多くなり、使用人達からお菓子を分けてもらったりして幸せそうに頬張っている姿がよく見られるようになった。

 


 

 すっかり回復した大公子妃、彼女の快気を祝して屋敷内の人間でパーティが開かれる事になった。

 その立役者であるミレイユは可愛らしいドレスを着て、大公一家の側で集まった皆と談笑している。最初は遠慮がちだった彼女も、今では皆と笑顔で話せるようになり、口々に彼女を褒め称える使用人達の言葉に嬉しそうに微笑んでいた。

 パーティの最中に集まった人々の前で、大公子妃を癒した事に感謝を述べた大公は彼女が驚くような提案をする。


 「ミレイユ嬢、君には本当に感謝している。義娘を、息子を救ってくれてありがとう。君が居なければどうなっていた事か……君は我がアーグランド大公家の恩人だ。その恩に報いる為に……君に、私達夫婦の養女になって欲しいんだ」

 「わ、私が、大公殿下ご夫妻の……?」

 「ああ、君さえ良ければの話だが……ただでさえ希少な光魔法に、他人の心や身体を癒す力、それを狙う悪い輩も居るだろう。だが私達夫婦の養女になれば、そういう輩から庇護する事が出来る」


 日に日にやせ細り弱っていく大公子妃、そんな彼女を救おうと必死に足掻くも、何の成果もあがらず荒んでいく息子が救われた。その事に大公は深い感謝の念を抱いている。

 彼女を養女に迎える事は、息子夫婦とも相談して決めた事だ。彼女は国内でも使い手が数える程しか居ない光魔法の使い手、それも他人の心や身体を癒し病まで治す希少なものだ。

 このまま外に出れば間違いなくその力を狙う貴族が現れる。伯爵家もその力で利益を得る為に彼女を取り戻そうとするだろう。そして権勢や富を求める教会も聖女と称して囲い込もうとする筈だ。そんな者達から守る為に大公家に迎えようと決めたのである。


 「そ、そんな……私なんかが……そんなお話をお受けしてしまっても、よろしいんでしょうか……?」

 「私は大賛成よ、こんなに可愛らしい娘ができるなんて嬉しいわ」

 「もちろん私も大歓迎だ、アシェラもそう思うだろう?」

 「ええ、貴方にはいっぱい恩返しがしたいの、貴方が家族になってくれるのならどんなに素敵な事かしら」


 驚愕に目を見開きしどろもどろになるミレイユ、だが大公一家は口々に大歓迎だと賛成の意を示す。ああ、この人達が自分の家族になってくれる。こんなに優しい人達が、自分の家族になる。

 顔を俯かせフルフルと身体を震わせていたミレイユは顔を上げ、溢れる涙を抑えきれないままに、大きく頷いた。


 「私なんかが大公家に養女になれるなんて、本当に夢みたいで……あ、ありがとうございます。皆さんっ」

 「こちらこそよろしくね、可愛いミレイユ」

 「ああ、改めてよろしくミレイユ……今日から君は私たちの大切な娘だ」


 感極まったミレイユの小さな身体を、大公夫妻が抱きしめる。二人の腕の中で嬉しさのあまり涙を零すミレイユへと、セルヴェンとアシェラ、そして集まった大公家の人々が口々に祝いながら手を叩き祝福する。

 それから一月後、大公夫妻とミレイユの養子縁組が正式に成立し、彼女はミレイユ・アーグランドとなった。

 

 大公の誕生日パーティーに合わせたお披露目の際に、彼女が大公女になった事を知らぬ、彼女を虐げてきたオルフィア伯爵家の子供達に暴力を振るわれそうになるが、彼らは大公女に無礼を働いた狼藉者として捕えられ、伯爵家はそれ以降苦しい立場へと追いやられる事になる。

 

 ミレイユの希少な才能は皇室にも認められ、是非皇孫である同い年の皇子の婚約者にと打診する皇帝と、うちの可愛い娘はやらんとガードする大公の兄弟間で攻防戦が頻発する事になる。

 


 

 『ミレイユちゃん、何してるんですか?』

 「アシェラ姉様の為にお守りを作ってるの、無事赤ちゃんが生まれますようにって」

 

 大公の養女となって一年、大公家の屋敷で与えられた部屋で言葉を交わすユーリィとミレイユ。アシェラの妊娠が分かり大公家は上に下への大騒ぎだ。

 無事に生まれてきてねと祈りながら、ミレイユは手にした宝石に魔力を込める。これを大公家の職人にアクセサリーにしてもらって姉に送るのだ。

 

 「幸せだなぁ……あの時、リモーネ様に言われた通り頑張って良かった」

 

 精霊王の言葉を信じて動き、皆と絆を結び、大公家の一員として新しい人生を、幸せを手にした少女は窓の外を眺めそう呟くのだった。


 この世界は定められたシナリオから大きく外れる事になった。だがそれは災厄を回避した幸せなものだ。異世界から来た小さな存在が未来を変えた事に精霊王達は感謝を捧げる。そして願うのだった、彼女がこれからも幸せな人生を歩めるように、と。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 普段はノクターンノベルでエッチな話などを書いているのですが、今回は異世界転生物が書きたくて投稿しました。


 大公家に迎え入れられ家族と幸せな未来を得たミレイユ。

 心にも生活にも余裕が生まれた彼女は、前世の知識を使って美味しい物を作ったり新たな技術を生み出したりします。

 そんな彼女の知識や類まれなる力を狙って囲い込もうとする教会と大公家が対立したり、皇孫である皇子を筆頭としたゲームで攻略対象だった人物たちと交流を深めていく、そんな後日談も考えたりしています。


 この話を気に入って頂けたら、評価やブックマーク、ご感想を是非お願いします。



8/12追記 評価やブクマありがとうございます。現在加筆した連載版を執筆中です。ある程度ストックが出来たら投稿しますのでお楽しみ!

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