つづきのはなし
六年前レイルトールに嫁した際、誰もがわたしの輿入れに疑問を抱いたと聞きます。
それはそうでしょう。小国の平凡な王女が大国の王太子妃だなんて、わたしもいまだに信じられないんですから。
王太子様もそう思っていたのでしょうね。ここ数年でそれが顕著に表れているような気がします。
最後に会話したのいつでしたでしょうか…?
もちろん、公的な場では事務的ですけど会話してますよ?他国の方々に不仲な様子を見せるわけにはいきませんし…。
結婚一年目の頃は、まだ会話らしい会話をしていたような気がします。
あどけなさが残るあの頃の王太子様は、とても好奇心旺盛で明るい方でしたね。一緒にお忍びでこっそり城下巡りなんてこともやりました。
…しっかり侍従長に見つかり大層叱られて、その後侍従長にいたずらをなさった王太子様は更に絞られていましたが。
夫婦というよりも、仲の良い姉弟のような王太子様とわたし。楽しいことも悲しいことも二人で共有できていたように思えます。
アゴル石を加工して作られる宝石エニオスは自身が淡く白光色を放つことから「白の奇跡」という別名を与えられています。
身に着ける装飾品として人々に愛用されており、王太子様とわたしの結婚指輪にも用いられました。
「レイルトールは身に着けると幸運を運んでくれる宝石だって伝えられてるけどな、エヴィルは違うのか?」
「そうですね、エヴィルでは願い事を叶えてくれる宝石と言われています」
「願いが叶う!?どんなこともか?凄いな!!」
「どうでしょうか、誰にも願い事の内容は話してはいけないとされてますので…。何でも話してしまうと叶わなくなるのだそうです」
「そうなのか!?願った本人しか知らないのか…でもそうなると気になるな、リズは何を願ったんだ?」
「…内緒です」
「何だよ!ずるいぞ!!」
「誰かに話したら叶わなくなるんです、だから…王太子様にもお話できません」
「誰にも言わないぞ!俺も協力する!だから教えろ!!」
「駄目です、お教えできません」
「教えろよ~!!」
なんて他愛も無いことを言いながら過ごした日々もありました。
…いつまでもこんな穏やかな時を過ごせますように。そんな願いを込めたわたしの白の奇跡。
けれど、結婚二年目の春にはそんな願いは叶わなくなり、王太子様とお話しをすることも、公務以外でご一緒することも月日が経つごとに減ってしまいました。わたしより少しだけ背が低かった王太子様は、いつの間にか見上げなければお顔を拝見できなくなる程背が伸び、すっかり開いてしまった身長差はまるで二人の希薄になった関係性を物語るかのようで、何だか涙が出てきます。
-あぁ、また泣いてしまいました…。夢を見て泣くなんて、まるで幼子のようです…。
必ずと言っていい程幸せな内容で始まり悲しい終わりを迎える、もう幾度も見たため最初から夢だと分かってしまうのに、見たくないと思うのに、それでも見続けてしまいます。
目を明けてまず視界に入るのは、わたしが寝起きする寝室の天井を縁取る鮮やかな模様。身体を起こせば天井だけでなく、部屋全体の見事な装飾が視界に入れることができますよ。
相変わらずレイルトールの建築物って意匠が凝っていて、素敵なんですよね…。
それに、寝具の肌触りもとても心地くて快適です、もう。
…でも、もう起きないと…って、あれ?何?動けない…何故?温かいですけど、快適な寝具の中で身動きが取れないなんておかしいですね…って、ええっ!?
…どうして王太子様がわたしの隣でおやすみになっているんですか!?
しかも、わたしを抱きかかえたままで!!
…わたし、まだ夢の続きを見ているのでしょうか?