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婚約破棄された公爵令嬢は“無能”と笑われたが、すべては計算だった~裏切り者たちに与える断罪と、隣国皇太子の過剰な溺愛について~

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/25

「――よって、リシェル・フォン・アルグレア公爵令嬢との婚約を、ここに破棄する!」

華やかな夜会の中心で、第一王子エドワルドは高らかに宣言した。

ざわり、と空気が揺れる。

視線が一斉に、断罪される側――リシェルへと向けられた。

「理由は明白だ。彼女は嫉妬に狂い、無実の令嬢を害そうとした!」

王子の隣には、怯えた様子で寄り添う少女――子爵令嬢ミリア。

その姿に、会場の貴族たちは同情の声を漏らした。

「なんて恐ろしい……」 「公爵令嬢ともあろう者が……」

だが。

「……そう、ですか」

リシェルは、ただ静かに微笑んだ。

その表情に、違和感を覚えた者は少なかった。

「何か言い残すことはあるか?」と王子。

「いいえ、特には。ただ――」

リシェルはゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、氷のように澄みきっていた。

「……本当に、それでよろしいのですね?」

「何がだ」

「“すべてを失う覚悟”がおありか、ということです」

一瞬、空気が凍る。

だが王子は鼻で笑った。

「失う? 失うのはお前の方だろう。地位も名誉も、すべてな」

「……そう思われるのなら、構いません」

リシェルは優雅に一礼した。

その姿は、まるで――すべてを見通しているかのようだった。

数日後。

王都は大騒ぎになっていた。

「王家の財政が……破綻寸前!?」 「どういうことだ!?」 「輸出契約がすべて白紙に……!?」

原因はひとつ。

アルグレア公爵家が、すべての支援を打ち切ったのだ。

もともと王国の経済の半分以上を担っていたのは、リシェルの実家である公爵家だった。

だが、それを理解していた者は――あまりにも少なかった。

王城。

「なぜだ!? なぜこうなった!!」

エドワルドは怒鳴り散らしていた。

「……殿下」

老宰相が静かに言う。

「アルグレア公爵家は、先日“正式に”王家との関係を断絶しました」

「そんなことは聞いていない!」

「申し上げましたが、殿下は……」

言葉を濁す宰相。

――婚約破棄の夜。

あの場で、リシェルはすべてを捨てた。

だが同時に、王家もまた“彼女を失った”のだ。

そしてそれが、どれほど致命的かを――今、思い知らされている。

一方その頃。

リシェルは隣国へと向かう馬車の中にいた。

「お疲れでしょう、リシェル嬢」

柔らかな声がかかる。

向かいに座るのは、隣国の皇太子――レオンハルト。

「いいえ。ようやく、肩の荷が下りただけです」

「……やはり、すべて計画通りでしたか」

リシェルは、わずかに微笑んだ。

「ええ。あの国は、いずれ崩れる運命でした」

彼女は知っていた。

王子の愚かさも、貴族たちの腐敗も、そしてミリアの正体も。

「証拠はすべて、すでにこちらに」

彼女は一通の書簡を差し出した。

そこには、ミリアが他国と内通していた証拠が記されていた。

「……なるほど。これは面白い」

レオンハルトは楽しげに目を細める。

「では、そろそろ“反撃”といきましょうか」

リシェルは静かに頷いた。

「ええ――今度は、こちらの番です」

その頃、王国ではさらなる混乱が広がっていた。

「ミリア嬢が……消えた!?」

彼女は突如として姿を消した。

残されたのは、いくつかの不審な書類と――

王家の機密情報が流出した痕跡。

「まさか……」

エドワルドの顔が青ざめる。

その時だった。

「――お久しぶりです、殿下」

振り返ると、そこには。

堂々と立つリシェルの姿があった。

「な、なぜここに……!?」

「少し、清算をしに参りました」

その背後には、隣国の騎士たち。

そして。

「こちらが証拠です」

差し出された書類に、王子は息を呑んだ。

「ミリアは、他国の間者。あなたはそれを庇い、国家機密を漏洩した」

「ち、違う! そんなはずは――」

「証拠はすべて揃っています」

リシェルの声は、冷酷だった。

「そして――」

彼女はゆっくりと微笑む。

「あなたは、私を“切り捨てた”」

その瞬間。

すべてが、繋がった。




❆ ❆ ❆ ❆



「……そんな……」

エドワルドは膝から崩れ落ちた。

「私は……騙されて……」

「ええ、愚かにも」

リシェルは容赦なく言い放つ。

「ですが、それを見抜けなかったのはあなたです」

その言葉は、刃のように鋭かった。

その後、王城は一気に修羅場と化した。

ミリアの罪は明るみに出され、彼女はすでに隣国の手によって拘束されていた。

そして――

「エドワルド第一王子を、国家反逆罪の疑いで拘束する」

衛兵の声が響く。

「待て! 私は王子だぞ!!」

だが、その叫びは虚しく消えた。

すでに王もまた、彼を庇う余裕はなかった。

裁判は、驚くほどあっけなく終わった。

証拠は揃いすぎていた。

「……判決を言い渡す」

静まり返る法廷。

「エドワルドは王位継承権を剥奪、幽閉処分とする」

どよめきが起こる。

かつての王子は、ただの罪人へと堕ちた。

そして。

「リシェル嬢」

レオンハルトが優しく声をかける。

「これで、すべて終わりましたね」

「ええ……ようやく」

長い復讐が、終わった。

だがその表情に、どこか寂しさが滲む。

「……もし」

レオンハルトは、少し躊躇してから言った。

「もしあなたが望むなら――」

彼はリシェルの手を取る。

「今度は、私の隣にいてくれませんか」

その言葉は、あまりにも真っ直ぐだった。

「政治でも、策略でもない。ただ――あなたを大切にしたい」

リシェルは目を見開いた。

そして、ゆっくりと微笑む。

「……困りましたね」

「?」

「そんなことを言われたら、断れないではありませんか」

その答えに、レオンハルトは安堵の息を漏らした。

数ヶ月後。

隣国の宮廷では、ひとつの噂が流れていた。

「皇太子殿下が、婚約者にべったりらしいぞ」 「しかも相手は、あの“氷の公爵令嬢”……?」

だが実際は。

「リシェル、今日はどこに行きたい?」 「……仕事がありますので」 「では私も同行します」 「なぜですか」

完全に溺愛だった。

「あなたを一人にはしません」

そう言って微笑むレオンハルトに、リシェルはため息をつく。

だが、その頬はわずかに赤い。

一方、かつての王国は。

経済の崩壊と政変により、大きく弱体化していた。

そして幽閉されたエドワルドは――

「……なぜ、こうなった……」

誰にも届かない言葉を、ただ繰り返していた。

もう彼の手には、何も残っていなかった。

「――これで、本当に終わりですね」

リシェルは窓の外を見つめる。

「ええ。でも」

レオンハルトは優しく言う。

「ここからが“始まり”です」

彼女は振り返る。

「……そうですね」

かつて“悪役令嬢”と呼ばれた少女は。

すべてを失い、そしてすべてを手に入れた。

「今度こそ――幸せになりましょう」

「はい、必ず」

二人の未来は、もう誰にも奪えない。

――これは。

愚か者たちへの断罪と。

ひとりの令嬢が掴んだ、真実の幸せの物語。

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