婚約破棄された公爵令嬢は“無能”と笑われたが、すべては計算だった~裏切り者たちに与える断罪と、隣国皇太子の過剰な溺愛について~
「――よって、リシェル・フォン・アルグレア公爵令嬢との婚約を、ここに破棄する!」
華やかな夜会の中心で、第一王子エドワルドは高らかに宣言した。
ざわり、と空気が揺れる。
視線が一斉に、断罪される側――リシェルへと向けられた。
「理由は明白だ。彼女は嫉妬に狂い、無実の令嬢を害そうとした!」
王子の隣には、怯えた様子で寄り添う少女――子爵令嬢ミリア。
その姿に、会場の貴族たちは同情の声を漏らした。
「なんて恐ろしい……」 「公爵令嬢ともあろう者が……」
だが。
「……そう、ですか」
リシェルは、ただ静かに微笑んだ。
その表情に、違和感を覚えた者は少なかった。
「何か言い残すことはあるか?」と王子。
「いいえ、特には。ただ――」
リシェルはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、氷のように澄みきっていた。
「……本当に、それでよろしいのですね?」
「何がだ」
「“すべてを失う覚悟”がおありか、ということです」
一瞬、空気が凍る。
だが王子は鼻で笑った。
「失う? 失うのはお前の方だろう。地位も名誉も、すべてな」
「……そう思われるのなら、構いません」
リシェルは優雅に一礼した。
その姿は、まるで――すべてを見通しているかのようだった。
◆
数日後。
王都は大騒ぎになっていた。
「王家の財政が……破綻寸前!?」 「どういうことだ!?」 「輸出契約がすべて白紙に……!?」
原因はひとつ。
アルグレア公爵家が、すべての支援を打ち切ったのだ。
もともと王国の経済の半分以上を担っていたのは、リシェルの実家である公爵家だった。
だが、それを理解していた者は――あまりにも少なかった。
◆
王城。
「なぜだ!? なぜこうなった!!」
エドワルドは怒鳴り散らしていた。
「……殿下」
老宰相が静かに言う。
「アルグレア公爵家は、先日“正式に”王家との関係を断絶しました」
「そんなことは聞いていない!」
「申し上げましたが、殿下は……」
言葉を濁す宰相。
――婚約破棄の夜。
あの場で、リシェルはすべてを捨てた。
だが同時に、王家もまた“彼女を失った”のだ。
そしてそれが、どれほど致命的かを――今、思い知らされている。
◆
一方その頃。
リシェルは隣国へと向かう馬車の中にいた。
「お疲れでしょう、リシェル嬢」
柔らかな声がかかる。
向かいに座るのは、隣国の皇太子――レオンハルト。
「いいえ。ようやく、肩の荷が下りただけです」
「……やはり、すべて計画通りでしたか」
リシェルは、わずかに微笑んだ。
「ええ。あの国は、いずれ崩れる運命でした」
彼女は知っていた。
王子の愚かさも、貴族たちの腐敗も、そしてミリアの正体も。
「証拠はすべて、すでにこちらに」
彼女は一通の書簡を差し出した。
そこには、ミリアが他国と内通していた証拠が記されていた。
「……なるほど。これは面白い」
レオンハルトは楽しげに目を細める。
「では、そろそろ“反撃”といきましょうか」
リシェルは静かに頷いた。
「ええ――今度は、こちらの番です」
◆
その頃、王国ではさらなる混乱が広がっていた。
「ミリア嬢が……消えた!?」
彼女は突如として姿を消した。
残されたのは、いくつかの不審な書類と――
王家の機密情報が流出した痕跡。
「まさか……」
エドワルドの顔が青ざめる。
その時だった。
「――お久しぶりです、殿下」
振り返ると、そこには。
堂々と立つリシェルの姿があった。
「な、なぜここに……!?」
「少し、清算をしに参りました」
その背後には、隣国の騎士たち。
そして。
「こちらが証拠です」
差し出された書類に、王子は息を呑んだ。
「ミリアは、他国の間者。あなたはそれを庇い、国家機密を漏洩した」
「ち、違う! そんなはずは――」
「証拠はすべて揃っています」
リシェルの声は、冷酷だった。
「そして――」
彼女はゆっくりと微笑む。
「あなたは、私を“切り捨てた”」
その瞬間。
すべてが、繋がった。
❆ ❆ ❆ ❆
「……そんな……」
エドワルドは膝から崩れ落ちた。
「私は……騙されて……」
「ええ、愚かにも」
リシェルは容赦なく言い放つ。
「ですが、それを見抜けなかったのはあなたです」
その言葉は、刃のように鋭かった。
◆
その後、王城は一気に修羅場と化した。
ミリアの罪は明るみに出され、彼女はすでに隣国の手によって拘束されていた。
そして――
「エドワルド第一王子を、国家反逆罪の疑いで拘束する」
衛兵の声が響く。
「待て! 私は王子だぞ!!」
だが、その叫びは虚しく消えた。
すでに王もまた、彼を庇う余裕はなかった。
◆
裁判は、驚くほどあっけなく終わった。
証拠は揃いすぎていた。
「……判決を言い渡す」
静まり返る法廷。
「エドワルドは王位継承権を剥奪、幽閉処分とする」
どよめきが起こる。
かつての王子は、ただの罪人へと堕ちた。
◆
そして。
「リシェル嬢」
レオンハルトが優しく声をかける。
「これで、すべて終わりましたね」
「ええ……ようやく」
長い復讐が、終わった。
だがその表情に、どこか寂しさが滲む。
「……もし」
レオンハルトは、少し躊躇してから言った。
「もしあなたが望むなら――」
彼はリシェルの手を取る。
「今度は、私の隣にいてくれませんか」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐだった。
「政治でも、策略でもない。ただ――あなたを大切にしたい」
リシェルは目を見開いた。
そして、ゆっくりと微笑む。
「……困りましたね」
「?」
「そんなことを言われたら、断れないではありませんか」
その答えに、レオンハルトは安堵の息を漏らした。
◆
数ヶ月後。
隣国の宮廷では、ひとつの噂が流れていた。
「皇太子殿下が、婚約者にべったりらしいぞ」 「しかも相手は、あの“氷の公爵令嬢”……?」
だが実際は。
「リシェル、今日はどこに行きたい?」 「……仕事がありますので」 「では私も同行します」 「なぜですか」
完全に溺愛だった。
「あなたを一人にはしません」
そう言って微笑むレオンハルトに、リシェルはため息をつく。
だが、その頬はわずかに赤い。
◆
一方、かつての王国は。
経済の崩壊と政変により、大きく弱体化していた。
そして幽閉されたエドワルドは――
「……なぜ、こうなった……」
誰にも届かない言葉を、ただ繰り返していた。
もう彼の手には、何も残っていなかった。
◆
「――これで、本当に終わりですね」
リシェルは窓の外を見つめる。
「ええ。でも」
レオンハルトは優しく言う。
「ここからが“始まり”です」
彼女は振り返る。
「……そうですね」
かつて“悪役令嬢”と呼ばれた少女は。
すべてを失い、そしてすべてを手に入れた。
「今度こそ――幸せになりましょう」
「はい、必ず」
二人の未来は、もう誰にも奪えない。
◆
――これは。
愚か者たちへの断罪と。
ひとりの令嬢が掴んだ、真実の幸せの物語。




